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混合夢
主人公の名前
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男は目に映る光景が夢であれと強く願った。
「おい、おいおいおい、誰だよこの惨状を作ったのは、おい、姉さん、…!姉さん!!」
男の悲痛な叫び声に、返事をするものは誰一人いない。
義兄の危篤を聴きつけ、日本国の最北端に位置する北海道から遥々姉家族が住む家へとやって来たにも関わらず。義兄どころか、実姉、そして可愛い甥と姪の姿すらない。
あと数十メートルで家に着く、というところで男の視界に移った不自然に降り積もった雪。怪訝に思いながらも雪が積もったせいで建て付けが悪くなった戸を引いたとき、酷く荒らされ、汚された室内に短い悲鳴をあげた。
思わず駆け込み、家中を走り回った。何処にも居ないのだ、男の愛した家族が。そも、道中気が付いたはずなのに、雪を踏み慣らした跡がないことに。埃を被った家屋は、そこにもう人が住んでいないことを物語っていた。荒らされた居間が、家族はもう生きていないのだと知らしめた。
男は血がこびりついた床に立ち尽くす。優しくて暖かい義兄。己を慕い、懐き、目に入れても痛くない程に可愛い甥と姪たち。そして、戦場から帰ってこられなくなった男を優しく抱きしめてくれた愛しい姉。
「あ、あぁ…あぁぁあぁ…………必ず、必ず俺が……必ず俺が、ぶっ殺してやるから…」
虚空を見つめながら、未だ見ぬ仇に行き場の無い殺意を抱く。
男は気が付かなかった。家の外にある妙な膨らみが雪で隠れてしまってはいるが、家族の墓である事に。そして、その墓が五つしかないことに。
*
最近、とある噂を耳にした炭治郎は、任務帰りに同期の善逸と伊之助に話を振った。
「そういえば、2人は『兵隊』を知ってるか?」
「?軍の?」
「あぁ、そうじゃなくて、鬼を狩る『兵隊』だ」
「俺たちの事じゃねぇのか」
「違う。鬼殺隊内での噂なんだ。一年程前から目撃されてるらしい。軍人の格好をした男が鬼を殺し回ってるって」
蝶屋敷へと向かう道中、炭治郎は聞いた話を思い出す。
軍帽を目深く被り、内に着込んだ軍服を隠すように濡羽色の羽織を着ているらしい。銃剣と小銃を装備し、何処からともなく現れては鬼を嬲り、日光に当てて焼き殺す。ある隊士曰く、刀が折れ絶体絶命の際、その『兵隊』が現れて鬼を相手取ったとか。
戦う様は鬼神の如く。容赦無く鬼を蹂躙する様は見ているだけの此方が震え上がるほど。肉を断ち、骨を断ち、悲痛な鬼の悲鳴が今でも耳にこびりついて離れないという。
「こっっっっっわ!!!!!!なんだよそれ!!最早その『兵隊』が鬼じゃねーか!!!!本当に人間!!?」
「日に当たれるから人間だろうな」
「そいつは強いのか!?」
「強いだろうな」
うぉぉぉぉ!!と全く違う意味で盛り上がりを見せる善逸と伊之助を余所に、炭治郎もまた、己の知る『兵隊さん』について想いを馳せる。
炭治郎には叔父が一人いた。母の弟に当たるその人は、母に似て優しくて、それから悲しい人だった。叔父は日本帝国陸軍に所属しており、露国との戦争から生きて帰って来た人だ。叔父と最後に会ったのは随分前になる。帰国した叔父からは悍ましい匂いがしていた。血と硝煙、それから肉の腐った匂い。恐ろしさのあまり、炭治郎は泣いてしまった。目に宿った暖かな温もりは消え失せ、荒んだ瞳は叔父の孤独を表していた。母はそんな叔父にいつも通り接して、父もまた穏やかに彼を迎え入れた。対して、炭治郎は大好きだった叔父にまとわりつくことができなくなり、また叔父も炭治郎に構うことが少なくなった。
叔父はそれから、あまり我が家には訪れなくなり、終いには東京府を出て北海道へと向かったらしかった。父の病気を治すため、金を集めてくる、そう言い残して。
父が危篤の際、慌てて手紙を出したが、叔父からの返事はなかった。今どこでどうしているのか、誰にも叔父の行方は分からなかった。
蝶屋敷に着いた一行は玄関口で声を上げる。
「ただいま戻りましたー!」
いつもならこちらに駆け付けてくる少女たちの足音が聞こえない。生真面目な少女の出迎えもない。お互いに首を傾げながらも外履きを脱いで屋敷へ上がる。
「今日は忙しいのかな?」
「そうだな、きっと手が離せないんだろう」
有難くも三人に与えられた部屋に向かう道中、騒がしい病室が一室あった。
「困ります!しのぶ様がまだ戻ってません!」
「いや、でももう怪我もなんともないし…」
「それでもです!勝手に出ていかれては困るんです!」
「そう言われても…」
生真面目な少女…アオイの声だった。もう一人は男の声。屋敷の主であるしのぶに許可無く屋敷を後にしようとしているようで、それをアオイに窘められている様子。実は怒ると怖いしのぶを、男は知らないようだった。
「念の為手紙は書いといたから、これをしのぶさんに渡しといてくれ」
「いいえ、これはご自身でお渡しください!」
「いいからいいから、」
「あっ、ちょっと!」
引き留めるアオイを強行突破しようとしている男。これは助太刀した方がいいだろうか、炭治郎と善逸は目を合わせると扉をあけて病室へと足を踏み入れる。
因みに、先程から一言も言葉を発していない伊之助だが、彼は表から蝶屋敷に入ることなく、庭から周り道場へと姿を消している。
「アオイちゃん、困りごと?」
「善逸さん、お帰りなさい」
「ただいま!」
アオイからの言葉でデレデレとみっともなく鼻の下を伸ばす善逸。アオイは善逸と扉に隠れていて姿の見えない炭治郎に気がつかなかった。
「アオイさん、ただいま」
「炭治郎さんも、ご無事で何よりです」
「たんじろう…?」
アオイの言葉を反芻して、炭治郎の名前を繰り返した男に、三者の視線は向く。
濡羽色の羽織の下に見えるのは鬼殺隊のものとは異なる、軍服だ。男の手に持つのはこれから被ろうかとする軍帽。肩には小銃を引っ提げ、腰には羽織に隠されているが覗く銃剣の鞘の先。
もしやこの男、さっき炭治郎から聞いた鬼を狩る『兵隊』じゃねーか!?と善逸は珍しく心の内だけで戦慄した。
それに対して、名を呼ばれた炭治郎は男から目を離せないでいた。まだ軍帽を被っていないため、顔が晒されている。知っている、俺はこの人を知っている、炭治郎は懐かしい顔に胸が熱くなるのを感じた。
母に良く似た顔立ちの男は、手から軍帽を落とし、炭治郎にゆっくりと歩み寄る。
「炭、治郎…?炭治郎なのか…?」
「うん、…叔父さん、」
「お前、生きて…っ!その、格好……」
「禰豆子と俺以外、みんな死んで、それで…」
「そうか…そうだな…、嗚呼、炭治郎大きくなったな…」
叔父からするのは驚愕と歓喜、少しの戸惑いと懐かしい愛情の匂い。仄かに香る血と硝煙の匂いは消えていなかったが、肉の腐ったような匂いはもうしなかった。
傷だらけで無骨な手が炭治郎の頭を撫で、頰に滑る。
『炭治郎は本当に可愛らしいなぁ!』
大好きだった叔父が、頰と頭を撫でながらそう言ったことをよく覚えている。会う度に、それが二人の挨拶となっていた。
懐かしくて、暖かくて、炭治郎は泣きたくなった。あの頃幼いながらに恐怖で拒絶した叔父は、何も変わっちゃいなかった。己を愛している事実は、何にも変わっていなかった。
懐かしさに浸っていると困惑気味に善逸が声を掛ける。
「炭治郎、知り合いか…?」
「嗚呼、俺の叔父だ」
「朝霞瑞貴という。炭治郎の母親が俺の姉に当たるんだ」
「えぇえ!!?噂の『兵隊』が炭治郎の叔父さんんんん!!!??」
「噂の兵隊…?」
「では、安藤さんはこの屋敷に残る理由ができましたね」
善逸の絶叫に若干呆気にとられたものの、変態が蔓延る北の大地で暫く過ごした瑞貴は直ぐに噂に食いつく。アオイの一言には流石に参ってしまったが。
「いや、しかしだな…炭治郎と確かに話したいことはあるんだが」
「良いではありませんか。私も朝霞さんとはまだお話したいことがありましたし」
この場には居ない筈の女の声に思わず飛び上がるほど驚いたのは善逸だけだった。
「しししししししのぶさん!?」
「はい、善逸君、炭治郎君、おかえりなさい」
音も無く現れたのは屋敷の主、蟲柱の胡蝶しのぶ。嫋やかに微笑むしのぶは任務帰りの二人に声をかける。
「朝霞さん、遠慮なさる必要はありませんよ。私が良いと言うのですから、是非休まれて行ってください。炭治郎君も次の任務がまだ入っていませんし。ねぇ、炭治郎君」
「はい!俺も、叔父さんと会ったばかりなのに、もう別れるのは…」
炭治郎からの追撃に思わず深い溜息を吐いた瑞貴だったが、「わかった。世話になる」と申し訳なさそうにしのぶへ頭を下げた。
「では、積もる話はあると思いますが、善逸君と炭治郎君はまずお風呂で任務の汚れを落としてきますか」
ぱん、と手を叩くと、しのぶは二人に風呂を催促した。任務で汗もかいていた二人は、しのぶの言葉に頷くと「お先に頂戴します!」と一言断りを入れ、病室を後にした。が、炭治郎だけは少し間をおいて病室に戻り、叔父に当たる瑞貴へと短く声を掛ける。
「叔父さん!俺が風呂から上がるまで待ってて欲しい!絶対に!」
「わかってるよ、早く入って来い」
「うん!また後で!」
弾んだ声色を残して風呂へと向かった炭治郎に、しのぶはしみじみと言葉を発する。
「炭治郎くんも、人の子なんですね」
「そりゃ一体どういう意味だ?」
誤解を生むようなしのぶの言い回しに瑞貴は青筋を浮かべる。普段の長男らしい炭治郎について言及したしのぶに、瑞貴は頷きで返す。父親は病弱で、家族が多かった竈門家だからこそ、炭治郎は人に甘える時間が少なかった。だからこそ、瑞貴に対して子供のような笑みを浮かべる炭治郎は、しのぶの目には珍しく映った。
その後、しのぶは瑞貴を炭治郎が使っている部屋へと案内する。
炭治郎の借りている部屋は7畳ほどの和室で、物など置いていない殺風景なものだった。ひとつ、隅に置いてある箱は気になったが。
「詳しいことは炭治郎君に聞いた方が良いですが、一応挨拶を済ませておきますか?」
「ん?誰と挨拶?」
瑞貴の疑問に答えることなく、しのぶは例の箱に近寄り、コンコン、と軽く叩くと「禰豆子さん」と箱に向かって声を掛けた。
怪訝な顔でしのぶの動向を見守っていた瑞貴は、遂にこの笑顔を貼り付けた娘がイかれたのかと考えていた。炭治郎は確かに禰豆子は生きていると言っていたが、禰豆子は十四になる少女、流石にそんな小さな箱には収まれまい。というか入れたとしても何故そんな箱に入る必要があるのか。
すると、しのぶの声に反応して、箱がひとりでに空いた。
「は、」
長い髪を垂らし、箱から姿を現わす人型の何か。箱に収まるほどの大きさだったにも関わらず、それは徐々に小柄なしのぶより背丈のある大きさに変化した。
「はっ!?」
「うふふ、良い反応ですね」
「えっ!?どっ、えぇ!?」
長い髪から覗くのは、竹を口元で噛ませられた少女。表情に覇気はなく、どこを見ているかわからない。
瑞貴はそんな世にも奇妙な登場を果たした少女を凝視する。
「ね、禰豆子、か…?」
瑞貴の声に反応して、空を見つめていた禰豆子の視線は定まる。とてとてとゆっくりと己に歩み寄る禰豆子の行動に我に帰った瑞貴は膝をついて視線を合わせる。
竹で口元は見えないが、目を細める禰豆子を見た瑞貴は可愛い姪が笑みを浮かべたことがわかった。
瑞貴に向かって伸びる禰豆子の手には、鋭い爪があった。綺麗な瞳にある瞳孔は縦に伸びている。口にかまされている竹の下には、牙も隠れているのだろうか。生き残った姪っ子が、鬼になった事を悟った瑞貴は瞬間的に内に宿った怒りより、深い悲しみが胸の中で広がった。
暖かい体温も、聞こえてくる心音も、生きている人間と何ら変わらないにも関わらず、この子は忌々しい鬼なのだと思うと、遣る瀬無さを感じた。
しのぶはいつの間にか退室しており、叔父を頭から抱える様に抱きしめる姪と、姪に抱きしめられる叔父だけが残されていた。
「つ、らかったなぁ、しんどかったなぁ…」
涙声の瑞貴の言葉に返事はない。
「痛かったよなぁ…!」
禰豆子を憐れんでいるのは瑞貴なのにもかかわらず、慰めるように頭を緩く撫でられているのは瑞貴の方だった。
*
炭治郎が湯浴みを終え部屋に戻ると、縁側に座った瑞貴の膝に頭を乗せた禰豆子がいた。禰豆子は眠っているらしく、瑞貴の腹に顔を埋めるように抱きついている。瑞貴はそんな禰豆子の頭を優しく撫でながら、炭治郎が風呂から上がったことに気がついた。
「炭治郎」
「叔父さん、禰豆子は…」
「しのぶさんが会わせてくれてな。禰豆子もすっかり大きくなったな」
「……うん」
葵枝と顔の似ている瑞貴は穏やかに微笑むと炭治郎に隣に座るように促した。炭治郎は隣に腰掛けると、徐ろに口を開いた。
「禰豆子以外、みんな死んでいたんだ」
「……嗚呼、」
「禰豆子だけ、まだ息があって…、けど、禰豆子は鬼になった。鬼舞辻無惨に鬼にされた…!俺が、俺が一人、三郎爺さんの所で休んでる間に、皆……!」
「…そうか」
二年前の当時の思い出し、怒りに震える炭治郎に対して、瑞貴は静かだった。
「お前たちが苦しいとき、俺はいつも側に居てやれないな、」
炭治郎は、瑞貴から深い後悔の匂いを感じ取った。禰豆子の頭を撫でる手は穏やかで、しかし、漂う匂いは切なくて遣る瀬無い。
「情けない…俺は本当に、どうしようもない男だ…」
「そんなことない!」
炭治郎の強い否定に、瑞貴は禰豆子を撫でていた手を止め、視線を炭治郎へと向ける。炭十郎と葵枝によく似た甥は、いつのまにか精悍な顔つきをする男になっていた。
「叔父さん、俺…おじさんに謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「謝らなきゃいけない事?」
「うん、…俺はずっと叔父さんが怖かった」
「怖い…」
瑞貴は思い当たる節が一つあった。露西亜との大戦の後、初めて竈門家を訪れた時だった。
酷い顔をしていたと思う。同志達の叫び声、爆薬、銃声、ずっと耳の奥から離れなかった。眠れば、耳に残った上官の司令で飛び起きることもあった。記憶に残る凍てつく寒さに身体が震えた。断ち切った肉の感触も、飛び散った血の生温さも。戦場であった出来事全て、己の五感から離れることがなかった。心がずっと、遠いあの地から帰ってこられなくなっていた。
久方振りに訪れた竈門家には、住人が増えており、時の流れを感じた。己だけが取り残されているようで、いつからか心地良かったあの暖かな場所が、居心地悪く感じるようになった。
「あの日…叔父さんが帰ってきてくれた日、叔父さんから硝煙の匂いと血の匂い、それから…肉の腐った匂いがしたんだ」
「そう、か………」
「優しかった叔父さんが、知らない人に見えて、俺、すごく怖くなった。叔父さんは、命懸けで、帰ってきてくれたのに…、ごめん。俺たちが叔父さんを迎え入れなきゃなのに、拒絶するみたいに、近寄れなくなって…。だから叔父さん、北海道に…」
「炭治郎」
瑞貴は空いていた左手で、炭治郎の頭を優しく撫で付ける。
「そりゃあ、身内が突然人殺しになって帰ってきたんだ、びびらない方が土台無理な話だ」
「そんなっ…」
「居心地悪く感じてたのは全部俺が悪い。俺が線引きしてた」
穏やかな表情で炭治郎を見つめる蒼太朗にあの頃の荒んだ面影は見当たらない。
「少し時間が必要だったんだ。俺もお前も…。俺はすっかり遅くなっちまったがな」
くしゃり、瑞貴は端正な顔を歪めると、左手を炭治郎の肩へと回し、己の方へと抱き寄せる。炭治郎はゆっくりと傾き、頭を瑞貴の首筋へ預けるように抱き込まれた。薄まった血と硝煙の匂いに加え、懐かしい柔らかな優しい匂いがした。
「またお前らにこうして生きて会えるなんでなぁ…っ、夢にも思わなかった…!炭治郎、禰豆子、生きててくれてありがとう…、」
「辛かったろう、…苦しかったろう、…っよく生きててくれた…!」
「よく頑張ったな…、お前達は凄い子だ…!偉い子だ…!!」
瑞貴の涙交じりの震える声に、炭治郎もまた、涙を浮かべる。瑞貴の体温に、父と母の温もりを思い出した。
いつの間にか起きていた禰豆子もまた、小さな体で男二人を抱き込むように頭を抱える。ぼんやりとしている瞳は、少しばかり細められていた。
竈門葵枝弟主 (デフォ名:安藤蒼太朗)
顔立ちは葵枝そっくりで口元のほくろは逆側にある。女顔を気にしており、可愛らしい顔立ちだが言葉は少し乱暴。
日露戦争に徴兵され、無事に帰ってくるも、心を戦場においてきてしまい、竈門夫妻とは少し距離がある。
義兄の炭十郎の病を治すために金を集めようと北海道へと赴く。何の因果が同じ部隊に所属していた杉元佐一と再会し、2人で砂金集めをし、アイヌの金塊と刺青人皮について話を聞き、後にアシリパ、白石も加わり行動を共にする。
数年後、義兄の危篤と聞きつけ慌てて竈門家へ駆けつけるが、義兄は亡くなり、更には姉とかわいい甥姪が亡くなったことを知る。家の惨状を目の当たりにし、家族を殺した奴を必ずぶち殺す事を心に決める。
以下、胡蝶しのぶ夢
しのぶが湯浴みを終え、自室に向かっていると、縁側に腰掛け月見酒を飲む瑞貴がいた。
瑞貴は鬼を狩る様はよく言えば勇ましく、悪く言えば悍ましい。しのぶ同様、内に鬼への怒りを秘めた男だった。しかし月明かりに照らされる瑞貴は女顔も相俟って絵になる、の一言に尽きる。
しのぶの気配に気がついた瑞貴は視線だけ寄越し、己の隣を二度手の平で叩いた。しのぶは目を瞬き、そして何時ものように顔に笑みを浮かべるとゆったりと瑞貴の隣へ腰掛ける。
「いい夜ですね」
「そうだな」
しのぶが来ることを見越していたかのように用意してあったもう一つの御猪口をしのぶへ手渡すと、静かに酒を注ぐ。いただきます、と小さく例を挙げたしのぶはそれに口をつけた。
しのぶは瑞貴に密かに親近感を抱いていた。同じく最愛の姉を亡くした身。内に秘める憎悪は想像に難く無い。
月を見上げる男を盗み見る。美しい横顔は、一体今何を思っているのか。すっと月から視線を外した瑞貴と、瑞貴を盗み見ていたしのぶの視線がかち合う。ぴく、と肩を小さく震わせたしのぶに対し、瑞貴は目を細め艶やかに笑う。
「どうした?」
「…いえ、様になるな、と思いまして」
「なんだ?口説いているのか?」
「……あらあら、酔っています?」
「…かもな」
しのぶは瑞貴が酒に強い事を知っている。そして瑞貴もまた、しのぶが知っている事を知っている。普段とは異なる二人の間に流れる雰囲気に、しのぶは笑みを深める事で平静を保った。
「髪を下ろしていると雰囲気変わるな、しのぶさん」
「何時もは結っていますから」
「だな、」
此方を覗き込む男の視線から逃れたくて、しのぶはお猪口に残った酒を一気に傾けた。カッと喉を焼いた感覚に、己が冷静ではなくなっている事を悟る。
そんなしのぶの気も知らず、瑞貴は徐にしのぶへと手を伸ばし、艶やかな黒髪に触れる。瑞貴の手はしのぶの頰に少し触れ、顔に掛かった髪を耳にかける。しのぶはその間、動けず瑞貴の為すがままになっていた。指先が触れた頰が、耳が、熱を持って引かない。
「なん、ですか、」
「顔が、見えないと思って」
いつの間にか笑顔が剥がれたしのぶは、眉を寄せ、顔へ熱が集まるのを耐え忍ぶ。
「嗚呼、その素顔が見たかったんだ」
「……っやっぱり、酔ってるじゃない」
「…いや、酔ってないよ」
硬い掌が耳に触れ、頰まで滑り、優しい熱に包まれる。
「しのぶさん、」
掠れた声で呼ばれる己の名前が、こんなにも切ないものだと初めて知った。
身体が火照って仕方がないのは、湯浴みと、酒のせいだと自分に言い聞かせ、触れる熱に身を任せた。