エースの6歳年上の姉。海軍本部中将で青キジの直属の部下。掲げる正義は「仁こそ正義」詳しくはネタにて。
冬来りなば春遠からじ【完結】
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「レギーナ中将、サカズキ大将がお呼びです」
レギーナが甲板で部下のクリミアと航路について話していると、サカズキの部下の1人から呼び出しがかかった。
僅かに顔を強張らせたクリミアをレギーナが一瞥すると、クリミアの肩を軽く叩き「後は任せた」と船室へと向かって行った。
戦争の後片付けに日夜追われる海軍本部で、サカズキとレギーナの部隊の合同遠征。海軍側も多くの犠牲を払ったのに、こんな時期に遠征。指揮官はあの大将赤犬。
クリミアは遠くなる背中に不安を禁じ得なかった。
ほんの数日前、クリミアを含めたレギーナの部下、アダンとエルマーの3人はとある海賊が眠る島へと向かった。
海賊の名は『ポートガス・D・エース』。先の戦争で命を落とした海賊王の実の息子だった男。小さな孤島に、彼と、彼が親父と呼び慕った大海賊の墓が鎮座していた。
船に居ていい、というレギーナからの言葉を最初に破ったのはアダンだった。次いでエルマー、クリミアと続き、少数用の船から陸へと上陸した。
レギーナという海軍将校は、鬼の様に強く、月のように美しく、母の様に慈悲深い人だった。彼女が膝をつくところ、況してや涙を流すところなど見たことがなかった。
腑抜けた部下を怒鳴り叱る恐ろしさ、静かに敵を見据える様は凛々しく、救えなかった命を尊ぶ優しい人。
「エース…!ごめんなさい!!ごめんなさいっ…!!」
故人を想い、泣き崩れる姿はレギーナをちっぽけな人間の様に見せた。見せたのではなく、レギーナという女海兵は、元々ちっぽけな人間だった。
断片的に聞こえる悲痛な懺悔の中に、彼女が『火拳のエース』の実姉である事がわかった。
クリミアにとって、レギーナが海賊王の実の娘である事実など、取るに足らない事だった。姉が弟を愛することに、海兵も海賊もない。
『悪人の子は悪人』なんて、嘘っぱちだな、とクリミアは内心毒付く。鬼の子は、人の子だった。
弟の死を嘆くレギーナの姿は、1人の人間として、とても哀れに見えた。
「後は任せた」
それは、一体どういう意味でしょうか、レギーナ中将。
程なくして船室から聞こえた怒号を合図に軍艦は完全に戦場と化した。
レギーナの血筋が、何処からか漏れたのだ。サァ、と顔を青くして甲板を見渡す。目に付いたのはアダンとエルマー。
「アダン!!!お前ええええ!!!!!」
エルマーの声は、甲板の喧騒に掻き消された。どちらだ、どちらが裏切り者だ。床板を蹴り、2人の元へ駆け出す。
裏切り者は、アダンだった。
ペラペラと己らを嘲る様に話すアダンは実に滑稽だと、クリミアは感じた。勝手に盲信し、勝手に失望したのはアダンの愚かさ故だ。それをまるで、自分は裏切られたのだと大仰に嘆くアダン。中将の信頼を踏みにじっておきながら、大口を叩くアダンを許してはおけなかった。
自らの巨体を生かしてエルマーからの攻撃を防ぎ、仲間だったレギーナ部隊の海兵に手をかけるアダンを見て、クリミアは初めて1人の人間に殺意と憎悪を抱いた。
トップスピードでアダンの背後へと回り込み、クリミアは渾身の力を込めて大男の身体を貫く。
心底驚いた顔で背後を振り返るアダン。
そうさ、私の剣はあのレギーナ中将直々に教えを請うたもの。
「お前ら2人とも、裏切りも」
忌々しいアダンが全て言葉を紡ぐ前に、奴の首が飛んだ。エルマーの一太刀がアダンの首を捉えていた。
「……エルマー」
「おう、」
「私、死ぬなら中将の肉壁として死ぬから」
「…物騒だな、おい」
じゃあ、中将より先に死ぬなよ、エルマーの言葉を合図に床板を蹴る。
少なくとも、ただじゃ死んでやらない。ここにいる全員、ぶっ殺してからじゃないと。
クリミアの目には、赤犬の部隊が、人間ではない、ナニかの軍団に映った。
******
サカズキがいるのは船内でも最も奥の部屋。甲板からは1番遠いが、その分部屋は最も広い。
無意識に握っていた拳からゆっくりと力を抜き、深呼吸をする。
こんな時期に、今まで組んだことのない二つの部隊で遠征。人数はそれ程大きいものではなく、本部の後始末がまだ残っているのにも関わらず、『白ひげの残党を追う』なんて、普通に考えて正気じゃない。いや、元から大将赤犬という人間は正気ではなかった。
この扉を開けたら、生か死か。殺るか、殺られるかだ。
部屋の気配は1人。というより、船内の気配はほぼ甲板に集まっている。ここには[#dn=1#]とサカズキしかいないのだ。
ゴクリ、やけに大きな音で喉がなった。
コンコンコンコン、ノックを4回。
「失礼します、レギーナです」
「…はいれ」
入った瞬間、拳が飛んでくるかと思いきや、サカズキは室内のソファに座り海図を眺めていた。
目線で促され、レギーナは静かにソファの元へ進む。
「のう、レギーナ中将」
「はっ」
「お前、弟がおるらしいな」
「…いえ、弟は……」
「どんな人間じゃ」
バレている、私の血筋が、レギーナは一瞬で背筋が凍った。バレているのに、何故か手を出さないサカズキ。殊更レギーナの心臓を鳴らす。
サカズキは、口を開かないレギーナに、海図へ向けていた視線を上げる。
「そもそも、お前の弟は人間ではなかったのう」
「…なに?」
嘲るやうに鼻を鳴らしたサカズキに思わずレギーナは片眉を上げる。礼儀や上下関係など無視し、下から睨み上げるようにサカズキと対峙した。
その反抗的な姿が癇に障ったのか、サカズキも勢いよくソファから立ち上がる。
「まさか、こんな危険分子が海軍に入り込んどるとは夢にも思わんかったわ。弟同様、生かしちゃおけん」
「………」
「20年前の南の海での遠征も、骨折り損じゃな」
「骨折り損……?」
かつて、南の海で罪の無い妊婦が母子共に殺された。それを、この男は一体なんと言った?
カッと頭に血が上ったレギーナは愛刀の鯉口を切った。
「なんのつもりじゃあ…?」
「…あんな理不尽に、一般人を虐殺しといて、骨折り損……?」
「それがどうした…!疑わしきは罰する、それが徹底的正義…!!」
「そんなもんが正義であってたまるか…!!!」
サカズキが拳を振り上げるのと、レギーナが抜刀するのはほぼ同時だった。軍艦を壊し切らないマグマ、そしてレギーナを確実に殺しきるマグマ量。室内はサウナどころでは無い。噴き出た汗さえも蒸発する熱。
刀身に覇気を纏わせマグマの猛追を防ぎ、防ぎ…防ぐことしかできないでいた。
「悪人の子は悪人、『悪』人は『善』人にはなりゃあせん…!!さっさとくたばらんかっ…!!!」
「海賊の子供が全員犯罪者なんて、誰が決めた!!?」
「忌々しいロジャーの娘が……!おどれらの存在こそが罪…!!!それ以外理由など無い!!」
「ぐぅっ………!!」
サカズキによる猛追を防いだには防いだが、力負けし、外へと放り出される。外は大雨だった。突き破った壁から、冷え切った外気とマグマで熱された高温の室内の温度差で、水蒸気爆発が起こる。
爆風で甲板まで飛ばされたレギーナは血と雨に濡れた床に倒れこむ。
追ってくるであろうサカズキを向かい打つため、痛む身体に鞭を打って立ち上がり駆け出そうとする。が、何かに足を取られ今一度膝をつく。
足元のそれは、部下だった海兵の事切れた姿。己を慕い、剣術を請うてきた部下。
『後は任せた』と、言ったでは無いか。こんな所で寝ている場合か?いつもなら、そう怒鳴りつける筈なのに、心も身体も冷え切っていく。
嗚呼、また私のせいで誰かが死んだ。私のせいで、誰かが殺された。
「死ねっ!!!」
怒気の含まれる力強い声に我に返ったレギーナは立ち上がり又しても刀でサカズキの拳を受け止める。
嵐が直撃しているらしいを波は荒れ、豪雨と強風で頑丈な軍艦が揺れる。雨と血で濡れた甲板に足を取られサカズキ共々床に倒れ込む。
隙を見せたサカズキにレギーナは迷わず斬りかかり、首を落とす。しかしそう簡単に大将の首を取れるはずもなく、落ちた首はマグマへと姿を変えた。
「クソッ…!!」
「鬱陶しい…!そんな覇気でわしの首を取れると思っちょるがか!!?」
「ぎぃっ…!!ぐぁああああ!!!!」
カウンターとばかりにサカズキは右手をマグマに変え、レギーナの左腕を飲み込んだ。慌てて覇気を纏うも、左半身は完全に大火傷、飛び散った熱気で頰の肉は爛れ始めた。全身を飲み込まれる前に熱さと痛さで意識が朦朧とする中、右手で持つもう一振りの愛刀で自らの腕を切り落とす。
距離を取ろうと縺れる足で、バックステップを踏む。
満身創痍、どころでは無い。どうやらレギーナは軍艦の端にまで追いやられているらしく、デッキの欄干が背に当たった。
ここからだと甲板の様子がよく見渡せる。沢山倒れてる。私の部下も、向こうの部下も。
流石にこれは無理だ、勝てない。後ろは大荒れの海、前は海軍大将赤犬。背水の陣、ってこういう事なのか。いや、あの故事成語は勝利前提だったかな、呑気にもどうでもいい事を考えてしまうくらいには追い詰められている。
「中将ッ…!!!」
視界の端で、生意気だった部下が駆け寄ってくるのが見えた。ここだけの話、お前の生意気さに、エースを重ねてたことがあるんだ、勝手に重ねててすまなかったね。
迫り来るマグマに、最後の悪あがきとばかりに刀を構える。身体はほぼ欄干に身体を預け、格好はつかないが、大将へ死ぬ前の手土産に傷でもつけれたらな、と思った。
振り落とした刀身を汚したのは、血か、将又マグマか。
壊れた欄干と海に投げ出されるレギーナ。人知れず、小さな戦争は幕を降ろした。
******
「アダン」
海に向かって、死んで行った部下の名を挙げる。
正義感の強かった大男だった。力も強く、身体能力が高かったが、本人はデスクワークの方が性に合っていた。
私を慕い、従い、力を振るってくれた部下。仲間からの人望もあった、気の利く男。
「クリミア」
誰の影響か、少し口が悪かったが、人の懐に入るのがうまかった。諜報が得意で、敵の情報を探ってきてくれたな。君のお陰で、被害を最小限に抑えることが出来た。
そういえば、私の肉壁として死ぬとかなんとか言ったそうだな。アホかお前は、まったく…命を粗末にするな。
「エルマー」
「はい」
「……いたのか、お前」
「ドクターにお目付役買われてますからね」
相変わらず生意気な男。海賊を憎んでいて、少々危なっかしいが、弱い人間の気持ちがわかる根は優しい奴。
悪運が強いのか、私と共に生き残ってしまった哀れな元海兵。
「お前、私が憎く無いのか?」
「はぁ?なんでですか」
「海賊王の娘だぞ?」
「ちょっ…!?安易に自分の正体バラすなよ!」
「あぁ、すまん。……で?」
「別に憎んで無いですよ。貴女の父親は海賊でも、貴女は海兵で、俺の尊敬すべき上司で、…俺はアダンとは違う」
「そう……」
アダンの裏切りを聞いたレギーナは「そうか」と一言零しただけだった。
「というか、もう私は海兵じゃなくなった。だからお前の上司じゃ無いんだから敬語はよせ」
「そういう貴女だってその鬼上司口調辞めてもらえます?」
「あ、そっか、すま……ごめん」
「でもしばらくタメ口は慣れないんで俺は敬語ですけど」
生意気なのは相変わらずなエルマーに半目になりながらもレギーナは海を眺める。
ふっ、と小さく笑い、元帥に就任したあの恐ろしい赤い犬を思い浮かべる。
「ざまぁみろ」
小さくついた悪態は波にさらわれ消えていった。