『シアワセの光』
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あれから二度、四人で食事をした。再婚すること、一緒に住む家のこと、苗字のこと、決めなければいけないことは全て決めた。
でも、俺と伝説のハジケリスト先輩は、肝心なことをまだ決めていなかった。
「どうします?」
「どうしよっか。」
肝心なこと。それはテニス部の皆さんにこのことを伝えるべきか、ということだ。
もちろん伝えるべきなんだけど、正直まだ不安な部分もある。
なんだかんだで二人で話す時間がなかったし、メールや電話で済ますべきではない内容だ。
伝説のハジケリスト先輩からそのことについて触れてこないので、気になって教室を訪ねた。
それが今日の昼休みで、ようやく伝説のハジケリスト先輩と話す時間が作れた。人が誰も来ないような場所、旧校舎の裏庭で昼食を摂りながらの話し合いだ。
伝説のハジケリストさんのお弁当は##NAME3##さんの作ったものだろうか、とても美味しそうに見えた。
「言っとくけど、これほとんど冷凍だから。」
「そうなんですか?」
「うん。」
俺が、美味しそうですねって言う前にそう言われてしまい、言葉を飲み込んだ。それから何故か、次に言うべき言葉が見当たらない。
先に口を開いたのは伝説のハジケリスト先輩だった。
「宍戸にはもう話した?」
「いえ、まだです。」
「そうなの?宍戸には全部話してるもんかと思ってたけど。」
宍戸さんにどうなったか聞かれた時、まだ何とも言えないので落ち着いたら全てを話す、と返した。
隠し事をしているみたいで心苦しいけど、
「俺だけの問題じゃないですから。」
宍戸さんと俺は確かによく一緒にいて、何でも話せる仲だと思う。でも、伝説のハジケリスト先輩と宍戸さんも仲が良いから、なんとなく言いづらい。
「長太郎はホントに優しいね。」
「いえ、そんなことは…。」
「宍戸に言ってもいいのに。」
そう言って、俺の弁当箱から卵焼きを取った。
「言いたいでしょ?」
「でも…」
「あたし、忍足には全部話してあるよ。」
「え…」
忍足さんと伝説のハジケリスト先輩が同じクラスで、仲が良いのは知っている。けど、そういう話をするくらい仲が良かったのは知らなかった。
「ダメだった?」
「いえ…。忍足さんは何て?」
「そんなこともあるんやなぁって、ちょっとびっくりしてた。」
伝説のハジケリスト先輩は誰とでも仲が良いけど、テニス部には特に親しくしてる人はいない。良くも悪くも、全てにおいて“平等”だ。
それでも話の合う合わないはあるから、共通の話題を持った人とはさらによく話している。俺がみる限りでは、宍戸さんや向日さん、そして慈郎さん達と話している方が多い。その次に跡部さんだ。
と言っても個人的にではなくて、大勢で話してる。その中には俺も入ってて…。
跡部さんとは個人的に話してると、そう思ってた。
「跡部さんには話してないんですか?」
「いや、まだだけど。」
跡部さんには話してなくて、忍足さんには話すんだ。そう思うと、とても意外だ。
「これも言っておくけど、」
口に入れた卵焼きを飲み込み、ペットボトルの蓋を開けながら言った。
「あたしと忍足は付き合ってるとかじゃないからね。誤解のないように。」
「はぁ…。」
伝説のハジケリスト先輩本人がそう言うなら、そうなんだろう。なんとなくだけど、伝説のハジケリスト先輩は跡部さんと付き合いそうな気がする。いや、もしかしたらもう付き合ってるのかもしれない。
そんなことを考えていると、
「みんなには言おうよ。」
伝説のハジケリスト先輩が言った。
「どうせバレることだし、隠すことでもないし。」
「それはそうなんですけど、今日言うんですか?」
「いや、新しい家に引っ越してからでいいと思う。」
新しい家に引っ越すのは今週末だから、言うとしたら来週の月曜日ということになる。
心の準備もしたいし、丁度いいかもしれない。
「それまでに宍戸に話しときなよ。あたしも跡部に話しとくから。」
伝説のハジケリスト先輩が食べ終わったお弁当を片付る。その様子を見ながら、宍戸さんにどう説明しようか考えていた。
ふと伝説のハジケリスト先輩の顔を見ると、ご飯粒が口の横に付いていた。
「伝説のハジケリスト先輩、お弁当付いてますよ。」
「え?どこ?」
「ここです。」
俺は自分の唇の端に指を当て、お米の場所を伝えた。
「とれた?」
「逆です。こっち。」
「あぁ、こっちか。」
お米粒を取った後、伝説のハジケリスト先輩は立ち上がった。
「ありがとう。じゃあ、そういうことで。」
「はい!また部活で!」
手を振ってから歩き出したが、
「あ!忘れてた!」
と言ってすぐに戻ってきた。
「長太郎、クラスの子とかに言う?」
「聞かれれば答えますけど、自分からは言わないと思います。」
「分かった!じゃああたしもそうするよ!」
じゃあねと言って、今度こそ教室に帰って行った。
一人残った俺は、伝説のハジケリスト先輩と一緒に暮らすということの実感があまり沸いてこないのに気付いた。
あの時は、何もかもが突然で混乱していたいたけど、こうやって冷静になると、不思議なことにあまり実感が湧いてこない。
というより、想像がつかないのかもしれない。
伝説のハジケリストさんが部活のときでも全く普通だからかな。まぁ、そのおかげでヘンに意識しないで部活に集中できるんだけど。
腕時計に目をやると、昼休みがもうすぐ終わろうとしていたので、急いで残りのお弁当に箸を付けた。
5時間目の途中から雨が降ってきたから、今日の部活はミーティングになりそうだ。
部室のドアを開けると、跡部さんと樺地以外全員揃ってて、制服のままそれぞれが好きなことをやっていた。
「こんにちは。」
俺が入ると、宍戸さんは読んでいた雑誌を置いた。
「遅かったじゃねぇか。」
「ホームルームが長引いちゃって。」
ソファでは伝説のハジケリスト先輩が、向日さんと忍足さんと楽しそうに話していた。
「納豆自体はすごく好きなんだけど、焼くとなるとダメだね。」
「確かにな。友達にすすめられてパンに乗っけて焼いたことあるんだけどよ、なんかダメだな、あれは。納豆のイヤな臭さだけが出るだろ?」
「焼こうが焼かまいが、納豆だけは無理や…。元から臭いやん…。あ、鳳…お疲れさん。」
忍足さんには話したと言っていたが、忍足さんは何も知らないような、ごく普通の態度だ。いつ話したのかは分からないけど、特に俺に何を言うでもなかった。
だからこそ、忍足さんに話したんだろう。
「よ!」
「長太郎お疲れー。」
俺に気付いて挨拶をくれると、また話に戻った。
三人が納豆談義をしている横では、ジローさんがクッションを抱えて寝ている。
「宍戸さん、この後時間ありますか?」
「あぁ、どっか遊びにでも行くか?」
「いえ、話したいことがあって…。」
伝説のハジケリスト先輩をチラッと見ると、向日さんの頭を叩いていた。宍戸さんに目を戻すと、
「分かった。」
とだけ言って、伸びをした。その直後、部室のドアが開いて、樺地が入って来た。
「みなさん…今日の部活は、ナシ…です。」
それを聞くと、どこかからため息が聞こえた。
「慈郎…、部活ナシやて…。さっさと起き…。」
「う~ん…。」
「なぁなぁ、どうせヒマだからカラオケ行かねー?」
「いいね!」
「お前らは?」
向日さんがソファの背もたれから身を乗り出して、俺と宍戸さんを交互に見た。
「俺今回はパス。」
「せっかくですけど、俺も今回はいいです。また誘って下さい。」
すると向日さんは、つまんねーのと言って向き直った。
俺は宍戸さんと目配せをし、先輩達に挨拶をしてから部室を出た。
駅前のモスに入り、何から説明しようかを考えていた。宍戸さんの場合、結論を先に言った方がいいのは分かってるんだけど…。
「食わねぇのか?」
「あ、いただきます!」
ロースカツバーガーを一口食べ、言葉を探そうとしたその時に、宍戸さんの方が口を開いた。
「なぁ、話ってあれだろ?親父さんのこと…だろ?」
「はい。」
俺が言いやすいように、こうして宍戸さんから聞いてくれてるんだ。言葉を選んでる場合じゃない。
「実は…」
「え、ちょっ、マジかよ?!」
「マジです。」
事の全てを話すと、宍戸さんは芸人も驚くほどのリアクションを見せた。目を大きく開き、動揺のあまりか口からレタスを飛ばした。
「すげぇ偶然だな…。」
「ははは、ほんとですよね。」
今となっては笑える余裕がある。きっと、伝説のハジケリスト先輩の影響が大きいんだろう。
「はははって…お前はそれでいいのかよ。」
「はい。最初は反対だったんですけど、伝説のハジケリスト先輩と話してるうちに、反対することに意味はないって思ったんで。」
自分のことしか考えてなかった俺と違って、伝説のハジケリスト先輩はちゃんとみんなのことを考えていた。俺も、そういうふうになれたらって思う。
「そうか。でもまぁ、伝説のハジケリストの母ちゃんで逆に良かったんじゃねぇか?一緒に暮らすにしろ、伝説のハジケリストだったら問題なさそうだしよ。」
「問題…ですか?」
「だからその、なんつーか…間違ってもそういうことにはなんねぇだろ。」
宍戸さんの言葉意味の意味を理解するのに、少し時間が掛かった。
とにかく色々ありすぎて、そんなことは忘れていた。ずっとこのまま、忘れたままでいたかったのに。
宍戸さんの言葉に起こされてしまった。
「あいつは女って感じしねぇしな。」
俺と宍戸さんは、伝説のハジケリスト先輩に対する見方が少し違う。立場的なものもあるかもしれない。
確かに伝説のハジケリスト先輩は女の子っぽくなくて話しやすい。性別どうこうよりも、俺にとっては良き先輩であり、良きマネージャーだ。
そう思うけど、やっぱり女性は女性だ。
「でも、少し緊張しますよ。」
「そうか?」
宍戸さんは伝説のハジケリスト先輩を男友達のように思ってるんだと思う。女子と滅多に話さないという宍戸さんが、伝説のハジケリスト先輩とは楽しそうに話している。
それは伝説のハジケリスト先輩の人徳というか、すごいところだと俺は思う。
「お、もうこんな時間かよ。そろそろ行くか!」
「そうですね。」
帰り際、他の先輩達には来週言うということを宍戸さんに伝えて別れた。
やっと宍戸さんに話せたという安心感。でも、まだ完全には落ち着いていない。
今週末には引越しがあるし、もうすぐテスト期間にも入るから、当分忙しい日が続きそうだ。
それに
宍戸さんが言っていた「そういうこと」が、俺の頭から離れてくれそうにない。
続く