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Der Schwanritter

高校2年生、10月。過ごしやすい気候に変化し出した頃、編入生が我がクラスにやって来た。
女の子だという不確かな情報に男子生徒がソワソワする中、私も新しい風にどこかワクワクしていた。
新しいクラスメイトの為の机は1番後ろの端っこの席、ではなく、私の前の席となった。窓側端っこの前から3列目が編入生の座る空席となり、私はその後ろの席。クラスに慣れてもらう為、ということでこの席になった。私が後ろにいるのは偶々だが、仲良くなれたらいいな、という思いで新たなクラスメイトの登場を待った。朝のホームルーム、担任の後ろに続いて入室して来た編入生に、クラスは騒ついた。
透けるような金髪に、肌けたシャツ。スカートは膝よりうんと上の丈で、白い脚が眩しかった。顔つきは美人だけれど、メイクが濃いのかつり目でキツい印象が持たれた。

「………南泉」

自己紹介を、と担任に言われて彼女はそれだけポツリと溢した。つまんなそうな表情で教室を見渡し、空席を見つけるとその周りの生徒たちを見、そして私とも目があった。切れ長の目に睨まれたように感じた私は小さく肩を揺らすとパッと下を向いて視線から逃れた。
その日、学年に無愛想なギャルが来たと噂になった。





「な、南泉さん」

机に突っ伏すように寝ていた彼女を起こすのは少し気が引けたが、起こさねば自分の仕事が終わらないと思い私は彼女の肩を弱い力で叩いた。
のそ、とゆっくりとした動きで身を起こした彼女は私の姿に目を細めた。

「……なに」
「あの、週末課題の提出お願いしたくて」
「…」
「えっと、英語のテキストなんだけど、赤っぽい表紙の、……まだ貰ってない?」
「嗚呼、あれか」

ある。と彼女はスクールバッグを漁ると真新しいテキストを取り出して私に手渡してくれた。
彼女が編入して来て二週間が経った。比較的校則が緩い我が校の中でも目立つ容姿の彼女に話しかける者は少なかった。何より彼女の素っ気ない対応に心が折れてしまう者が大半で彼女は編入して来てからずっと1人で行動していた。
彼女はその事を苦に感じている訳ではないようで、休み時間も好きなように過ごしている。今も朝に弱いのか大きな口を開けて欠伸をしている。

「ありがとう」
「ん」

彼女の透き通った金色の睫毛が窓から差す日の光にキラキラ透けるのを見て、やっぱり綺麗な人だなと思った。
私は教卓に戻ると出席番号に積んであるテキストの1番下に南泉さんの物を置き、よいしょと抱えて職員室へ向かった。
提出先は職員室前の机。机には各学年クラスの提出枠が区切ってあるのでそこに置いて終わり。ただ、職員室まで1番遠いうちのクラスにとってこの提出は少し面倒でもあった。1階から2階へ上り、渡り廊下を通って職員室へ。地味に遠い道のりに私は重いテキストを抱えながら憂鬱な気持ちになった。

階段に差し掛かった頃、横から伸びた腕にテキストは半分以上も攫われてしまう。私は突然の事に驚き、残り少なくなったテキストを落とさないように胸に抱えて横を向いた。

「わり、驚かせたか」
「えっ、あ、なんで…」

視線の先に居たのは先程テキストを提出してくれた南泉さんだった。バツの悪そうな表情をしていた南泉さんはテキストを殆ど持ちながら涼しい顔で重そうだったから、と。
女子生徒の中でも小柄な私は身長の高い南泉さんを見上げて口をぽかんと開けてしまう。

「持ってくの職員室だろ」
「う、うん」

私はすっかり軽くなったテキスト数冊を抱えながらさっさと歩き出してしまう南泉さんを追って階段を上る。

「あ、あの、」
「ん」
「持ってくれて、ありがとう。でも、そんなに沢山、重い、よね。半分こ……」
「……アタシの方が背高いし力も強いからいんだよ」

私は綺麗な横顔を見上げながら言葉を止めた。確かに彼女と私では20センチ程身長差があった。それに私は帰宅部で運動神経なんてあって無いような人間だった。
私は視線を彷徨わせ、もう一度彼女にお礼を言った。彼女は素っ気なくいいから、と階段を登っていく。
親しいわけでは無い、ただ後ろに座るクラスメイトを助けてくれるなんて、そう思って私は口元を意味も無くもにもにと動かした。
態々教室から追いかけてくれたんだろうか。教卓に積んであったテキストを見て助けてくれたんだろうか。派手な見た目に反してとても優しい人なのかもしれない、と私はその時から彼女に対する認識を改めたのだった。
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