エースの6歳年上の姉。海軍本部中将で青キジの直属の部下。掲げる正義は「仁こそ正義」詳しくはネタにて。
冬来りなば春遠からじ【完結】
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幼い頃、姉から一人で森に入ってはいけないと強く言われていた。とても危険だから、と。
いつも姉は食い物を獲りに一人で森の中へ動物を狩りに出かけていた。そんな姉の手助けをしたかった、そんな単純な理由。
当時の俺は姉が大好きだった。姉も俺を愛してくれていた。『おやすみ、エース。大好きだよ』寝る前に必ず俺に言ってくれていた。
姉を追って少ししか探索をしたことのないジャングルを駆け抜ける。迷子になりそうだが、何度か来たことのある道は覚えがある。ここは覚えてる、ここの木も見覚えがある。あの少しひらけているところで、姉と鍛錬したことがある。しかし、姉がいるだろう奥へ奥へと進んでいくと似たような景色ばかりが広がっている。
「やばい、迷った…」
気がついた頃には遅かった。同じ道を繰り返し進んでいるんじゃないかと錯覚するほど、あたりは木々に囲まれている。来た道を戻ろうにもどこから来たのかわからなくなっていた。
姉との約束も破ってしまった。俺はここで野垂れ死ぬのか…いや、そんなことない、ダダンの家に帰れる。バカ言え、一体どうやってだよ。
自問自答を繰り返していると茂みの向こうからガサガサと音が鳴った。もしや姉が迎えに来てくれたのでは。そう思って泣きそうになった表情を引き締め、茂みを振り返る。
「ねぇちゃん!」
違う、姉ちゃんじゃない。いつも姉が狩って来るような、それよりも大きな熊だった。奴の口から覗く牙は鋭い。あれに噛まれたらひとたまりではない、そんな事が容易に想像できた。
当時の俺に、その熊を倒す程の力はなかった。カルガモの親子のように、いつも姉の後ろをついて回っていた、弱っちいだけの、守られてるだけのガキだった。
グルル、凶暴そうな見た目から凶暴そうな唸り声。大きな体とは対照的にに動きは素早い。巨大熊は勢い良く俺に向かって駆け寄る。俺の何倍もある巨体の振りかぶった右の前足が俺に向かってくる。空気を割く音が聞こえた。
「うわぁっ!?」
咄嗟に避けたが服にかすって破けてしまった。怖い、躱した拍子に尻をついてしまった俺はもう動けなくなっていた。
終わりだ、もう俺は死ぬのか。
「ねぇちゃ、」
「エースッ!!!」
姉ちゃん助けて、そう思ったとき姉の焦った声が聞こえた。俺の名を呼んでくれた。
俺に襲いかかる熊の向こうに見えた姉の顔は見たことのないほど酷い顔だったと思う。いつも姉は穏やかで、笑っていた。俺に笑いかけてくれた。
そんな姉が、今の俺より恐怖と絶望に染まった表情、言葉にすると難しいが…そんな顔。俺は姉のこの顔が忘れられなかった。
言葉で愛を語ってくれた姉、優しい笑顔で俺に愛を伝えてくれた姉。俺は確かにこの瞬間、姉からの愛を感じた。俺が死ぬのが、姉にとっては怖い事らしい。俺が死ぬ事は姉にとって絶望的な事らしい。姉は俺を、愛してくれているらしい。
*
「無様な姿ね」
久しく聞いていなかった忌々しい女の声。高価そうな、磨かれ、光沢のある綺麗な靴。オーダーメイドであろう、足の長さにぴったりの深い青色のスラックス。
顔を上げる気にはなれなかった。海を出てからはほとんど見なかった女。非常に残念な事だが、この女は俺の実姉に当たる。
「なに、しに来た…」
「鼻で笑いにかしら」
女については海に出てからよく聞いていた。海軍中将『青剣のレギーナ』、とんでもなく強い女で掲げる正義は誠実そのもの。市民からは慕われ、同じ海兵からは尊敬される。くそったれ。
そして憎たらしいこの女は俺を煽るのが悔しいが上手い。
「消えろ…」
こんな女、姉ではない。俺の家族は白ひげ海賊団の親父と、船員と、ルフィと、
ガン!と檻を強く蹴る音。思わず肩が揺れた。決して女を見まいと、落とし続けた視線を女に向けると片足を檻にかけたまま俯く女の姿。伸びた髪で表情はよく見えなかった。
「言ったでしょ…?海に出てもすぐ死ぬ。あれは戒めにならなかったの?」
「ッ、うるせぇ!!」
"あれは"ってなんだ。戒めって、サボのことを言っているのだとすぐにわかった。わかってる。あの時の俺らじゃ確かにすぐに死んでいた。海に出た今ならわかる。だから出港は17歳って、決めたんだ。
「私の言ったことも忘れた?邪魔するなって」
忘れるわけがない、俺はあの時初めて絶望を味わった。
『おやすみ、エース。大好きだよ』そう言って笑った姉は、朝起きると、人が変わったように見たことのないほど冷たい表情で俺を見下ろしていた。いつもはしゃがんで俺に合わせる目線も、この日から見下ろされるようになった。いつもは俺の体力に合わせて行われる鍛錬もあり得ないほど厳しくなった。泣いてもう無理だ、と訴えても「泣き虫は嫌い」と言って続く鍛錬。眼が覚めると丁寧に巻かれた包帯とガーゼが、当時現実を受け止められない俺の、唯一の救いだった。
そして姉との別れの日。海兵になると言ってじじいとともにダダンの家から出て行く日。女は言った『私海兵になるの、わかる?…あんたの行動一つで私の足枷になる。私の邪魔、するなよ』
当時は何のことかわからなかった。だが捨てられたのだと思った。そして今になって意味がわかる。俺と兄弟だとわかると海軍として、女に不具合が起こるのだ。
そんなに自分が可愛いのかよ、そう言ってやろうと顔を上げた。しかし、言葉にしようとした嫌味は、無意識に飲み込んでしまった。
「…どうしてっ、」
俯いていた顔を俺に向け、悲痛そんな面持ちで呟いた。小さな声だったが俺には届いた。どうしてって、何がだよ。どうして、なんて俺のセリフだ。どうしてあんたがそんな苦しそうで辛そうで、痛そうな顔するんだよ。
「どうしてじいちゃんと私の言うことが聞けないの、」
咄嗟に何も言えなかった俺は女の表情と言葉に息を飲んだ。ジジイからの「海兵になれ」、この女からの「邪魔するなよ」、忘れられない言葉が脳に反響する。どうすればよかったんだよ俺は、わからない、この女がずっとわからない。
何か言おうにも何も言葉が出ない。数秒だったか、数十秒だったかの沈黙の後、女は足を下ろした。
「……処刑まで自生の句でも考えれば?」
もう女の顔は見えなかった。俺が見なかったのではない、女が見せなかったのだ。足を下ろすとすぐに俺に背を向けた女は、最後に俺を皮肉ると冷たい海底から去っていった。
*
自分の体が何も感じなくなっていくのがわかる。ルフィの暖かい体温も感じられなくなってきた。
なぁルフィ、お前の夢の果てが見られないのが残念だが…それでも俺はもう、思い残すことはない。いや、一つ心残りがあるかもしれない。あの女と、もう一度話したい。あの人の真意が知りたい。もう、叶わないか。心の中で自嘲する。
そう思ったとき、目についた女海兵。見覚えがある、深い青色のスーツ、誇り高い白い正義のコート、いつもは艶やかな金髪も今は少しパサついている気がする。遠すぎて髪質までわかんねえ、と小さく笑う。それから、見たことある表情だ。
あの時と同じ、酷い顔。恐怖と絶望に染まった表情。
嗚呼、やっぱり俺は愛されているらしい。あんたともっと話したかった、あんたともっと、一緒に過ごしたかった。
「愛してくれて………ありがとう!!!」
姉ちゃん、ごめん。俺は嬉しくて仕方がない。でも欲を言えば、『おやすみ、エース。大好きだよ』って…そう言って笑ってくれたら、よく眠れそうだ。
いつも姉は食い物を獲りに一人で森の中へ動物を狩りに出かけていた。そんな姉の手助けをしたかった、そんな単純な理由。
当時の俺は姉が大好きだった。姉も俺を愛してくれていた。『おやすみ、エース。大好きだよ』寝る前に必ず俺に言ってくれていた。
姉を追って少ししか探索をしたことのないジャングルを駆け抜ける。迷子になりそうだが、何度か来たことのある道は覚えがある。ここは覚えてる、ここの木も見覚えがある。あの少しひらけているところで、姉と鍛錬したことがある。しかし、姉がいるだろう奥へ奥へと進んでいくと似たような景色ばかりが広がっている。
「やばい、迷った…」
気がついた頃には遅かった。同じ道を繰り返し進んでいるんじゃないかと錯覚するほど、あたりは木々に囲まれている。来た道を戻ろうにもどこから来たのかわからなくなっていた。
姉との約束も破ってしまった。俺はここで野垂れ死ぬのか…いや、そんなことない、ダダンの家に帰れる。バカ言え、一体どうやってだよ。
自問自答を繰り返していると茂みの向こうからガサガサと音が鳴った。もしや姉が迎えに来てくれたのでは。そう思って泣きそうになった表情を引き締め、茂みを振り返る。
「ねぇちゃん!」
違う、姉ちゃんじゃない。いつも姉が狩って来るような、それよりも大きな熊だった。奴の口から覗く牙は鋭い。あれに噛まれたらひとたまりではない、そんな事が容易に想像できた。
当時の俺に、その熊を倒す程の力はなかった。カルガモの親子のように、いつも姉の後ろをついて回っていた、弱っちいだけの、守られてるだけのガキだった。
グルル、凶暴そうな見た目から凶暴そうな唸り声。大きな体とは対照的にに動きは素早い。巨大熊は勢い良く俺に向かって駆け寄る。俺の何倍もある巨体の振りかぶった右の前足が俺に向かってくる。空気を割く音が聞こえた。
「うわぁっ!?」
咄嗟に避けたが服にかすって破けてしまった。怖い、躱した拍子に尻をついてしまった俺はもう動けなくなっていた。
終わりだ、もう俺は死ぬのか。
「ねぇちゃ、」
「エースッ!!!」
姉ちゃん助けて、そう思ったとき姉の焦った声が聞こえた。俺の名を呼んでくれた。
俺に襲いかかる熊の向こうに見えた姉の顔は見たことのないほど酷い顔だったと思う。いつも姉は穏やかで、笑っていた。俺に笑いかけてくれた。
そんな姉が、今の俺より恐怖と絶望に染まった表情、言葉にすると難しいが…そんな顔。俺は姉のこの顔が忘れられなかった。
言葉で愛を語ってくれた姉、優しい笑顔で俺に愛を伝えてくれた姉。俺は確かにこの瞬間、姉からの愛を感じた。俺が死ぬのが、姉にとっては怖い事らしい。俺が死ぬ事は姉にとって絶望的な事らしい。姉は俺を、愛してくれているらしい。
*
「無様な姿ね」
久しく聞いていなかった忌々しい女の声。高価そうな、磨かれ、光沢のある綺麗な靴。オーダーメイドであろう、足の長さにぴったりの深い青色のスラックス。
顔を上げる気にはなれなかった。海を出てからはほとんど見なかった女。非常に残念な事だが、この女は俺の実姉に当たる。
「なに、しに来た…」
「鼻で笑いにかしら」
女については海に出てからよく聞いていた。海軍中将『青剣のレギーナ』、とんでもなく強い女で掲げる正義は誠実そのもの。市民からは慕われ、同じ海兵からは尊敬される。くそったれ。
そして憎たらしいこの女は俺を煽るのが悔しいが上手い。
「消えろ…」
こんな女、姉ではない。俺の家族は白ひげ海賊団の親父と、船員と、ルフィと、
ガン!と檻を強く蹴る音。思わず肩が揺れた。決して女を見まいと、落とし続けた視線を女に向けると片足を檻にかけたまま俯く女の姿。伸びた髪で表情はよく見えなかった。
「言ったでしょ…?海に出てもすぐ死ぬ。あれは戒めにならなかったの?」
「ッ、うるせぇ!!」
"あれは"ってなんだ。戒めって、サボのことを言っているのだとすぐにわかった。わかってる。あの時の俺らじゃ確かにすぐに死んでいた。海に出た今ならわかる。だから出港は17歳って、決めたんだ。
「私の言ったことも忘れた?邪魔するなって」
忘れるわけがない、俺はあの時初めて絶望を味わった。
『おやすみ、エース。大好きだよ』そう言って笑った姉は、朝起きると、人が変わったように見たことのないほど冷たい表情で俺を見下ろしていた。いつもはしゃがんで俺に合わせる目線も、この日から見下ろされるようになった。いつもは俺の体力に合わせて行われる鍛錬もあり得ないほど厳しくなった。泣いてもう無理だ、と訴えても「泣き虫は嫌い」と言って続く鍛錬。眼が覚めると丁寧に巻かれた包帯とガーゼが、当時現実を受け止められない俺の、唯一の救いだった。
そして姉との別れの日。海兵になると言ってじじいとともにダダンの家から出て行く日。女は言った『私海兵になるの、わかる?…あんたの行動一つで私の足枷になる。私の邪魔、するなよ』
当時は何のことかわからなかった。だが捨てられたのだと思った。そして今になって意味がわかる。俺と兄弟だとわかると海軍として、女に不具合が起こるのだ。
そんなに自分が可愛いのかよ、そう言ってやろうと顔を上げた。しかし、言葉にしようとした嫌味は、無意識に飲み込んでしまった。
「…どうしてっ、」
俯いていた顔を俺に向け、悲痛そんな面持ちで呟いた。小さな声だったが俺には届いた。どうしてって、何がだよ。どうして、なんて俺のセリフだ。どうしてあんたがそんな苦しそうで辛そうで、痛そうな顔するんだよ。
「どうしてじいちゃんと私の言うことが聞けないの、」
咄嗟に何も言えなかった俺は女の表情と言葉に息を飲んだ。ジジイからの「海兵になれ」、この女からの「邪魔するなよ」、忘れられない言葉が脳に反響する。どうすればよかったんだよ俺は、わからない、この女がずっとわからない。
何か言おうにも何も言葉が出ない。数秒だったか、数十秒だったかの沈黙の後、女は足を下ろした。
「……処刑まで自生の句でも考えれば?」
もう女の顔は見えなかった。俺が見なかったのではない、女が見せなかったのだ。足を下ろすとすぐに俺に背を向けた女は、最後に俺を皮肉ると冷たい海底から去っていった。
*
自分の体が何も感じなくなっていくのがわかる。ルフィの暖かい体温も感じられなくなってきた。
なぁルフィ、お前の夢の果てが見られないのが残念だが…それでも俺はもう、思い残すことはない。いや、一つ心残りがあるかもしれない。あの女と、もう一度話したい。あの人の真意が知りたい。もう、叶わないか。心の中で自嘲する。
そう思ったとき、目についた女海兵。見覚えがある、深い青色のスーツ、誇り高い白い正義のコート、いつもは艶やかな金髪も今は少しパサついている気がする。遠すぎて髪質までわかんねえ、と小さく笑う。それから、見たことある表情だ。
あの時と同じ、酷い顔。恐怖と絶望に染まった表情。
嗚呼、やっぱり俺は愛されているらしい。あんたともっと話したかった、あんたともっと、一緒に過ごしたかった。
「愛してくれて………ありがとう!!!」
姉ちゃん、ごめん。俺は嬉しくて仕方がない。でも欲を言えば、『おやすみ、エース。大好きだよ』って…そう言って笑ってくれたら、よく眠れそうだ。