短編
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ラッキースケベ
普段から表情がよく動かないと言われる。何を考えているか分からない、とは、確か先輩のマネージャーに言われた言葉だった。
試合中は自分がセッターというポジションだということもあり、意図的に表情を動かさないようにはしているが、私生活ではそれ程気を遣っていない。
「わっ!」
目の前を歩いていた女子生徒のスカートが突風により捲れ上がった。
部活の先輩が「風でスカートが捲れてパンツが見えちゃうのって、男のロマンだよなぁ」と言って何人か同意していたが、その時の俺は何を巫山戯たことを、と思っていた。そんな漫画みたいなこと、起こるわけないだろう、と呆れていたのだが。
いま目の前でそれが起きてしまうと、フィクションだなんだと、馬鹿には出来ない。
悲しいかな、男の性とは。目の前で普段お目にかかることができない、女子の隠れた聖域から、目を離すことができなかった。
色は白、所々レースがあしらわれており、紐パンなのかそうで無いのかは定かではないが、左右に大きめのレースのリボンが付いている。可愛らしくもありセクシーさも兼ね備えたそれは正直とても好みだった。
思わず釘付けになったが、このあと訪れるであろう気不味い空間を回避するべく、俺はすぐさま脳を働かせた。
ぱっと後ろ手でスカートを抑えた女子生徒は左右をキョロキョロと見渡した後、恐る恐る後ろを振り返った。
ばちり、そう遠くはない距離を後ろから歩いていたため、視線は直ぐに交わった。
「あ、かあし、くん」
完全にパンツに気を取られていたが、女子生徒は吉澤アキラ。ショートカットが良く似合う、陸上部のクラスメイトだった。一年の頃からインターハイに出場していた彼女は校内でも有名な人で、身長も女子にしては高く、中性的な顔立ちから「王子」という渾名を有している。
そんな彼女が、白レースの紐パン(仮)。普段は見せない表情で彼女はこちらを見つめている。顔だけではなく首まで真っ赤に染まって心なしか瞳も潤んでいる気がする。必死に羞恥に耐えるその表情に、どう誤魔化そうかしていた思考が吹っ飛んだ。赤面が移ったようで、顔に熱が溜まるのがわかる。
恥ずかしいのは俺じゃなくて彼女だろ、そう言い聞かせて何か言おうとするが、彼女の方が早かった。
「ご、ごめん!」
そういうと当初の目的地であろう女子の部室棟へと走り去ってしまった。
見られた、見られた見られた!見られてしまった!
走って女子陸上部の部室に着くと、勢いよく室内に駆け込んだ。まだ放課後じゃない部室に人はおらず、1人ズルズルと扉に背を付けて座り込む。
彼に、クラスメイトの赤葦くんに、私の秘密を見られてしまった。
私、吉澤アキラは陰で『王子』などと呼ばれている。その渾名の通り、身長は170を超えており、髪はベリーショート。顔立ちもお世辞にも可愛らしいとは言えない。不細工ではないが、女の子らしい愛らしさは殆どない。私服だってシンプルでカジュアルなものを着るし、持ち物も可愛げのない物ばかり。
そんな私が、唯一キャラとは異なるものを身に着けている。それが下着だ。下着だけは可愛らしいフリルやレース、小花柄、パステルカラー、可愛くてセクシーなものを好んで買う。ベビードールだってテディも持っている。そんな私の下着への拘りは誰も知らない。今日は部活がミーティングだけである為、おニューの下着を身に着けてきたのだ。白のレースが基調となっている、所謂紐パンティ。
誰に見せるでもない、私の自己満足で身に付けている下着。誰に見せるわけでもない、私だけの秘密。それを、よりにもよってクラスメイトの男子に見られるなんて!恥ずかしくてたまらない。キャラじゃないものを身につけて、馬鹿にされたらどうしよう。いや、赤葦くんはそんな人じゃない、と思う。よく知らないけど、落ち着いていて静かな男子生徒だ。他の男子と馬鹿騒ぎするような人には見えない。大丈夫、大丈夫…じゃない!!恥ずかしい!
暫く頭を抱えて扉の前で蹲っていたが、予鈴が聞こえたため、当初の用事を思い出す。そうだ、私は部室に忘れ物を取りに来たのだった。
ハッとなって自分のロッカーを漁る。お目当の英和辞書を見つけると慌てて部室から飛び出した。
昼休みの後、5限目は英語。移動教室がある、急がなくては。
幸い、赤葦くんと私の席は近くはない。私の方が入り口に近く、彼と顔を合わせることなんて無いに等しい。
…と、思っていたのだが。
「アキラ、先に移動してるよー!」
「うん!わかった!」
教室に向かう途中の廊下で友人とすれ違った。授業開始までまだ4分はある、何とか間に合いそうだ。速足で教室に飛び込むと私の前に立ちはだかる人。すんでのところで体をずらし、接触は避けられた。
「あっ、ごめ、」
「こっちこ、そ…」
「……」
「……」
私とは反対に教室から出て行こうとしていた人は赤葦くんだった。交わった視線を直様逸らし、彼の横をすり抜けて自分の机へと向かう。英語の教科書とノート、それからペンケースを辞書と纏めて持って移動教室へと向かう。教室を出て手持ち無沙汰に誰かを待つ赤葦くんが目に入った。
な、何でまだいるの。早く教室行って。
赤葦くんから逃げるように顔を俯かせて前を通り過ぎようとしたが、彼の待ち人は私だったらしい。
「吉澤さん、待って」
「……なに」
ちら、と横目で赤葦くんを見上げると、とても居心地悪そうにこちらを見つめていた。
授業に遅れそうなこのタイミングで一体なにを話すのか。英語教諭がチャイムより遅れてくる人だから良いものの、あまり遅れることはできない。
「その、謝るのは、俺の方なのに…言ってなかったから、ごめん」
「え…、いや、そんな…!見苦しいものを見せてごめんって事で…」
「いやいや、見苦しくな、い…というか…あの、」
気まずそうに、申し訳なさそうに謝られるとこちらが居たたまれなくなる。キャラと180度違う下着を身につけるクラスメイトなんて痛すぎる、しかも結構過激め。そう思って謝ったのだが、赤葦くんからは思ってもみない否定の言葉。
自分の失言に気がついた赤葦くんは掌で口元を押さえてじわじわと顔を赤くしていく。
意外な反応に、思わず目を丸くする私。赤葦くんって、羞恥心とかあるのか。恥ずかしい思いをしたのは私の筈なのに、彼の表情が新鮮で思わずまじまじと見つめてしまう。
「き、教室行こうか。遅れちゃうし」
「う、うん」
ふい、と顔を逸らされ、逃げられた、と思った。
2人の間に会話はなく、お互いに無言のままチャイムギリギリに移動教室に駆け込んだ。何事もなく私は自分の座席に座り、赤葦くんも赤葦くんの席へと向かう。
「この文章の場合、関係代名詞はthatで……」
英語教師のしゃがれた声を聞き流しながら自分より前の席に座る吉澤さんに視線をやる。
綺麗に伸びた背筋に、集中して解説を聞く表情。彼女にこそ『凛々しい』という言葉がぴったりだと思う。
そんな吉澤さんの制服の下に身につけているのは、あの俺好みの下着。するつもりもない想像が掻き立てられ、体の奥が熱くなる。
授業中に一体何を考えてるんだ俺は。すぐさま自己嫌悪に陥り、事無きを得るが、これももう5回は繰り返している。いい加減己の不甲斐なさに嫌気がさして来たため、意図的に彼女から視線を逸らす。
少しずつ頭が冷えてきて、彼女に対しての罪悪感が押し寄せてくる。本当に、俺は何てことを。
この授業が終われば、後は選択科目。俺が選んだのは生物で、確か吉澤さんは化学。いい加減下着を想像して掻き立てられる本能に疲れてきたところだ。クールダウンさせてくれ。誰にいうでもなく心の中でひとりごちる。