Heroes
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「ありがとうございました。
明日より、宜しくお願い致します!」
中背の男が、意気揚々と部屋を後にした。
今日は今期の内定者面接。
ここは総務部調査課の面談室であり、この場に面接に来るものは、ほとんどが合格。
すなわち、タークスになれる。
今期は、戦闘実技試験、頭脳試験ともに非常に平均成績がよかったものの、
タークスへの合格枠はたったの2枠。
「今年はもったいないな…。こんなに良い人材がいたというのに、たった2枠か…。
戦力あるものたちが、神羅の脅威に加担しないことを祈るばかりだな…。」
長髪をオールバックにした男が、
隣の人事課社員と話している。
「先ほどの男は、カームの生まれか。
…カーム。5年前の事件以来、行っていないな…。」
話していると、部屋のドアの向こうに気配があった。
そして、次なる面接者であろうノックが聞こえた。
コンコン
「どうぞ。」
「失礼致します。」
スラリと伸びた足、セミロングのブロンド、ぽってりとした唇。
美しい女だった。
「クリスタ、だな。」
「はい。」
「ツォンだ。」
「宜しくお願いします。」
澄んだ声色で答えると、
わずかに微笑んだ。
「………?
君は…?」
ツォンと名乗った男は、じっとクリスタを見つめ、
記憶を呼び起こす。
そして、人事課の社員に、席を外すよう合図した。
察した人事は軽く会釈して、それではここからはお任せ致します、と言い残し、出ていった。
ダークスーツが2つほっそりと伸びるだけとなったこの部屋は、白く清潔。
緊張とは少し違う、キンと耳鳴りがするかのような研ぎ澄まされた雰囲気があたりを支配している。
ツォンは、確信を持ってクリスタを見つめた。
先ほどカームの事件を思い出していたから尚のことであった。
「……BREEZEの娘か。」
「タークスになることだけを考えて、
ここまで生き残って参りました。」
「帰りなさい。」
ツォンは、突き放すかのように、冷徹に言い放った。
そして窓辺へと足を運ぶと、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「え…?」
予想だにしない言葉に、驚きを隠せなかった。
「君を、タークスとして受け入れることはできない。」
吸った息を吐き忘れたまま、
クリスタは立ち尽くした。
辺りのどのビルよりも高い、神羅ビル。
その上層に位置するこの部屋。
ツォンは窓の外を見つめるが、実際には見つめるべきものなど存在しない。
「…ツォンさん、お怪我は…。」
ぽつりと、背中に話しかける。
依然窓の外の虚空を見つめるツォン。
「…昔から悪運が強くてな。
もう、傷跡さえ残っていない。」
クリスタにはそれが少し寂しく感じた。
すべて忘れてしまわれたかのように感ぜられ、この存在の弱さを呪いそうになる。
自分の中は、タークスのことでいっぱいだったというのに。
「…安心しました…。」
唇だけは、そう喋ってくれた。
何だろう、
せっかく追いかけてきたものが目の前にあるのに。
近づくどころか、離れていく。
「私、タークスになるために、ここまでやって参りました。
あの夜のこと、アバランチのこと、忘れた日はありません。
私、きっと」
–––タークスの戦力として貢献できると思うんです。
そう言おうとしたのを遮るように、ツォンが振り向いて言う。
「…お母様は、お元気か?」
たずねてくる瞳には、優しさが滲んでいる。
「…あ、はい…!
今もあの場所で、バーを営んでいます。
私がタークスになったら、皆でまた是非 と、
母はそう背中を押して、私をミッドガルに出してくれました。」
「そうか。」
母への気遣いが嬉しく、クリスタが饒舌になりかけたところを、
またツォンが、情緒を伴わない一言で遮断する。
ツォンの向こうに見える何もない灰色の空は、クリスタの心を表しているかのように、浮かない表情をしている。
「君は、生き延びた。
これからも、お母様と一緒にカームで暮らしなさい。」
「…………嫌です。」
「もう一度言う。
君を、タークスとして受け入れることはできない。」
「…私が決めたんです。」
「申し訳ない。」
「どうあってもダメなのですか。」
「…すまない。」
「…何故ですか…!!私は、タークスに守られ、タークスに生かされ、タークスに憧れ、それだけを生きる意味としてここまでやってきた!一般から、2枠しかないところを勝ち取れるくらいになったんです!必ず力になります!!くたばったりしない。アバランチにも負けない。これからは私が、私を護ってくれたタークスを、あの人を、護りたいんです…!」
悔しさで涙が止まらなかった。
美しい顔立ちをぐしゃぐしゃにしながら、突き刺すようにツォンに訴える。
ツォンは、黙ってそれを聞いていた。
「どうして私がここまで強くなれたのか、何が私を励ましてくれたのか、わかりませんか。タークスが、あの人が、優しさを教えてくれたからです!タークスはあの日から、私のヒーローでした。その気持ちだけでここまで来れたんです…!」
「……あの人…。」
クリスタに聞こえないくらいの声だったか。
ツォンは、あの夜に帰りながら、赤い髪の男を思い浮かべていた。
「私の人生をかけて、恩返しをさせて下さいませんか…。」
–––シュッッ!!
突然、ツォンから拳が飛ぶ。
クリスタはそれを一瞬でかわしながら回し蹴りを放つと、
ツォンは腕でそれを遮る。
その逆の腕から拳を飛ばすと、クリスタは掌でそれを受け、反動で宙を参って、間合いを取る。
その足が床についたその時。
–––ズドン…!!
銃声。
ツォンが放った先は、はるかに高い天井。
大きな銃声の響くのが終わり、弾が床へと降ると、銃口をクリスタへ向ける。
「…ツォンさん…!!」
すかさずクリスタも、銃を構えると、ツォンが叫んだ。
「いい加減にしろ!!」
ツォンの声は、銃声より痛く、耳に響いた。
「我々タークスから渡した命、粗末にするな。」
大声を出しても、至って冷静なツォン。
反してクリスタは、冷静ではいられなくなっていた。
「タークスになって死なれるのが嫌なら、
いっそここで自分で殺せば!」
吐き捨てるように、もはや憎らしく感じてきたツォンに罵声を飛ばし、
拳銃越しに睨む。
先に発砲したのは、ツォンだった。
–––ズドン…!
その弾はクリスタの首の横をかすめて、白壁に食い込む。
ツォンは、銃声に動揺一つ見せずに銃を構え続けるクリスタへ向かって高速移動すると、
窓際のデスクに彼女を押し倒した。
美しいブロンドが、机上に広がった。
そこに絡みつくように、ツォンの黒髪も混じる。
「…ツォンさん。
私はもう、これくらいでは動じませんよ…。」
儚げな表情を浮かべ、クリスタはじっとツォンを見返した。
選ばれた2枠の心身の強さは確かだった。
この娘は、着実にタークスへの道を歩んでここまで来たのだ。
ツォンは、クリスタを睨むと、強引に口づけた。
「…ん!」
突然のことにさすがに驚くクリスタだったが、
拒否をするわけでも、そこに溺れるわけでもない。
唇が離れると、ツォンが告げた。
「……お前は、戦線には置かない。」
「…え?」
3センチの距離で、ツォンの目の奥が怪しく光る。
「レノにはもったいない代物だ。」
「………レ……ノ…?」
聞き覚えのない単語だったが、
鮮やかなその響きが耳に充満する。
押し倒した身体を解放して、ツォンは立ち上がる。
デスクを回ると書類を手に取り、ツォンが何かを書き加える。
空欄にさっとサインをしながら言った。
「お前は、調査課所属の交渉役になってもらう。
時には身体を売って、神羅のために仕事を取る業務だ。」
「…こ…?」
言われたことが、頭に入ってこない。
「どうした。交渉は嫌か。
神羅、そしてタークスの為に、その美しさを買わせてもらう。」
「交渉…?」
戦えない…?
あの人の直接の戦力には、なれないのだろうか。
「タークスがどれだけ汚れているか、美しぶる者たちの隙間を埋めているか。分かってここまで来たのだろう?ここで骨を埋める覚悟ができていないなら、やはり受け入れることはできない。
さぁ、どうする。サインするか。すれば最後。死する以外にタークスを抜けることは許されない。」
ここまで、無理やり培ってきた戦闘能力。
鍛えられたしなやかな体は、本来発揮すべきシーンで使うことができないのか。
身体を売る、そこには葛藤が走った。
タークス。
それだけを目指してここまできた。
ここで、捨てるわけにはいかない。
「……した。」
「…ん?」
「解りました。
私、タークスのために何でもやります。
この身全てで、タークスに恩返しをさせていただく所存です。」