♪お題♪
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お昼休みも終わり、次の体育の準備をしようと、教室に体操着を取りに戻った。
机の横に掛けておいた、体操着の入った袋を持って更衣室へ。
着替えながらマジだるいねーなどと話していると、
「忘れた…」
ジャージの上を忘れたことに気が付いた。
この肌寒い時期、ジャージがないと厳しい。今日の授業は体育館でバレーをやるので、身体を動かせば温かくなるけれど、特にパワフルに動く予定はない。
天羽さんにでも借りよう。
そう思って、急いで更衣室を出た。
「ごめんねー、うちのクラス今日体育ないから持って来てないんだ。」
こうして半袖で廊下にいると、本当に寒い。自分でも鳥肌が立っているのがよく分かる。
「でもそれじゃあ寒いよねぇ。そうだ!誰かの借りてきてあげようか?」
「ううん、大丈夫。そのうちあったまると思うし。ありがとね!」
「そお?力になれなくてごめんね!」
知らない人のジャージを着るくらいなら、同じクラスの元気な男子から奪い取った方がまだいいし、加地君が自分のジャージを押し付けてくることも予想されるので、せっかくだけどお断りした。
天羽さんにバイバイして、しょうがないからこのままで我慢しようと腹を括った。
でもやっぱり寒い。なんでこんなに寒いのか。ていうかなんでジャージを忘れてしまったのか。
両腕をさすりながら歩いていると、
「よう、次体育か?」
後ろから話し掛けてきたのは土浦くんだった。一瞬、なんでここに土浦くんがいきなり現れたのかと思ったけど、よく考えたら今いる場所は土浦くんのクラスの前だった。
寒さに耐えるのに必死で、思考力が鈍っているのかもしれない。
「うん、体育館でバレー。」
「お前のクラスも今バレーやってんのか。指、気を付けろよ。」
「ありがとう。」
「つーかお前元気だな。この寒い中半袖かよ。」
「ジャージ忘れちゃってさー。超寒いんだけど。」
それを聞いた土浦くんは、少し考えた後
「ちょっと待ってろ。」
と言って教室に入って行った。と思ったらすぐに出てきて、
「ほら、これ貸してやるよ。」
ジャージを持ってきてくれた。
「土浦くんの?」
「あぁ。お前にはでかいかもしれないが、ないよりマシだろ?」
「いいの?」
「なに今さら遠慮してんだよ。心配すんな、ちゃんと洗ってあるから。」
そんな心配はしていないが、なんだか申し訳ない。でもここは素直にご厚意に甘えようと思う。
「ありがとう!ちゃんと洗って返すから。」
「俺もお前の次体育だし、そのまま返してくれればいいさ。それよりコケんなよ?」
「コケないし!じゃあ早く戻ってくるね。」
「おう。」
土浦くんに再びお礼を言って、借りたジャージを着ながら体育館に向かった。
土浦くんのジャージはやっぱり大きくて、あたしのようなボリューム満点な体型でもかなりブカブカだ。
寒さもしのげ、体型も隠れてありがたいけど、いかにも男子に借りましたっていうのがちょっと恥ずかしいことに気付いた。
こんな時に思う。
もしもあたしが音楽科だったら、月森くんのジャージを借りて、嬉しくなるんだろうな、とか
月森くんは細身だけどやっぱり男の子だから、あたしが着ても大きいのかな、とか。
でもきっと月森くんのことだから、「何故家を出る前に持ち物を確認しなかったんだ」とか「風邪でもひいたらどうするつもりだ」とか小言を言う気がする。最終的には貸してくれるけど、ときめいたり嬉しかったりするのは私だけ、みたいな。
月森くんは優しいし、紳士的だし、たまに極上に甘い気分にさせてくれる。けど、根が真面目すぎるというかなんというか…
まぁ、そんなところも含めて好きになったわけだけれども。
そんなことを考えながら、渡り廊下を歩いていた時だった。
「伝説のハジケリスト。」
「あ!つ、月森くん!どうしたの?こんな所で!」
考えていた内容である本人が目の前に現れて驚いた上に焦り、かなりきょどってしまった。
「俺は購買に用があるから。伝説のハジケリストは体育か?」
「うん、バレーやってくる。」
「バレーか…何度も言うが、指には気を付けてくれ。」
土浦くんと同じことを言った。なんだかんだで気が合うんじゃないかと思うんだけど、本人達は何故か頑なに仲良くしようとしない。まぁ、最初に比べたらだいぶマシになったけど。
「うん、気を付ける。」
あたしが言った後、月森くんが優しく微笑んだ。いつも、特にヴァイオリンのこととなると口うるさいお父さんみたいな月森くん。たまに本気で、マジうるさいんですけど、いい加減にして、と思う時もあるけど、やっぱりこの笑顔には弱い。
「少し気になったんだが…」
「何?」
「君が着ているジャージ、サイズが大きすぎないか?」
「あぁ、これ?今日ジャージ忘れちゃって。土浦くんが貸してくれたんだ。」
「土浦が…?」
さっきまでの優しい微笑みはどこへやら、ブルドッグの如く眉間にシワを寄せ始めた。
「何故土浦に借りたんだ。天羽さんもいるだろう。」
「最初に天羽さんに聞いたんだけど、持ってないって言うから。しょうがないから半袖で行こうって思ったらたまたま土浦くんに会って、風邪ひくからって貸してくれたんだよ。」
「………。」
腕を組み、物凄く難しい顔をしてジャージを睨み付ける月森くん。何に対してそんなに不機嫌なのかよく分からない。
土浦くんがあたしにジャージを貸したのが嫌なのか、あたしが土浦くんのジャージを着ているのが嫌なのか…。月森くんのことだから、きっと細かい部分で何かが不愉快なんだろう。
大雑把なあたしは理解できず、月森くんの顔を見て色々考えていると、
「少し、ここで待っていてくれないか。」
「え?でも授業が…」
「すぐ戻る。」
そう言って、競歩ばりの速さで歩いて行ってしまった。
待ってろと言われてから、本当にすぐに月森くんが帰って来た。何かを抱えながら、競歩ですぐに帰って来た。
「待たせてしまってすまない。だが、どうしても…その…。」
言いづらそうに、俯いてしまった月森くんが抱えていたのは、ビニールに入った新品の音楽科のジャージだった。
「そのジャージは、俺から土浦に返しておく。だから、君はこれを着るといい。」
「え?」
「サイズも大きすぎるし、袖もとが危ないだろう。俺はこれから購買に自分のジャージを買いに行くところだったから、気にしなくていい。」
独り競歩をしたからか、それとも照れているのかは分からないけど、ほっぺが少し紅い。
「でも悪いよ…せっかく新しいのに。」
「いいんだ。普通科とは色が少し違うから、目立ってしまうかもしれないけれど、その大きさよりは着ていて不便にならないと思う。その…君さえ良ければだが。」
いつもより歯切れが悪く、小言も言わないなんて、もしかしたらヤキモチってやつなのかもしれない。けど、自惚れだったら恥ずかしい。そんな思いが頭を巡って、胸がどきどきする。
月森くんが愛しいって、あたしの心が大きく叫んでるみたいだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて借りてもいい?」
「いいのか?」
「いいのかって、月森くんが着ろって言ったんじゃん(笑)」
「そうだな…すまない。」
月森くんはビニールからジャージを出し、うちのジャージにタグ代わりに付いてるシールを取ってあたしに渡した。
その時のはにかんだ月森くんの顔を見て、こっちまで照れてしまった。
「俺は向こうを見てるから、着替えが終わったら教えてくれ。」
ジャージの上を着替えるだけだというのに、なんて紳士的なのか。半袖姿が卑猥だと感じているのか、それとも女性の着替えを見ることに罪悪感を感じるのか…紳士的なのはいいんだけれども、この年でそれってどうだろう、みたいな考えもよぎる。
一抹の不安を覚えながら、月森くんのジャージに着替える。土浦くん程ではないけれど、やっぱり少し大きい。肩の幅も、腕の長さも二回りくらい大きくて、なんだかドキドキしてしまう。
「月森くん、着替えたよ。」
言われて振り返った月森くんは、あたしから土浦くんのジャージを受け取った後、しばらく動きを止めていた。
「ヘン…かな?」
「いや…なんていうか…不思議な感じだな。」
「何が?」
「な、何でもないんだ。それより、早く行かないと遅れてしまう。」
「あ、そうだった!じゃあ、また帰りにね。」
「あぁ、また後で。」
体育館に向かいながら、嬉しくてしょうがなかった。
音楽科のジャージを着てたら、すぐに月森くんのだってみんなに分かるだろう。ひやかされるだろうけど、それすらちょっと嬉しい気がする。
でも、何より嬉しかったのは、こどもみたいな月森くんを見れたこと。
たかがジャージを気にして、わざわざ自分のを買ってきてあたしに着せたこと。
ちょっとびっくりしたけど、あたしの心は充分すぎるほど幸せな気持ちで満たされていた。
『思いがけない独占欲』
[後書き]
月森のジャージとかって、絶対洗濯洗剤のいい匂いがしそうです。
例え月森でも、彼女が他の男のジャージ(まして土浦の)を着てたらちょっと嫌な気分になると思います。そんで勢いで今着ているのを脱がせてまで自分のを着せてみせました。こと彼女のことになると冷静でいられない月森であればいい。そして自分のジャージをだぼっと着てる彼女を見てちゃっかりときめいてたらいい。
月森ホントいいわ!!
この後月森は土浦のところまでわざわざジャージを返しにいくわけですけども。
土浦「月森じゃねぇか。何やってんだよ、こんなとこで。」
月森「これを。」
土浦「は?なんでお前が俺のジャージ持ってるんだよ。」
月森「伝説のハジケリストから預かった。必要ないので返すそうだ。」
土浦「へぇ…」
月森「では、俺はこれで。」
土浦「……。」
月森が土浦にジャージを返しに来た時点で、土浦は大体の事情を察します。意外な月森の一面を見付けて、ちょっと驚く土浦とかね、いいね。「色々言ってたけど、こいつもやっぱり男だったか」みたいな。
そんでジャージを返しながら月森がちょっと優越感とか感じちゃってたりして。
ダメだ、愛し過ぎる。
ここまでお付き合い頂きまして、ありがとうございました。