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混合夢
主人公の名前
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※名前変換無し
短い黒髪に大きな瞳、耳から覗く赤い飾りは少年が持つ魅力を一層引き立てているように見える。
北海道、小樽でその人物は女性からの視線を集めていた。
身につけている洋装は色鮮やかで物珍しかった。
一見美少年かと見間違えるも、彼女は歴とした少女だった。この時代、まだ女性の短髪は物珍しく、中性的な彼女の容姿によって少年かと視線を遣す婦女達に勘違いされているのである。
少女の名前は堀川国広。かの有名な刀工と同じ名ではないか、と思われた方もいるだろう。しかし彼女は刀工で無ければ況してや人間でもない。彼女は刀工堀川国広が打った刀、堀川国広其の物であった。
あの新撰組鬼の副長と恐れられた土方歳三の愛刀である、とされている堀川国広である。
彼女は所謂『刀剣男士』と云われる存在だった。
少女なのに何故男士なのか。それは彼女が元は人間であり、何の因果が彼女の魂が刀剣男士である堀川国広に憑依し、魂の歪みから身体の作りを変えてしまったのである。
堀川国広と彼女が混ざり合ったことにより少女は生まれ、どういうわけか主とする審神者という存在もおらず、彼女は小樽の街を彷徨っているのだった。
彼女、以下国広とする。国広は困惑し動揺した己を隠すように澄ました表情を貼り付け迷い無い足取りで小樽の地を踏み締める。行き先が無ければ当ても無い。
国広は何故己が北海道にいるのか全く身に覚えがなかった。此処に至るまでの記憶が全く無い。
国広は元々人間の女であり、明治から百年以上後の時代を生きる者だった。その時代には『刀剣乱舞』と云う育成ゲームがあり、彼女もまたそのゲームのプレイヤーであった。
彼女は気がついたらそのゲームのキャラクターの一振り、堀川国広の身体を持っており、刀自身の自我と彼女自身の自我が混在している状態だった。
一体全体己の身に何が起こったというのか、彼女はこれ以上目立ちたく無い思いとゆっくり1人で考えたい気持ちから小樽郊外へと向かいひたすら足を進めていた。
好奇の視線から逃げるように街から遠ざかる国広。彼女は視線の主が数多の婦女子から男性へ切り替わっていくのを感じた。間違いなく悪意のある視線だった。
堀川国広は脇差であり、偵察や隠蔽の能力値が特に高い。その為隠してもいない悪意には敏感で彼らが何を狙っているのか一目瞭然だった。勿論撒くことも可能であったが、堀川国広は相対することを選んだ。
「…僕に何か用ですか?」
声変わり前の少年か、それとも少女なのか、どちらとも取れるアルトが発せられた。
身を隠す気のない男たちは背後を振り返る国広をニタニタと気味の悪い笑顔で見据えている。
「隙のねぇ餓鬼だとおもったが…流石勘もいいなぁ」
「身なりもいいし、どこの坊ちゃんだ?」
「遠目からでも随分な上玉だったが近くで見るとうんと別嬪じゃねーか!」
国広の脳裏に人身売買、カツアゲ、強姦の3文字が過ぎる。隠すこともせずに嫌悪に顔を歪める。
「気持ち悪い、」
現代を生きる女性の素直な感想だった。
「なんだって?」
「おいおい坊ちゃん、よほど酷くされたいらしいなぁ。顔は綺麗にとっといてやるから、安心し」
国広は男が言い終わる前に駆け出した。
相手から目をそらさずに腰元の『堀川国広』に手を掛ける。今まで刀の存在に気がつかなかったのか3人の目が大きく見開かれる。だが、国広は刀を抜く事はしない。彼らで本体を汚す必要は無いと判断したからだ。
1人目、顎に掌底を決める。加減をしたつもりだったが、刀剣男士の身体能力は人間のそれを大きく凌駕する。数十センチ飛び上がった男の体は無抵抗に地に落ちた。
2人目、銃を構える前に利き腕を蹴り上げる。素早く近づいて喉元を狙って手刀を下ろせば「ぐぅ」と呻いて喉を抑えて膝から崩れ落ちた。
3人目、背後から刃物を持って襲ってくる気配。姿勢を低くし、砂を掴んで投げつける。視界を奪われスピードが落ちた男に渾身の金的。
「悪いけど、僕も結構邪道でね!」
「あ"っ!?」股を抑え地面に突っ伏す。小刻みに震える男に悪いが、同情することはない。
「すり潰してもいいんですよ?」
「ヒィッ!!!」
「全員不能になりたくなかったら金目のものを置いて今すぐ、」
国広の言葉を最後まで聞く事なく、男は懐から財布を取り出すと此方へ投げ寄越し、気絶している1人を何とか抱えて来た道を戻って行った。
無理もない、国広は美しい顔から表情を消し、僅かな殺気と腰に差してある刀の鯉口を切って彼らを脅した。目の当たりにした全く歯が立たない国広の強さ、得体の知れなさに恐怖を感じ、文字通り尻尾を巻いて逃げていった。国広をただのか弱いお坊ちゃんだと侮っていた男たちは丸腰で、刀をちらつかせられれば逃げるしかなかった。
国広は三流で助かった、と思いながら財布の中身を覗く。残念ながら大した額は入っておらず、1日2日の宿代に消えてしまうな、と肩を落とした。
子供のように口を尖らせ不満げな顔のまま国広は先程の三人の男が去った後も身を隠したままの主に声をかける。
「それで、貴方も僕に何か御用ですか?」
「…気づいていたのか」
「気配には敏感なもの、で……」
「素晴らしい身のこなしだったな。その洋装…警官とも軍の者とも違うな」
賊3人とは違った視線を感じていた。街から離れるため移動している時から、つまりほとんど最初から。その視線から悪意は全く感じず、本当に見ているだけ、国広を観察するような視線だった。
国広の声に応じた視線の人間は長い白髪と髭を携えた老人だった。
国広は目を見開き、その老人を凝視した。
彼女の内から堀川国広の自我が強くなっていく。心が震え、胸が熱くなる。
刀として在るだけのように、泰然と国広の中で存在しているだけだった自我が制御不能のよう主張し出した。
彼女は堀川国広として何故この老人が生きているのか警戒を強めた。が、それを飲み込み、思考を引き摺り込むように堀川国広が興奮しだす。彼女は理性で押さえつけようにもどうにもならなかった。なぜなら彼女もまた、堀川国広だったからだ。身体を彼女の魂に合うものに作り替え、今正にその身体に見合った魂に成るべく、1人と一振りは混ざり合わんとしている。
思わず腰元の『堀川国広』を握る。刀に手をかけたのだ、老人の目も鋭くなり纏う空気も冷たく感じる。
だが国広にとってそんなことはどうでもよかった。嘗て亡くした我が主が今目の前に。胸が高鳴り、頬も色付く。
嗚呼、会いたかった。国広は艶やかな息遣いで目の前の老人を見上げ、死別した恋人と再会した様な声色で名を呼んだ。
「ひじ、かたさん…?」
熱に浮かされた様に恍惚とした表情で土方歳三と思われる老人を見つめる。
対して、土方は国広に鋭い視線を向け、胸に隠し持っていた拳銃を突きつける。
「……どこからの回し者だ」
「や、やっぱりそうだ…!どうして生きて、いやそんなのいいんだ。僕、どこからの回し者でもないです」
ほろ、と国広の大きな瞳から滴が落ちた。
幼気な少女の突然の涙に土方も流石に狼狽る。だが、銃の標準はしっかりと国広に向いたまま。
「…何故泣く、」
「ご、ごめんなさいっ!……あの、土方さん、もう一度、僕を使って下さい」
「なに…?もう一度…?何を言っている」
「廃刀令のご時世、刀なんて使わないかもしれない。蔵にしまって置かれても構いません!それでもいいから、また、貴方のお側に…」
国広は既に理性など飛ばし、ただ土方の側にいられることを願った。自分が人では無いことも、堀川国広であることも隠しもせずに懇願する。
国広の必死な様子に困惑と警戒を表情に滲ませながら、土方はゆっくりと、歩み寄る。国広は袖で乱暴に涙を拭うと顔を上げ、その瞳を見つめる。
彼女は土方と会ったことがなければ歴史上の人物、という認識の筈だのにどこか懐かしい気持ちになった。土方の瞳の奥から、何か強い意志を感じた。
皺もなく、髪も黒く精悍な顔立ちをした若い頃の土方の顔が視界でぶれる。堀川国広の記憶と重なる。
「その刀…!」
「ほっ、堀川国広です!僕は、堀川国広!」
土方は国広の手元の『堀川国広』を見ると目を見開いた。
『堀川国広』にとって、貴方が唯一無二であったように、貴方にとって、『堀川国広』は唯一無二でありましたか。
堀川国広に、彼女が飲み込まれる。一振りと一人は、完全に融け合い、ひとつとなる。
刀と身体の名を名乗ると細く弱く繋がる縁。
「もう一度、僕を貴方のものに。貴方の剣に」
震える手で刀を握り、そっと土方の元へ差し出す。躊躇することなく、土方は刀へと手を伸ばす。皺の多い手は、『僕』の知る土方歳三の手、侍の手だった。
*
「アイヌの残した金塊…刺青人皮…なるほど」
「国広、お前は何ができる?」
「土方さんが望むのであれば、何でもしますよ」
「若い女子が『何でもする』なんて言うんじゃない」
「僕は『土方さんが望むのであれば』何でもします。他の人間の願いなんて聞きませんよ」
「さり気無くいちゃつくのはよして頂きたい。…で、国広くんが得意なことは?」
「えっと…本当に何でもできますよ。強いて言うなら諜報ですかね…第七師団の兵舎にでも忍び込みましょうか?」
「…本気か?」
「ふむ、国広…人は殺せるか」
「はは、やだなぁ土方さん。僕は刀ですよ?刀は人を殺す道具です。闇討ち、暗殺、僕の得意分野ですよ」
土方が永倉邸に連れ帰ってきたのはまだ十代に見える少年だった。ーーその後すぐ少女だと発覚したがーー名を堀川国広と言う。「土方さんの刀です」と満面の笑みで自己紹介されたが、永倉はあまりよく理解していない。土方は問題なく受け入れ、道中何があったか知らないが既に気の置けない仲になっている。土方が信頼するならば永倉が疑う必要はない。屋敷へと招き入れ、まだ若い女子だがこちらの戦力にすると言う。
永倉は一流の剣豪、相手が強者がそうでないかくらいわかる。そして堀川が強者だとわかった。全く隙のないこの少女は、我々と同じくらいの死地をくぐり抜けてきた剣豪だ。いや、己を刀だと、人を殺すための道具だと言う姿は剣豪とは程遠い。正しく刀、そのもののように見えた。
「土方さん、」
「…どうした国広」
永倉邸の縁側、土方の特等席となっているそこで、国広は神妙な顔で土方に話しかけた。目を瞑り、物思いに耽っていた土方はゆっくりと瞼を上げ国広へと視線を向ける。
国広は正座し、『堀川国広』を自身の目の前にごとり、と置いた。国広の意図の掴めない行動に土方は倒していた上体を起こす。
「僕の手入れをしてください」
手入れ、とは刀のだろうか。土方は刀へと目を遣り、そして国広を見つめる。
「…自分ではしないのか?」
「僕では僕を治せません。あ、別に刀身に傷が付いているわけじゃないです、ただ日課として、手入れをしていただきたいなって」
「そういうものなのか…」
「そういうものなんです」
土方は立ち上がり、永倉宅にある手入れ道具一式を取り出し、国広の目の前へと座り込む。刀へ手を伸ばし、鞘を払った。淡々と懐かしい刀の手入れを行いながら、以前国広から聞いた話を思い出していた。
自身を堀川国広だと名乗った少女。戦死したと思われていた年老いた土方を一瞬で見抜いた。
小樽の町で明らかに浮いていた少女は何故か土方の気を引いた。懐かしいような、旧友に会ったような、不思議な感覚だった。気づかれないよう、ある程度距離を置きながら追っていると男3人に襲われた少女。流石に見て見ぬ振りはできず手を貸そうと思った瞬間、手慣れた様子で少女は男たちを伸していった。思わず感心していると最初から土方の存在に気づいていた少女から声が掛けられた。
その後は予想外のことばかり。何処で己の生存を知ったのか、所属を聞いてから口を封じようとした少女が珍しい青い瞳から綺麗な涙を零したのだ。実はこの時まで、土方は少女の瞳が青いことに気がつかなかった。よくよく見るとそれは懐かしい浅葱色。懐古的に感じたのはこれだったのだろうか。
『廃刀令のご時世、刀なんて使わないかもしれない。蔵にしまって置かれても構いません!それでもいいから、また、貴方のお側に…』
神に祈るように、刀を胸元で抱きしめる少女に心が動かされた。この少女の何が土方を惹きつけたのか。女に抱くような色恋のそれではなく、かといって幼い少女を人並みに愛らしいと思うものでもない。
少女の手の中の刀へ目を向けると忘れるはずもない、数十年前手放した脇差であった。
『僕は、堀川国広!』
泣いているのか、笑っているのか、歪められた表情から強い懇願を感じた。心の奥がじんわりと暖かくなる。小さな手が、震える手が、そっと差し出す刀に躊躇なく手を伸ばす。
『もう一度、僕を貴方のものに。貴方の剣に』
心の中の、誰にも、自分でさえ埋められなかった穴が少女の存在で埋まった気がした。満たされなかった何かが、今この瞬間満たされた。
自身を堀川国広と名乗った少女。自身を己の剣と、願った少女。
嗚呼、もう二度と手放すまい。私の刀…俺の堀川国広だ。あの時死に損なったが、今度こそ、共に地獄へ。
油のくもりを取り去り、刀身をじっくりと鑑賞する。姿、地鉄、刃文を眺め、縁側から差し込む陽の光が刀を照らす。
これだけでも十分美しいが、何かが物足りない。横眼で国広を見ると、静かな表情で目を伏せていた。少しだけ瞼の下に隠れた浅葱色の瞳が、刀で反射した光で目映いた。
そうか、堀川国広は、陽の光ではなく____
土方が堀川国広を鞘に納めたとき、微睡む意識の中へ沈んでいきそうだった国広ははっと覚醒した。刀、本刃である国広は土方が施す手入れが心地よく、安心しきっていた。
バレてはいないと思うが、急に恥ずかしくなり頰に熱が集まる。
見られただろうか、半目になっている姿を。容姿は堀川国広のもののため見苦しくはないと思うが…そう思いちらり、土方へ目を向ける。
「やはり美しいな、堀川国広は」
「え、えへへ…」
国広は嬉しくなり、見目の年相応に恥ずかしげに照れた。
「人を斬り、血を多く吸った刀…吸わせたのは私だが。やはり、国広には夜が似合うな」
「……、闇夜に紛れて、なんでも斬りますよ」
「…なぁ、国広よ」
「はい、土方さん」
「今度は、地獄まで共にしてくれるな」
「地獄までなんて…地獄の底までお伴しますよ」
国広は先程の可愛らしい表情から一変、姿勢を伸ばし、土方へ頭を垂れた。
可憐な少女には不似合いなそれも、何故か妙に様になっていた。
短い黒髪に大きな瞳、耳から覗く赤い飾りは少年が持つ魅力を一層引き立てているように見える。
北海道、小樽でその人物は女性からの視線を集めていた。
身につけている洋装は色鮮やかで物珍しかった。
一見美少年かと見間違えるも、彼女は歴とした少女だった。この時代、まだ女性の短髪は物珍しく、中性的な彼女の容姿によって少年かと視線を遣す婦女達に勘違いされているのである。
少女の名前は堀川国広。かの有名な刀工と同じ名ではないか、と思われた方もいるだろう。しかし彼女は刀工で無ければ況してや人間でもない。彼女は刀工堀川国広が打った刀、堀川国広其の物であった。
あの新撰組鬼の副長と恐れられた土方歳三の愛刀である、とされている堀川国広である。
彼女は所謂『刀剣男士』と云われる存在だった。
少女なのに何故男士なのか。それは彼女が元は人間であり、何の因果が彼女の魂が刀剣男士である堀川国広に憑依し、魂の歪みから身体の作りを変えてしまったのである。
堀川国広と彼女が混ざり合ったことにより少女は生まれ、どういうわけか主とする審神者という存在もおらず、彼女は小樽の街を彷徨っているのだった。
彼女、以下国広とする。国広は困惑し動揺した己を隠すように澄ました表情を貼り付け迷い無い足取りで小樽の地を踏み締める。行き先が無ければ当ても無い。
国広は何故己が北海道にいるのか全く身に覚えがなかった。此処に至るまでの記憶が全く無い。
国広は元々人間の女であり、明治から百年以上後の時代を生きる者だった。その時代には『刀剣乱舞』と云う育成ゲームがあり、彼女もまたそのゲームのプレイヤーであった。
彼女は気がついたらそのゲームのキャラクターの一振り、堀川国広の身体を持っており、刀自身の自我と彼女自身の自我が混在している状態だった。
一体全体己の身に何が起こったというのか、彼女はこれ以上目立ちたく無い思いとゆっくり1人で考えたい気持ちから小樽郊外へと向かいひたすら足を進めていた。
好奇の視線から逃げるように街から遠ざかる国広。彼女は視線の主が数多の婦女子から男性へ切り替わっていくのを感じた。間違いなく悪意のある視線だった。
堀川国広は脇差であり、偵察や隠蔽の能力値が特に高い。その為隠してもいない悪意には敏感で彼らが何を狙っているのか一目瞭然だった。勿論撒くことも可能であったが、堀川国広は相対することを選んだ。
「…僕に何か用ですか?」
声変わり前の少年か、それとも少女なのか、どちらとも取れるアルトが発せられた。
身を隠す気のない男たちは背後を振り返る国広をニタニタと気味の悪い笑顔で見据えている。
「隙のねぇ餓鬼だとおもったが…流石勘もいいなぁ」
「身なりもいいし、どこの坊ちゃんだ?」
「遠目からでも随分な上玉だったが近くで見るとうんと別嬪じゃねーか!」
国広の脳裏に人身売買、カツアゲ、強姦の3文字が過ぎる。隠すこともせずに嫌悪に顔を歪める。
「気持ち悪い、」
現代を生きる女性の素直な感想だった。
「なんだって?」
「おいおい坊ちゃん、よほど酷くされたいらしいなぁ。顔は綺麗にとっといてやるから、安心し」
国広は男が言い終わる前に駆け出した。
相手から目をそらさずに腰元の『堀川国広』に手を掛ける。今まで刀の存在に気がつかなかったのか3人の目が大きく見開かれる。だが、国広は刀を抜く事はしない。彼らで本体を汚す必要は無いと判断したからだ。
1人目、顎に掌底を決める。加減をしたつもりだったが、刀剣男士の身体能力は人間のそれを大きく凌駕する。数十センチ飛び上がった男の体は無抵抗に地に落ちた。
2人目、銃を構える前に利き腕を蹴り上げる。素早く近づいて喉元を狙って手刀を下ろせば「ぐぅ」と呻いて喉を抑えて膝から崩れ落ちた。
3人目、背後から刃物を持って襲ってくる気配。姿勢を低くし、砂を掴んで投げつける。視界を奪われスピードが落ちた男に渾身の金的。
「悪いけど、僕も結構邪道でね!」
「あ"っ!?」股を抑え地面に突っ伏す。小刻みに震える男に悪いが、同情することはない。
「すり潰してもいいんですよ?」
「ヒィッ!!!」
「全員不能になりたくなかったら金目のものを置いて今すぐ、」
国広の言葉を最後まで聞く事なく、男は懐から財布を取り出すと此方へ投げ寄越し、気絶している1人を何とか抱えて来た道を戻って行った。
無理もない、国広は美しい顔から表情を消し、僅かな殺気と腰に差してある刀の鯉口を切って彼らを脅した。目の当たりにした全く歯が立たない国広の強さ、得体の知れなさに恐怖を感じ、文字通り尻尾を巻いて逃げていった。国広をただのか弱いお坊ちゃんだと侮っていた男たちは丸腰で、刀をちらつかせられれば逃げるしかなかった。
国広は三流で助かった、と思いながら財布の中身を覗く。残念ながら大した額は入っておらず、1日2日の宿代に消えてしまうな、と肩を落とした。
子供のように口を尖らせ不満げな顔のまま国広は先程の三人の男が去った後も身を隠したままの主に声をかける。
「それで、貴方も僕に何か御用ですか?」
「…気づいていたのか」
「気配には敏感なもの、で……」
「素晴らしい身のこなしだったな。その洋装…警官とも軍の者とも違うな」
賊3人とは違った視線を感じていた。街から離れるため移動している時から、つまりほとんど最初から。その視線から悪意は全く感じず、本当に見ているだけ、国広を観察するような視線だった。
国広の声に応じた視線の人間は長い白髪と髭を携えた老人だった。
国広は目を見開き、その老人を凝視した。
彼女の内から堀川国広の自我が強くなっていく。心が震え、胸が熱くなる。
刀として在るだけのように、泰然と国広の中で存在しているだけだった自我が制御不能のよう主張し出した。
彼女は堀川国広として何故この老人が生きているのか警戒を強めた。が、それを飲み込み、思考を引き摺り込むように堀川国広が興奮しだす。彼女は理性で押さえつけようにもどうにもならなかった。なぜなら彼女もまた、堀川国広だったからだ。身体を彼女の魂に合うものに作り替え、今正にその身体に見合った魂に成るべく、1人と一振りは混ざり合わんとしている。
思わず腰元の『堀川国広』を握る。刀に手をかけたのだ、老人の目も鋭くなり纏う空気も冷たく感じる。
だが国広にとってそんなことはどうでもよかった。嘗て亡くした我が主が今目の前に。胸が高鳴り、頬も色付く。
嗚呼、会いたかった。国広は艶やかな息遣いで目の前の老人を見上げ、死別した恋人と再会した様な声色で名を呼んだ。
「ひじ、かたさん…?」
熱に浮かされた様に恍惚とした表情で土方歳三と思われる老人を見つめる。
対して、土方は国広に鋭い視線を向け、胸に隠し持っていた拳銃を突きつける。
「……どこからの回し者だ」
「や、やっぱりそうだ…!どうして生きて、いやそんなのいいんだ。僕、どこからの回し者でもないです」
ほろ、と国広の大きな瞳から滴が落ちた。
幼気な少女の突然の涙に土方も流石に狼狽る。だが、銃の標準はしっかりと国広に向いたまま。
「…何故泣く、」
「ご、ごめんなさいっ!……あの、土方さん、もう一度、僕を使って下さい」
「なに…?もう一度…?何を言っている」
「廃刀令のご時世、刀なんて使わないかもしれない。蔵にしまって置かれても構いません!それでもいいから、また、貴方のお側に…」
国広は既に理性など飛ばし、ただ土方の側にいられることを願った。自分が人では無いことも、堀川国広であることも隠しもせずに懇願する。
国広の必死な様子に困惑と警戒を表情に滲ませながら、土方はゆっくりと、歩み寄る。国広は袖で乱暴に涙を拭うと顔を上げ、その瞳を見つめる。
彼女は土方と会ったことがなければ歴史上の人物、という認識の筈だのにどこか懐かしい気持ちになった。土方の瞳の奥から、何か強い意志を感じた。
皺もなく、髪も黒く精悍な顔立ちをした若い頃の土方の顔が視界でぶれる。堀川国広の記憶と重なる。
「その刀…!」
「ほっ、堀川国広です!僕は、堀川国広!」
土方は国広の手元の『堀川国広』を見ると目を見開いた。
『堀川国広』にとって、貴方が唯一無二であったように、貴方にとって、『堀川国広』は唯一無二でありましたか。
堀川国広に、彼女が飲み込まれる。一振りと一人は、完全に融け合い、ひとつとなる。
刀と身体の名を名乗ると細く弱く繋がる縁。
「もう一度、僕を貴方のものに。貴方の剣に」
震える手で刀を握り、そっと土方の元へ差し出す。躊躇することなく、土方は刀へと手を伸ばす。皺の多い手は、『僕』の知る土方歳三の手、侍の手だった。
*
「アイヌの残した金塊…刺青人皮…なるほど」
「国広、お前は何ができる?」
「土方さんが望むのであれば、何でもしますよ」
「若い女子が『何でもする』なんて言うんじゃない」
「僕は『土方さんが望むのであれば』何でもします。他の人間の願いなんて聞きませんよ」
「さり気無くいちゃつくのはよして頂きたい。…で、国広くんが得意なことは?」
「えっと…本当に何でもできますよ。強いて言うなら諜報ですかね…第七師団の兵舎にでも忍び込みましょうか?」
「…本気か?」
「ふむ、国広…人は殺せるか」
「はは、やだなぁ土方さん。僕は刀ですよ?刀は人を殺す道具です。闇討ち、暗殺、僕の得意分野ですよ」
土方が永倉邸に連れ帰ってきたのはまだ十代に見える少年だった。ーーその後すぐ少女だと発覚したがーー名を堀川国広と言う。「土方さんの刀です」と満面の笑みで自己紹介されたが、永倉はあまりよく理解していない。土方は問題なく受け入れ、道中何があったか知らないが既に気の置けない仲になっている。土方が信頼するならば永倉が疑う必要はない。屋敷へと招き入れ、まだ若い女子だがこちらの戦力にすると言う。
永倉は一流の剣豪、相手が強者がそうでないかくらいわかる。そして堀川が強者だとわかった。全く隙のないこの少女は、我々と同じくらいの死地をくぐり抜けてきた剣豪だ。いや、己を刀だと、人を殺すための道具だと言う姿は剣豪とは程遠い。正しく刀、そのもののように見えた。
「土方さん、」
「…どうした国広」
永倉邸の縁側、土方の特等席となっているそこで、国広は神妙な顔で土方に話しかけた。目を瞑り、物思いに耽っていた土方はゆっくりと瞼を上げ国広へと視線を向ける。
国広は正座し、『堀川国広』を自身の目の前にごとり、と置いた。国広の意図の掴めない行動に土方は倒していた上体を起こす。
「僕の手入れをしてください」
手入れ、とは刀のだろうか。土方は刀へと目を遣り、そして国広を見つめる。
「…自分ではしないのか?」
「僕では僕を治せません。あ、別に刀身に傷が付いているわけじゃないです、ただ日課として、手入れをしていただきたいなって」
「そういうものなのか…」
「そういうものなんです」
土方は立ち上がり、永倉宅にある手入れ道具一式を取り出し、国広の目の前へと座り込む。刀へ手を伸ばし、鞘を払った。淡々と懐かしい刀の手入れを行いながら、以前国広から聞いた話を思い出していた。
自身を堀川国広だと名乗った少女。戦死したと思われていた年老いた土方を一瞬で見抜いた。
小樽の町で明らかに浮いていた少女は何故か土方の気を引いた。懐かしいような、旧友に会ったような、不思議な感覚だった。気づかれないよう、ある程度距離を置きながら追っていると男3人に襲われた少女。流石に見て見ぬ振りはできず手を貸そうと思った瞬間、手慣れた様子で少女は男たちを伸していった。思わず感心していると最初から土方の存在に気づいていた少女から声が掛けられた。
その後は予想外のことばかり。何処で己の生存を知ったのか、所属を聞いてから口を封じようとした少女が珍しい青い瞳から綺麗な涙を零したのだ。実はこの時まで、土方は少女の瞳が青いことに気がつかなかった。よくよく見るとそれは懐かしい浅葱色。懐古的に感じたのはこれだったのだろうか。
『廃刀令のご時世、刀なんて使わないかもしれない。蔵にしまって置かれても構いません!それでもいいから、また、貴方のお側に…』
神に祈るように、刀を胸元で抱きしめる少女に心が動かされた。この少女の何が土方を惹きつけたのか。女に抱くような色恋のそれではなく、かといって幼い少女を人並みに愛らしいと思うものでもない。
少女の手の中の刀へ目を向けると忘れるはずもない、数十年前手放した脇差であった。
『僕は、堀川国広!』
泣いているのか、笑っているのか、歪められた表情から強い懇願を感じた。心の奥がじんわりと暖かくなる。小さな手が、震える手が、そっと差し出す刀に躊躇なく手を伸ばす。
『もう一度、僕を貴方のものに。貴方の剣に』
心の中の、誰にも、自分でさえ埋められなかった穴が少女の存在で埋まった気がした。満たされなかった何かが、今この瞬間満たされた。
自身を堀川国広と名乗った少女。自身を己の剣と、願った少女。
嗚呼、もう二度と手放すまい。私の刀…俺の堀川国広だ。あの時死に損なったが、今度こそ、共に地獄へ。
油のくもりを取り去り、刀身をじっくりと鑑賞する。姿、地鉄、刃文を眺め、縁側から差し込む陽の光が刀を照らす。
これだけでも十分美しいが、何かが物足りない。横眼で国広を見ると、静かな表情で目を伏せていた。少しだけ瞼の下に隠れた浅葱色の瞳が、刀で反射した光で目映いた。
そうか、堀川国広は、陽の光ではなく____
土方が堀川国広を鞘に納めたとき、微睡む意識の中へ沈んでいきそうだった国広ははっと覚醒した。刀、本刃である国広は土方が施す手入れが心地よく、安心しきっていた。
バレてはいないと思うが、急に恥ずかしくなり頰に熱が集まる。
見られただろうか、半目になっている姿を。容姿は堀川国広のもののため見苦しくはないと思うが…そう思いちらり、土方へ目を向ける。
「やはり美しいな、堀川国広は」
「え、えへへ…」
国広は嬉しくなり、見目の年相応に恥ずかしげに照れた。
「人を斬り、血を多く吸った刀…吸わせたのは私だが。やはり、国広には夜が似合うな」
「……、闇夜に紛れて、なんでも斬りますよ」
「…なぁ、国広よ」
「はい、土方さん」
「今度は、地獄まで共にしてくれるな」
「地獄までなんて…地獄の底までお伴しますよ」
国広は先程の可愛らしい表情から一変、姿勢を伸ばし、土方へ頭を垂れた。
可憐な少女には不似合いなそれも、何故か妙に様になっていた。