『シアワセの光』
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「何だよ、眠れなかったのか?」
「あ、はい…すみません。」
朝練でのストレッチ中、宍戸さんに背中を押されながら大きなあくびをしてしまった。
伝説のハジケリスト先輩はマネージャーの仕事があるから俺よりも早く家を出たらしく、朝起きて下に降りてきた時にはもういなかった。
##NAME3##さんが作った朝食を摂り、お弁当を受け取った。昨日のこともあって気まずいというか、罪悪感を感じた。
伝説のハジケリスト先輩はというと、珍しく起きている慈郎さんと一緒に跡部さんを指さして爆笑している。
俺と違ってぐっすり眠れたみたいだ。
「しょうがねぇよ。引っ越したばっかで慣れてねぇんだからよ。」
眠れなかった本当の理由を宍戸さんに言ってもいいんだけど、宍戸さんと伝説のハジケリスト先輩の仲を考えると言いづらいものがある。
「それに、伝説のハジケリストと24時間もいるとなると疲れんだろ。」
笑いながら軽く言うので、決して悪い意味を含んでないことが分かる。でも、ある意味で疲れるのは事実だ。
「よし、交代な!」
今度は俺が宍戸さんの背中を押す。
「でもよ、お前んちに遊びに行くとなると、伝説のハジケリストと伝説のハジケリストの母ちゃんがいるんだろ?なんか変な感じだよな。」
「はは、そうですよね。」
「泊まりだともっと変な感じだな。」
むしろ宍戸さんに何日でも泊まって欲しいと思う。そうすれば、こんな罪悪感に苛まれないでぐっすり眠れるだろう。
「じゃあ、もう泊まりに来てくれないんですか?」
「そんなことはねぇよ。あ…伝説のハジケリストがいるならゲームソフト持ってこなくても済むな。」
「じゃあ今週にでも泊まりに来て下さい!」
「おい、いくらなんでもまだ早いだろι落ち着いたらそのうちな。」
落ち着く日なんて、果たしてくるのだろうか。
大きなため息を飲み込んだところで、跡部さんの集合合図が聞こえた。
跡部さんがいつもより早く朝練を終わらせた。もちろん先輩達に、今の俺と伝説のハジケリスト先輩の状況を伝えるためだ。
寝不足が祟ったのか、調子が出なくスカッドも決まらなかった。不調のまま終わった朝練。放課後の練習も思いやられる。
そう思いながらもあくびをかみ殺していると、
「ねぇ、着替えながらでいいから聞いて欲しいんだけど。」
伝説のハジケリスト先輩は深刻そうに言うわけでもなく、ソファにもたれて顔だけをこちらに向けながら、世間話をするかのようにごく普通に言った。
ついに打ち明ける時がきたんだ。
部活中に耳打ちされた通り、俺も至って普通に着替えを進める。
「なんだよ、腹でも減ったか?」
「違うし!」
向日先輩に言った後、伝説のハジケリスト先輩は跡部さんと目を合わせ、それから俺を見た。どんな表情をしていいのか分からないでいると、俺から目を離して少し間を置いてから言った。
「あたしと長太郎、姉弟になったから。」
みんなの反応が気になってあたりを見回してみたけど、詳しいことを知らない向日さんや日吉達も特に驚いた様子はない。
「お前何言ってんだ?頭大丈夫かよ。」
「失礼な。」
というより、どうやら本気にされていないみたいだ。俺からも言おうと口を開きかけたところで、代わりに跡部さんが話し始めた。
伝説のハジケリスト先輩と俺の親が再婚し、家族となって一緒に暮らすことになったことを、跡部さんらしく簡潔に伝えた。
「そういうことだ。分かってると思うが、あまり口外すんじゃねぇぞ。」
「え、ちょ、マジ?!」
「だから言ってんじゃん。」
さっきまで本気にしていなかった向日さんも、ようやく信じてくれたらしく、伝説のハジケリスト先輩と俺の顔を交互に見た。
「マジすげぇ~!!伝説のハジケリストんちに遊び行ったら鳳もいるんだろ?!おもしれーじゃん☆」
「すごい偶然だな…。」
「ウス。」
慈郎さんはポジティブだから、伝説のハジケリスト先輩に「遊びに行かせて!」と楽しそうに頼んでいた。日吉が、信じられないといった表情で俺を見てきたから、苦笑を返した。
「そういや苗字はどうすんだ?」
「中等部卒業するまでは伝説のハジケリストだよ。で、高等部からは鳳にします。」
「マジか。じゃあ高等部で俺はお前を何て呼べばいいんだよ。」
「あら、いつもみたくハニーでいいじゃない。」
「言ってねぇ!///」
伝説のハジケリスト先輩は真っ赤になってる宍戸さんを笑った後、家の場所を教えたりしていた。
そうしているうちに予鈴が鳴ってしまったので、全員慌てて部室を出た。
どうも不思議だったのが、誰一人として俺と伝説のハジケリスト先輩が一日を共に過ごす上での、宍戸さんの言う“そういうこと”については突っ込んでこなかった。
俺が完全に安全パイと見なされてるのか、それともみんながみんな本当に伝説のハジケリスト先輩を女性として意識していないのか…
分からない。
昼休み、##NAME3##さんのお弁当をカバンから出したところでクラスの奴に「誰か呼んでるぞ」と言われた。
教室の出入り口に目をやると忍足さんがいた。どうりで女子が騒いでるわけだ。
「どうかしましたか?忍足さんがわざわざこっちの校舎に来るなんて珍しいですね。」
「昼飯付き合わん…?」
「はい!いいですよ!」
忍足さんがお昼を誘ってくるなんて本当に珍しかったけど、断る理由はない。
お弁当箱とお茶を持って、忍足さんの後に続いた。
「いただきます。」
「いただきます!」
部室に移動し、今朝伝説のハジケリスト先輩と跡部さんが座っていたソファでお弁当を広げた。伝説のハジケリスト先輩とおかずの内容は一緒なんだろうけど、お弁当箱の大きさが全然違う。
ここまで大きくなくてもと思うけど、お昼を食べても放課後までにお腹が空くということを考えると丁度良いのかもしれない。
「伝説のハジケリストのオカンの卵焼きな…ごっつ美味いねんで…?」
「そうなんですか?」
「あぁ…。あいつに言われて交換したことあんねんけどな…ええ感じの味加減やねん…。」
そう言われて卵焼きを一口食べると、確かに美味しかった。甘過ぎずしょっぱ過ぎず、濃くもなく薄くもない。本当にいい味加減で、優しい味だ。
「ホント、美味いっスね!」
「せやろ…?」
忍足さんはコンビニの袋からパンを出した。忍足さんと昼食を摂るのは、ましてや二人きりでなんてよく考えたら初めてだ。
どうして俺を誘ったのかを考えると、伝説のハジケリスト先輩のことで何かあるんだということが思い浮かんだ。
「どうやった…?同居一日目は…。」
いきなりそう聞かれ、答えに困って箸が止まってしまった。あからさまに動揺してしまったのが自分でも分かる。
妙な気分になって眠れませんでした、とはもちろん言えず、言葉を探すもなかなか出てこない。そんな俺の様子を察したのか、忍足さんが話を続けた。
「俺らにとって伝説のハジケリストは性別越えてても、お前にとっては普通の女子やもんなぁ…。」
「え…」
「立場も違えば見え方も違う…意識せん方がおかしいわ…。」
俺の心の中を見透かされたようで、恥ずかしくて自然に顔が下を向いてしまう。さすが忍足さんというか、こういうことには敏感だ。
「なぁ…自分、好きな子おらんの…?」
「Σへっ?!」
唐突な質問に、間抜けな声が出てしまった。
「せやから…好きな子おらんの…?」
「いませんけど…。」
忍足さんが何を言いたいのか、俺には分からない。今ので少し平静を取り戻したので、お弁当のおかずに箸を付けた。
「そうか…まぁええわ…。」
忍足さんの切れ長の目が伏せられ、小さなため息が聞こえた。
「じゃあ…なんで俺らがあんなにも伝説のハジケリストを女として見てへんか…気になってるやろ…?」
「はい…。外見も悪いってわけじゃないし、性格だっていいし。」
「でも…恋愛対象に入れづらいやろ?」
「あ…」
言われてみれば確かにそうだ。マネージャーと部長のカップルというのはよくあることだけど、この厳しい部活においてそういう関係になってしまうことを、誰もが無意識に避けている気がした。
この厳しい部で、テニスと両立できるかどうかなんて分からない。
「あぁ…別に女として見てへんわけじゃないねんで…?部活て色々あるやろ…?信頼が強いとな…性別越えんねん…。」
つまり、俺の知らない1年間の間に築き上げられた絆というものがあって、恋愛がどうこう以前に仲間という意識の方が強いということなのだろうか。
伝説のハジケリスト先輩のサバサバした性格も助けて、それがかなり強くなっていると、そう思う。
「それに…あいつは女らしいとこ見せへんやろ…?口を開けばやかましいし、ガサツで不器用やし…。」
忍足さんの目線の先には、棚の横に掛けてある雑巾があった。伝説のハジケリスト先輩が家庭科で縫ったという、不思議な縫い目の雑巾があった。
「伝説のハジケリストを含めたみんなで、跡部んち泊まり行って雑魚寝したり…伝説のハジケリストの家にジローが遊び行って、しょっちゅう一緒に飯食って寝たりとかな…。言うてみれば、みんな家族みたいな感覚なんちゃう…?幼稚舎から一緒やしな。」
パンを食べ終えた忍足さんは、冷蔵庫から麦茶を出してコップについだ。この麦茶は伝説のハジケリスト先輩が作っておいてあるもので、備え付けの紙コップでいつでも飲めるようになっている。
忍足さんは俺にもいるか聞いてきたけど、自分でお茶を持ってきているので断った。
「家族…ですか。」
「もちろん、お前も入ってんねんで…?」
「え…」
みんな自分のことをあまり話さない人達だから、とても意外に思えた。いや、話さないのではなくて、部活を通じて分かり合ってるのかもしれない。
いつの間にか俺もその一員となっていたのが嬉しくて、強張っていた頬が緩んでいく。
「せやから、あいつらには見えてへんねん…。」
「何がですか?」
「いや…。とにかく、宍戸も岳人もあぁ言うとるけど、実際お前の立場になったら一緒やっちゅー話や…。」
麦茶を少し飲んだ後、二つ目のパンを袋から出した。それを見ながら、忍足さんの言った言葉の意味を考える。
「あんな…?分かってへんようやから単刀直入に言うけど、男は下半身と上半身別の生きモンやから…そんな罪悪感感じることないねんで…?」
「Σぐっ?!」
口に入れてたご飯が喉に引っかかり、急いでお茶を流し込んだ。そういえば、だいぶ前の銀魂にもそんなことが描かれてた気がする。
「大丈夫…?」
「は、はい…、すみません。」
「まぁ、慣れるまでの辛抱や…。最初のうちはしゃーないからな…。大丈夫、最終的には一緒に風呂入れるくらいになっとるわ…。」
「あの、なんで分かったんですか?」
「何がや…。」
「俺の…その…悩みっていうか…。」
すると、忍足さんはフッと笑った。
「一日でノーコンに磨きが掛かってんの見たら…簡単に想像付くわ。」
放課後の部活、何かが吹っ切れた、とまではいかないけど、朝練の時と比べてスカッドの調子がなかなかいい感じだった。
昼休みに忍足さんと話してから、気持ちがずいぶんと楽になった気がした。
決してやましい気持ちを伝説のハジケリスト先輩に持ってるわけじゃなくて、生理現象だと言ってもらえたからかもしれない。言い訳にしか聞こえない内容だけど、理解してくれる人がいたというのはかなり大きい。
それに、俺の様子に気付いて気に掛けてくれたんだと思うとすごく嬉しい。“仲間だ”と言ってくれたことも。
実際に家族になった俺よりも、先輩達は家族っぽくて、クラスの女子が「テニス部の人達ってドライっぽいよね」と言っていたのを思い出しておかしくなった。
単純だけど、新しい生活に慣れるころにはきっと、伝説のハジケリスト先輩を空気のような存在だと思えるだろうと、根拠はないけどそう思った。
それまでたまにそういう気分になってしまってもしょうがない。頭を切り換えていかなきゃ。
…さすがに一緒にお風呂に入るのは無理だろうけど。
伝説のハジケリスト先輩を見ると、ものすごい勢いで部誌にペンを走らせていた。
「よし終わり!長太郎早く帰ろう!今日の夕飯ハンバーグって言ってたから!」
「はい!」
忍足さんとあぁして話したことがなかったから分からなかったけど、テニス以外でもとても頼りになるいい先輩だと思った。
すごく人を見てるというか、冷たそうに見えるけどすごく優しい。伝説のハジケリスト先輩と仲が良いのも納得だ。
1年違うって、結構大きいな。
明日、もう一度忍足さんにお礼を言おうと、そう思いながら伝説のハジケリスト先輩と家路を急いだ。
続く