鬼の目にも涙
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あれから何度も
どう足掻いても、少年と私は同調しない。あの子ではダメなのだ。
そもそもあの手のガキが私は嫌い。なんなのあの子!!口悪すぎだし生意気すぎない!?何かと私に向かって悪態つくし、「くそったれ」とかこっちの台詞なんですけど!!
何よりもあの目が嫌いだ。あの何も写してないような真っ暗な目。絶望に染まりきって、まるで…そう、泥の中にいるみたい。
泥の中…蓮華の花…いつか聞いた言葉だ。彼女のイノセンスもここにあった。教団は死んでも尚、"彼"と"彼女"を縛り付けるらしい。
馬鹿馬鹿しい、こんな同調テストいくらやっても無駄なのに。
『再生まで約490秒、320秒程で動作可能になります』
『ユウ、もう一度だ』
アホくさ、と目の前に血を流し倒れる子供を前に思う。最早呪いの言葉にしか聞こえない。「もう一度」いい加減聞き飽きた言葉だ。
何度やっても無駄だってば。言葉で伝えることはできないので少年を拒絶することで表してるのに、きっと一生伝わらない。
隣の仮面の男たち、通称鴉の連中に支えられて、また立ち上がる子ども。私は無感動に空を眺めていた。少年の口が小さく動く、「くそが」生憎声に出す元気はないのか息を吐き出しただけだった。その言葉にどれだけの嫌悪感が含まれているのか、何に対しての言葉なのか、大体の予想はつく。
負の感情に対して負の感情で返して何が悪いの?
今日もまた、私は少年を拒み跳ね除ける。
******
そんなある日、ぱったりあの子の姿を見なくなった。勿論同調テストは行われない。安置室から出ることがなくなって数日、上から人の気配がした。
何故上から?なるほど、真上の実験室からイノセンスを繋ぐ管を伝って降りてきたのか。
「ぅわ」
あの子じゃない、子供の声。思わず見上げると両手足が血だらけのやっぱり半裸の男の子。彼も被験体のように見える。何かあったのだろうか。
「いっぱいある。イノセンスの安置室か…?」
そうだよ、と聞こえるはずもないのに返事をする。おや、この子…。
子どもに応えるかのように彼女のイノセンスが淡く光り出した。まさかこんな近くにいたなんて、生前彼は彼女の死に目に会うことも出来ず、死んでいったのに、まさかこんな形でずっとそばにいたなんて。皮肉も皮肉、やはりこの世は地獄でしかないのか。
イノセンスに触れようとするアルマを妨害するように何処から現れたのか白い紙が彼の体全てを覆うように張り付いた。その一瞬でアルマの体を中心に炎が燃え上がる。
鴉か…熱くはないが、眩しさに思わず目を細める。
「イノセンス」、喉が焼けて再生なんて全く追いついていないのに、掠れた小さな声ははっきりと私の耳に届いた。
「ユ…を…」
鴉の暴挙なんて気付かないくらい私は少年から目を離せなかった。
なんでそんなに必死なの?痛くないの?熱くないの?そのイノセンスで君は何度も苦しめられて、殺されたでしょ。
「ユ…ウを」
彼女もそうだった、イノセンスなんかの適合者であったがために、戦争に駆り出されて、まだ若くてこれからもっと楽しいことがあったはずなのに。自由を奪われ、無縁であったはずの戦争の前線に立って、最期は愛する男にも会えずに死んでいったじゃないか。
「ユウをたすける」
さっきまでとは違い、厭にはっきり私の耳に聞こえた言葉。彼女とこの子が違うところなんて、身体の器でしかないってことか。教団も上手いこと考えたもんだ。身体が変わってしまっても、本質は一緒だって?
ユウを助けてどうするの、私の言葉は空間に溶けて消える。なぜ体を張ってそこまでするのか、最近同調テストがずっと行われていないから、私にはユウの状態がわからない。何があったのか知らない。いや、知ろうともしなかったかも。思わず苦笑する。
ユウ、君は今もしかして絶対絶命なのかもね。だからもし、君が私を望むのなら力を貸してあげる。今までの罪滅ぼしなんて言わないよ、許さなくていいから、私を君のために利用して。君が求めるのなら、君が私を手放すまで君の力になるって誓うよ。
私はイノセンスを手にしたアルマの異変に気づくことなく、意識を深く沈めていった。
******
気がつくと、ただただ暗い空間に突っ立っていた。立ってはいるが、上も下も、左も右も無いような不思議な空間だった。何も聞こえない、何も感じない。俺だけが、たった1人、世界から切り離されたような。
ゾッとした。同時に不安になる、孤独とはこんなにも恐ろしいものだったか。
「アルマ!!」
たった1人の友達の名を呼ぶ。あのお節介の、ストーカー気質で人が良すぎる俺の友達。
大声を出したはずだったのに、俺の声は響かない。
「いないのかよ!くっそ、博士!」
また1人、頼りなくはあったが優しすぎた男の名を呼ぶ。エドガー博士、勿論返事はない。
どうなってる、此処はどこだよ。なんで俺は、俺は…眠ったのだ。2度と起きることのない、眠りについた。正しくは眠らされた、だ。
解放されたのだった、体が悲鳴をあげ、それでも続く同調テストから。地獄から俺は解放されたのだ!あのくそサーリンズの声を聞くことも2度とない!俺は、助かったんだ!
「助かったって、なんだよ…!!」
歓喜する俺の心の内とは正反対の言葉が口から吐き出された。
眠る直前にあった出来事がフラッシュバックする。おかげで心の中はぐちゃぐちゃだ。俺はどうすればいい、こんな、こんな。整理のつかない感情に、頭の中は散らかり放題だった。
ほぼ錯乱状態だった俺の耳に、すっと入り込む声があった。聞き覚えはなかったが、よく馴染む心地良い声であった。
「ユウは、何がしたい?」
「俺は、何がしたい…」
女の声だった。知らない女の声。声の主は誰なのか、なんて考える暇なく俺は女の言葉を復唱する。
「君の1番したいことは何?」
「俺の、1番したい、こと…」
意味もなく女の言葉を繰り返す。ただそれだけなのに一つ一つ、いらない感情を捨てていく。相変わらず暗い空間にいるはずなのに、脳がすっきりしてくると視界も開けている気がしてきた。勿論視界は暗いままだが。
「誰かに、会いたいんじゃない?」
「会い、たい…」
そうだよ、俺は会いたい。ずっと会いたい。研究所の人間じゃない、勿論博士でもない。そして、アルマでもなく、会ったこともないはずの人に。
『見たいなぁ、一面に咲き誇ってるところ』
『いつかふたりで一緒に見ることができたら…』
『ホントに?おじいさんとおばあさんになっちゃってもよ?』
『…待ってるね、ずっと』
見覚えのない景色、見覚えのない女性、聞き覚えのない声。きっとこれは、死ぬ前の俺の記憶。"ユウ"になる前の、俺の記憶だ。どちらの声も穏やかで、でもどちらも切なそう。どうしてそんな哀しげな顔で微笑んでるんだ?
彼女は、『待ってる…』ってそう言ってた。待っているなら、迎えに行かなければ。会いに行かなければ。
「なにそれ、義務感?」
「違う…俺が会いたい」
すんなり俺の口から出た言葉。言葉にすると、より一層その欲求が俺の心を締め付ける。会いたい、そうだよ、会いたいんだよ。
「会いたい…!」
「…じゃあ起きなきゃ。起きて、」
一緒に会いに行くよ。女の言葉を最後まで聞くことなく、俺は意識を浮上させていく。
※ユウの深層心理の話。その後目を覚ますと当然のように此処で主人公と話していたことなど覚えていません。あの人に会いたいという気持ちだけが強く残る。