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Der Schwanritter



週に一度だけ、南泉さんとお昼休みを過ごすようになって、彼女についてわかったこと。
素っ気ないと最初は思っておたけれど、話してみるとしっかり応答してくれるし、私の上手く纏まっていない話に文句言う事なく付き合ってくれる。やはり優しい。
笑うととっつき難かった印象が飛んで、とても可愛らしい。ふは、って吹き出して目を細めて笑う彼女の顔が好き。
それから、何故か語尾に「にゃ」とつけるのが癖らしい。恐る恐る理由を聞いてみたら、「猫と話してたら癖になって、気を抜くとでてくる」らしい。気まずそうに視線を彷徨わせながら教えてくれた。つまり、彼女は気を抜けるくらい私に心を許してくれているんじゃないか、そう思って嬉しくなったのを覚えている。それにしても、猫と話してたら、って理由が可愛すぎやしないだろうか。
容姿の派手さから近寄りにくさがあったが、彼女を知れば知るほど私好きになったし、もっと仲良くなりたいと思った。
教室でも、休み時間に話すことも増えて、彼女と前後の席になれたことを改めて嬉しく思ったし、それを素直に伝えると照れているのか「あそ、」とそっぽを向かれてしまった。




「南泉さんって、裸眼なの?」
「らがん?ってなんだ、にゃ」
「綺麗な瞳の色してるから、カラコン入れてるのかなって思ってたけど、天然物?」
「目は自前だ…にゃ。からこんってなんだよ」
「カラーコンタクトだよ。黒目を大きくしたり、黒目の色を変えたりするの」
「んだそれ、何の意味があんだよ」

私は南泉さんのその質問に苦笑した。常々思っていたが、南泉さんは自分の容姿に頓着していなかった。とても綺麗なのに、なんとも思っていないらしい。
私は相変わらずな彼女に、これだけ綺麗な瞳の色を持っていたらカラコンの必要性なんてないものね、と。

「元々コンタクトは眼鏡の代わりだったんだけど、便利になったからオシャレも出来るようになったんだよ」
「コンタクトってあれだろ、鱗みたいなの。あんなん怖くて目になんて入らねぇよ、にゃ」
「そうなんだよね、怖いんだよねコンタクト」
「…したことあんのか?」

高校入学前にコンタクトに挑戦し、恐怖のあまり断念したことを思いだしていた。そんな私の様子にきょとり、と幼い表情を見せる南泉さん。
断念したことを伝えると、そら怖いわなと頷き焼きそばパンに向き合う。
大きな口で3つ目のパンを消費していく姿に今日もまた感心していると、彼女は眼鏡をかけてみたいらしい。

「私のかけてみる?」
「いいのか、にゃ」
「うん」

かちゃ、と銀色のフレームに手を掛けて慣れた手つきで顔から外し、彼女に手渡す。
おぉ、と感動しながら恐る恐る眼鏡に触れるその様子に小さく笑っていると、レンズに酔ったのか切れ長の目をきゅ、と瞑る。私はおかしくて、南泉さんは視力がいいから、と言った。
眼鏡を受け取り、掛けようとすると南泉さんから静止の声が。

「眼鏡外したらどんぐらい見えんだよ」
「全然見えないよ」
「…生活できないくらい?」
「うーん、できなくはないけど、困るかな。黒板見えないし」

彼女の輪郭がぼやけている視界で、視力について伝えてみる。
視力が悪いっていうと、指が何本か確かめられるが、それは大体わかる。輪郭がぼやけているが肌色が2本立っている様はしっかりわかるのだから。

「焦点が合わない、みたいな。ピンボケしてるかな、全体的に」
「ふーん」

なんとなく伝わったのか、今度はズイ、と彼女が私に顔を近づけて来た。びっくりして少しのけぞるも、腕を取られて元の位置へ引き戻されてしまう。

「こんくらいだったら?はきっきり見えんのか、にゃ」
「えっ、えと、ちょっと…ぼやけてる、かな、」

綺麗な彼女の顔が至近距離で近づいて来たことにドキドキしてしまい、私の返答は少しずつ吃る。
ふわ、と香った匂いは彼女の家の柔軟剤か、シャンプーか。
私の心情など梅雨知らず、どんどん近づいてくる顔に無意識に喉を締めてしい、綺麗な顔に追い詰められている心地になる。
女の子同士なのだから、腕のスキンシップも、顔の距離の近さもどうってことないはずなのだが、私はどうしても心臓がドクドクと速くなるのを感じた。

「………なぁ」
「っな、な、に…、」
「女同士ってさ、ノーカンだよな」
「のー、かん?」

じわじわと身体に熱が周り、制服の下で汗をかく。
南泉さんの、少し掠れた声が唇を撫でた。
ノーカンとは、一体何の事を言っているのか。

「女同士のキスは、ノーカンだよな」
「え…」

どういうこと、考える間も無く、唇に柔らかな感触が。彼女の綺麗な瞳は伏せられ、長い金色の睫毛が眩しい。少し傾いた顔が、先程よりも随分近くにある。
私、南泉さんとキスしてる。

「ぁ、ぇ、なん…」
「嫌だった?」

顔が少し離されても、それでも近い距離。目の前の彼女は、目を細めて柔らかく笑う。
嫌だとは、言えないし、思えない。
初めてのキスだったのに、とか。ずっと彼女のいい香りがする、とか。唇が柔らかくて、今もその感触が残っている、とか。頭がごちゃごちゃして、何も言葉にならない。
ん?と答えを促され、私は咄嗟に俯いた。ここでやっと、周知が追いついつきたのだ。
顔、耳、首、身体全身が熱くて、どうにかなりそうになりながら、私は必死に首を横に振った。

「ヤじゃねーの?」

す、と私を隠す髪を、南泉さんが耳にかける。普段人に触られる事がない耳に、ひんやり冷たい彼女の手が触れただけで身体が強張る。
嫌じゃない、嫌じゃなかった。ただ、頭がごちゃごちゃで、恥ずかしくて、どうすればいいのかわからない。

「嫌じゃないなら、もう一回、」
「ぁ、」

彼女の長い指が、流れるように私の顎を掬う。真っ赤な顔もそのままに、私はまた目の前の綺麗な人と唇を重ねる。

「ん…」

さっきの、ただ触れ合うだけのキスとは違い、柔い唇を押し付けられ、角度を変えて擦り付けあうように触れ合う。
冷たい指先が私の耳も弄ぶ。カリ、と爪で掻かれれば、大袈裟な程身体が揺れる。そうすると、此方に集中しろとでもいうように上唇を啄まれる。キスの時の呼吸の仕方さえわからない私は、彼女のペースに飲まれて何もできないできず、されるがまま。
息が苦しくなり、縋るように相手のカッターシャツを掴めば、ゆっくり開く2人の距離。
真っ赤であろう私と異なり、顔色が変わらない南泉さんは嬉しそうに小さく笑っている。

「大丈夫、数えなきゃいい」
「だい、じょ…?」

はふはふと呼吸を整える私。南泉さんは、子供をあやすように、私の頭を撫でた。前髪を撫で付け、髪を梳かすように。
ぼやけた視界に映る綺麗な人は、現実味が無い。

「アタシら、友達だろ」
「う、うん、」
「これくらいのスキンシップは、普通だよな」
「そう、だね…」

女の子の友達なら、キスとか普通なのかな。そっか、そうかも。
南泉さんがそういうんだから、そうなんだ。
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