鬼の目にも涙
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まだ、ユウが神田ユウになる前。マリと共にティエドールの元へ数日かけて向かっている道中、ユウは毎晩の様に夢にうなされていた。ユウのものではない記憶、アルマに手を下す自分。二つの悪夢がユウを毎晩襲い続けた。
目に見えて心労しているユウにマリも休むことを勧めるが、休んだところで魘されてまともに寝られない。
眠りたくない、そう思っても寝不足が続けば常に眠たい状態にある。今宵もまた、自然と瞼は落ちてしまうのだった。
「いらっしゃい」
知らない女の声が耳に入ってくる。ユウにとって知らないはずなのに、警戒心は湧かない。心はどこまでも穏やかだった。
「あんた誰」
「私はリサ、君は?」
「俺はユウ」
普段なら絶対に教えない名前。行動を共にしているマリにもまだ教えていない名前。彼には「坊や」を辞めて「少年」と呼ばせている。
何故見ず知らずの女に名乗ったのか。ユウには分からなかったが、この女に名乗らない、そんな選択肢はなかった。
ユウにとって、今ここが現実なのか、夢なのか、そんなことを思考する能力はこの時持ち合わせていなかった。
「なぁリサ、ここはどこだ」
「ここは……私の世界だよ」
「世界?こんなところで1人、寂しくないのかよ」
「寂しくないよ、今はユウが居てくれるから」
ユウが立っている場は何もない、まさに無、の世界だった。文字通り『無』。本当に何もないのだ。寂しくて虚しい。じわじわと冷たく、身体も心も蝕んでくる感情にとても寒くなってきた。
そんなユウに対して、リサの言葉はとても暖かかった。見ず知らずの女だが、マリと同じようにユウの存在に感謝してくる。むず痒い。
それに、リサに名前を呼ばれるのは、心地が良かった。
「酷い顔色だ、眠れないの?」
「眠れない…悪夢を見るんだ。だから俺は眠りたくない」
「そっか、怖い夢にうなされているんだね」
初対面の筈なのに、リサの問いかけに素直に答えるユウ。行動を共にしているマリに対してこれ程素直な受け答えをしたことはないのだが。
怖い夢とは一言も言っていない、悪夢と言ったんだ。リサからの子供扱いにムッとしつつも訂正は入れなかった。リサの声があまりにも慈悲に溢れていてドギマギしてしまったのだ。
それから他愛も無い話をした。なんて事の無い、アルマとの思い出話だった。楽しい思い出ばかりではない、間違いなくアルマとの話はユウの心の傷でしかなかった。悪夢の原因の1つとも言ってもいい。だが不思議と苦しくはなかった。
「そろそろ起きなきゃね」
「…もう会えないのか?」
「まさか!でも毎日は難しいかも」
リサの言葉に、これは夢だったのかと思い至る。一緒にいたのはほんの僅かな時間だったのに、ユウはすっかりリサに心を許し懐いてしまったようだ。きっとこれがユウの夢でしかないことが関係あるのだろう。
「また怖い夢見て、どうしてもしんどくなったら会いにおいで」
「うん…」
「ユウなら大丈夫!いつでも私は見守ってるよ」
ゆるり、頭を撫でられる暖かい体温。それを最後に、ユウは朝日の眩しさに目を開ける。
その日、悪夢は見ることなくぐっすり眠れたユウはすっきりと目を覚ました。
何か夢を見ていた気はする。内容は朧げで鮮明には思い出せない。
女と話した気がする。名前も容姿も覚えていない。耳障りのいい、声の高さと声量だった。暖かい夢だった。
俺はまだ知らない、夢で出会ったリサがイノセンスであることなんて。
その日から悪夢にうなされることは少なくなった。
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