『シアワセの光』
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《ブー、ブー》
「ん…」
《ブー、ブー》
携帯のバイブ音に気付き、寝ていたあたしは目を覚ました。
手探りで携帯を取り、通話ボタンを押す。
「はい…」
『なんや…寝とったんかい…。もう一時間目終わったで…?』
時計に目をやると、あたしは起き上がって伸びをした。
「今日どうせ部活出れないし、今から行くのもめんどいし、このまま休む。」
『部活も来んの…?』
「うん。新しいパパに会うの今日だから。」
『あぁ…今日やったな…。』
あたしの両親は、一昨年離婚した。
詳しい理由は分からなかったけど、ママが選んだことだからしょうがないと思った。
パパはロクでもない人とかそういうわけではなかったが、特に何かしてもらった記憶もないし、ママの方が好きだった。離婚してから、ママはあたしを連れておばあちゃんの家でしばらく暮らしたが、学校のこともあるので新しい家を借りるまでの間だけお世話になった。
学校から近いアパートを借りて二人で住んでいる。当然高い学費を払うのは難しく、あたしは奨学金を借りることにした。たいして頭がいいわけではなかったから、忍足に勉強を教えてもらってなんとか借りられた。
働きながら家事もこなして、学校にも行かせてくれている。いつも笑顔であたしに心配をかけないようにしているママに、あたしは感謝してもし足りない。
そんなママに、彼氏ができた。
向こうもバツイチらしく、しかもコブ付きだという。けどそんなことはどうでもいい。みんなが笑って生活できるなら、あたしは何でもいい。
「一緒にご飯食べるんだけどさ、場所が赤坂プリンスホテルなの!」
『それがどないしてん…。』
「赤プリですよ?そんな高級なとこ行ったことないから何着てったらいいか分かんないよ。」
『別に普通でええやん…。』
「他人事だと思って!あたしにとっては赤プリなんて未知の世界なんだから。」
『跡部んちで慣れてるやろ…。あんなもんや…。それより…大丈夫か?』
忍足には全ての事情を話してある。クラスが同じということもあり、なんだかんだで一緒にいる時間が一番長いと思う。
「大丈夫かって、なにが?」
「なにがて…。まぁええわ。何かあったら連絡せぇよ…?」
「了解!赤プリ写メ撮ってくる!電話ありがとう、また明日ね!」
『あぁ…。ほなまた明日…。』
電話を切り、もう少し寝ようとまた布団をかぶった。
二度寝して、目が覚めたらお昼過ぎだった。
約束の時間まであと二時間。あたしは遅めの昼食を摂り、食器を片付けようとした時玄関が開いた。
「ただいまー。」
仕事を早退したママが、あわただしく帰ってきた。
「お帰り。」
「何、学校休んだの?!」
「うん、部活休むからついでに。」
「あ、もうこんな時間!早く着替えて!」
そう急かされて、あたしは自室へと戻った。
タンスを漁り、対赤プリ用の服を探すも、普通の洋服しかない。制服で行くのも気まずいし、かといってジーンズは場違いな気がする。そんなことを考えていると、
「服貸して。」
ママが部屋に入って来た。そういえば、彼氏と出掛ける時は毎回あたしの服を着ている。いい年こいて。
「いいけどさ、何着たらいいか分かんないんだけど。」
「別に普段着でいいんじゃない?」
「赤プリなのに?」
「じゃあ少しいいの探そう。」
そう言って二人でタンスから洋服を出していく。あーでもないこーでもないと騒ぎながら、ようやく洋服が決まった。
ママがお化粧を直し、あたしは髪の毛をセットしていると、もう家を出なければならない時間になっていた。
「ちょっと!時間!」
「あ、ホントだ!急がなくっちゃ!」
「鍵持った?!」
「持った持った!」
朝でもないのにあわただしく家を出て、車に乗り込んだ。
ここから赤プリまではそう遠くないと言っていたので、遅刻は免れそうだ。
「ねぇ、向こうの子どもっていくつなの?」
「確か##NAME2##の一つ下で男の子だって。」
「マジで?!」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてないし。」
「嫌なの?」
「別に嫌じゃないけど。」
幼稚園児や小学生で年が離れた弟にも憧れるけど、一つ違いは友達感覚で楽しいと思う。
「思春期の男の子ってどんな感じかな。反抗期とかどうしよう。」
「うちのテニス部の連中と何ら変わんないと思うよ?」
「あ~、でも跡部君とかちょっと違くない?」
「確かにあれは別だね。がっくんとか宍戸とか、そんな感じじゃない?」
「がっくんは女の子みたいよね。宍戸君は…あ、この道真っ直ぐだっけ?」
「うん、多分。知らないけど。」
すると、「いや、こっちだな」と右折してしまった。
その結果、道に迷った。ママは携帯で相手の人に連絡を入れ、大慌てで先ほどの道に戻ろうと進んだ。
結局、赤プリに到着したのは約束の時間の10分後だった。
ホテル内でもさらに迷い、ようやくレストランに辿り着いた。入り口で待ち合わせと告げ、奥へと進んだ。
「どこだどこだ。」
「遅刻なんて最悪ー。」
「だってあの角を曲がるもんだと…」
もめながら歩いていると、
「##NAME3##!」
少し離れた窓際のテーブルから、ママを呼ぶ声がした。そっちを見ると、背のスラッと高い優しそうで紳士そうなナイスミドルが立っていた。
「ごめんね、ちょっと迷っちゃって!」
謝るママに対し、にっこりと優しく微笑むその人。前のパパとは全く正反対な感じだ。
「ホントすみません!ママが変な角曲がるから…」
あたしも謝ると、ふと横にいた男の子に目が行った。
どこかで、いや、毎日見ている感じのその子は、顔を上げるとその感じを明確なものにさせた。
「Σ伝説のハジケリスト先輩?!」
「Σ長太郎?!」
そこにいたのは、紛れもなくうちのレギュラーである長太郎だった。
「あれ?##NAME2##知り合い?」
「知り合いもなにも、部活の後輩だよ!」
「はっはっは!すごい偶然だな!」
「父さん!笑い事じゃないよ!」
ここに長太郎がいて、この人を父さんと呼んだ。
ということは、そういうことなんだろう。
今まで、後輩として接してきた長太郎が
今まで、宍戸とかと普通に一緒に遊んだりしてきた長太郎が
いきなり家族になるなんて…
混乱が混乱を重ね、状態を把握するのに必死でいると、長太郎が勢い良く立ち上がった。
「どうした長太郎。」
「俺は反対だ!!」
長太郎もかなり混乱してるらしく、珍しく声を荒げて立ち去ってしまった。走らずに早歩きというところがおぼっちゃんらしいと、混乱しつつも冷静に思った。
長太郎がああ言うのも無理はない。部活や学校で毎日顔を合わせているのに、再婚して家族になればプライベートでも一緒になる。
関係も環境も、何もかもが変わっていく。お米がビールにならないのと同じで、急に「はいそうですか」と仲間から家族に切り替わるなんてできやしない。
けど
「あたし行ってくる!」
それも全部、自分の気持ち次第で決まること。
「うちの息子がすまない。」
長太郎パパに軽くお辞儀をし、長太郎の後を追った。
レストランを出ると、すぐ近くのエレベーターに長太郎はいた。扉が開いてそれに乗ろうとしたので、あたしは急いで腕を掴んだ。
「長太郎!」
「うわっ!」
エレベーターは閉まり、ギリギリで長太郎を引き戻すことに成功した。
廊下には、あたしと長太郎だけが残された。
「ちょっと、反対ってどういうこと?」
「どういうことって…伝説のハジケリスト先輩はこれでいいんですか?!」
「うん。別にいいじゃん。面白そうだし。」
「なっ…!本気で言ってるんですか?!今まで普通に先輩後輩として接してきて、伝説のハジケリスト先輩は、いきなり俺を弟だと思えるんですか?!例えこのまま家族になったとして、部活で今までみたいにできますか?!俺は無理です!ちょっとは考えて下さい!」
「ちょっと深く考え過ぎじゃない?一緒に暮らしたってあたしはあたしだし、長太郎は長太郎だよ。今まで通り普通でいいじゃん。合宿みたいなノリでさー。」
「そんなの無責任すぎますよ!」
エレベーターの前に集まってきた何人かがあたし達を不思議そうに見てたけど、そんなことは気にしていられない。今ここで引いてしまっては、何も変わらない。
「分かった…。じゃあ、あたしテニス部のマネージャーやめるよ。」
「え…?」
「長太郎の気持ちも分かるよ。だけど、あたしはママに幸せになってもらいたい。そのためならマネージャーやめる。」
学校でも部活でも、あたしはいつも真面目じゃないから信用してもらえないかもしれない。けど、これがあたしの本音なんだと伝えたくて、長太郎から目を絶対逸らさずに続けた。
「女手一つであたしを育ててくれたんだもん。せっかく見つけた幸せを、あたしは応援したいから。」
「伝説のハジケリスト先輩…。」
「それでもダメなら、あたし一人暮らしするよ。って言っても、家の近くにさせてね!あたし家事できないからさ。」
ママも大事だけど、あたしは長太郎のことも大事に思ってる。かわいくて優しい、テニス部にとって頼りになる後輩。できれば長太郎にも、長太郎のパパにも幸せになってもらいたいんだ。
何が幸せかなんて分からないけど、きっと今よりは楽しくなる。変えないと、変わらないままだから。
「伝説のハジケリスト先輩はすごいですね。」
「え?」
「色々失礼なこと言っちゃってすみませんでした。俺、大事なことを見落としてました。」
「大事なこと?」
「俺も父さんに幸せになってもらいたいです。それに、お伝説のハジケリスト先輩がマネージャーじゃなくなったらみんな困りますから。」
さっきまで堅い表情だった長太郎が、いつもの優しい顔に戻った。
「じゃあ…!」
「戻りましょうか。」
「うん!」
新しい家族になるのが長太郎で良かったと思う。きっと、うまくやっていける。
「伝説のハジケリスト先輩?!///」
「これからよろしくね!」
「……はい!」
長太郎の手を握り、子どもみたいに揺らしながら、両親のもとへ戻った。
それからあたし達は食事を楽しんだ。長太郎パパはやっぱり、どことなく長太郎に似ている。いつもあたしのくだらない話を長太郎が聞いてくれているように、長太郎パパも部活中の長太郎の様子や、ママがやらかしたマヌケ話に耳を傾けてくれた。
長太郎もママと楽しそうに話していて、もうさっきまでの重い空気は見事になくなっていた。
食事を終え、また改めて四人で会うことを約束してそれぞれの家に帰った。
帰り際、長太郎パパに「こんな母ですがよろしくお願いします」と言ったら、「こちらこそ」と、笑い返してくれた。
帰りの車内では、鳳親子の話題で持ちきりだった。
「まさか長太郎のパパだとは思わなかったよ。あーびっくりした。」
「前から名前は聞いてたけど、まさか##NAME2##の話に出てくる長太郎君だとは思わなかったよ。」
「長太郎パパいい人だね。」
「うん。……ありがとね。」
急にあらたまって言われると、なんだか恥ずかしい。あたしはそれをごまかすように、
「学校でも家でも長太郎に会うのかー。何かヘンな感じ。」
と、笑って言った。
「今までみたく部屋散らかしっぱなしにできないね。テニス部のみんなにバレちゃうよ?」
「うるさいなー。いいの、もうバレてるから。」
携帯を開くと忍足からメールが来ていた。どうせ明日話すからいいやと思い、携帯をしまって窓の外を見た。
不安が無いと言ったら嘘になる。けど、普段どおりに、いつもどおりにやっていけばいい。
きっとこの先には、みんなのシアワセが待ってると、そう思うから。
人生は
いつどこで
何が起こるか
分からない
続く