ほととぎす 鳴きつる方を、
夢小説設定
死に損なったエース実姉エースの6歳年上の姉。海軍本部中将で青キジの直属の部下。掲げる正義は「仁こそ正義」。
詳しくは中編にて完結した『冬来りなば春遠からじ』にて。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※『冬来りなば春遠からじ』ネタにて書いた救済ルートです。ふんわり雰囲気で読んでください。
レギーナの戦闘についての師匠は主にクザンとガープであった。覇気を師事してくれたのもこの2人。見聞色、武装色、そして覇王色、3つ全ての才能があり、2人を唸らせたのは記憶に新しい。
見聞色の覇気を習得した者で、極めすぎると少し未来が見える、なんていう話も聞く。
今、実際に、見えてしまった。少し先の未来、エースが、サカズキさんに、身体を貫かれる。ブワッと全身に鳥肌が立ち、体の奥底から冷え始める気がした。
「…な、に、」
「取り消せよ、今の言葉!!」
呆然としていると耳に飛び込んできたエースの声。怒気の含まれたそれは、自由の身になったエースの足を止めた。
だめ、だめだ。エース、あんた誰と対峙してんの。サカズキ大将に、敵うはずないじゃない。やめて、今すぐ逃げて。
「やめろ!!エース!!!」
反射的に駆け出していた。近くで私と共に白ひげのクルーと闘っていたクザンさんの静止の声が聞こえた気がした。だけど今、駆け出さなきゃ一生後悔する気がした。
私が海軍に入ろうと思ったキッカケはじいちゃんだった。
南の海で、罪のない妊婦が海軍に、政府に殺された。ある妊婦には1人、息子がいた。私と同じくらいの歳。同じ島に住んでる子で遊んだ日もあった。そんな彼も、母親が殺された後すぐに姿を見なくなった。彼がどうなったかなんて、考えるまでもない。
とてもじゃないが、母さんの前では泣けなかった。ロジャーとは一切関係のない家族が、罪のない一般市民が、未来を奪われ、幸せを奪われ、命までも奪われた。許せなかった。理不尽が、私の目の前を真っ赤に染めた。怒りが、悲しみが、やり場を失い一生私の中に根強く残り続けた。
しばらくして母さんはエースを生み、そのまま力尽きたように醒めない眠りについた。
「エースを守ってあげてね、お姉ちゃん」母は私に優しく微笑んでいた。
母の亡骸をひっそりと土葬し、島の目につきにくい場所に墓を建てた。殆ど、じいちゃんが請け負ってくれたけど。
母は文字通り命懸けでエースを守り、産んで、生き絶えた。私は、エースに何ができるだろう。エースを守るって、なんなんだろう。
母の死を受け、墓石をボーと見つめながら考える。
「ガー…、じいちゃん、エースを守るってどうやって?何から守ればいいのかな」
「エースは海賊王の息子。お前と血を分けた実の弟じゃ。敵も多い」
「…海軍は敵?」
「どう、じゃろうな…。もしかしたら、世界中が敵かもしれん」
「海賊王の子供って何か悪いことしたのかな」
「………」
「ちょっと前に島の男の子のお母さんが殺されたよ。お腹に赤ちゃんがいたのに。殺したのはじいちゃんと同じ海軍だった。赤ちゃんが海賊王の子供かもしれないからだって…。男の子も息子かもしれないからって。なんで?『かもしれない』で殺されちゃうの?何も悪いことしてないのに」
ガープを見上げるも、ガープは何も言わず唇を噛み締めていた。あの時の怒りと悲しみがぶり返してきた気がした。その後のことはレギーナもあまりよく覚えていない。感情のままに支離滅裂なことを言っていたかもしれない。
罪のない一般市民を殺す海軍のどこが正義なのか。殺されていった沢山の妊婦や子供たちの平穏で幸せな未来は、どうして奪われなければいけなかったのか。なぜ海賊王の子供というだけで殺されそうにならなければいけないのか。エースは、レギーナは、生まれてきてはいけなかったのか。
気がついたら泣きじゃくり、ガープの大きな手が頭と肩に置かれていた。レギーナのルージュ似の大きな瞳に、ガープの真摯な表情が映り込む。
「レギーナ、お前さん…海兵になれ」
「ひっく、…う、……なん、で」
「お前には海兵が向いとる。お前さんは良い子じゃ。あの男の娘とは思えんくらい…他人のために、涙を流せるお前さんなら…きっと良い海兵になれる」
「…っえー、ず、は…」
「海兵になってエースを守れ」
ガープの言葉に、何度も頷いたレギーナは海兵になることを決意する。
レギーナは10歳まではエースと共にダダンの元で過ごさせてくれ、とガープにお願いした。猶予はあと4年。4年後、レギーナはエースと決別するのだ。
成長するにつれどんどん聡くなっていくレギーナ。エースを残し、ガープに連れられ修行する日もあった。勉強する日もあった。まだエースが2歳の頃、レギーナの新たな目標ができた。
「海兵には階級がある…じゃあ偉い人にはある程度何かしらの権限が与えられる…?一番偉いのは……元帥、…元帥ってどれくらいの発言力があるんだろ」
権限、発言力、影響力、階級が上がれば上がるほど、それは大きくなっていく。
元帥になれば、あんな理不尽な殺戮が二度と行われないようにできるのではないだろうか。血の繋がりだけで疎まれる無害のエースが、生きやすい世界にできるのではないだろうか。
いつのまにか握りしめていた拳の力を抜く。元帥…、いつかなれた暁には、母との約束が達成されるのではないか。そう思わずにはいられなかった。
エースの元から離れる数ヶ月前、レギーナはエースに優しく接する自分を殺した。レギーナは海兵になる。それはつまり、エースの元から離れるということだ。レギーナがそばにいないエースに、1人で生きていく力があるのかどうか…答えは否、ない。生きていく力、それは単純な強さ、忍耐力、精神力、生命力。この世界は弱肉強食だ。強い奴が生き、弱い奴から死んでいく。殺された母子たちもそうだ。権力も何も無い、抗う力も存在しない弱い存在だった。
エースが1人でも生きていけるように、勝手に殺されてしまわないように、心を鬼にして厳しい鍛錬を続けた。最悪、恨まれてしまっても構わない。復讐心の執着はとてつもないものだ。私を許さない気持ちを原動力にして、理不尽なこの世界でどうか、生き抜いて欲しい。ただ、生きていて欲しい。
ただ1人の肉親からの、唯一の願い。
「私海兵になるの、わかる?…あんたの行動一つで私の足枷になる。私の邪魔するなよ」
私が元帥に上り詰めるまで待ってて、息のしにくいこの世の中を、少しでも良いものにしてあげる。エースが、自分の血筋を知って、絶望して、それでも…少しでも生きやすいようにするから。それまで大人しく、世界に決して見つからないで。
そうだよ、そうだったじゃないか。私はエースを守るために海軍に入った。元帥になって、エースの生きやすい世界にしてやろう、ってそう思ってたじゃないか。
だけど、今エースが死んだらそんなの意味なくなっちゃう。全部全部、エースのためだった。私の行動原理はいつだってエース。
母さんに守れって言われてただろ。私の、唯一の肉親だろ。エースは、私の可愛い弟だろ。どれだけ嫌われたって、生きていてくれたらそれだけでいいんだろ。
何が海軍だよ、何が正義だよ。弟1人守れず、何が姉だよ。
「エース!!!」
疲労困憊だったであろうルフィは膝をついてそのまま手をついた。サカズキ大将がそれを見逃すはずがなく、ルフィへとマグマの拳を振り上げる。エースがルフィを守るようにその間に割り込んでいく。
あぁ、さっき見聞色でみた未来と同じ光景だ。でも、さっきよりゆっくりと鮮明に3人の動きが見える。間に合う、まだ間に合う。
レギーナは愛刀ふた振りで地面を抉る勢いで突風を生み出す。レギーナ自身は能力者ではない。だが愛刀ふた振りは妖刀と呼ばれるものであり、また六式の嵐脚を応用させた技である。
突然の突風はエースとルフィを見事に直撃し、数十メートル吹き飛んだ2人に赤犬は目を剥く。赤犬が2人を追撃しないよう、剃で距離を縮めたレギーナはそのまま刀で赤犬の拳を受け止めた。
突然吹き飛ばされたことに驚いたルフィとエース。女海兵のファインプレーにどよめく海賊たち。同僚の突然の裏切りに動揺する海軍。
「なんの真似じゃあ…!!?」
「…見たまんまですよ、」
レギーナの乱入に勢いが弱まった赤犬に、これ幸いとレギーナは赤犬の拳を刀で弾く。レギーナとて、長時間赤犬を止めていられるとは思っていない。少しでも時間稼ぎが出来ればいい、殆ど捨て身だった。母親が命を懸けたように、レギーナもこの場で自分の命をかける腹づもりでいる。
「エース!弟も、無事かよい!」
「あ、あぁ、一体何が…」
「何かよくわからんが、青剣が割り込んできた」
「は、」
「向こうは大混乱だろうよい。今のうちに逃げるぞ」
エースは耳を疑った。誰が割り込んできた?青剣?
マルコの指す向こうへと目を向ける。赤犬のマグマの柱が少し先の方で上がる。怒号も聞こえてくる。あの中心地にあいつがいるというのか。
「なぜあの兄弟を逃した!!?」
「ぐっ……!!」
赤犬を押せたのは最初の一撃だけ、レギーナはそれ以降赤犬の猛攻を防ぐしかなかった。
質問する気あるのかこの人!?答える暇なくぶん殴ってくるじゃん!?
立ち上るマグマの柱が赤犬の怒りを表している。死への恐怖か、純粋な暑さか、身体中から汗が吹き出る。
「…まぁいい、お前さんのことは随分前から気に食わんかった。甘っちょろい正義掲げて、一体何人の海賊を取り逃がした?」
「はぁ…は、じゃああんたは、何人の一般市民を…見殺しにしたん、ですか」
「正義のための必要な犠牲じゃ」
正義のための必要な犠牲?必要な犠牲ってなんだよ。あの妊婦たちも、その家族も、必要な犠牲だっていうのかよ。なんの犠牲だよ。
グツグツ、マグマの煮えている音が、レギーナの怒りと呼応する。レギーナの原点、怒りと悲しみが当時のようにぶり返す。
「正義のために、犠牲を払わなきゃならんのなら、そんな正義いらない…!!」
「なら死ね!!」
最初からそのつもりだよ…死んでもエースを逃す。
エースは焦っていた。インペルダウンでのあの様子、更に自分のルフィの間に割り込み赤犬と応戦している事実。
「エース!?どこ行くんだよい!船はあっちだ!」
「放してくれマルコ!あいつと…!あの人と俺は話さなきゃならねぇ!!」
「あの人!?誰だよい!っ、まずい黄猿が来た!早く船へ走れ!!」
マルコに腕を掴まれたエースは振っても振りほどけない腕をもどかしく思う。そんなとき、一際大きなマグマが立ち上った。
あの人は、今ひとりで赤犬と戦っている。海軍を敵に回してまで、何のために…!?
………俺のため…?あの人の考えてることが何1つわからない。
エースは体を火に変え、マルコの手から解放される。エースの名を呼ぶマルコを背に、離脱した戦場へと急いで戻る。
「能力者でもない、一介の中将が…わしに勝てるわけ無かろうが…」
地に伏せる女。生きているのか死んでいるのか、ピクリとも動かない。正義のコートは熱で溶け、深い青色のスラックスなど見る影もなく、全身にひどい火傷を負っていることくらい一目でわかる。
「………ま……し、な…」
女から小さな声が聞こえた。周りの喧騒に掻き消されるほどの小さな掠れた声。
エースを逃すまで、まだ死ねない
僅かに動いた口元を読んだエースは息を呑んだ。
エースは身体が勝手に動いていた。
マルコはエースを追おうとしたが、ルフィを逃すので精一杯だった。なんとかルフィをジンベエに預け、急いでエースの後を追う。
赤犬からの猛追を避けるエースは案外早く見つかった。何やら人を抱えている。
「エース!!てめぇ何やってんだよい!!?」
「悪いマルコ!援護頼む!」
「は、どういう」
「姉ちゃんなんだ!!」
よくみたらエースの抱えている人物は女。タイミングよくエースとルフィを突風で飛ばした『青剣のレギーナ』、新世界でも有名な女海兵だ。それが姉??エースの?
その後海軍からの猛追をなんとか退け、躱し、モビーへと無事戻って来た白ひげ海賊団はマリンフォードから出航した。エースの奪還は成功した。沢山の犠牲を払って。
エースはレギーナを抱えたまま船医の元へ走る。腕の中の人物はどんどん呼吸が浅くなっていく。確かめなくちゃならないことがある。話したいこと、聞きたいことが沢山ある。死なせるわけにはいかなかった。
「ドクター!!頼む!この人を助けてくれ!!」
船医の近くで治療されたもの、それに付き従うもの、皆がエースの腕の中の人物へと注目した。
赤犬との交戦でひどい火傷を負っているが、その人物が海兵だと一目でわかる。
「海兵じゃねぇか!しかも青剣!」
「なんでこの船に乗ってやがる!?」
「敵だぞエース!わかってんのか!!」
「何人の家族がこいつらにやられたと…」
「エース」
白ひげの低く、威厳のある声で船員たちの怒鳴り声も一瞬で止む。身体中に包帯を巻かれながらもその風格は一切衰えることを知らない。
「わけを話せ」
白ひげの言葉に拳を握りしめるエース。
ルフィについては散々船の連中に自慢して来た。俺の可愛い義弟。だが、姉については一切触れてこなかった。恨んでいた、幼い頃突然己を突き放した姉を。己を独りぼっちにした姉を。なのに、命懸けで俺を守ろうとする姉を、見殺しになんてできなかった。
「血の繋がった実の姉なんだ。言ったことなかったけど…俺を、あの戦場から命懸けで逃がそうとしてくれた…!お願いします…この人を助けてください…!!」
エースはレギーナを床にそっと寝かせ、膝をつき両手をつき、頭が床に食い込むほど下げる。家族たちに助けに来てもらった身で、厚かましすぎるにも程がある願いだ。
「アホかお前らは!!?さっさとストレッチャーもってこい!!!」
エースの土下座で静まり返っていた甲板にドクターの怒鳴り声が響く。
「瀕死の重傷患者だぞ!!?死ぬか生きるかの瀬戸際だ!バカな意地はさっさと捨てろ!!」
「バカ息子ども道を開けろ!医療知識のある軽傷者は手伝え!!」
その後ドクターの手によりレギーナは手術され、なんとか一命は取り留めた。ナースも合流し、あの戦争から何日も経っているが一向にレギーナが目を覚ます気配はない。エースは毎日のように病室に通った。
船員たちはエースからレギーナの話をポツリポツリと聞いた。「昔は優しかった」「突然態度を変え、優しさなど見る影もなくなった」「一度も鍛錬で勝てた試しがなかった」「鍛錬でボコされても絶対に丁寧に治療してくれた」「インペルダウンで姉がわからなくなった」「俺を逃すまで死ねないと呟いていた」エースの言葉に船員たちもレギーナの見る目が変わっていった。そして、歪な姉弟の姿を心配するものが多くいた。
レギーナの病室前に座り込むエースの隣に人の気配を感じた。マルコだ。
「青剣が起きたらまずどうするんだ?」
「……色々話す」
「大雑把だなぁ」
「…会話らしい会話なんて、10年以上してない」
「ほんっとに、拗れた姉弟だよい…」
不安で、もやもやとエースの中を漂っていた霧がスーっと晴れていく気がした。マルコと話すことで気が紛れたのか、エースは少し胸が軽くなった。
そんなとき、室内から物音がした。まさか、起きたのでは。マルコと目を見合わせたエースはすぐさま立ち上がり扉へ向かうが、エースがドアノブを引く前に扉が開いた。
扉を開けた張本人はそのまま部屋を飛び出し真正面に立っていたエースと衝突した。
「わっ!」
「うぉっ!?」
「エース!?」
そのまま2人は倒れこみエースは下敷きになった。
扉を開け、エースの上に乗り上げるのは包帯を全身に巻いたレギーナ、とてもじゃないがまだ動けるような患者ではない。
「おい、急に部屋からとび、」
「えーす…?」
包帯の巻かれた小さな掌がエースの頬を包み込む。自分とは全く似ていない、ガーゼで覆われているが、整った顔が至近距離でエースを見つめる。久しく呼ばれていなかった名前を呼ばれ、エースは体が硬直した。声色は、遠く昔の記憶のまま。耳に優しく、じんわりと心が温まる、大好きだった姉の声。
自分とは違う優しげな目元が歪んだ。一瞬で瞳は水の幕が張り、今にも涙が溢れそうなほど。
「いきてる……」
雀斑をなぞるように、愛おしげに姉は弟に触れる。たくさん聞きたいことがあったのに、聞かなくてもその行為だけで答えは出てしまった。エースは、心底姉から愛されていると、確かにこの瞬間わかってしまった。
姉の目から零れ落ちた涙がエースの顔を濡らす。姉の泣き顔は、流石に初めて見た。頭の何処かでぼんやりとそんなことを思った。
その後検診に来たドクターに見つかったレギーナは怒鳴られながら丁寧に病室まで戻された。包帯を巻きなおし、しばらくしてまたエースが病室を訪れた。今は居心地悪そうにベッド横の椅子に座っている。
あぁ、そういえば私はエースに対して酷い事ばかりしてきたんだった。心が冷めていく気がした。姉として、最低屑女だった己をレギーナは呪った。
起きてすぐ、知らない天井に混乱したが、すぐさま正気を取り戻し、エースがどうなったのか、いても経ってもいられず病室を飛び出した。身体中が痛んでいることなど御構い無しに。
エースは生きていた。包帯越しに触れる温度は暖かい。常人より少し熱いくらいだった。
「なんで、助けてくれたんだ…」
消え入りそうな小さな声でエースが尋ねてきた。視線は合わない。ずっと昔に殺した、優しい姉の私が顔を出す。
「エースが、生きていてくれればそれで良かったの」
「……」
「海賊になろうが、海兵になろうが、関係なくて…生きてればそれで良い。私は海兵だったけど、エースのお姉ちゃんだから」
「……なんで、俺をひとりにした」
「海兵になって、エースの生きやすい世の中にしたかった。突き放したのは、もし私に何かあった時、エース1人でも生きていけるように」
今はすっかり、たくさんの家族に囲まれている。
「ごめんなさい、エース」
「な、んで謝るんだよ、」
「私、たくさん酷いことしてきた、最低な女だよ…本当に、今までごめんなさい」
「お、おい!体に触る…」
「私の傷より、エースの方が痛かったでしょ」
私はまだ幼いエースを一人にした。小さい頃、まだ親の庇護が必要な歳、私は簡単に突き放した。痛いと泣いてもやめない鍛錬。慕っていた姉からの心無い言葉。当時のエースを償いきれない程傷つけた。
「あんたも痛かったんだろ」
真摯な目で見てくるエースに言葉の詰まるレギーナ。
姉としての自分を殺せば殺すほど、息がしづらくなっていった。エースが泣いていれば駆け寄って、抱きしめて、大丈夫だよって。いつしかそんな権利もなくなっていた。
普通の家族みたいに過ごしたかった。
「…っ、……ごめ、」
「あんた結構泣くんだな」
「泣いて、…ごめ、っ、」
「さっきから謝ってばっかりじゃねーか。良いよ別に」
「良くないっ、酷いこと、いっぱい言った!」
「だからもう良いって!確かに鍛錬の時は本当のことだったし」
「やだ!私が許せない!大好きなエースにあんなこと言った過去の自分本当にクソ!」
「だっ!?」
「何顔赤くしてるの!?大好きに決まってるでしょ!?じゃなきゃあのサカズキさんの前に命懸けで躍り出るわけないじゃない!!」
「な、何度も言うなよ!良い歳した大人が!ていうかやっぱり死ぬ気だったのかよ!?」
「姉弟なんだからいいでしょう!?死ぬ気は無かったわよ!死ぬ覚悟はあったけど!!」
「あったんじゃねぇか!!」
「エースが!!死にそうになるから…!!」
レギーナの言葉を最後に言い合いは止まった。元はと言えば、エースが単独で黒ひげを追い、決闘し、そして敗れたことが原因だった。血筋がバレ、公開処刑が決定し、たくさんの家族が命を散らした。ルフィまで駆けつけて、処刑台まで登ってきた。自由の身になったのに、赤犬に煽られ無謀にも戦いを挑んだ。
あの瞬間、今思い出しても背筋が凍る。姉があの時割り込まなかったら、俺は死んでいた。
しかし、同時に姉に立場を捨てさせた。赤犬と戦い、重度の火傷を負わせた。命を懸けさせた。
「ごめん、火傷…」
「火傷なんて、今更傷が少し増えただけ」
「海軍も、もう戻れなくなった…」
「エースが生きてるんだから良いのよ」
「命を、懸けさせて…」
「私はエースの姉ちゃんなんだから、当然でしょ?」
俯いていた顔を上げる。姉は、姉の顔をしていた。優しくて、大好きだったあの頃の姉がいた。目頭が熱くなる。なんだよ、今度は俺が泣く番かよ。
「ねぇ、ちゃん、」
「うん、おいでエース」
ベッド上で腕を広げる姉にゆっくり近く。傷に触らないように優しく抱きしめる。こんなに、姉は小さかっただろうか。あの頃、俺の世界だった姉。抱き込めば、すっぽり腕の中に収まってしまった。
「…いっぱいごめん、助けてくれ、て…ありがとう…!」
「私も、たくさんごめんね。生きててくれて、嬉しいよ」
蟠りが、全部解けたわけじゃない。16年間の距離は、なかなか縮まるものではない。けれど、確かに、あの頃の姉弟の形に、戻れた気がした。
*
「ポートガス・D・レギーナ、エースとは血の繋がった姉弟です。先の戦争では、治療してくれてありがとうございました。恩は返します。私は何をすれば良い?」
「そうか、レギーナ。俺の娘になれ」
「むすっ…!?」
「野郎ども!!家族が増えたぞ!宴だ!!」
「えっ!!ちょっ、!」
男たちの雄叫びにレギーナの抗議の声は掻き消された。
怪我の粗方治ってきたレギーナは白ひげ本人に挨拶をしに船長室に訪れただけなのだが、勢いのまま娘になれと言われて抗議虚しく事実上、白ひげ海賊団の仲間入りを果たした。
「よう、レギーナ。飲んでるかよい」
「不死鳥マルコ…」
「家族なのにそりゃねぇだろい…」
「あっ、そっか。ごめんマルコ」
海兵だったときの癖でつい二つ名で呼んでしまう。酒を渡してくれたジョズに対しても「ダイヤモンドジョズ」と呼んでしまい、マルコのように苦笑させてしまった。
「エースは幸せね、こんな素敵な船に乗って…家族にも恵まれて」
「お前さんももう家族だろ」
「ふふ、そうだった」
船員に囲まれたエースは笑顔だ。太陽のような笑顔。私の大好きな表情。
「姉ちゃん!」
大好きなエースに、大好きな声で、大好きな笑顔で呼んでもらえる。嗚呼、私はなんて幸せ者だろう。