♪季節の行事♪
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日から始まった文化祭。一週間の準備期間を経て、星奏学院は今、まるで別の場所のような賑わいを見せている。
校門は華やかに装飾され、そこをくぐれば香ばしい香りと人の声。様々な屋台に面白そうなゲーム、明るい音楽が華やかさをいっそうもり立てている。
文化祭は二日間行われる。アンサンブルのメンバー達は、その最終日に講堂でコンサートを開くことになっていて、この一週間はそれはもう大忙しだった。
クラスの出し物の手伝い、コンサートの準備、そして
「やぁ、土浦。調子はどう?」
「おう、加地か。調子はまぁまぁってとこだな。お前こそどうなんだ?」
「うん、詰め込みで練習したって感じだったから、ちょっと不安かな。まぁメンバーもメンバーだし、大丈夫だろうけど。」
「そうだな。」
アンサンブルメンバーである、土浦、加地、月森、志水、火原、柚木でバンドを組んだのだ。
全員音楽をやっているということもあり、筋が良く、技術的にも充分だと言えた。
「あぁそうだ、土浦、伝説のハジケリストさん見かけなかった?」
「いや、見てないが…お前も伝説のハジケリストを探してるのか?」
「お前も、ってことは土浦も?」
「あぁ、ちょっとあいつに用が…」
「いたいた!土浦ー!」
土浦が言いかけてるところで、綿飴を2つ持って走ってきたのは火原だった。
「火原先輩こんにちは。」
「あ、加地君も!丁度良かった!あのさ、本番前に音合わせしない?」
「そうですね。俺もそれがいいと思います。」
「僕ももちろん賛成です。」
「よかった。あとは月森君と志水君だ。あ、そうだ、土浦達伝説のハジケリストちゃん見なかった?」
「いえ、俺達も探してたんですけど…」
「えー!加地君伝説のハジケリストちゃんと同じクラスなんだよね?どこにいるかって分からないの?」
「はい。僕もここ一週間、伝説のハジケリストさんとまともに会話してないですから。授業が終わったら、すぐに教室を出てしまうし、お昼もどこかへ行ってるみたいで。」
「柚木も会ってないっていうし…伝説のハジケリストちゃんどこで何してんだろ…」
そう、文化祭準備期間に入った先週から、誰一人として伝説のハジケリストとまともに会話をした者はいなかった。
アンサンブルの練習はもちろんしていたし、学校にも来て教室にもいた。だが、会話をしたとしても必要最低限のことだけで、あとは「急いでるから」と言って、月森のようにすぐに去ってしまう。月森症候群レベル3くらいの症状で、声を掛ける隙も与えず立ち去るのだった。
「ところでその綿飴、まさか2つも食うんですか?」
「ううん、これは伝説のハジケリストちゃんにあげようと思ったんだ。他にも一緒に何か食べようかなって。でも、肝心の伝説のハジケリストちゃんが見つからないんじゃ…あ!あれ志水君じゃない?おーい、志水くーん!」
「こんにちは、火原先輩…土浦先輩も、加地先輩も、こんにちは。」
志水を見付けて近寄ると、手にはクレープがあった。女の子らしい可愛い包みのクレープは、志水が持っていても少しも違和感がない。むしろ似合っていた。
「あのさ、本番前に音合わせしたいんだけど、いいかな?」
「分かりました。」
「志水、伝説のハジケリスト見なかったか?」
「伝説のハジケリスト先輩、ですか?最近お話してないので、これから探しに行こうと思って…歩いていたらいい匂いがしたので、買いました。」
「ふふっ、美味しそうだね。中身は何にしたの?」
「いちごと、生クリームと、チョコと…アーモンドです。伝説のハジケリスト先輩の好きなものばかりなので、あげようと思います。」
天然過ぎる可愛さには、ここにいるメンバーはもちろんのこと、女子でも勝てないだろう。
「ったく、しょうがねぇ、伝説のハジケリストのケータイにかけてみるか。」
通話ボタンを押してから、何度も何度も呼び出し音が繰り返され、電話に出る気配は感じられない。土浦は小さくため息をつき、電話を切った。
「だめだ、出やしない。」
「僕もさっきかけてみたんだけど、留守番電話になってしまったんだ。」
「どうしたの?みんなお揃いで。」
「あ、柚木!月森君も!」
次から次へと仕組まれたかのように集まってくるアンサンブルメンバー。最後に合流したのは、柚木と月森だった。
美しく美形、天使のように愛らしい、遊びを知ってそう、健康的、男らしくてかっこいい、様々なタイプのイケメンが大集合とあって、周りからは大いに注目されていた。
「火原を探していたら、偶然会ってね。丁度全員揃ったし、これで音合わせが出来るよ。」
「そうだね!あ、ちょっと待って!その前に、月森君は伝説のハジケリストちゃん見なかった?」
「昨日、アンサンブルの練習をして、それ以降は見かけてません。」
月森は昨日、練習後に伝説のハジケリストを呼び止めていた。少し疲れているように見えたので、気になって声を掛けたのだった。
しかし、伝説のハジケリストは「大丈夫、むしろモリモリ!」と言って、とっとと行ってしまった。明らかに様子がおかしかった。
月森はそのことを思い出し、話をしようと先程まで伝説のハジケリストを探していたところで柚木と会った、というわけだ。
「あいつのことだから、また厄介ごとでも抱えてんじゃねぇか?」
「どうだろう。僕はむしろ、何か面白いことが起こる気がするけど。」
「えっ、面白いこと?!なになに?!」
「天羽さんなら、何か知っているんじゃないかな?」
「僕もそう思って、天羽さんに聞いてみたんですけど…」
いつも一緒にいる天羽であれば、伝説のハジケリストがどうして姿を消しているかを知っているに違いない、そう思って、加地も土浦も天羽に聞いたことがあった。
だが、天羽は何も聞いていないし、何も知らされていないと言う。また、天羽も天羽でやることが山ほどあるので、準備期間は別行動だったそうだ。
「でも、伝説のハジケリスト先輩は、僕たちのライブを見に来るって言ってました。だから、もうすぐ会えると思います。」
「そうだね。とりあえず、控え室に行こうか。」
本番まであと一時間。彼らは少し急いで講堂に向かった。
講堂では、生徒達によるステージの準備が行われていた。
彼等のバンドはプログラムの2番目。舞台には、プログラム1番目に登録されている生徒がリハーサルをしていた。
「音楽科の男子5人によるゴスペル…楽しみですね。」
「あの右端のヤツ、俺の友達なんだ!あいつ歌すっげーうまいんだよ。」
そんな会話をしながら控え室に入り、楽器の準備を始めるメンバー達。程良い緊張感はあるものの、コンサートとはまた違った空気がそこには流れていた。
準備も終え、なんとなくプログラムを見ていた月森は、気になる演目を見付けた。
④『セーラー服でユ・カ・イ(ハートマーク)』
アダルトビデオのような、どこか卑猥じみた演目だ。しかし月森にはアダルト知識が無いため、何故セーラー服なのか、というどうでもいい疑問しか浮かんでいなかった。
すると横から加地が覗き込んできて、
「僕達の次の演目も面白そうだよね。剣道部による和太鼓…きっとすごくかっこいいだろうね。一度控え室に戻るから、最初から見れないのが残念だよ。」
「そうだな、俺も和太鼓は聴いてみたいと思う。」
「でしょう?でも、その後の演目もちょっと気になるよね。なんだかアダルトビデオのタイトルみたい。よく学校が許可したね。」
月森は不思議そうに、もう一度演目を見た。なぜ学校が許可したことが不思議であるのか、アダルトビデオとは一体何なのか、彼には皆目見当が付かないのである。直訳すると“大人ビデオ”だが、直訳してみたところで意味不明さが増すばかりだった。
「グループ名も面白いね。“VCP団”だって。…あ」
プログラムの最後に、またしても卑猥なネーミングの演目があった。
⑧『セーラー服←結論』
「セーラー服が流行っているのかな。」
「さぁ…」
またしても月森は考えた。何故セーラー服が結論なのか。どういう序論、研究、考察過程を経れば、セーラー服であるという結論に至るのか。
「グループ名“おにすた”…これもなかなか個性的だね。」
そんな話をしていると、全員準備が終わったらしく、土浦がそろそろ音合わせをしようと言った。
「ちょっと待って!俺トイレいってくる!」
「そうだね、今のうちに済ませた方がいい。」
「僕も行きます。」
「うん、じゃあ一緒に行こう。」
火原と志水が控え室を出た後、それぞれ楽譜を見直したり、音を出したりしていた。
「そろそろ講堂に人が入ってくる時間だね。」
「そうですね。天羽が派手に宣伝してくれたんで、客は多いと思いますよ。」
「音楽科の生徒も見に来てくれると言っていたから、期待に応えないとね。」
「みんな聞いて!」
ドアが勢い良く開いたと思ったら、火原が慌てた様子で呼吸を弾ませながら戻ってきた。その後ろから志水が静かに入ってきて、ドアを閉めた。
「火原、落ち着いて。どうしたの?」
「い、今廊下で伝説のハジケリストちゃんに会ったんだ!」
「それで?」
「伝説のハジケリストちゃんもステージに出るんだって!」
え、どういうこと?みたいな空気になったのを読んだのか、志水が続けた。
「どの演目に出るのかは、秘密だそうです。」
「そう!そうなんだよ!でも、見たいから教えてって頼んだんだ。そしたらね、手をこう、したんだよ。」
火原は伝説のハジケリストの動作を真似し、掌を顔の横でゆっくり振って見せた。
「それってただ、また後でってことで手を振っただけなんじゃないですか?」
「えー!俺には5番目だよ、って教えてくれたのかと思ったんだけど…」
「5番目っていっても、コントですよ?」
「見せて!」
加地からプログラムを受け取り、5番目の題目を見ると
⑤『4人コント~笑いのアンサンブル~』
「ホントだ…あ!でもグループ名が“ヴァイオリンリンリンリン”だって!もしかしたらこれに出るんじゃ…」
「とにかく、音合わせしませんか?」
「志水君の言う通りだね。気になるのであれば、見ればいいことだし。僕も一緒に見るよ。」
「そうだね。ありがと、柚木。」
柚木は考えていた。もし伝説のハジケリストがコントをやるのであれば、こんな面白いことはない。しばらくそれをネタに遊べる。しかもそのサムいネーミングはなんなんだ、本当にバカなヤツだ、と。
他のメンバーもそれぞれ様々な思いを馳せていたが、やはり月森にはコントというものが理解できず、その雰囲気についていけていなかった。さすが学院一とも噂されるほどのKYである。
それから音合わせをし、自分達の状態がベストであることを確認してから舞台袖に入った。
♪~♪~♪~♪~♪
舞台では、美しいゴスペルが披露されていた。袖にいても分かるほどに響き渡り、とても完成度の高い内容だ。
「すごくいいですね…。声も楽器の一つであると、先生も言っていました。」
「そうだね。ビートルズのYesterdayは名曲だよ。」
加地も目を瞑り、聴き入っていた。
音楽科の生徒5人によるゴスペルも、拍手喝采の中幕を閉じ、いよいよ彼等の番が来た。
照明が落ち、薄暗い中で楽器の準備に取りかかった。楽器を軽く鳴らし、具合を確かめながら客席を見ると、天羽の宣伝効果のすごさを改めて実感した。その中にはもちろん、伝説のハジケリストの姿もあった。
それぞれその姿を確認し、いっそうやる気を出した男子達による演奏が、ライトアップとともに始まった。
「楽しかったね。まだ興奮冷めやらぬ、って感じだよ。」
「あぁ、そうだな。一時はどうなることかと思ったが、今までで一番良く出来たんじゃないか?なぁ、月森。」
「そうだな。こういった雰囲気は苦手だったが、悪くないと思う。」
彼等のライブは大いに盛り上がり、失神する女子もいたほどだった。大成功と言える。
「伝説のハジケリスト先輩、見ててくれましたね。とても楽しそうでした。」
「うん!演奏中はあんまり余裕がなくて見えなかったけど、終わった後いっぱい拍手してくれて嬉しかったなー。」
そんな話をしながら控え室の片付けをしているメンバー達だが、片付けのペースはとにかく早い。
一刻も早く客席に入り、気になる伝説のハジケリストのステージを見たいからだった。出る演目に確信がないので、和太鼓以降の演目を見逃すわけにはいかない。
「伝説のハジケリスト先輩、本当にコントに出るのでしょうか。」
「さぁな。でもあいつなら出かねないけどな。」
「席あるかなー。見た限り満員だったけど…」
「後ろの方なら、まだ空いているかもしれないよ?」
「月森、お前はどうするんだ?」
「特に予定は無いから、伝説のハジケリストのステージを見ようと思っている。」
素直に見たいって言えばいいものを、土浦はそう思った。
客席に入ると、すでに和太鼓の演奏が始まっていた。見渡す限りでは席が無い。
「さて、どうしたものかな。立ち見になりそうだけど、見れないよりはいいいね。」
「どっか空いてねぇのか?」
すると、天羽が静かに駆け寄って来た。
「お疲れ!いやぁ~、みんなかっこよかったよー。」
「天羽さん。ありがとう。」
「ところでさ、みなさん席に困ってるんじゃない?どうしても座りたいよねぇ。何せ伝説のハジケリストちゃんが出るんだもん。」
「お前知ってたのか?」
「ごめんごめん。何かやるってことは知ってたんだけど、口止めされてたんだよね。宣伝もなしでって。でも、何をやるかはあたしも本当に知らないんだよ。今回ガード堅くて!月森君並だったね。」
言われた月森は腕を組み、眉間にシワを寄せた。
「そんなコワイ顔しないで!あんた達にいいもの用意してあるんだからさ。ついて来て。」
言われるまま、一行は座席の一番端の通路を、天羽の後に続いてコソコソと通って行った。
天羽の後に続いてやって来たのは、なんと最前列の真ん中の席だった。喜びのあまり興奮して大きな声を出しそうになった火原を柚木が抑え、速やかに席についた。土浦が天羽にどういうことかと尋ねると、
「まぁ色々と、ね。伝説のハジケリストちゃんもみんなに見に来て欲しいだろうし。」
天羽がどうやってこの人数分の良席を手に入れたかというと、最前列にいた女子生徒に、彼等の写真をあげることを交換条件にしたのだ。女子生徒達は喜んで席を譲ってくれたのだった。
剣道部による、力強い和太鼓の演奏が終了し、会場が明るくなった。
「天羽さんありがとう。お礼はちゃんとするから。」
「これくらいいいって。」
「天羽ちゃん!ほんっとうにありがとう!月曜日にカツサンドおごるから!」
「そんな気にしないで下さいよ。席が取れたのも実質先輩達の…」
言いかけて天羽は口を閉じ、話題を変えた。
「せ、先輩達のライブ大盛況でしたね!後で取材させて下さいね?」
『プログラム4番…』
照明が落ち、アナウンスが流れた。疑惑のコントまであと1公演。どんなコントをするのか、そしてコントメンバーは誰なのか、考えていると、ステージがパッと照らされた。
その瞬間
最前列の7人は、信じがたい光景を目の当たりにした。
なんとステージには、探していた伝説のハジケリストが、セーラー服で仁王立ちをしていたのだ。
それだけではない。
正面から見て右から、音楽科一年の白石、伝説のハジケリストの伴奏の森、伝説のハジケリストを挟んで冬海、志水のクラスメイトの仁科がいた。森も冬海も伝説のハジケリストと同じセーラー服を着て、男子二人は普通科の制服を着ている。
すると今までにない、野太い声援が一部から沸き上がり、そこは熱い感じの異様な空気で包まれていた。
あまりの狂喜っぷりに、何事かとみんな一度そちらを見てみると、軽快なテンポの明るい曲が流れ出した。
それと同時に、ステージ上の知り合い達は踊り出したのだった。
いつもは内気な冬海も、楽しそうに踊っている。伝説のハジケリストといっしょに踊っているということが、彼女の中ではかなり大きく、最初はもちろん誘いを断ったのだが、自分を変えたいという思いと、一緒に楽しもう!という伝説のハジケリストの言葉で参加が決まった。
それにしても早いテンポである。昔流行ったパラパラを連想させるような振り付けだが、それよりももっと難しいと感じる。
しかし、彼等はダンスの難易度など、今は考える余裕はなかった。
眼前の伝説のハジケリストはスカートをひらひらさせながら腰を左右に振り、かわいく楽しそうに踊りながらウインクしたりと、彼等にとってこれはもう一大事だった。
ステージ上の伝説のハジケリストの姿といえば、静かに佇んでヴァイオリンを弾く、これしか見たことがない。
会場は彼等のライブ並に盛り上がっており、野太い声援を筆頭に、様々な歓声が飛び交っている。
天羽は「みんなやるぅ♪かわいいかわいい!」と思いながらシャッターを切り、加地は今にも口から心臓が飛び出そうなほどに、笑顔で踊る伝説のハジケリストの姿にときめいている。
土浦はひらひらするスカートにハラハラしつつ、照れながらも、元気に踊る伝説のハジケリストを見て「やるじゃないか」と心をあったかくし、月森は今までに見たことのない伝説のハジケリストの姿に驚き、戸惑い、眩しく感じている。
志水は微笑みながら、愛おしい思いで伝説のハジケリストを見つめ、火原は最初は戸惑っていたが、やがて野太い集団と同じ具合に盛り上がり、声援を送っている。
柚木はコントじゃなかったことに若干がっかりしつつも、目の前で無邪気に踊る伝説のハジケリストを温かい目で見ている。
最後のキメポーズが決まると、もしかしたら、いや確実に、コンサート以上の熱狂と拍手が講堂中に響き渡った。
♪~♪~♪~♪~♪
伝説のハジケリストのステージを見終えた一行は、講堂の外で伝説のハジケリストを待つ事にした。天羽がメールを入れると、片付けをしたら行くので待ってて欲しい、とのことだった。
「いやぁー!いいもの見たねぇ。これで明日のコンサートも大盛況だよー!ちょっと変わった人達も味方についただろうし。みなさん見てみてどうでした?」
報道部として、記事にできそうなことは見逃さない天羽。こっそりノートとペンを出して、記録を始めた。
「ねぇねぇ、天羽さん!写真撮ったよね!それ僕にも焼き増ししてくれないかな?あーもう、どうしてあんなに可愛いんだろう。花の妖精がいたら、まさしく伝説のハジケリストさんみたいな姿をしているんだろうね。そうだ、きっと放送委員が録画してるはずだから、ディスクに焼いてもらおう。二枚焼いて、保存用と観賞用にするんだ。」
胸の前で手を組んで幸せいっぱいで陶酔している加地に、天羽はドン引きしていた。
「伝説のハジケリスト先輩、かわいかったですね。ヴァイオリンを弾いてる時とはまた違っていて、なんていうか…明るくて、元気いっぱいで、いつまでも見ていたいなって、思いました。」
「そうだねぇ。もうあれを披露することなんてないだろうし。」
志水の発言はわりとまともな気はするが、加地の発言の後だから気付きにくいだけであって、大胆であることには変わらない。そしてクラスメイトの子は、一切目に入っていなかったらしい。
「伝説のハジケリスト先輩が、掌に乗るくらいの大きさで、机の上とかで踊ってたら…かわいいですよね。」
ボソッと電波なことを言った志水に、天羽はどう言葉を返したらいいか分からなかった。
「火原先輩はどうでした?」
「とーってもかわいかったよね!やっぱり伝説のハジケリストちゃんには笑顔がピッタリだよ。元気に動き回ってさ。」
火原のまともな発言で天羽が安心したのもつかの間で、
「でもあのダンス面白かったね!俺も教えてもらおうかな。で、一緒に踊るの!」
いつどこで一緒に踊るというのか。
「あいつ、この一週間冬海達と一生懸命練習してたんだな。会場も盛り上がってたし、大成功ってとこか。でもあいつのコントも、ちょっと見てみたかった気もするな。」
「あはは!確かに。じゃあ来年はコント勧めてみようかな。そん時は土浦君、あんたも一緒に出てあげなね!」
「…俺はいい。」
唯一の常識人である土浦のコメントに、再び安心した天羽。今まで加地の隣にいたが、さり気なく土浦の横に移動した。
「やっぱり伝説のハジケリストさんは、火原に手を振っただけだったみたいだね。」
「うん、俺の考え過ぎだった。でもなんで秘密にしたかったんだろ。」
秘密にしたかったわけではなく、曲名を出したところでみんなは知らないだろうから、一から説明するのが面倒だったからだ。
天羽は前に、後輩からそのアニメの話を聞かされたことがあり、口ずさんでいたこともあったので、少しは知っていた。天羽が知っていることを伝説のハジケリストは知っていたが、お互いの忙しさから話さなかった。
「秘密にしていた方が、面白いと思ったんじゃないかな。でも、あの曲は何ていう曲なんだろう。元気が出るような、良い曲だったね。」
実際そうは思っていないかもしれない柚木だが、公衆の面前で言ってしまったのだ。ハレ晴レユカイを良い曲だ、と。知らないというのは、かくも恐ろしいことである。もしこれが天羽によって記事にされたら、柚木は新しい人種からも支持を得ることになる。
「あ、あはは…聴いたことない曲でしたよねー。月森君は知ってる?」
月森が知るはずもないことなど天羽は百も承知だが、どうにかして彼からの感想を聞き出したかった。
「一度だけ、サビの部分を少しだけなら聴いたことがある。曲名は知らないが…」
意外だった。一番無縁そうな人物が、耳にしたことがあるとか言い始めた。天羽は恐る恐る尋ねた。
「え、どこで?」
「はっきりとは覚えていないが、確か街中だったような気がする。印象強い曲だったから、覚えていたのかもしれないな。」
月森のことだから、後からハレ晴レユカイを調べるかもしれない。何せ伝説のハジケリストが踊っていた曲だ。まして月森は、残念なことにヴァイオリンや音楽に関することしか伝説のハジケリストと会話するネタがないし、それにまつわる彼女しか知らない。本人は気付いてないが、相当ドンマイな状況である。
天羽が精神的に疲労を感じていると、ようやく待ち人がやって来た。
「お疲れー!」
伝説のハジケリストと冬海がやってきた。そしてソッコー群がる加地と火原を天羽は押しのけて、二人にお疲れ様、と言った。
「あれ?森さんは?」
「クラスの模擬店の方に行かないと行けないからって、急いで行っちゃったんだ。」
「そっか。これからどうするの?」
「冬海ちゃんと一緒にお店まわろうかなって。天羽さんは?」
「あたしはまだ仕事が残ってるから、楽しんでおいでよ。」
天羽の後ろでは、伝説のハジケリストに話し掛けるチャンスを今か今かと伺っている、先程の余韻にどっぷりなメンズが待ちかまえていた。
先陣を切ったのは、加地だった。
「伝説のハジケリストさんお疲れ様。もう最高だったよ。夢でも見てるみたいだったな…。まるで、そよ風に当たって可愛く揺れるスズランのようだった。」
加地の頭は本当に大丈夫なのだろうか。同級生として、いささか心配になった普通科4名。毎度のことながらイタイイタイとは思うのだが、陶酔しきった、熱っぽい表情がいつもよりもそれを際だてていた。
その後に続いたのは火原だったが、彼はまともに伝説のハジケリストを誘った。
「伝説のハジケリストちゃんお疲れ!すっごく楽しかったよ!」
「ありがとうございます。火原先輩達のライブも、すごくかっこよかったですよ!」
「ありがと!あのさ、この後みんなで一緒にまわらない?」
「いいんですか?」
「もちろん!」
本当は二人でまわりたかったであろう、高校生活最後の文化祭。しかし、そんなことを言える状況でもなく、何より火原はこの時本当にみんなでまわるものだと思っていた。後になって、「あ、二人でまわりたかった」と気付くのであった。
「冬海ちゃんどうする?」
「あの…私も行っていいのでしょうか…」
「当たり前じゃん。最初に約束したのは冬海ちゃんなんだし。」
「あ、ありがとうございます。」
顔を赤らめて恥ずかしそうに笑う冬海は、ヨダレが出るほど可愛らしかった。伝説のハジケリストがもし男であれば、もとから無いに等しい理性が今まさにぶっ飛んでいただろう。
「決まりだね!どこから行く?俺腹減ったよー。」
こうして大所帯で模擬店をまわることが決定し、みんなで心ゆくまで文化祭を満喫した。
♪~♪~♪~♪~♪
文化祭を楽しんだ後、最終日のコンサートに向けて最後の練習をし、伝説のハジケリストはくたくたになって帰宅した。心地よい疲れが体中に広がり、充実した気持ちで満たされていた。
火原からは潰れた綿飴を、志水からは冷え切ったクレープを貰った。
土浦にはたこ焼きをおごってもらい、加地にはジェラートをおごってもらった。
柚木にはタピオカミルクティー、月森には、手芸部が販売していた空色の花の形をした小さなコースターストラップを買ってもらった。
散々貢がれ、食い倒れ、冬海と叩いてかぶってジャンケンポン大会に出場し、マン研から握手と撮影を求められ、とても楽しく濃い一日だった。やつらのバンドもかっこよかったし、なかなか良いものが見れたと、大変満足だった。
布団の中で思い返していると、やがてうとうとしてきた。あと3秒で深い眠りにつくだろうという時
、ケータイが鳴り、メールが届いたことを知らせた。
ったく誰だよ、空気読めよ、と思いながら、伝説のハジケリストは手を伸ばし、メールボックスを開いた。
【誰からのメールを読みますか?】
※空メールで届きます
♪月森蓮♪
♪土浦梁太郎♪
♪加地葵♪
♪志水圭一♪
♪火原和樹♪
♪柚木梓馬♪
※2024年7月現在空メサイト消滅の為お取り寄せできません。
[後書き]
ずっと書きたかった文化祭ネタですが、またしても時期がずれてしまいました。特に山場もなく、オチとか無いのはいつものことですが、ただ単にハレ晴レユカイを踊らせたかっただけなので個人的にはもう満足です。
七葉さんがね、カラオケで踊るんです。それがまたかわいい踊りなんでね。書きたくなっちゃたんです。
私には珍しく、主人公がほめられまくりの話を書いたのですが、奴等だけにそう見えるのです。特に加地。
テニスと違って発言の自由があまりないので難しいコルダ。でも、愛してやまないので書いててとても楽しいです。
長くて面白くもなんともない話でしたが、ここまで読んで下さってありがとうございました。
また、カラメとか面倒な手段を取らせてしまって申し訳御座いませんでした。今気付いたけど、取り寄せる方は絶対面倒だよね、あれ。