Der Schwanritter
火曜日の昼休み。私は所属する図書委員の当番で図書室のカウンターで本を読みながら予鈴が鳴るのを待っていた。
本から目を離して時計を見遣るも、まだ15分程あった。図書室に人の気配は無い。
今日はもう誰も来ない気がするな、と思いながらも仕事を全うせねば、とまた本に視線を落とした。カウンターの後ろには資料準備室があり、そこには司書さん含め何人か教科担当の教師もいる。準備室と図書室とを繋ぐ扉が開く音が聞こえ、背後を振り返ると司書さんが困ったような顔でこちらを見ていた。どうかしたのだろうかと首を傾げる。
「最近生徒さんの利用率少ないからお昼休みの当番時間短くしようと思ってるの」
「はい」
「ごめんね、連絡回すの遅くなって。今日はもう教室戻って大丈夫、お昼食べて」
「わかりました。明日の当番の子にも言っておきますか?」
「あら、いいの?」
「はい、隣のクラスなので」
「ありがとう、お願いね」
私は少しラッキーだなと思いながら本を閉じ、席を立った。いつも火曜日はお昼を10分程しか食べる時間が取れず、早弁するか急いで食べるかしか出来なかった。それがこれからなくなるのは非常に助かるな、と思い私は購買部へ向かう。
火曜日はいつも母にお弁当は要らない、と断っていた。だからポッケにある猫のキャラクターの小銭入れの存在を確かめ、何を買おうかと思案する。
焼きそばパンは絶対にない、揚げパンも無さそう。そもそも惣菜パンが余っている気がしない。
私は奇跡的に残っていたカレーパンと野菜ジュースを買うと教室へ向かった。
中庭を通り渡り廊下へと向かえば教室へ着くが、私は近道をしようと逆方向から駐輪場のある方へ向かう。内履きだが誰も見てないだろうと思い、外から生徒昇降口へ向かった。
にゃあと、後ろ髪惹かれる愛らしい声が聞こえた。猫だ、と認識した私は直ぐ様来た道を戻り鳴き声の主を探した。昇降口から四角になる植木の方へ近づけば声は大きくなる。
ワクワクしながら私は植木の奥を覗き込んだ。
「みゃう」
「にゃ?」
「え?」
子猫を膝の上に乗せカツサンドを頬張る南泉さんがいた。
「にゃ、んで、こんなところに」
「あ、その、私図書委員で、当番が終わって、近道しようと思って…そしたら猫の声が、」
「にゃあ」
私はなんとなく南泉さんが猫と戯れている様を想像し可愛らしいと思うと同時に居た堪れなくなった。気まずげに混乱しながらも状況を説明していると、南泉さんもまた、罰が悪そうに後ろ頭をかいた。
「いつもここで食べてたんだね」
「まぁ」
「えっと、私、今からご飯で、教室行くね、」
彼女の事が未だに掴めず、なんとなく優しい人なんだろうなという認識しか私は持っていない。そのせいで何を話したらいいかわからない。元々友人も多い方ではなく、狭く深い関係ばかりの私は猫に対して名残惜しさを感じながらも教室逃げることにした。
「…誰かと約束してんのか」
「やくそく?」
「昼飯食う約束してんのか」
「あ、ううん。今日は元々委員会の当番だったから1人で食べるけど、」
「ならここで食ってけば」
南泉さんはそう言って視線を逸らすと大口を開けてカツサンドを頬張る。
私はぱちぱちと瞬きを繰り返し、昼食に誘われたのだと認識すると顔が熱くなった。
南泉さんは見た目が派手で近寄りがたいが、以前課題提出を手伝って貰ったこともあり仲良くなりたいという思いは確かにあったのだ。そんな南泉さんから誘われては断る理由もない。
「じ、じゃあ、いいかな、」
「ん」
ぽんぽん、と隣を叩かれて私は植木をかき分けて芝生へと腰を下ろす。
足を前に伸ばして座るとちくちくと芝生が肌を刺した。
カレーパンの袋を開けると南泉さんがいい匂いすんな、って最後の一口だったカツサンドを口に放った。
私は彼女の膝の上で寛いでいる猫をチラチラと気にしながら、彼女に習いいつもより大きな口を開けてパンを頬張る。
「当番いつ」
「火曜日の昼休みだけだよ」
「ふぅん」
「南泉さんはいつもここでご飯食べてるんだよね」
「絶対ってわけでもねぇけど、大体な」
私は南泉さんのやはり綺麗な横顔を見ながらお腹にグッと力を入れた。少し緊張していたが、言うのならばなんとなく今しかないと思ったからだ。
「あの、火曜日、一緒にお昼食べてもいい、かな」
猫に視線を落としていた南泉さんの猫目がこちらを向いた。私はどき、としてカレーパンへ目を背けてしまう。
「図書当番ある日は友達も、部活の子と食べてるし、本当に、迷惑じゃなければなんだけど、」
徐々に声が尻すぼみになる私。
「テニスコートの裏、部室棟の反対側わかるか」
「え?うん、わかるけど…」
「火曜はそこ集合な」
私は南泉さんの言葉を理解すると、嬉しさで上がってしまう口角を抑えるように唇をもにもにと遊ばせた。
「わかった、ありがとう」
また少し彼女と縮まる距離に私は心が躍るようだった。
本から目を離して時計を見遣るも、まだ15分程あった。図書室に人の気配は無い。
今日はもう誰も来ない気がするな、と思いながらも仕事を全うせねば、とまた本に視線を落とした。カウンターの後ろには資料準備室があり、そこには司書さん含め何人か教科担当の教師もいる。準備室と図書室とを繋ぐ扉が開く音が聞こえ、背後を振り返ると司書さんが困ったような顔でこちらを見ていた。どうかしたのだろうかと首を傾げる。
「最近生徒さんの利用率少ないからお昼休みの当番時間短くしようと思ってるの」
「はい」
「ごめんね、連絡回すの遅くなって。今日はもう教室戻って大丈夫、お昼食べて」
「わかりました。明日の当番の子にも言っておきますか?」
「あら、いいの?」
「はい、隣のクラスなので」
「ありがとう、お願いね」
私は少しラッキーだなと思いながら本を閉じ、席を立った。いつも火曜日はお昼を10分程しか食べる時間が取れず、早弁するか急いで食べるかしか出来なかった。それがこれからなくなるのは非常に助かるな、と思い私は購買部へ向かう。
火曜日はいつも母にお弁当は要らない、と断っていた。だからポッケにある猫のキャラクターの小銭入れの存在を確かめ、何を買おうかと思案する。
焼きそばパンは絶対にない、揚げパンも無さそう。そもそも惣菜パンが余っている気がしない。
私は奇跡的に残っていたカレーパンと野菜ジュースを買うと教室へ向かった。
中庭を通り渡り廊下へと向かえば教室へ着くが、私は近道をしようと逆方向から駐輪場のある方へ向かう。内履きだが誰も見てないだろうと思い、外から生徒昇降口へ向かった。
にゃあと、後ろ髪惹かれる愛らしい声が聞こえた。猫だ、と認識した私は直ぐ様来た道を戻り鳴き声の主を探した。昇降口から四角になる植木の方へ近づけば声は大きくなる。
ワクワクしながら私は植木の奥を覗き込んだ。
「みゃう」
「にゃ?」
「え?」
子猫を膝の上に乗せカツサンドを頬張る南泉さんがいた。
「にゃ、んで、こんなところに」
「あ、その、私図書委員で、当番が終わって、近道しようと思って…そしたら猫の声が、」
「にゃあ」
私はなんとなく南泉さんが猫と戯れている様を想像し可愛らしいと思うと同時に居た堪れなくなった。気まずげに混乱しながらも状況を説明していると、南泉さんもまた、罰が悪そうに後ろ頭をかいた。
「いつもここで食べてたんだね」
「まぁ」
「えっと、私、今からご飯で、教室行くね、」
彼女の事が未だに掴めず、なんとなく優しい人なんだろうなという認識しか私は持っていない。そのせいで何を話したらいいかわからない。元々友人も多い方ではなく、狭く深い関係ばかりの私は猫に対して名残惜しさを感じながらも教室逃げることにした。
「…誰かと約束してんのか」
「やくそく?」
「昼飯食う約束してんのか」
「あ、ううん。今日は元々委員会の当番だったから1人で食べるけど、」
「ならここで食ってけば」
南泉さんはそう言って視線を逸らすと大口を開けてカツサンドを頬張る。
私はぱちぱちと瞬きを繰り返し、昼食に誘われたのだと認識すると顔が熱くなった。
南泉さんは見た目が派手で近寄りがたいが、以前課題提出を手伝って貰ったこともあり仲良くなりたいという思いは確かにあったのだ。そんな南泉さんから誘われては断る理由もない。
「じ、じゃあ、いいかな、」
「ん」
ぽんぽん、と隣を叩かれて私は植木をかき分けて芝生へと腰を下ろす。
足を前に伸ばして座るとちくちくと芝生が肌を刺した。
カレーパンの袋を開けると南泉さんがいい匂いすんな、って最後の一口だったカツサンドを口に放った。
私は彼女の膝の上で寛いでいる猫をチラチラと気にしながら、彼女に習いいつもより大きな口を開けてパンを頬張る。
「当番いつ」
「火曜日の昼休みだけだよ」
「ふぅん」
「南泉さんはいつもここでご飯食べてるんだよね」
「絶対ってわけでもねぇけど、大体な」
私は南泉さんのやはり綺麗な横顔を見ながらお腹にグッと力を入れた。少し緊張していたが、言うのならばなんとなく今しかないと思ったからだ。
「あの、火曜日、一緒にお昼食べてもいい、かな」
猫に視線を落としていた南泉さんの猫目がこちらを向いた。私はどき、としてカレーパンへ目を背けてしまう。
「図書当番ある日は友達も、部活の子と食べてるし、本当に、迷惑じゃなければなんだけど、」
徐々に声が尻すぼみになる私。
「テニスコートの裏、部室棟の反対側わかるか」
「え?うん、わかるけど…」
「火曜はそこ集合な」
私は南泉さんの言葉を理解すると、嬉しさで上がってしまう口角を抑えるように唇をもにもにと遊ばせた。
「わかった、ありがとう」
また少し彼女と縮まる距離に私は心が躍るようだった。