『シアワセの光』
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時が経つのは早いもので、伝説のハジケリスト先輩と生活するようになってから一週間が過ぎようとしていた。
相変わらず親父は家を空けることが多いけど、##NAME3##さんも元気だし問題は全くない。
どうやら##NAME3##さんはじっとしているのが性に合わないらしく、パートに出るようになった。
変わったことと言えばそれくらいで、後は特に何も変わらない。
……
…いや、もう一つ変わったことがある。
「長太郎、お風呂空いたよ。」
「はーい。」
部屋のドアを開けると、首にタオルをさげた伝説のハジケリスト先輩が棒アイスを食べていた。
「長太郎最後だから、お風呂洗っておいてね。」
「分かりました。」
お風呂上がりの伝説のハジケリスト先輩を見ても、前ほど妙な気分にはならなくなった。とは言っても、さすがに脱衣所で脱いだ下着を見付けてしまう時は別だから、なるべく見ないようにしている。
慣れたというのもあるだろうけど、一緒に生活を共にしていくうちに、少しづつ伝説のハジケリスト先輩に対する気持ちが変わってきたんだと思う。
忍足さんの言ってたことが、段々実感できてきた。
「あー、やっぱアイスはパイン味に限るわ。」
「まだパイン味あります?」
「いや、これで最後。あー、うまい。」
「………。」
「どうしたの?早く入ってきなよ。あー、パイン味マジ最高。」
俺もパイン味が一番好きだと、一緒に買いに行った時に言ったことを伝説のハジケリスト先輩は覚えているのに、わざとこういうことをする。
尊敬できる先輩だというのは変わらないけど、実のところ家では手の掛かる子だ。それにちょっと子どもっぽい。年上の人にこういう言い方は失礼かもしれないけど、本当に。
ご飯を食べてる時は口の横に何かしら付いてたりするし、家を出る時はよく忘れ物をする。
家事の手伝いは滅多にせず、夕飯の時間になると一番に座って待っている。
部活の時の姿からは想像できない伝説のハジケリスト先輩が、確かにここにいる。
他にも、家に着いたらスカートを脱ぎ、ブラウスにジャージの短パンという奇抜な格好になったりだとか。
それはまぁいいとして、夜に一人でコンビニに平気で行ったりだとか、とにかく、伝説のハジケリスト先輩に対して“そういうこと”を想像する前に、危なっかしくて目が離せなくなってしまった。
ちょっとだらしがなく、ちょっと我が儘。
これは、一緒に暮らしてみなければ絶対に分からなかったことだ。
風呂から上がり、いつものように水を飲んで自分の部屋に戻るとすぐ、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい。」
ドアを開けると、ノートと教科書とプリント、筆記用具を持った伝説のハジケリスト先輩がいた。
「もう寝る?」
「いえ…まだ8時だし、当分寝ないですよ。どうかしましたか?」
「あのー、長太郎の部屋で勉強してもいいでしょうか…。」
「それはかまいませんけど…。」
再婚とか引っ越しとかで色々あったから、あっという間にテスト期間に入ってしまった気がする。それでもちょこちょこ勉強してたし、授業についていけないというわけでもなかったので、慌てる必要はない。
伝説のハジケリスト先輩を部屋に招き入れ、テーブルをセットした。
「相変わらずキレイな部屋だね。」
「そうですか?」
「うん。あたしの部屋が地獄なら、ここは天国だね。画的に。」
「そんなにすごいんですか?」
「すごいよ。見る?」
伝説のハジケリスト先輩の部屋を見るのは引っ越しの時以来なので、あの時のイメージしかない。##NAME3##さんに部屋を片付けなさいと言われていたのは聞いたけど、その散らかり具合が想像できない。
「いいんですか?」
「……いや、やっぱりお見せできない。つーか、見ない方がいい。」
伝説のハジケリスト先輩は首を小刻みに横に振ってから、ペンケースを開けてシャーペンを出した。その時、いつも部誌を書くときに使ってるボールペン(跡部財閥のもの)が見えた。俺も持ってるけど、机の引き出しに入ったままだ。
「明日朝練行ったら一週間部活ないね。」
「そうですねー。」
「テストやだなぁ。学校燃えないかな。」
大きくため息をつくと、数学のプリントを広げた。俺も鞄から、なんとなく数学の教科書とノートを出し、伝説のハジケリスト先輩の向かい側に広げた。
筆記用具を出していると、伝説のハジケリスト先輩が俺の教科書をパラパラとめくりながら「懐かしい!これやった!」と言いながら頷いていた。
でもすぐに教科書を閉じ、テーブルに置いた。
「ダメだ。もうすでにここから分からないもん。」
「去年やったんじゃないんですか?」
「やったけど、やってない。」
肩をがっくりと落とし、伝説のハジケリスト先輩は自分のプリントを手にとって見始めた。
本当に心底嫌そうな顔でプリントを見ながら、シャーペンをくるくるさせてる伝説のハジケリスト先輩を見て何とかしてあげたくなった。
こんな嫌そうな顔の伝説のハジケリスト先輩を、俺は今までに見たことがなかったから。
数学なら予習もしてあるし、もしかしたら俺でも分かるかもしれない。
「伝説のハジケリスト先輩、プリント見せて貰ってもいいですか?」
「どうぞ。」
伝説のハジケリスト先輩から、A3三枚にわたるプリントを受け取った。
「もしかして分かるの?」
「はい、大体は。」
マジで?!と身を乗り出してきた伝説のハジケリスト先輩に驚き目を向けると、Tシャツから胸の谷間が見えていた。
慌てて目をプリントに戻す。
「すごいね!勉強の邪魔にならなかったら教えて欲しいんだけど…」
「べ、別にいいですよ。」
「やったー!じゃあ飲み物持ってくるね!」
伝説のハジケリスト先輩が嬉しそうに下に降りていった後、顔が真っ赤になっていないか、クローゼットの鏡で確認した。
伝説のハジケリスト先輩のことだから、きっと誰の前でも無防備に違いない。そう考えると色々と不安になってくる。
痴漢に遭ったり隠し撮りされたり、変な男に勘違いを招いて大変なことになったり…
「麦茶でいいよね?」
「Σうわぁう!(◎□◎;)は、はい!麦茶大好きです!」
「(; ̄△ ̄)え…なんでそんなビックリしてんの?」
考えが深みにいっていたらしく、伝説のハジケリスト先輩が入ってきたのに気付かなかったみたいだ。変な声を出したうえに、麦茶が大好きだと叫んでしまった。麦茶が好きか聞かれてもいないのに。
「はは…すみません。」
「そっか、ごめんごめん。プリントの問題見ててくれたんだもんね。集中してたんだよね。」
「いえ…。あ、麦茶いただきます。」
落ち着くために麦茶を一口飲んで、再びプリントを見た。俗に言うそっくり問題のような、テスト形式のプリントだ。教科書も見せてもらって照らし合わせてみたら、テスト範囲のページに載っている重要問題がうまくピックアップされていた。これさえ完璧にできれば満点に近い点数が取れそうだ。
こんな親切なプリントは、二年生には配られない。
「伝説のハジケリスト先輩、このプリントって先生から配られるんですか?」
「ううん、忍足が作ってくれるの。」
「へぇ…。」
数学が得意というのは知っていたけど、ここまですごいとは思わなかった。それに、伝説のハジケリスト先輩のためにここまでしてくれるなんて、忍足さんはもしかして伝説のハジケリスト先輩のことが…
「いつもね、がっくんとあたしとジローにこうやって問題作ってくれるんだ。あいつ何げにいいヤツだよねー。」
なんだ、伝説のハジケリスト先輩一人にじゃなかったのか。まぁよくよく考えてみれば、この前の話も踏まえてみても伝説のハジケリスト先輩に恋愛感情を抱いてるとは思えない。
すごく大事だし、信頼しているということはとてもよく伝わってきたけど、それ以上はないって忍足さんも言ってたような気がするし。
「忍足さん優しいっスね。」
「うん、でも跡部も跡部で外国語の分かりやすいプリント作ってくれるんだよ。単語なんてそのままテストに出るからね。さすが外人ぽい家に住んでる人は違うわ。なんてったて日常から横文字だもんね。」
「へぇ、跡部さんも…。やっぱみんな仲良いですよね。俺も日吉に何かしてあげようかな…。」
「ピヨちゃんのことだから嫌がりそうじゃない?(笑)余計なお世話だ、とか言って。」
「確かに。(笑)」
そんな雑談も交えつつ、伝説のハジケリスト先輩の勉強を手伝った。
途中、理解できなくてイライラしたみたいで、俺の腕を「もう!」と言って叩いてきたりした。
「ごめん、限界だ。」
「え…」
本格的に勉強を開始してから1時間後、疲れて眠くなってしまった伝説のハジケリスト先輩は、キリが良くないところで自室に戻って行ってしまった。
「まぁいいか。」
さっきテストの日程表を見せてもらったら、数学のテストはまだ先だったし、集中力の切れた状態で勉強を続けてもしょうがない。
明日も朝練があるので、テーブルを片付けて俺も寝ることにした。
ベッドに入った瞬間、さっきTシャツから見えてしまった光景を思い出してしまった。また顔が熱くなってきたけど、勉強を教えていて自分も疲れていたんだろうか、すぐに眠気が襲ってきた。
伝説のハジケリスト先輩の苦手なところも分かったし、次はもっと要領よく教えられる。そんなことを考えながら、深い眠りへと入っていった。
いよいよ今日からテスト期間に入るので、今日の練習は朝練だけだ。
そんな朝練終了後の部室では、もっぱらテストの話題で持ちきりだった。
「あー、テストだりぃー。」
ワイシャツのボタンをとめながら、向日さんがため息をつく。
「おい宍戸、お前勉強してるか?」
話を振られた宍戸さんは、
「テストなんだからするだろうよ。」
と答えた。でも、得手不得手のはっきりしている宍戸さんのことだから、苦手科目のどれかは捨てるんだろうな、と思う。
「ハイハイ。そんなこと言って、どうせまた一夜漬けになるんだろ。」
「言えてる~。」
向日先輩に便乗し、伝説のハジケリスト先輩もからかうように言った。
「うるせぇな。お前ら一夜漬けもしねぇだろうが。伝説のハジケリストなんてどうせちょこっとやって寝るのがオチなんだろ?」
昨日のことを思い出して、ちょっと笑いそうになった。宍戸さんの言うとおりだったから。
「ちがいます~、ちゃんとやります~。」
「どうだかな。なぁ、長太郎。」
「え!あ、はい…。でも昨日、忍足さんに作ってもらったプリントやってましたよ!ね?」
「マジ?!お前もう侑士のプリントやってんの?!」
「もちろん。がっくんと一緒にしないで下さい~。」
「クソクソ!裏切りやがって!」
いや、やったと言っても問い2までなんだけどな。
「なんや岳人…俺の愛情がたっぷりこもったプリントやらん気か…?」
「いや、やるけどよ…。やっぱ一人じゃ分かんねーっつーか…。伝説のハジケリストもそうだろ?」
「あたしは長太郎先生がいるから大丈夫だもん。ねー?」
「なんだよ、お前長太郎に教えてもらってんのか?!おい長太郎、お前三年の数学分かるのかよ?!」
宍戸さんが驚きのあまり目を大きく開いて俺を見てきた。
「教科書もありますし、大体は分かりますけど…。」
「お前すげぇな…」
「やべー!伝説のハジケリストに負ける!なぁ跡部、勉強会開いてくれよ!この通り!」
お願いされた跡部さんはすでに着替えが終わっていて、必死の様子の向日さんに対して面倒そうに応えた。
「アーン?またかよ。何で俺様がそんなことしなきゃなんねぇんだ。テストなんざ勉強しなくてもできるだろうが。」
「頭のいい人にバカの気持ちなんて分かんないのよ!ね、がっくん?」
「お、おう!」
「宍戸…多分お前も…バカのカテゴリーに入ってんで…?」
「はぁ?俺は入ってねぇだろ。伝説のハジケリストと向日とジローだけじゃねぇのか?」
そんな会話をよそに、伝説のハジケリスト先輩はどんどん跡部さんに近付いて行く。
「あたしもみんなで勉強したいなー。長太郎に三年の数学ばっかやらせるわけにもいかないしさ。ピヨちゃんもカバちゃんも呼んでさ、ね?お願いしますよ跡部先生!バカに救いの手を!」
伝説のハジケリスト先輩が勢いよく跡部さんの肩を揺さぶると、跡部さんの髪の毛が少し乱れた。
「フン、しょうがねぇ。だが勉強会は一度だけしか開かねぇ。あとは自分たちで何とかするんだな。」
別に、伝説のハジケリスト先輩に数学を教えることは負担になっていないのに。
そう思ったけど、やっぱり完璧に理解してる跡部さんや忍足さんに教わった方が、伝説のハジケリスト先輩のためになるだろう。
少しだけ、ほんの少しだけだけど、複雑な気持ちになった。
飼っていた猫が、他の人に懐いているのを見た時とよく似た、あの気持ちに。
続く
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