『シアワセの光』
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「今日だろ?」
「え?何がですか??」
登校中、校門で宍戸さんに会った。エントランスまでの道を並んで歩いていると、急にそう聞かれた。
「何がってお前、今日だって言ってただろ?新しいおふくろさんになるかもしれねぇって人に会うの。」
「あ、はい!今日です!」
「まさか忘れてたんじゃねぇだろうなι」
「わ、忘れてないですよ!」
宍戸さんは話すとき、たまに主語が無いから困ってしまう。
「いい人だといいな!」
「はい!」
俺の両親は、一昨年離婚した。俺にはうまくいっているように見えていたけど、夫婦にしか分からないこともあったようだ。
父親は弁護士という仕事上、家を空けることが多かった。最初は「仕事だから仕方ない」と我慢していた母さんも、次第に忙しくなって一月に二回程度しか帰らなくなった父さんに、我慢から諦めに変わっていった。
父さんも、たまに帰ってきたと思えば疲れてあまり話そうとしなかった。母さんが話し掛けても、生返事をするばかりだった。
そして、二人の溝は次第に大きくなってしまったというわけだ。
母さんからも父さんからもちゃんと話をされたので、俺も姉貴も納得できた。姉貴は母さんと一緒に母さんの実家に、俺は父さんと残ることにした。
淋しいけど、いつでも会えるからと言ってくれた。
「でもよ、本当にいいのか?」
「はい!最初は抵抗ありましたけど、父さんも父さんなりに頑張ってくれましたから。」
離婚した後も相変わらず忙しい人だったけど、家政婦さんも雇ってくれたので不自由はしていない。それに週末はだいたい帰ってきて、俺を食事に連れて行く。帰れない日は電話が来て話したり。
母さんにもそうしてあげればよかったのにと思うけど、俺には父さんを責めることはできない。もちろん、母さんのことも。
「変なこと聞いて悪かったな。俺でよければまた何かあったらいつでも話きくから。」
「すみません。宍戸さんにはお世話になってばかりで…。」
「気にするな!こんなの世話したうちに入んねぇよ!」
「宍戸さん…ありがとうございます!」
話しているとあっという間にエントランスに着いた。宍戸さんに挨拶をし、俺は自分の教室へと向かった。
休み時間、今日の部活を休む事を伝えようと、マネージャーの伝説のハジケリスト先輩と跡部部長の教室へ行こうと教室を出た。
二年生校舎から出て渡廊下を歩いていると、携帯で話している忍足さんに会った。
「あぁ…。ほなまた明日…。」
忍足さんは携帯をたたむと、ため息をついた。
「こんにちは!こんな所でどうしたんですか?」
「鳳やん…。自分こそどこ行くん…?」
「跡部部長と伝説のハジケリスト先輩にお話があって。今日用事があって部活休むんですよ。」
「それなら俺が言うといたるわ…。」
「そんな、悪いですよ!」
「行ったって伝説のハジケリストは休みやし、跡部も忙しくてつかまらんで…?」
「伝説のハジケリスト先輩休んでるんですか?」
「あぁ…。せやから跡部には俺から言うとくから…。」
「そうですか…。じゃあお言葉に甘えます。」
「そうして…。ほなまたな…。」
忍足さんの後ろ姿にお辞儀をし、俺は教室に戻った。
学校から帰宅し、制服から私服に着替えた。
前に父さんから、恋人ができたということは聞いていた。とても明るくて、サバサバした人らしい。その人も一度離婚していて、俺より一つ年上の娘さんがいると言っていた。今日はその二人と父さんと食事をする。
ということは、新しい家族になるかもしれないんだ。
宍戸さんにはああ言ったものの、多少の抵抗感は拭えない。
母さんと姉貴と離れて、もう二年が経っている。やっと慣れてきた頃に、会ったこともない他人を『母』と『姉』として受け入れられることが果たしてできるのだろうか…。
そんなことを考えていると、もう家を出なければいけない時間になっていた。
「急がなきゃ…」
家政婦さんが電話でタクシーを呼んでくれていたので、俺はそれに乗って目的地を告げた。
「赤坂プリンスホテルまでお願いします。」
「部活を休ませてしまってすまないな。」
タクシーを降りてロビーに入ると、父さんがすでに来ていた。俺を見つけると、少し早歩きでやってきた。
「しょうがないよ。今日しか時間なかったんだろ?」
「お前には迷惑掛けてばかりだな。」
「そんなことないよ。そんなことより、相手の人は?」
「少し遅れるそうだから、先に入って待っていよう。」
エレベーターに乗り、40階で降りた所にあるレストランに入った。
父さんがお店の人に名前を言うと、見晴らしのいい窓際の席に案内された。
「再婚するの?」
席に座るなり、俺は気になっていることを単刀直入に聞いた。
「すぐにとはいかないが、そのつもりだ。しかし、我々だけで決められることではないから、こうしてお前とも向こうの娘さんとも話す場を設けたんだ。」
「……。」
今までそれなりに覚悟はしていたものの、いざ父さんからはっきり聞くと、俺は複雑な気分になった。
父さんの顔から目を反らし、グラスに注がれた水を見ていると、隣に座っていた父さんが立ち上がった。
「##NAME3##。」
顔を上げると、小柄で可愛らしい感じの女性が嬉しそうにこっちへ歩いて来た。
「ごめんね、ちょっと迷っちゃって!」
##NAME3##と呼ばれたその女性は、俺を見るとにこっと笑った。なんだか恥ずかしくて、うつむいてしまう。
おとなしい母さんとは違うタイプの人だと、そう思った。
「ホントすみません!ママが変な角曲がるから…」
聞き覚えのある声に、俺は顔を上げた。
「Σ伝説のハジケリスト先輩?!」
「Σ長太郎?!」
そこにいたのは、紛れもなくうちのマネージャーの伝説のハジケリスト先輩だった。
「あれ?##NAME2##知り合い?」
「知り合いもなにも、部活の後輩だよ!」
「はっはっは!すごい偶然だな!」
「父さん!笑い事じゃないよ!」
今まで、マネージャーとして接してきた人が
今まで、宍戸さんとかと一緒に遊んだりしてきた人が
いきなり家族になるなんて…
「どうした長太郎。」
俺は…
「俺は反対だ!!」
混乱しているのもあり、俺はその場から立ち去った。
俺はレストランを出ると、エレベーターを待っていた。
伝説のハジケリスト先輩と家族になるってことは、一緒に生活するということだ。
恋愛感情は抱いていなくても、寝食を共にするとなると意識してしまう。まして面倒見もよくて、部活の時もあの跡部さんにすらハッキリものを言うことのできる頼りになる人だ。尊敬もしている。
伝説のハジケリスト先輩だって嫌に決まってる。きっと混乱しているだろう。あの様子だと、伝説のハジケリスト先輩も知らなかったみたいだし…。
エレベーターの扉が開いたので、それに乗ろうとしたその時。
「長太郎!」
「うわっ!」
伝説のハジケリスト先輩が俺の腕を引っ張り、エレベーターから引き戻した。
扉は閉まり、俺は廊下に残されてしまった。
「ちょっと、反対ってどういうこと?」
「どういうことって…伝説のハジケリスト先輩はこれでいいんですか?!」
「うん。別にいいじゃん。面白そうだし。」
「なっ…!本気で言ってるんですか?!今まで普通に先輩後輩として接してきて、伝説のハジケリスト先輩は、いきなり俺を弟だと思えるんですか?!例えこのまま家族になったとして、部活で今までみたいにできますか?!俺は無理です!ちょっとは考えて下さい!」
「ちょっと深く考え過ぎじゃない?一緒に暮らしたってあたしはあたしだし、長太郎は長太郎だよ。今まで通り普通でいいじゃん。合宿みたいなノリでさー。」
「そんなの無責任すぎますよ!」
エレベーターの前にいる何人かが俺達のことを見てたけど、そんなことはどうでもよかった。
「分かった…。じゃあ、あたしテニス部のマネージャーやめるよ。」
「え…?」
伝説のハジケリスト先輩の一言で、頭に昇っていた血が引いた。
「長太郎の気持ちも分かるよ。だけど、あたしはママに幸せになってもらいたい。そのためならマネージャーやめる。」
伝説のハジケリスト先輩は、俺の目を真っすぐ見ながら続けた。
「女手一つであたしを育ててくれたんだもん。せっかく見つけた幸せを、あたしは応援したいから。」
「伝説のハジケリスト先輩…。」
「それでもダメなら、あたし一人暮らしするよ。って言っても、家の近くにさせてね!あたし家事できないからさ。」
そう言って笑う伝説のハジケリスト先輩を見て、俺はさっきの自分の発言が恥ずかしくなった。
自分のことばかり考えて、周りが見えてなかった。
それなのに伝説のハジケリスト先輩は…
「伝説のハジケリスト先輩はすごいですね。」
「え?」
「色々失礼なこと言っちゃってすみませんでした。俺、大事なことを見落としてました。」
「大事なこと?」
「俺も父さんに幸せになってもらいたいです。それに、伝説のハジケリスト先輩がマネージャーじゃなくなったらみんな困りますから。」
「じゃあ…!」
「戻りましょうか。」
「うん!」
すると伝説のハジケリスト先輩は、俺の手を握った。
「伝説のハジケリスト先輩?!///」
「これからよろしくね!」
「……はい!」
それから俺達は楽しく食事をした。戻ってすぐ伝説のハジケリスト先輩のお母さんに謝ると、「いいのいいの!こっちこそごめんね?」と言ってくれた。
伝説のハジケリスト先輩のお母さん(##NAME3##さん)は、伝説のハジケリスト先輩に負けないくらい明るい人でとても話しやすかった。気を遣わせない雰囲気を持っていて、父さんが心を許した理由が分かった気がした。
伝説のハジケリスト先輩も父さんに対して他人行儀にすることはなく、部活や試合中の俺のことを話したり、##NAME3##さんが過去にやってしまったドジの話をしていた。
こんなに楽しい食事をしたのは何年かぶりで、最初の抵抗感はもう無くなっていた。
食事を終え、また改めて四人で会うことを約束して俺達はそれぞれの家に帰った。
帰りの車内では、父さんがずっと嬉しそうに##NAME3##さんの話をしていた。口数の少ない人が珍しくよく話すのは、よほど機嫌がいいからだろう。
そういう俺も機嫌がいいんだけど。
「##NAME2##ちゃんはいい子だな。」
「うん。」
「帰りぎわに、“こんな母ですが、どうぞよろしくお願いします”って言われたよ。」
「そっか。」
「それで…」
「俺も言えばよかった。」
父さんの言葉を遮って、父さんの顔を見ながら言った。
「“こんな父ですが、どうぞよろしくお願いします”って。」
「長太郎…。ありがとう。」
初めて父さんにお礼を言われたからっていうのもあるけど、なんだか心がくすぐったくなった。
伝説のハジケリスト先輩と家族になるなんて想像もつかない。それも本当に突然で、誰も予想できないような状況だ。
けど、その先に待つのは間違いなく光だと今なら思える。
その光を作り出すのは他でもない、自分達なんだということを教えてくれた伝説のハジケリスト先輩を、俺は改めてすごいと思った。
それでも数時間の間で色んなことが起こりすぎて疲れてしまった俺は、帰りの車内で寝てしまった。
頭にあったかくて大きな手が乗せられたのが分かったけれど、夢のような現実のような、そんな感覚だった。
人生は
いつどこで
何が起こるか
分からない
続く
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