鬼の目にも涙
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表情豊かで、よく笑い、よく泣く、典型的な良い子だなというのが最初の印象だった。
僕と彼女は所詮ただの同僚で、エクソシストで、明日死ぬともわからない立場だった。だけど自然と惹かれていき、いつのまにか僕は彼女を愛してしまっていた。
僕が怪我をして帰ってきた時、彼女は泣いていた。
嗚呼、そんな顔しないでくれ。いつもみたいに笑顔でお帰りと言ってくれ。僕は大丈夫、すぐ治る傷だ。だからどうか、僕の大好きなあの笑顔で笑ってくれ。
ベッドの上から伸ばした手を、優しい温もりが掬ってくれる。嗚呼、僕らは、まだ生きている。
「いつか、この聖戦が終わったら、僕と、」
「待って」
ここずっと悩んで悩んで、やっと決断できたのに、彼女に遮られる。どうして止めるんだと、少し熱い顔を誤魔化すように彼女を睨んでしまう。
「この花が咲いたらにしましょう?」
「どうして、」
「だって聖戦がいつ終わるかなんてわからないもの。」
彼女の言うことは最もだ。長らく続くこの聖戦の終わりなど全く見えない。もし終わったら、なんて言ったらいつになるのかわかったもんじゃない。それに、何人もの仲間が死んでいくなか、いつ僕たちの番が来るのか…。
「見たいなあ…。」
「え?」
「ここの花が一面に咲き誇ってるところ!さぞかし綺麗なんでしょうね。」
「そうだなぁ…。」
「いつか2人で一緒に見ることができたら…。」
彼女の言葉と憂いを帯びた表情に目を丸くする。
嗚呼、やはり、彼女は可愛い人だ。
「どうして笑うのよ…。」
「いや、ごめんっ、」
拗ねて少し頬を膨らませるのもなんとも愛しい。
彼女が逃げてしまわないように、左手に自分の右手を絡ませる。
「いつか、じゃなく毎年みよう。」
「え…ホントに?」
「当たり前。この花が咲いて、それから一面に咲き誇って、それを毎年見に来よう。ずっと。」
今度は彼女が僕のことを笑う番だった。なんだかとても恥ずかしいことを言ってしまった。柄じゃなかったな、と羞恥から逃れるべく少し目を伏せる。
「…なんだよ、」
「ふふ、いいえなんでも。約束、おじいさんとおばあさんになっちゃってもよ?」
「あぁ、約束だ。」
「えぇ、待ってるね。ずっと、待ってる…。」
震える彼女の肩をそっと引き寄せる。泣かないで。俯く彼女は地面に1つ、2つとシミを作る。
「お願いだから、無事に帰ってきて…?」
「勿論だ。」
「私、待ってるからね…?」
「うん、待っててくれ。」
今度は正面から彼女を抱きしめる。僕の肩に顔を埋め、彼女の涙が僕の団服を濡らしていく。
明日から僕は長期任務に就く。長期と言っても1、2ヶ月だろう。それまで彼女と会うことはない。なんでも、赴いた人間は過半数が死んでしまったとか。
万年人手不足で遂に僕に白羽の矢が立った。仕方ない。なんてったって、僕らはエクソシストだ。神の使徒…僕らエクソシストにしか、AKUMAは倒せない。
彼女が死んだという訃報が僕に届いたのは任務に就いて3週間ほど経った時だった。戦火はますます激しくなり、仲間はさらにたくさん死んだがまさか彼女がそうなるなんて思ってもみなかった。彼女を置いて、1人死んでやるかと思っていたのに、置いていかれたのは僕だった。
目の前が一瞬で真っ暗になる。世界から色も、光も、全て奪われた気がした。
「…あの、」
「………大丈夫、この任務が終わって、そしたら、彼女を弔いにいくよ。」
それまでは任務を果たすことだけを考えよう、なんて、気を遣ってくれた
それからの任務は散々だった。AKUMAの量があまりにも多すぎて、探索部隊は全滅。AKUMAの特殊能力にやられた僕は瀕死の状態だった。
意識がもう飛びそうな時、何処からかもう逝ってしまったはずの彼女の声が聞こえてきた。
『ねぇ、この花知ってる?』
嗚呼、青い大きな空だ。藍く、ひどく綺麗な空だ。そういえば彼女には青空がよく似合っていた。
「天に……、向か…っ」
駄目だ。最早声もろくに出ない。視界の端で爆発が起きる。
この場には場違いなほど、綺麗な彼女の声が、言葉が、走馬灯のように蘇る。
『蓮華の花。泥の中から天に向かって生まれて世界を芳しくする花なのよ。』
伝えたい。愛しい彼女に。一緒になろうと決めたのに、先に逝ってしまった彼女に。
「愛してる、ずっと…」
僕は手を伸ばす。彼女に会いたい、彼女に触れたい、
「まだ生きてやがる~」
天に向かって伸ばした手をAKUMAに蹴飛ばされ、抗うことなく地面に落とされる。AKUMAが腕を振り上げる。
嗚呼、やっと逢いに逝ける。
「とどめだエクソシスト!!」