♪さよならまでの7日間♪
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今日はいつもより早めに練習を切り上げた。
月森くんが、行きたいところがあるから付き合って欲しいと言ってきたので、もちろんそれに従った。
駅の方に向かって歩いてるんだけど、どこへ行くかは聞かされていなくて
「付き合わせてしまってすまない。」
「ううん、それはいいんだけど、どこに行くの?」
「いや、まだ決まってないんだが…」
月森くんにしては珍しい。いつもなら目的というものが必ずあり、月森くんからのお誘いの場合は、大抵のことは決められているのに。
「ここに入ってみてもいいだろうか。」
しばらく歩いて月森くんが足を止めたのは、小さな雑貨屋さんだった。
「うん。」
入ったのは、落ち着いた雰囲気の雑貨屋さんで、アンティークっぽいものが並んでいた。その中でも犬のぬいぐるみとかもあったりして、学生でも気軽に入れる感じだ。
「何か欲しいものでもあるの?」
「あぁ。ここに置いてあるかは分からないが…」
「で、何探してるの?」
「それは、その……言えない。」
「えー!それじゃあ手伝いようがないじゃん!」
「すまないが、君は自由に店内を見て歩いていてくれ。必要であれば、こちらから話し掛けるから。」
なんじゃそら、と思いながらも、月森くんがそわそわしていたので、おとなしく従うことにした。
月森くんが更にお店の奥へと進んで行ったので、あたしは入り口近くの棚を見ることにした。
月森くんの後ろ姿から目を移すと、そこにはかわいいブローチが飾られていた。
たくさん並ぶ、色とりどりの、上品な感じのブローチ。その中でも、手作り感のある刺繍のブローチに興味をそそられた。
スカイブルーのぼんぼんが三つならんだ、シンプルなブローチを手に取って見た。編み目は細やかで、目に優しい。
同じ形の色違いもあったけど、あたしはスカイブルーを無意識に手に取っていた。きっと、月森くんが好きな色だからなのだろう。
いつの間にか、月森くんが好きなものは、あたしの好きなものになっていて
それがとても嬉しいと思う。
置いてあった棚には、そのブローチの説明書きが書かれていた。
このブローチに付いている三つの珠には、一つ一つ想いが込められているらしい。
『これを持つ人の心身が健やかでありますように』
『これを持つ人の未来が明るい光りで照らされますように』
『これを持つ人が、幸せでありますように』
にわかに信じられない説明書きだったけど、素敵なことだと思った。自分の知らない誰かの幸せを、あたしは考えたこともない。ていうか、考えることすら思い付かない。
知らない誰かの幸せは願おうとしてこなかったけど、あたしは月森くんの幸せを、ちゃんと考えてあげられてたのかな、なんて思ってしまう。
「月森くん!」
月森くんの元へ行き、ブローチの説明をした。素敵なことは、月森くんに教えたいし、共有したいから。
「伝説のハジケリストはそれが気に入ったのか?」
「うん、なんか素敵じゃない?でも、ちょっと疑わしいかな?」
「いや、疑わしいことはない。」
「え?」
「ヴァイオリンと同じで、人の手で作られたものには、作り手の想いが込められるから。」
月森くんのその言葉で、一緒にヴァイオリン工房に行ったことを思い出した。その時おじさんの話を聞いて、実際にヴァイオリンが誕生するまでの過程に触れ、純粋に感動し、納得した。このブローチがより一層素敵なものに感じて
だから、あたしはどうしてもこのブローチを、月森くんにあげたくなった。
でも、男の子の持ち物としては見た目が可愛いすぎるし、そもそも月森くんかブローチを付けることが考えられない。
どうしたものかとブローチとにらめっこしていると
「少しいいだろうか。」
月森くんはあたしの手からブローチを取り、またどこかへ行こうとした。
「ちょっ、月森くん!」
「すぐに戻るから。」
明らかにレジへ向かっている後ろ姿を見ながら、まさか、と思っていると、本当にすぐに戻ってきて、お店を出るようあたしに言った。
そして
「これを、君に。」
そのまさかだった。綺麗で小さな包みを、あたしに差し出してきた。
「え、なんで?」
物凄くかわいくない反応だって分かってる。でも、それが素直な感想だった。だって、今日はあたしの誕生日でもないし、それはあたしが月森くんにあげたいと思った物で…
「この前、君のキーホルダーを壊してしまったから。」
「キーホルダー…?あっ!二人乗りした時?」
「あぁ。」
申し訳なさそうにする月森くんを見て、別にいいのに、って言いかけて止めた。
あたし自身ですら忘れてたことを、月森君はしっかり覚えていた。元々律儀ではあるけど、そんな些細な事まで気にしてくれてたなんて。
「ありがと!付けてみていい?」
「今、ここで?」
「もちろん。」
邪魔にならないよう、お店のわきに移動して、もらったブローチを付けようとすると
「貸してくれ。」
月森くんが言うので、ブローチを渡した。
「ここでいいか?」
「うん。」
鞄の取っ手の付け根を通すようにして、ブローチが付けられた。
「かわいい!」
肩に掛けた鞄を自分の方に寄せ、付いてる様子を見ると、思った以上にしっくりきて、かわいかった。
「これなら自転車の車輪に巻き込まれることはないよね!」
冗談っぽく言って月森くんを見ると、すごく優しい顔をして笑っていた。
幸せだなって思った。
今この時が、幸せであればあるほど辛いんだって分かってるけど、全力で幸せを感じてやろうと思う。そういう覚悟を、あたし達はしたから。
「ねぇ、また二人乗りしようよ!」
「断る。一度だけという約束だっただろう。」
「またお尻痛くなっちゃうから?」
優しい顔から、困ったような顔
「次は座布団後ろに敷いてあげるから。」
呆れたような顔から
「もう二人乗りはしない。それより、少し何か食べて帰らないか?」
「うん、食べたい!」
笑った顔まで
「君は何て言うか、その…素直だな。」
「それってほめてる?」
「あぁ。」
「ホントに~?なんかそんな気しないっていうか月森くんに言われたくないっていうかー」
「どういう意味だ。」
あたしは月森くんの色んな顔を知ってる。
「別に!ねぇねぇ、何食べる?」
「前に行った、パンケーキの店はどうだろうか。」
「賛成!」
「まったく、君は食べ物の話をしている時が一番嬉しそうだな。」
月森くんといるからよけいにだよ、って思ったけど、恥ずかしくて言えなかった。あたしも知らないうちに、月森くんに色んな顔を見せているのかな。
そんな事を考えながら、並んで商店街を歩いた。ショウウィンドウの前を通るたび、あたしはもらったブローチを見て、隣にいる月森くんを見て、あったかくて幸せな気持ちになった。
そんな、4日目の寄り道。
残り3日
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