現代パロディ。女子中学生で厚くんとクラスメイト。審神者や刀剣男士は一切関係ない。ほぼ無いかもしれない名前変換機能です。
白昼夢なのかもしれない
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ついこの間中学校に入学したばかりな気がするが、早三年生に進級して2ヶ月を過ぎた。中間考査を終え、夏服への衣替え期間を迎える。
金曜日の6限目は美術。ガヤガヤと白と黒の制服が入り乱れる美術室で、私はぼんやりと空を走る飛行機雲を眺めた。
背後では、まだ何も知らない一年生が許可なく夏服に身を包んでいたことへの不満を述べている。女子部特有の『先輩の許可なく』というやつ。別に夏服くらいいつ着たっていいのに。そういえば、我が部ではテスト期間に入る前に衣替えについて説明していた気がする。マメなことだなあ。
張った糸の様に真っ直ぐ走っていた雲は、いつの間にかボヤボヤと形が崩れて空に溶けかかっている。
私は窓から視線を外し、真っ新なスケッチブックを指で撫でた。
「スケッチブックに下書きができたら、銅板のサイズに合わせた下書き用紙、取りに来なさいね」
美術室の喧騒に負けない強い声。先生が左手に掲げた薄い銅板を見上げ、無難に花でも描こうかな、とシャープペンシルを持ち上げた。
「何描くか決めた?」
「花」
「何の?」
「んー、向日葵…桜、なんかその辺かな」
「決まってないなら図書室行こうよ!本借りてこよ」
前に座っていた友人に誘われるまま、私は席を立った。教室を出る際、視線だけで彼の姿を探す。出席番号順に座っている美術の授業。彼の席には別の生徒が腰掛けている。作品の構想段階は、自由に席を移動していいせいで、厚くんの姿を見つけることはできなかった。
美術室の扉を閉めると、クラスメイトの声が遠退いていく。誰の姿も無い廊下の非日常は、週に一回しかない美術の授業と相性が良いと思う。
授業中の図書室は閑散としていてとても静かだ。
「もうここで描いていく?」
「えぇ、先生から途中で別の指示出たらどうするの」
「ダメかな」
「本選んで戻ろうよ」
ぶぅ、と下唇を突き出した友人を窘めながら、私たちは各々資料を探す。花が載っている図鑑を見つけると、パラパラとページをめくっていく。桜、は枝とか描くのが面倒くさそうだな。あと花も細かいし。薔薇、は花びら沢山とか絶対大変だ。ヤダヤダ。
内心では、描く際の作画コストを一丁前に気にしながら1ページずつ捲る。
あれでもない、これでもない、と見ていれば、先に何を描くか決めた友人が声を上げる。
「私もう決めたから戻っていい?」
「うそ」
「早く描いて早く終わりたいし」
「待って待って」
「ゆっくり決めていいよ。先生に言っとくから大丈夫!」
えぇ、と顔を顰める私を置いて、動物図鑑を手に持った友人が図書室を出て行く。授業終了まであと20分弱。まだまだ戻るまでに余裕がある時間だった。
はぁ、と息をついた私は、本を持って自習用の机に座り本を広げた。丁度、窓を背にした日当たりのいい場所。机のライトを点けなくとも、本を見るのには十分。
金木犀、は可愛くていい匂いがして好きだけどやっぱり花が細かいから描くのは嫌だなぁ。
そんな中、なんとなく目を引いた花が菫だった。紫の花って、なんか上品な感じがしていいよなぁ、って。そんな感じ。
『スミレは、道端で春に花を咲かせる野草である。深い紫色の花を咲かせる。この深い紫色の事を、菫色と云う。』
目で菫についての説明文を黙読しながら、ある項目に意識が向いた。
『「スミレ(菫)」の花言葉は「謙虚」「誠実」。
紫のスミレの花言葉は「貞節」「愛」。
白いスミレの花言葉は「あどけない恋」「無邪気な恋」。
黄色いスミレの花言葉は「田園の幸福」「つつましい喜び」。
ピンクのスミレの花言葉は「愛」「希望」。』
「花言葉…」
私しかいない図書室に、空気に溶けてしまうような声量で呟く。
読み進めていると、西洋での花言葉も記載されていた。日本と西洋で花言葉が違うのか。
私は、細かい字を指先でなぞりながら読んでいく。
紫の菫の花言葉は、
「『白昼夢』と、『あなたの事で頭がいっぱい』……」
吐息を含んだ小さな言葉は、やけに私の頭に残った。今思い出すのは、ただ一人。私の頭埋め尽くすのは、この人だけ。
何かに自分を見透かされているようで、どうしようもなく恥ずかしくなった。
「何見てるんだ?」
「ひ、」
辛うじて飲み込んだ悲鳴。私は勢いよく声の元を振り返った。ぱちぱち、と少し幼い表情で座る私を見下ろしていたのは、厚くんだった。
「あ、や、はな、を…」
「ごめん、何か驚かせたか…?」
「ちが、だい、大丈夫、」
ばくばくと耳元からも聞こえる動悸。動揺を隠そうと、私は姿勢を整え、彼から逃げるように机へ向き直る。
かぁ、と自然と熱を持つ頰を止められそうになくて、少し俯いて表情を隠す。
「オレはもう、下書き終わったから、本返しにきたんだ」
「うそ、早い……」
視界の端に映る彼の真っ白なカッターシャツに、厚くんはもう夏服に替えたのだと悟った。
「資料に、花を探してて」
「なるほど」
「うん。まだ、迷ってるんだけど…」
「決まらない?」
「えっと…」
開いている菫のページを、斜め後ろから彼が覗く気配がする。私は必死に自然を装いながら、ページが見える位置に動かしていく。隣の席に手をついた厚くんとの距離が、自然と近づいた。身体が熱いのは、きっと窓から差し込む陽の光のせいだ。そう思いたい。
「菫か」
「うん、紫の花って上品だなって思って」
「確かに。綺麗だよな」
ちらりと見上げた彼の表情に、ぐぅと喉が詰まる。胸が何かに圧迫されたようにきゅうと収縮して、苦しくて堪らない。
目元を細めて、形の良い唇を少し持ち上げた、ただそれだけなのに。その顔を私だけに見せて欲しくて。その綺麗な瞳に、私だけを映して欲しくて。
そんな私の醜い願いが届いてしまったのか、流れるように、彼の視線とぶつかった。慄いた唇が、もうすぐそこまで来ていた言葉を溢れさせてしまう。
「………すき」
ああ、なんて事を。なんて取り返しのつかない事を。頭の何処かではわかっているのに、訂正しようにも体は動かない。だって、彼の瞳には私だけが映り込んでいるのだから。
彼は、ゆっくりと瞬きを一つすると、宝石のようなキラキラとした瞳に、色を乗せながら笑った。
「知ってる」
ふくりと浮かんだ涙袋も、緩やかに下がった眉も、美しく弧を描く唇も、彼の中の『愛おしい』が、全て込められている気がした。
金曜日の6限目は美術。ガヤガヤと白と黒の制服が入り乱れる美術室で、私はぼんやりと空を走る飛行機雲を眺めた。
背後では、まだ何も知らない一年生が許可なく夏服に身を包んでいたことへの不満を述べている。女子部特有の『先輩の許可なく』というやつ。別に夏服くらいいつ着たっていいのに。そういえば、我が部ではテスト期間に入る前に衣替えについて説明していた気がする。マメなことだなあ。
張った糸の様に真っ直ぐ走っていた雲は、いつの間にかボヤボヤと形が崩れて空に溶けかかっている。
私は窓から視線を外し、真っ新なスケッチブックを指で撫でた。
「スケッチブックに下書きができたら、銅板のサイズに合わせた下書き用紙、取りに来なさいね」
美術室の喧騒に負けない強い声。先生が左手に掲げた薄い銅板を見上げ、無難に花でも描こうかな、とシャープペンシルを持ち上げた。
「何描くか決めた?」
「花」
「何の?」
「んー、向日葵…桜、なんかその辺かな」
「決まってないなら図書室行こうよ!本借りてこよ」
前に座っていた友人に誘われるまま、私は席を立った。教室を出る際、視線だけで彼の姿を探す。出席番号順に座っている美術の授業。彼の席には別の生徒が腰掛けている。作品の構想段階は、自由に席を移動していいせいで、厚くんの姿を見つけることはできなかった。
美術室の扉を閉めると、クラスメイトの声が遠退いていく。誰の姿も無い廊下の非日常は、週に一回しかない美術の授業と相性が良いと思う。
授業中の図書室は閑散としていてとても静かだ。
「もうここで描いていく?」
「えぇ、先生から途中で別の指示出たらどうするの」
「ダメかな」
「本選んで戻ろうよ」
ぶぅ、と下唇を突き出した友人を窘めながら、私たちは各々資料を探す。花が載っている図鑑を見つけると、パラパラとページをめくっていく。桜、は枝とか描くのが面倒くさそうだな。あと花も細かいし。薔薇、は花びら沢山とか絶対大変だ。ヤダヤダ。
内心では、描く際の作画コストを一丁前に気にしながら1ページずつ捲る。
あれでもない、これでもない、と見ていれば、先に何を描くか決めた友人が声を上げる。
「私もう決めたから戻っていい?」
「うそ」
「早く描いて早く終わりたいし」
「待って待って」
「ゆっくり決めていいよ。先生に言っとくから大丈夫!」
えぇ、と顔を顰める私を置いて、動物図鑑を手に持った友人が図書室を出て行く。授業終了まであと20分弱。まだまだ戻るまでに余裕がある時間だった。
はぁ、と息をついた私は、本を持って自習用の机に座り本を広げた。丁度、窓を背にした日当たりのいい場所。机のライトを点けなくとも、本を見るのには十分。
金木犀、は可愛くていい匂いがして好きだけどやっぱり花が細かいから描くのは嫌だなぁ。
そんな中、なんとなく目を引いた花が菫だった。紫の花って、なんか上品な感じがしていいよなぁ、って。そんな感じ。
『スミレは、道端で春に花を咲かせる野草である。深い紫色の花を咲かせる。この深い紫色の事を、菫色と云う。』
目で菫についての説明文を黙読しながら、ある項目に意識が向いた。
『「スミレ(菫)」の花言葉は「謙虚」「誠実」。
紫のスミレの花言葉は「貞節」「愛」。
白いスミレの花言葉は「あどけない恋」「無邪気な恋」。
黄色いスミレの花言葉は「田園の幸福」「つつましい喜び」。
ピンクのスミレの花言葉は「愛」「希望」。』
「花言葉…」
私しかいない図書室に、空気に溶けてしまうような声量で呟く。
読み進めていると、西洋での花言葉も記載されていた。日本と西洋で花言葉が違うのか。
私は、細かい字を指先でなぞりながら読んでいく。
紫の菫の花言葉は、
「『白昼夢』と、『あなたの事で頭がいっぱい』……」
吐息を含んだ小さな言葉は、やけに私の頭に残った。今思い出すのは、ただ一人。私の頭埋め尽くすのは、この人だけ。
何かに自分を見透かされているようで、どうしようもなく恥ずかしくなった。
「何見てるんだ?」
「ひ、」
辛うじて飲み込んだ悲鳴。私は勢いよく声の元を振り返った。ぱちぱち、と少し幼い表情で座る私を見下ろしていたのは、厚くんだった。
「あ、や、はな、を…」
「ごめん、何か驚かせたか…?」
「ちが、だい、大丈夫、」
ばくばくと耳元からも聞こえる動悸。動揺を隠そうと、私は姿勢を整え、彼から逃げるように机へ向き直る。
かぁ、と自然と熱を持つ頰を止められそうになくて、少し俯いて表情を隠す。
「オレはもう、下書き終わったから、本返しにきたんだ」
「うそ、早い……」
視界の端に映る彼の真っ白なカッターシャツに、厚くんはもう夏服に替えたのだと悟った。
「資料に、花を探してて」
「なるほど」
「うん。まだ、迷ってるんだけど…」
「決まらない?」
「えっと…」
開いている菫のページを、斜め後ろから彼が覗く気配がする。私は必死に自然を装いながら、ページが見える位置に動かしていく。隣の席に手をついた厚くんとの距離が、自然と近づいた。身体が熱いのは、きっと窓から差し込む陽の光のせいだ。そう思いたい。
「菫か」
「うん、紫の花って上品だなって思って」
「確かに。綺麗だよな」
ちらりと見上げた彼の表情に、ぐぅと喉が詰まる。胸が何かに圧迫されたようにきゅうと収縮して、苦しくて堪らない。
目元を細めて、形の良い唇を少し持ち上げた、ただそれだけなのに。その顔を私だけに見せて欲しくて。その綺麗な瞳に、私だけを映して欲しくて。
そんな私の醜い願いが届いてしまったのか、流れるように、彼の視線とぶつかった。慄いた唇が、もうすぐそこまで来ていた言葉を溢れさせてしまう。
「………すき」
ああ、なんて事を。なんて取り返しのつかない事を。頭の何処かではわかっているのに、訂正しようにも体は動かない。だって、彼の瞳には私だけが映り込んでいるのだから。
彼は、ゆっくりと瞬きを一つすると、宝石のようなキラキラとした瞳に、色を乗せながら笑った。
「知ってる」
ふくりと浮かんだ涙袋も、緩やかに下がった眉も、美しく弧を描く唇も、彼の中の『愛おしい』が、全て込められている気がした。