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混合夢
主人公の名前
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6月、最近ニュースでは梅雨入りした、とアナウンサーが言っていた。言葉通り、今日も窓の外はどんよりと黒い雲が広がり、細かな雨粒が窓を叩いている。僅かに高い気温と、湿度で教室の空気は些か悪い。
心操は黒板の清掃をしながら、数十分前のHRでの出来事を思い出す。
1人ずつ個別に呼び出され、進路についての話をされた。心操の第一志望は『雄英高校ヒーロー科』一択であった。担任から聞かれたのは一つ、「第一志望、変更ないんだな」少し眉を寄せて不機嫌とも取れる表情で訪ねてきた担任に、心操は「はい、変わりません」と頷いた。その言葉に担任は、「お前の成績なら、問題ないだろう」と言うと、教室へと戻ることを促された。
俺の『成績なら』問題ない、成績だけなら、ね。己を嘲笑するようにクッと喉を鳴らす。
「ねぇ!!大変だよ!」
心操と同じく教室掃除の担当のクラスメイトが声をあげた。何やら興奮しているらしく、身振り手振りで注目を集めている。手には真新しいゴミ袋。きっとゴミ捨てに向かった際に何かの噂話でも廊下で聞いたんだろう。
心操はちら、とクラスメイトが集まる背後へと視線をやったが、興味を失ったように再び黒板に向き直る。
「どうしたの?」
「さっきね、聞いちゃったんだけど…」
「なになに?」
「朝霞さん、雄英の推薦入試受けるんだって!」
ぴたり、女子生徒の甲高い声は心操の耳にも届いた。彼女の言葉に盛り上がった女子たちの高い声が、何か膜を通して不明瞭に聞こえる。
朝霞、朝霞瑞貴。彼女もまた、心操のクラスメイトであった。他の女子のように喧しく騒ぐ訳でもなく、かといって教室の隅でひっそりと過ごす訳でもない。2年の後期には生徒会長に立候補し、見事当選した。3年の前期、つまり今は我らがクラスの学級委員長を務めている。成績優秀で、運動神経もいい。綺麗めな容姿と柔らかい物腰。品行方正、文武両道、容姿端麗。所謂完璧な人間なのが、焔炉衣という女子生徒であった。それだけではない、彼女は個性にさえ、恵まれていた。
ああ、そうだろう、彼女ほど優秀ならば、満を持して推薦するだろうさ、学校側も。
ギリ、と悔しさで思わず歯をくいしばる。恵まれた人間と、恵まれなかった俺じゃ、立ってる土俵が違うんだ。
*
7月、白いカッターシャツが、ベタつく素肌に張り付いて不快に思う。偶々エアコンが点検日で、全クラスの冷房が停止している今日、教室では4台の扇風機が忙しなく首を回している。
クラス担任は放課後になる直前、日直へと指示を出した。
「あー、日直…心操と朝霞だな。放課後残って進路の資料ホチキスでまとめといてくれ。職員室前の棚にクラス毎に分けて置いてあるから取りに行って」
「はい」
「…はい」
朝霞の凛とした返事の後、心操の気怠げな返答が続いた。このクソ暑い中、放課後この教室に残って雑用…、心操は己の運の無さを恨んだ。
放課後、クラスメイトがスクールバッグを持って席を立つ中、心操は朝霞の席へと向かった。
「朝霞、俺資料運ぶから日誌書いといてもらえるかな」
「わかった」
涼しげな目元は暑さなど感じていないように見えた。教卓の横に掛かっている日誌を取りに向かう焔。心操は彼女の背を追うように教室の前方の扉から職員室へと向かった。廊下まで響くクラスメイトの声。「瑞貴ちゃんまたね!」「日直頑張って!」仲のいい友達なら普通に手伝うところじゃないのかよ、いつもトイレまで一緒に行動しているくせに。薄情な朝霞の友人たちに心の中で白い目を向けながら廊下を進む。朝霞の彼女らに対する返事は聞こえなかった。
職員室前の棚、心操のクラス分の資料。裏表印刷された7枚の資料は心操の腕だけではなく、心まで重くさせた。
「お、心操じゃん。お前も日直?」
「…ああ、まぁ」
「この時代に手動で資料作らせるかね?って感じじゃね」
「わかる。しかも今日かよって思う」
「だよな!」
ケラケラ笑う男子生徒は心操と小学校からの付き合いだった。
職員室前は静かで、心操たち以外の人影は見当たらなかった。他クラスの棚は既に空っぽで、残るクラスは心操と彼のクラスだけらしかった。冷房が付いていないはずの職員室は鍵が聞けられており、教師1人としていない。職員会議へと向かった教員らは全員校長室横の会議室へと姿を消しているらしい。この暑さで学校に残る生徒はほとんどおらず、心操のように不運な雑用を押し付けられた生徒しか残っていない。
「往復すんの?」
「面倒臭いからまとめて行こうかと思ってた」
「じゃあ俺もそうするわ」
久しぶりに横に並んで歩く彼と心操は自ずと資料に関連して己の進路についての話へと移っていた。
「やっぱりヒーロー科?」
「…うん、お前は?」
「俺も俺も!」
「だよな、」
「でもさぁ、」
俺らの個性ってヒーローに向いてねぇじゃん、彼の紡いだ言葉に心操は体を硬くした。
「筆記試験は兎も角さぁ、実技試験まじで厳ィよな!」
「ああ…うん…」
「お前は敵向き個性だし、俺なんかクソほど役に立たない個性だしさぁ…まぁ、恵まれなかった者同士なんとか頑張ろうな!」
じゃあまたな!そう言ってクラスへと消えた彼。小学校からの付き合いの彼は、無意識に周りを傷つける天才だった。簡潔に言うと死ぬほどKYで、他人の機微に疎い鈍感男。悪いやつではないのだが、あまり一緒に行動したくないタイプではあった。
彼の言葉は心操の心の古傷を抉るように脳内で反響される。
お前と一緒にするな、お前の個性と一緒にするな、敵向きなんて言うな、お前に何が分かる、お前に、お前なんて、恵まれなかったなんて、
「心操?」
耳障りのいいアルトが心操の脳を揺らした。
扉の開いた入り口から、一向に教室に入らない心操を不審に思った朝霞は日誌を書いていた手を止めて心操へと目を向けている。
はっと我に帰った心操はごめん、と短く謝ると朝霞の座る座席の隣に資料を置いた。
「資料ありがとう。日誌はあと心操の書く欄だけ」
「こっちこそ、ほとんど書いてもらって悪い」
「全然。資料結構あるな…私分けとくから、書いて」
「うん」
それほど親しい訳ではない女子生徒との作業。正直気まずい。かといって心操はそれほど饒舌に話すタイプでもない。朝霞も然り。
そんな心操の脳裏にあの言葉が反響する。『敵向き』『恵まれなかった』あぁ、嫌だ。無言の空間であると余計なことまで考えてしまう。
『朝霞さん、雄英の推薦入試受けるんだって!』
甲高い女子生徒の声でリピートされた。そういえば、彼女は俺と違って、『ヒーロー向きの個性』で、『恵まれた者』だった。
受験生特有のナイーブな心。おまけに悪意なく傷つけられた心操の心。自分とは正反対の朝霞瑞貴という存在。冷房のつかない教室はどうしようもなく暑く、自然と心操を苛つかせる。
羨ましい、恨めしい、
「朝霞」
「なに?」
「雄英の推薦もらったんだってな」
「…は?」
澄ました顔で7種類の資料をまとめていた朝霞は心操の言葉に手を止めた。怪訝な顔で心操の顔を伺う。
「なにその話。気が早くないか」
「女子が言ってたよ、先月くらいに」
「そんなんじゃない、語弊がある。…先生には第1志望の話をしたら推薦の話もされただけで、」
「いいよなぁ、恵まれてる朝霞は」
まるで弁解するように話す朝霞が心操は気に食わなかった。
それってつまり、推薦入試受けられるってことじゃないのかよ。どう違うんだよ。
暑さと先ほどの言葉で、心操は自制が効かなくなっていた。
「俺なんか、個性が『洗脳』で、敵向きなんて言われてるのに、お前は手から自在に火を出して操って…、強個性でオマケに雄英に推薦!ヒーローに、相応しい朝霞が、…羨ましいよ」
くしゃり、前髪を荒々しく掴み、乱す。最後まで焔の顔を見ながら話すことはできなかった。弱々しく最後の言葉を吐き出し、俺はなんて醜いんだ、と自己嫌悪する。
朝霞瑞貴は文武両道で、個性も強力だか、それだけではない。恵まれている、とは言っても彼女は家庭環境が複雑である。両親がおらず、叔母と暮らしているというのは有名な話だ。お喋りな彼女の友人から、心操へと自然と人伝に伝わった。
それでも、個性に恵まれた彼女を羨んでしまう。彼女を見ていると、己がちっぽけな存在のようにも感じられて、余計に心操を惨めに思わせた。
「『敵向き』って、誰かに言われたのか」
「え…、……小学校の頃から言われてるよ…。取っ組み合いの喧嘩してる奴らを止めようと個性使ったら、それからちょっといじめられた」
「そう…。それで?」
「……は?」
「他人の評価を気にして、君はそんなに卑屈になってるの?」
相変わらず涼しい顔で放たれた言葉から、彼女の心の強さを感じさせた。
「確かに個性には、『戦闘向き』だとか、『サポート向き』、『救助向き』色々あるとは思う。けど、『敵向き』か『ヒーロー向き』なんて括りはないだろ。そもそも、そんなもんは個性の使い手による」
「……」
心操は唖然とした。己の悩みも妬みも全部一蹴するかのように持論を述べる朝霞は、宇宙人か何かだろうか。
俺が今さっき思わずこぼした嫌味はお前に何も響かなかったのか?
「個性が『洗脳』なんて、悪いイメージしか持たないだろ…」
「悪い=敵ってことか?なんだ心操、君は頭が固いんだな」
今度は煽ってきたぞコイツ…、先程の朝霞の持論で頭の冷えた心操は冷静に彼女の言葉に耳を傾けた。
暑さと、友人からの悪気のない言葉で酷く傷ついた心操ではあったが、本来彼は理性的であり、感情をを表に出すことは少ない。
「……どういうことだよ」
「さっき言っただろ?個性の使い手によるって。ヒーローが『洗脳』の個性を使えば、敵と交戦することなく無抵抗で捕縛できる。実に合理的で効率的だ。人質を取った敵を迅速に捕縛でき、恐怖に震えた市民を一瞬で救える。なぁ、心操」
いい個性だとは思わないか。朝霞は少し目を細め心操へと目を向ける。ぐ、と言葉に詰まった心操は視線を焔から斜め下へと落とした。
「…照れてるのか?」
「照れてない」
「なんだ、君案外可愛いところあるんだな」
「照れてないってば」
はっはっはっ、とウザ絡みをするように笑った朝霞は作業を再開させた。
自分の個性は自分が1番わかっている。勿論心操は己の個性をヒーローになった暁には焔が言ったように使いたいと思っていた。だが、それを誰かに言ったことはない、言われたこともない。自分ではない誰かに、自分の個性を理解してもらえることは、こんなに嬉しいものなのか。それがこの、朝霞ならば尚更だった。自分の遥か前を走る彼女に、認めてもらえた気がした。きっと朝霞にはそんなつもりはないだろうが。
「そういえば一つ訂正したいことがある」
「なんだよ」
「私の個性は『自在に火を出して操る』個性じゃなくて、錬金術だ。錬金術は化学であって、君たちデタラメ人間の万国ビックリショーのような個性と一緒にするな。そう、私の個性は化学を駆使しているから、まるで魔法みたいにバカスカ火を出しているわけではない。私の手の皮は他人より少し厚いんだが、この指の腹同士で摩擦を起こし、」
「っ、こわ、急に喋り出すなよ…」
「は?君のために私の個性の説明をしてるんじゃないか!いいから話を聞け!」
「いや、わかった。お前の個性はレンキンジュツでカガクなんだろ、」
「それは触りだけだろう、…まって、錬金術について詳しく話した方がいいか?」
「いや、大丈夫だから。暑いしはやくそのプリント纏めてくれ」
朝霞瑞貴、成績優秀、文武両道で容姿端麗。個性は錬金術で、炎を使ったものが得意。実はもう一つ個性を持っていて、色々説明されそうになったから適当に聞き流していたためよくわからなかった。推測、という個性らしい。が、面倒臭いので省略。
朝霞瑞貴は思ったよりよく喋るし、男子に対しては割と容赦がない。意外にも自信家で、野心家。生徒会長になったのも、委員長になったのも「私がてっぺんに立つに相応しいだろう」「誰かを率いるのは私が1番向いている」とのこと。クソ高飛車オンナだった。
…それから、自分の信念は曲げない強い女。仲良くなればなるほど軽薄に感じるが、身内には甘く、優しい。決して他人には見せることはないが、努力家で根は真面目。結構いい性格をしていて、策士。
俺が、彼女にとって親しい友人になるきっかけになった今日。誰かにヒーローになれると認めてもらえた気がした今日を、俺は一生忘れないと思う。
オマケ
「なぁ」
「なに」
「西公園によく来る猫、最近見ないんだ」
「へぇ、タイミングが合わないんじゃないのか」
「そうなんだけどさ、今日はいるかわかる?」
「いや、分かるわけないだろ。なにを言っとるんだ」
「『予知』の個性でわかると思ったんだけど…」
「…は???予知て…何の…、っ!?『予知』じゃなくて私の個性は『推測』だってば!」
「え?なに?」
「君、ずっと『予知』だと思ってたのか!?」
「?一緒だろ」
「違うわ!!『推測』はあくまで推測だ!様々な情報を基にしてありとあらゆる可能性を排除していき、最後に残った結論を選択するのが私の個性!そんなデタラメ個性と一緒にするな!」
「ああ、はいはいソウダッタ、推測ね」
「私を面倒そうにあしらうな心操!!」
朝霞をいじる心操
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幼い頃、まるで誰かの人生を映画のように客観的に眺める夢を見ていた。
黒髪黒目の男性が主人公だった。日本ではなく、どこか外国が舞台のようで、彼は軍人だった。
彼には野望があった。それを成すために沢山のものを奪い、失い、そして掴んだ。
大切な友人が死に、心から嘆き悲しんだ。犯人を心の底から恨んだ。殺したいと思った。
大切な部下たち、彼が気にかけていた兄弟、様々な事情を抱えた人、彼らと共に辛い戦いの末、両目の視力を失いながらも成し遂げた。
彼の名は、ロイ。
彼と私は他人だけれど、私にしかわからない、何か強固な繋がりがあると確信していた。
夢から覚めると、私は必ず涙を流す。彼と離れるのが何だか寂しくて、自然と涙が溢れた。
彼と会話したことなんてない、彼の人生をただ見ているだけ。だけど、感情は共有していた。彼の親友が亡くなった時は、私は高熱を出して泣き喚いていたらしい。「悲しい」「寂しい」「いやだ」「会いたい」と、うわごとを呟きながら魘されていた、と両親から聞いた。
夢の中で、彼は『錬金術』というものを使っていた。指を鳴らすことで、火を出していた。
ロイの人生を見ることで錬金術は化学、というのは知っていた私は、父の書斎に忍び込み、適当に本を見繕ってパラパラとめくって化学とはなんたるか、ということを独学で学んだ。
質量保存の法則、等価交換、錬成陣、理解、分解、再構築、元素記号等。基礎中の基礎を何となく理解していた私は、ロイの見様見真似で炎を出した。結果、書斎の窓は割れ、本に少し炎が燃え移り、私は右手に重度の火傷を負った。ロイのものとは異なり、不完全はそれは暴走して私に跳ね返ってきた。
物音を聞きつけた両親は慌てて駆けつけて、私の個性の出現を喜ぶ暇もなく、病院へと駆け込んだ。
『瑞貴、何が起こったか話せる?』
『れんきんじゅちゅ…』
『れんきん……?…錬金術か!』
『まぁ!…でも、何を錬成しようとしたの…?』
『ほのーをれんせーしようとして、指でまさつおこしたけど、さんそのうどをたぶん間違えたの。思ったよりおおきなほのーが出て、ひのこも本にとび火しちゃった』
『!?なんてことだ!?この子は天才か!?』
科学者だった両親の個性は『物質理解』と『推理』。私は見事に複合個性で、両親の完全なる上位互換個性だった。
私の個性は『錬金術』と『推測』と診断された。
両親は私に沢山の知識を与えてくれた。どちらの個性も頭で全てを理解して使用することが大前提だった。
『錬金術』を伸ばすために、父と一緒に錬成陣を試行錯誤した。特にロイとお揃いの炎の錬成は兎に角失敗を繰り返していたが、父のおかげで少しずつ形になっていった。
『推測』の個性を伸ばすために、母とピタゴラスイッチなるものを沢山作った。装置を見て勝手に計算をする私の脳を駆使して、大仰な装置が完成した。
保育園を卒業する頃、私はロイの夢を見なくなっていった。そして、ロイの記憶も徐々に薄れていった。青い軍服に身を包んだ男性、とどんどんロイの記憶は朧げになっていった。
高校生になる頃には、ロイの人生の詳細はほとんど覚えていなかった。後から調べたら、あれは前世だったんじゃないかと思う。個性が『錬金術』である私が、非科学的な事を考えるなんて、可笑しいと思うけれど。超人社会の今日、前世という可能性より非現実的な人間がいるのに、それを否定することは出来なかった。
両親が亡くなったのは、小学校に上がった頃だった。あるスーパーマーケットが敵に襲われ、死傷者が十数名出てしまった。そのうちの2人が、私の両親だった。
その後叔母に引き取られ、私はその人を保護者として過ごした。何の因果か、ロイと全く同じ人生じゃないかと漠然と思った。
ヒーローになりたいと思ったのはそのくらいだったかもしれない。両親が亡くなり、酷く悲しんだ私は敵が蔓延るこの世の中を許せそうになかった。何故両親が死ななければならなかったのか、どうしたら両親は死ななくて済んだか。敵を殲滅することができたら、きっとこんな悲しくて許せないことは起こり得なかった、と気がついた。
そして、やはり私はロイに似て野心家らしかった。トップヒーローが私のゴールではなかった。敵が生まれてしまう、この国のあり方を、根本から変えたいと思ったのだ。私が目指すのは、その先だと、将来を確信した。
父と共に試行錯誤を繰り返していた炎の錬金術が完成したのは、中学3年の夏だった。
受験勉強と並行して、私はずっと研究を続けていた。もっとも力を円滑に流せる錬成陣を練り続け、右手に残ったままの火傷を隠したいと叔母に相談して、その錬成陣を手の甲に彫った。暫くは包帯をつけて過ごしていたが、赤い錬成陣が陽の目を浴びた日、友人の心操は『何事だ!?』と目を剥いていた。愉快。
錬金術の研究は続けた。論文は旅行記として纏めたり、青春小説のように纏めたり。おふざけで女性の名前で纏めた時は既視感を覚え、少し頭痛がした。
時に、海外の化学者の論文を読んだり、哲学や倫理観を深めるためにその類の本も沢山読んだりした。化学者にとって、モラルは必要不可欠だった。道徳心が無いものに、知識を与えてはならない、と私は思う。でなければ、人体実験等の非人道的な行いが後をたたなくなる。敵殲滅のために、そういった輩を出さないことが、自ずと必要になってくる。
そう、こんな、知能も心も失った脳無みたいな存在を出さないために。
「っ、朝霞!!」
「泡瀬!先に行け!ここで足止めするっ!」
「くそっ、すぐ追いつけよ!!」
左の掌に描かれた錬成陣は、昼間の特訓の際に描いたもの。少し掠れてはいるが、まだ使える。
バチバチッと青い錬成光と共に、土が脳無を覆うようにドーム状に盛り上がる。なるべく分厚いものを作ったが、背後から工具が生えていたヤツにこんな土の塊、時間稼ぎにもならない。
得意の炎はこんな森の中では使えない。
そもそも、プロヒーローを一瞬で伸したバケモノに、私が勝てるのか?
「は、はは」
珍しく弱気になる自分に嘲笑が思わず漏れた。私が負ける?流石に自然法則に逆らって錬金術を使うのは不可能だが、ここで雑魚敵倒さないで何がヒーローだか。私が目指すのはそのずっと先。ここはまだまだ通過点。私の人生の序章に過ぎない。
ドゴン!目の前のドームから大穴が開き、脳が剥き出しのバケモノが再び現れる。
こんな物騒なヤツ、勝つか負けるかというよりも、生きるか死ぬかだな…。冷や汗をたらりと流し、焔は構えた。
「来い、ど三流。格の違いを見せてやる…!」
唸り声をあげて両手足、背中の防具全てを使って襲いかかる脳無を個性を使って躱し続ける。目と脳を忙しなく動かし、的確に脳無の攻撃パターン、戦い方の癖、振り上げた四肢の軌道を推測する。
隙をついて、錬成陣の描いてある左手を地面につき、脳無の動きを制限するように柱を作ったり、足許を掬ったり。
が、流石はバケモノ、まるで虫を払うようかのように朝霞の攻撃を振り切る。
朝霞は炎の錬成を得意としているが、それ以外が苦手なわけではない。常に努力を怠らない朝霞は様々な物質の錬成を行うことができる。壊れたラジオを直すのだって、朝霞にとっては造作もないことだ。そして今も、ただの土をより強固な物に変えて脳無に仕掛けている。にも関わらず、だ。焦りの表情を見せる朝霞の脳内はきっと解剖したら酷くごちゃついていることだろう。
得意な炎が使えず、脳無の人体破壊を試みようにも、錬成陣を描く暇などない。左の油性マジックで描かれた錬成陣が消えたら…、
「がッ…!!!」
避けきれずに受け止めた右の拳は朝霞を5mほど吹き飛ばすパワーだった。
木に背中から打ち付けられ、朝霞はあまりの痛みに一瞬意識を飛ばしかける。うつ伏せで倒れ込んだが、力を振り絞り、振り下ろされるチェーンソーを転がりながらも慌てて躱す。
ギイイイイ!!と恐ろしい機械音が先程まで焔が背中を打ち付けた木の根を抉る。
もう一度土のドームで脳無を覆おうと左手を地面につけるが、錬成反応は起こらない。驚いた朝霞が自分の掌を確認すると、木の枝か何かで引っ掛けたのか、錬成陣を割るように切り傷がつき、皮が剥がれていた。
なんてタイミングだ…!?
痛む身体を無視して体を起こし、逃げる体制をとった焔だったが、脳無の方が早かった。
生えた工具のドリルが、朝霞の腹を貫いた。
「あ"ぁ"っ……!!!?」
慌てて庇うように突き出した左手ごと貫いた工具は、朝霞の体から慈悲なく引き抜かれる。
立っていることなど出来ず、重力に逆らうことなくべしゃり、と崩れ落ちる朝霞。
痛みを通り越して燃えるように熱い脇腹。腹を抑える左手から伝わる血の感触。ドクドクと止まる様子なく流れる血、それでも朝霞は思考を止めなかった。
脳無はこちらから興味を失ったように、泡瀬たちの消えた先へと既に走り出していた。
痛みと悔しさで顔を歪めた朝霞。
ここで終わるなんてありえない。百は頭を打って気を失っていた。泡瀬も百を庇いながらの戦闘なんて難しい。もしここで私が倒れたままだったら、私も百も泡瀬も、命はない。
「ハハ…、あほ、か…」
目に付いた赤い錬成陣の刺青は、火傷で引き攣る肌を隠すように鎮座している。迷ってる暇なんてない、やるしかない。選択肢なんて、ひとつしかないだろ。
「百、泡瀬、死ぬなよ…!」
負傷し気絶している八百万を抱え、泡瀬は必死に逃げ道を探す。
時間稼ぎは朝霞がしてくれてる。B組屈指の実力を持つ朝霞がそう簡単に敵にやられるとは思えないが、背後から聞こえる騒音や地響きは泡瀬の不安を掻き立てた。
あいつは大丈夫、必ず追いついてくる。時間稼ぎをして、ある程度距離が離せたら、絶対に俺たちに合流する。
必死に足を動かしていると、こちらに向かって駆けてくる足音が聞こえた。騒音はいつのまにか止んでいた。
朝霞か?と期待した泡瀬だったが、足音が未成年の女子生徒のものとは異なることにすぐさま気がついた。
嘘だろ、嘘だ…、朝霞が……?ものすごいスピードで追いついてくる誰かに、泡瀬は恐怖を覚えたが、決して足を緩めることだけはしなかった。
暗闇から姿を現したそれは、背後から生やした工具に真新しい鮮血を付けていた。
ヒュッ、と泡瀬は声にならない悲鳴をあげる。べっとりと工具全体についた血は、きっと焔のもの。
「ぁ、ぁあ……!?朝霞…!うそだろッ……!?」
迫り来る巨体に、泡瀬は思わず言葉を漏らす。未だに気を失っている八百万を守るように抱え、今から訪れるであろう痛みに目を瞑った。
「は、はは…セーフか…?」
「…朝霞、」
脳無の背後から追いかける形で現れた級友の声に、泡瀬は薄眼を開けて己の現状を確認した。目の前にいた筈の脳無の姿は見えず、何やら巨大なドームが目の前に広がる。
「簡易錬成陣だと、加減ができなくて…なんとか間に合ってよかった。早くこの場を離れるぞ」
「おま、おまえ…!怪我は!?」
よろよろとこちらに歩み寄る朝霞はパーカーのチャックを外し、セパレートの黒いスポーツウェアが完全に見えている。パーカーは一部が真っ赤に染まり、明らかに血を流しすぎている。しかし、右手で左の脇腹を抑えるが、止血をしているようには見えない。
朝霞との距離が縮まったことで、傷の様子が見えた泡瀬は目を見開いた。
「や、焼いたのか!!?」
「死ぬ気は無かったからな。泡瀬たちにも間に合ったし、結果オーライだが、…正直今にもぶっ倒れそう」
力なく笑う朝霞に泡瀬はほっと息をつく。
しかし、土のドームを内側から壊すように暴れる脳無の音は止まない。
のんびりしている暇はない、と泡瀬は朝霞の腕を引くが、かくんと膝をつく朝霞。
「朝霞!?」
「はぁ、……ダメかも、力入らない」
「うそだろっ、」
一際大きな音が轟いたと同時に、脳無は3人に襲いかかってくる。
恐怖に顔を引きつらせた泡瀬は八百万、朝霞共に庇うように抱き込み、目を瞑る。今度こそ、やられる…!
両手を振り上げ、背中の工具全てを使って迫り来る。だが、一向に痛みはやって来ず、腕の中の2人が何かした様子もない。工具の不快な音は止み、泡瀬も怪訝に思い目を開けると、脳無は武器を身体にしまい込み、こちらなど見えていないかのように背を向けて歩き出した。
「あわ、せ」
唸るような弱々しい朝霞の声にハッと我に帰った泡瀬は腕の中のクラスメイトに声をかける。
「悪い!傷に触ったか!?」
「あと、頼ん……」
小さな声で泡瀬に声を掛けた朝霞は電池切れのロボットのように意識を失った。
デフォルト名:焔 炉衣(ほむら ろい)
雄英高校1年B組
個性:錬金術、推測
錬金術…得意なのは炎の錬成。手の甲にある錬成陣の刺青を介して指の腹同士で摩擦を起こし、炎を錬成させる。普段は発火布でできた白い手袋をつけて個性を出す。その他の錬成も可能。なお、錬成陣を書くために油性マジック、除光液、チョーク等を常に持ち歩いている。
推測…目に映るありとあらゆるものを駆使して数秒先で起こりうる未来を推測できる。大体当たるが、外れる時も勿論ある。
錬金術も推測もどちらも脳内で処理し、個性として発動しているため、キャパを超えると鼻血を出してぶっ倒れる。
名部中学校出身。心操とは中学の同級生。仲は良い。
身長:162㎝
容姿:某焔の大佐そのままの女版。口調はやや柔らかい。
ヒーローコスチュームはあの青い軍服そのまま。
推薦入学者で、B組屈指の実力者。
体育祭では、準決勝で爆豪と当たり、双方良い戦いをするが、爆風で体の軽い炉衣の方が吹き飛ばされ、枠から出ないように壁を作ろうにも錬成陣を書くこともできず、地面に必死にしがみ付いたが、耐えられず場外。不服ながら3位になった。
某大佐のあの傷口を焼くやつどこかで入れたい〜!と思って林間学校にて焼いてもらいました(?)展開を早める天才なので気がついたら怪我を負い、気がついたら傷を塞いでました。申し訳。
爆豪からは「個性被ってんだよクソ女ァ!!」とケンカ売られるといいよ。本人は「いや、君と私の個性全く別物だろう一緒にするな」という様子。
美人で女子に優しくて物腰も柔らかいが、錬金術師のためにどうしても化学オタクみを出したい。暇さえあれば図書館で不明な化学者の不明な論文を漁っている姿が目撃される。偶に英文の論文読んでるし、「化学教えて〜」って行くと謎の呪文が唱えられる。「何故わからない???」「いや、お前フザケンナ化学オタク」という様子。
前世は某大佐ですが、炉衣ちゃんとロイさんは全くの別人。中学になる頃にはロイさんの記憶が朧げと書いてありますが、記憶が薄くなればなるほどロイさんの人柄や口調が炉衣ちゃんと一体化して、徐々に大佐のようになっています。
なんかで見たか読んだかしたんですが、前世の記憶がある人って幼い頃までで、成長すれば忘れていくらしいです。
自分以外の個性に対してデタラメ人間とかよく言ってますが、お前が言うなやと思っても言わないでください。百ちゃんの個性に比べればちゃんと現実的(ではない)だから。
因みに百ちゃんとは個性が似ているので仲が良い。
書いたいところだけ書いたので中身がないです。ここまで読んでいただきありがとうございました。