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–––この身全てで、タークスに恩返しをさせていただく所存です。
戦力になれなければタークスを諦めるかもしれないと、
淡い期待を抱いていたツォンは、クリスタに振り分けた業務内容を見直していた。
書類には、しっかりと「交渉」の文字とクリスタのサインが入っていて、神羅の契約印も捺されている。
確かに強くなった彼女は、心持ちも良く、
実際に戦線にいてくれたのならこれでもない頼もしい仲間となるはずであった。
「交渉か…。」
自分で下した内容に、後悔とも似た感情を抱いていた。
しかし、カームの惨劇を受けた何者よりも負い目を感じているツォンには、あの娘に血を見て傷つき死んでほしくない気持ちが強く働く。
――私があの店を選んでいなければ、クリスタの人生は全く違っただろう。
そう思ってしまうからこそ、彼女を戦線に置いて、死に行かれるのが怖い。
女性として身体を蝕まれる行為がそれよりマシかと言われれば、人によっては後者の方が苦行だろう。
だからこそ引き合いに出したものの、
それをのむとは思いも寄らず、裏目に出ることとなってしまった。
今日は、クリスタの初出勤。
交渉業務はない。
そんな日は、オフィスに入り、タークス全員の動きと成果を把握する為、
デスクPCでの管理の仕方やシステム構築のプログラミングをする。
まずはシステムを覚える為に、しばらくの間の日中はデスク研修。
そして徐々に、夜の交渉がスケジューリングされていく…。
–––交渉。
それがどんな事になるのか、クリスタにも容易に想像ができた。
それでも、相手とうまく食事でもしていい気分にさせ、そこで交渉成立・任務完了になる可能性だってある。
「陰気さを持っていたら、絶対ヤラれちゃう。
吹き飛ばす陽気さで行くわよ。」
そう言い聞かせる。
何より、自分は今日からタークスなのだと、それを考えるだけで、全てを乗り越えられる気持ちになれた。
まだキズひとつないカードキーをエレベーターに通し、オフィス階へとワープする。
扉が開いて迎えるのは、ツォンがいつもいけるという、百合のような白い花。
大理石の廊下が、煌めきながらクリスタをオフィスへと誘う。
「おはようございます!」
明るいオーラを纏って挨拶をしながら、部屋を眺め進んだ。
「クリスタ。」
呼ばれた方を見ると、声の主はツォンだった。
「ツォンさん、おはようございます。」
「おはよう。
少しいいか、諸々説明しよう。」
そう言うと、身を翻して隣の部屋へと向かった。
ツォンを追いかけるように、入り口を通過しようとした時、何かにぶつかった。
「ぉお、っと!」
「わ、すみません!」
エレベーターと繋がる廊下を歩いて出社してきたのは、赤い髪の毛の男だった。
「……!」
この人だ。
クリスタは、そう思った。
ぶつかった瞬間、あの時と同じ香りがした。
微動だにしない男は、じっとクリスタを見つめた。
「ん~…?
あんた………」
まさか、バレたのだろうか。
あの夜は、ツォンは事件前にクリスタの店で飲んでいたから互いに顔がよくわかっていたものの、
二人組が助けに入ったのは店が真っ暗になってからであり、クリスタにも二人の顔は分からない。
「……新人???」
力が抜けそうになった。
「あ、はい。
今日からの、クリスタです。」
「ふーん。よろしく。
美人さんだな、と。」
顔から火が出るかと思った。
この人から、ずっと追いかけてきた人から、
そんなことを言われるなんて。
「よ…宜しくお願いします。」
「赤くなってやんの。
じゃ、お嬢ちゃん、またあとで。」
–––お嬢ちゃん。
前にも、そう言われたような気がする。
彼は言いながら軽く敬礼をして、デスクへ向かったかと思うと、また振り向く。
「あっと、そうだ。
俺、レノ。」
–––レノ。
–––レノにはもったいない代物だな。
この人のことだったのか。
ツォンに、クリスタの気持ちがすべて読まれていることにも同時に気づいて、恥ずかしさを覚えた。
気づくと、席へ向かうレノの背中を見つめてしまっていた。
赤い髪は実は長髪で、後ろに一つに束ねられていることに気づいた。
その髪が、彼の足取りに合わせて、猫の尻尾のように細く揺れていた。
燃えるような髪を見ながら、脳内で何度も何度も名前をループした。
全てを忘れて立ち尽くすクリスタに、声がかかる。
「クリスタ。早くしてくれ。」
「あ。すみません!」
ツォンに促され、そちらへ向かった。
オフィス内の小部屋には、総務部調査課 主任・リーダー室 と書いてあった。
部屋に入ると、ツォンのデスクと、もう一つ豪華なデスクがあった。
ツォンは自分のデスクから一枚の書類を出し、クリスタに見せた。
【タークス見習い】
そう書いてある紙には、おそらくクリスタがサインするための空欄がある。
「クリスタ。
お前が戦線に置けるタークスになるために、新しい書類を作った。
タークス見習いとあるこの階級の仕事を、交渉ということにする。」
「え、それって…!」
「……あぁ。
成果を見せて、本当のタークスになれ。
そうすれば、直接戦力になれる。」
ツォンの、せめてもの償いだった。
人事の目を盗んですぐに交渉から書き換えることもできたが、
やはりカームの事が引っ掛かり、すぐさま戦線に出す気持ちにはなれなかった。
「その代わり、しばらくはタークス見習いだ。」
「…ありがとうございます…。
見習い…わかりました、頑張ります。」
俄然やる気を見せるクリスタには、満面の笑みが浮かんだ。
まるで、我が娘を見るかのような気持ちになりつつあるツォンに、クリスタが言う。
「本気でやるので。
もう、キスで脅すの止めてくださいね。」
「……黙りなさい。」
さすがに少し赤らんだツォンを見て、弱みを握ったような気分だった。
部屋で、もう一つのデスクはヴェルドという前の主任のものであり、もっと昔にカームで起きた誤爆事件と深く関わった人物だということを聞いた。
今の主任はツォンだが、どうもデスクを移動できずにそのままにしてしまっているらしく、つくづくツォンは、人間味の溢れる人だとクリスタは感じた。
部下愛に溢れるツォンは、レノのことや、その相棒の名前がルードで、二人は最強コンビであるということ、これまで二人が解決してきた仕事の数々を話してくれた。
そして、この二人には、業務の妨げにならぬよう、
当面はクリスタがBREEZEの娘だということは黙っておくことに決まった。
クリスタに用意されたデスクがあるらしく、
ツォンに案内されると、隣の席にレノが座っていた。
「お疲れ様です、失礼します。」
声をかけると、レノは椅子から上目遣いにこちらを見返す。
緑色の瞳は、吸い込まれそうな透明感を帯びていてとてもキレイだ。
「ありゃ、ここですか、と。」
「はい、お隣。失礼します。」
そう言って腰かける。
真新しいデスク。引き出しの軽さ。
ニュータイプのパソコンの重厚感。
「TURKS」と紐に書かれたパスケース。
全て、輝いて見える。
「残念ながら、レノの隣しか空いていなくてな。我慢してくれ。」
ツォンが、レノをからかうように言う。
笑いながらクリスタが聞く。
「残念ながら、ですか?」
「ああ、書類の山が、雪崩となってお前の席にまで押し寄せることだろう。」
「おいおい、ツォンさん、いきなり可愛い新人ちゃんに何吹き込むんだ!
天気予報みたいに言うのやめてくれよ、と。
お嬢ちゃん、改めてよろしく。あ、それ、相棒のルード。」
クリスタの正面に座るスキンヘッドの男を、
レノは雑に紹介した。
「……それ?…モノじゃない。」
低い声でゆったり指摘するのは、ルード本人。
「ケタケタケタケタ」
レノ、ルード、ツォン、そしてクリスタ。
4人で声を出して笑った。
クリスタには、夢のようだった。
幸せすぎて、今にも涙が溢れそうだった。