鬼の目にも涙
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リサは微睡みの中、小さいながら引力を感じていた。リサが選んだ嘗ての適合者によく似た気配だった。だけど彼より暗く、冷たく、彼以上に意志の強い。純粋に惹かれた。
そんな折、彼とユウは共鳴したらしい。リサの意識も覚醒してくる。
この場にいない、聴こえるはずのない声がリサの身体を震わせる。
「どうして…っ!会いたい気持ちが捨てられねぇんだよ!!」
___…私を、使って!___
ユウの強い気持ちに応えるかのように、リサの言葉を表しているように、イノセンスは安置室から真っ直ぐユウの元へと現れる。
驚愕で見開かれた瞳は涙で濡れていた。あどけない表情は一瞬で、眉を釣り上げ怒りを露わにし、般若のような形相でイノセンスを睨みつける。
___私がいれば君は助かる___
聴こえるはずがないのだが、リサはユウに語りかける。リサはもう意地などかなぐり捨て半分ユウと同調してしまっている。彼から、彼の一部を移植されたユウへと二代に渡り同調するのだ、ユウの心情など火を見るよりも明らかだ。
___"あの人"に会いたいでしょう___
リサの言葉が聞こえているかのようにユウの表情は変わっていく。憎しみの炎が宿る瞳は、目蓋の裏に隠れた。ユウは悔しげに眉を寄せる。何も迷う必要はない。リサの手を取るだけで、ユウの最も成し遂げたいこと遂げられるかもしれない。
ユウの心は一つに決まった。
「とんだバカだ…。バカ過ぎる…」
イノセンスと同調することを選んだユウは固く閉ざされていた分厚い扉をイノセンスで切り壊し、一歩一歩足を進める。
掠れた小さな声は弱々しく、頬を伝う涙が、美少年の哀れさを演出していた。
どうする、これから。研究所の奴ら、全員殺してやろうか。
一瞬過ぎるは憎しみ、怒り、復讐心。ユウが思考することは間違っていない。そう思っても仕方のないことを研究員達はしてきた、されてきた。
本当に、悲劇でしかないと、リサは思う。出来れば己で人を殺して欲しくはないが…この時ばかりは目を瞑ろうと思ってしまった。ユウを拒絶し続けていた嘗ての自分に、ユウに対して罪悪感で胸を痛める。
ユウはふと、不規則にリズムを刻む機械音に足を止める。手当たり次第切り壊し続けた扉の先に嘗ての己を助けてくれた大男が眠っていた。
駆け寄り男の様子を伺う。額に目を背けたくなるような大きな傷があった。リサも思わず眉を寄せる。
「これ団服…?エクソシストだったのか」
___なになに?ユウの知り合いなの?___
「まさか…、こいつも計画の実験体…!?」
リサは再三言うが、聴こえるはずもないのにユウに尋ねる。案の定リサの質問に回答は返ってこない。
ユウが男の容態をよく見るために、術式を無理やり破った血塗れの手で男の額に手をかざす。その拍子に掌から血が額へと垂れ、意図せず深い傷口に流れ込んで行く。
すると額の傷が塞がっていき、男の仮死状態が嘘の様に回復した。心電図は瀕死の状態から正常な数値へと跳ね上がり、男の体も文字通り跳ね上がる。
「えっ!?」
「う…っ、」
___ええっ!?___
思わずユウもリサも驚愕に声を上げる。男の額の傷は完全に塞がっていた。唸り声を上げながらゆっくり起き上がる男の様子にユウは驚きを隠せない。
「えぇえっ!?」
「ん?……その声、こないだの坊やか?」
やはり先程までの瀕死の男が信じられないくらいピンピンしている姿を受け入れることはどだい無理な話。ユウはピシリ、と石の様に固まってしまった。
******
「……アンタ落ち着いてんだな」
マリを背負い、腹這いで通気口を進むユウ。額の傷は確かに塞がったが、マリのその他の傷は癒えていない。マリ自身のイノセンスが外されていなければ自分の体位は運べるらしいが、第二エクソシストとして造られたユウの特殊な身体能力と体で運ばれることが脱出を試みるのに最善策である。
徐々に冷静になってきたユウは静かにマリに問いかけた。
「エクソシストの人造化のことか?」
とてもじゃないが、さっきまで計画の実験体になりかけだった人間には思えないくらい、落ち着いた声色だった。
「全然…怒りで気が変になりそうだ。それでも、なんとか正気でいるのはキミの…おかげかな。キミがそばにいてくれるからだよ」
マリの言葉にようやっとマリの腕が怒りで震えていることに気がついたユウ。そして思い出す、アルマと過ごした瞬間が、脳裏に浮かんでは消え、浮かんではまた消える。
「独りだったら、どうなっていたかわからない」
『逃げて』
鴉に縛られ、満身創痍のくせに俺を逃がそうとしたアルマ。表情は苦しそうにしていながらも、ヘタクソに笑っていた。
『僕も一緒に…』
どれだけ邪険にしても、威嚇しても、拒絶しても、なんども立ち上がっては俺と友達になろうと声をかけ続けた。アイツ、やっぱりストーカーだろ。
『大丈夫?またうなされてたね』
ユウが身に覚えのない夢、記憶に悩み、うなされていたときだって心配そうにユウを伺ってた。
俺にはアイツしかいなかった。いや、アルマがいてくれたから今までどうにかなっていた。
アルマ…あいつを連れて、ここから逃げよう。教団も戦争もどうでもいい。怒りも怨みも全部飲み込んでやる。あいつと一緒だったら、
ユウとマリは通気口を抜け出し地上に出た。相変わらずマリは自分では体を動かせないので、ユウがマリをおぶり移動することにする。
暫く歩いて、見覚えのある友達の姿を見つける。ユウは再び、アルマと再会を果たした。
「ユウッ!無事だったんだね!」
「アル…」
喜色満面、少し瞳を涙で濡らしながらだがアルマの表情と声は明るいものだった。アルマを見つけたユウもそれに呼応するように声も表情も華やぐ。
しかし、ユウは不自然に言葉を止める。
先程までは冷気でよく見えなかったが、彼らの足元には地獄が広がっていた。
沢山の鴉たちが、糸の切れた操り人形の様に地面も身体も真っ赤に染めて横たわっていた。四肢はあらぬ方向へ曲がり、鋭い何かで斬られた傷口。
「うしろのおっきいのダレ?」
赤、赤。一面、赤一色だ。
アルマの言葉を辿る様に落とした目線をゆっくり上げていく。よく知る顔が、硬く目を閉ざしている。腹から、口から、溢れた赤から目を反らせない。真っ赤に染まったアルマのイノセンスに背中から突き刺され、沿った体によって表情まではっきりと見える。
「ユウ、会えて嬉しいんだけど」
リサは崖の縁に立っている様な気分になった。別に自分の死を予感しているわけではない。だが、自分の心が窮地に追いやられている気になった。
彼女の人生の結末は知らないが、AKUMAに殺されたのだ。天寿を全うした、とはとても言い難いだろう。
「ぼく、キミを殺さなきゃ」
そして今度はなんだ。嘗て愛した男の生まれ変わりといっても過言ではない存在、現在は唯一無二の親友の姿になったユウを殺して、この世が地獄じゃないのなら、一体なんだっていうんだ。