♪お誕生日のあなたへ♪
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
放課後、左手にはトランペットが入ったケースを、右手には包装された伝説のハジケリストへのプレゼントを持った火原が伝説のハジケリストを待ち伏せていた。辺りはもうすでに薄暗い。
先日、火原が何時間もかけて選んだもので、伝説のハジケリストの喜ぶ顔を想像しながら、幸せな買い物をしていた。今日、その想像の中の喜ぶ顔の本物が見れる。そう思うと、楽しみな気持ちと緊張感が入り交じり、くすぐったいような、落ち着かないような、なんとも言えない気分になっていた。
閑静な住宅街の路地で、そわそわしながら伝説のハジケリストが通るのを待っているのだった。
火原のことだから、伝説のハジケリストの誕生日が今日であるということをすっかり忘れており、誰かから聞いて慌てて何かを用意する、なんてことになってそうなのだが、他ならぬ大好きなあの子の為、それ以外をいくら忘れても、これだけは忘れなかった。
本当に意外であり、思ったよりマメである。
しかし、もし仮に伝説のハジケリストがこの道を通らなかったら、などとは火原は考えていない。もう必ずここで巡り会えるものだと思っている。そんな感じで詰めが甘いわけだが、火原はどうやら強運の持ち主のようで、思惑通り伝説のハジケリストは火原の待ちかまえている路地を歩いていた。
すっかり日も暮れ、夜空に変わりきった頃、曲がり角に隠れていた火原が顔を覗かせると、帰宅途中の伝説のハジケリストと天羽の姿を見付けた。まだ小さいが、こちらへと歩いて来る。
火原は慌てて身を引っ込め、深呼吸をした。そして、何度も何度もシミュレートする。
プレゼントの渡し方、そしてその後のこと。
「でさぁー、それがまだ見つかってないらしいよ。」
天羽の声と二人分の足音が近くまで聞こえてきた。胸の鼓動は徐々に大きさを増していく。
あと、もう少し声が大きく聞こえたら、出よう。火原はもう一度深呼吸をした。
「え、ホントに?こわいね。」
伝説のハジケリストの声がすぐ後ろに聞こえた。
今だ。
火原はシミュレート通り角から飛び出した。
「伝説のハジケリストちゃん、たんじょ」
「ぎゃーΣ(◎□◎;)!!」
「わーΣ(◎□◎;)!!」
「うわっ(; ̄□ ̄)!!」
突如として現れた火原に、二人は腹の底から出てしまったような、太い悲鳴を上げた。それに驚いた火原と二人の悲鳴は、夜の閑静な住宅街に響き渡った。
「ちょ、火原先輩じゃないですか!」
天羽が先に火原だと気付いた。
「ごめんごめん、びっくりせちゃったよね?俺もびっくりしたけど。」
あはは、と笑ってごまかしてみたが、火原は焦っていた。
自分を見て驚いている時の二人の顔は、まるで命でも取られるかのような顔だった。人間が本当に心から恐怖を感じた時、あんな顔をするのかというほどに凄まじかったが、火原はそこに感銘を受けている場合ではなかった。
シミュレートが初っ端から失敗してしまったのだ。驚かせるのも作戦の一つに入っていたのだが、まさかここまで驚かれるとは夢にも思っていなかったのである。
「いやぁ、本当にびっくりしましたよ。」
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。」
「だって、今朝ニュースでやってた通り魔の話をしてたら、ちょうど人がいきなり出てきたんですもん。驚くな、って言う方が無理ですよ。」
「あー、それは驚くよね。ごめんね?」
場が和んだところで、落ち着きを取り戻した伝説のハジケリストが
「ところで、こんなところで何してるんですか?」
火原からすれば待ってましたな質問をした。
「へへっ、伝説のハジケリストちゃん!誕生日おめでとう!」
火原は満面の笑みで、右手に持ったプレゼントを差し出した。
「え?!あたしにですか?!」
「うん!だって今日は伝説のハジケリストちゃんの誕生日でしょ?」
「あ…ありがとうございます。あの、開けてもいいですか?」
「うん!」
包みを開けると、オレンジ色の、ハチだかなんかのさなぎだかよく分からない刺繍が施されたハンドタオル。それと、バスアロマキャンドルが入っていた。オレンジの良い香りがし、元気になれる、みたいなことが書いてあった。
「伝説のハジケリストちゃんよかったね。」
「うん!火原先輩、ありがとうございます!」
「喜んでもらえて嬉しいよ!」
想像していた伝説のハジケリストの笑顔が、今こうして現実のものとなった今、この中で一番喜んでいるのは実は火原だった。
「そうだ、この後ちょっと時間あるかな。もちろん、天羽ちゃんも一緒に。」
これはシミュレート通りに事が進んだ。この後港に行って、トランペットで演奏を聴かせる、これこそが最後の贈り物。
「あー、あたしは用事があるからこの辺で!伝説のハジケリストちゃん、また明日ね!」
「え?!天羽ちゃん?!」
「火原先輩、伝説のハジケリストちゃんをよろしくお願いしますね!」
空気を読んだ天羽は、にこやかにその場を去った。残された二人は、さっきとはちょっと違った空気に包まれた。
「じゃあ…行こっか。」
「はい。」
火原は楽器を持っていない手を持てあましながら、伝説のハジケリストの歩調に合わせて歩き出した。
シミュレート通り、火原は港まで伝説のハジケリストを連れて来た。人もいなく、静かなこの場所。冷たい風が頬を撫でた。
「伝説のハジケリストちゃん、寒くない?」
「大丈夫です。ババシャツ着てますから。」
ババシャツって何だろう、そんな考えがよぎったが、帰りが遅くなるといけないので、速やかにトランペットを取り出す作業に取りかかった。
「今日のために練習した曲があるんだけど、聴いてもらえるかな。」
「プレゼントももらったのに、いいんですか?」
「もちろんだよ!今日は伝説のハジケリストちゃんが生まれた特別な日なんだから。あ、もしかして迷惑だった?!」
「まさか!本当に嬉しいです。」
「よかった。」
はにかんだように笑うと、伝説のハジケリストから少し離れた場所でトランペットを構えた。
火原が伝説のハジケリストに向けて演奏したのは、『ハッピーバースデイトゥユー』。ありきたりだが、だからこそ心を込めて吹いた。
今日この日、伝説のハジケリストが生まれてきてくれたことへの感謝、そして、伝説のハジケリストと出会えた喜びを、火原は音でめいっぱい表現して見せた。
トランペットを下ろすと、伝説のハジケリストは大きな拍手とともに、最高の笑顔を見せてくれた。ネオンに照らされ、見とれるほどに輝いた笑顔だった。
「嬉しいです…本当に、ありがとうございます。」
澄んだ空気、水面に映るネオンの輝き、火原の優しくてあったかい演奏に、伝説のハジケリストは感極まっていた。気を抜くと涙が出そうになるくらい。
「伝説のハジケリストちゃん、誕生日おめでとう。」
もう一度お祝いの言葉を口にした火原のゆったりした微笑みは、極上に甘く、伝説のハジケリストは心がほどけていくのを感じた。
鼓動が、胸に甘く響き渡る。
「実はね、もう一曲あるんだ。伝説のハジケリストちゃんが好きな曲を聞いて、練習したんだけど…聴いてもらえる?」
伝説のハジケリストは火原からもらったプレゼントをきゅっと抱きしめながら、ただこくりと頷くことしかできなかった。
「ありがと。」
自分の好きな曲を、あれかな、それともあれかな、と思いめぐらせていると、火原がトランペットを再び構えた。
そして、港に響き渡ったのは
「あ…」
加山雄三『旅人よ』
哀愁漂うメロディーが、夜の海に響き渡る。港をバックに、火原は思いのたけを込めて、スーパー解釈で演奏している。
先程までの震えるほどの感動が、火原が素晴らしい音を出せば出すほど遠ざかっていく。
伝説のハジケリストは考えていた。果たして自分がいつ誰にこの曲を好きだと言っただろうか。火原先輩に、誰かが入れ知恵したに違いない。だって、そうでもなければ何故若大将がそこで出てくると言うのだ。
ゆの付く先輩の顔が頭をよぎったが、伝説のハジケリストはそれを振り払った。もう、こうなっては仕方ない。火原の気持ちに嘘は何一つないのだから。
演奏が終わり、気のせいか少し大人びた表情になった火原に対し、伝説のハジケリストは手が腫れんばかりの拍手を火原に送った。
いつもと違う、ロマンチックなシチュエーション、男らしく感じる火原、そんな火原が騙されてるとも知らずに精一杯の努力で自分をもてなしてくれた事。
伝説のハジケリストは、さっきとは違う意味で、少し涙が出そうになった。
終わり