♪お題♪
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「あ、月森くん。」
「やぁ。君も屋上に?」
「うん。」
屋上の階段へと続く廊下で、“ばったり”という言葉が音として出てもおかしくないほど、偶然伝説のハジケリストと会った。
少し前なら校内で出会っても、こうして一緒に廊下を歩こうとは思わなかった。挨拶だけして先に屋上へと向かっていただろう。
隣には君がいて
ヴァイオリンを抱え、嬉しそうに歩く姿は、見ていて和やかな気分になる。
「あのさ、もし時間が取れたらでいいんだけど、合わせて欲しい曲があるんだ。」
「あぁ、構わない。」
「ホント?!ありがとう!」
明るい笑顔を見るたびに、胸が温かくなるのが分かる。
それは何故か…
答えはもう出ているけれど。
「ここはやっぱり気持ちが良いね。」
「あぁ、そうだな。」
屋上に出ると、肌触りの良い風が頬を撫でた。風になびく伝説のハジケリストの髪が、夕陽に照らされて光る。
「じゃああたしはあっちで練習するから。」
「合わせたい曲があるんじゃなかったのか?」
「まずは一人で練習して、それからでもいい?」
首を小さく傾ける仕草も
「あぁ。弾き終わったら声を掛けてくれ。」
「ありがとう!ごめんね、ワガママ言って。」
くるくる変わる表情も
「じゃあ、また後で!」
俺の心に心地良い温かさを与えてくれる。
「伝説のハジケリスト。」
「何?」
踵を返した伝説のハジケリストを呼び止めてしまったのは、無意識だった。
けれど、
「その、君さえ良ければ聴かせてくれないだろうか。」
「何を?」
「君が今、弾こうとしている曲を。」
本心だった。
伝説のハジケリストは特別技術が優れているわけでもなく、むしろもっと練習が必要だ。しかし、伝説のハジケリストの音が心を捕らえて放さない。
ずっと、聴いていたいと思うほどに。
「えー…マジで?」
嫌そうな顔をされ、正直ショックだった。
「すまない、嫌ならいいんだ。邪魔をしてしまったな。」
「ううん、邪魔とか嫌とかじゃなくて…」
言いにくそうに、俺の顔と地面を交互に見ている。ショックなのは今も変わらないが、本当によく変わる表情は見ていて飽きない。
「恥ずかしいっていうか…ホラ、あたし下手だし、月森君にガン見されてると思うと緊張するし。」
「一緒に演奏するのは恥ずかしくないのか?」
「それはだって、月森君はあたしのこと見てないし。」
俺に見られているのが恥ずかしい、それはどういう意味なのだろうか。悪い意味にも良い意味にも取れる。
「俺が君のことを見るのが嫌なら…」
「違うの!」
慌てて俺の言葉を遮り、
「イケメンに見られると緊張するっていうか、恥ずかしいっていうか。」
「イケメン?」
「あ、イケてるメンズの略ね。」
「??」
「あー、えっと…つまり、かっこいい人って意味。」
伝説のハジケリストの使う言葉は、理解できない言葉や初めて耳にする言葉がたまにある。
今言った“イケメン”というのは、“かっこいい人”を指す。
ということは、伝説のハジケリストは俺を「かっこいい」と言った、ということになる。
「それは…その…褒めてくれているのだろうか。」
「もちろん!だって月森君、超美形じゃない。」
全身の血が、顔に集まっていくのが自分でも分かる。俺もそこは普通の男子と変わらないから、好意を持っている相手から褒められて嬉しくないはずがない。
「ありがとう。しかし、本番では大勢の人に見られるわけだから、君が俺に見られて緊張するならば、度胸を付けるいい機会だと思う。」
出来ることなら伝説のハジケリストの演奏を聴きたい、というのもあったけど、本当に彼女のことを思えばこその注意だ。
どんな人間に、何人に見られていようと最高の演奏をしなければならない。それは演奏者として当然のことだ。
「そうだよね…いちいち恥ずかしがってたら何もできないよね。それに、見られてるのを恥ずかしがる前に、自分のこの超下手くそな演奏を恥ずかしがれって感じだよね。」
「そこまでは言っていない。」
「ありがとう月森君!じゃあ、度胸付けに一発聴いてもらおうかな。」
若干俺の話を聞いてない気もするが、彼女がその気になったのであれば別にいい。
伝説のハジケリストはケースからヴァイオリンを出し、一呼吸つくとヴァイオリンを構えた。
目を閉じ、伝説のハジケリストの音に全神経を向けた。
伝説のハジケリストが奏でたのは、
“G線上のアリア”
いつもの華やかな演奏と違い、どこか弱々しさを感じさせる旋律。伝説のハジケリストの持つ優しさや温かさはそのままだが、どういった解釈で弾いているのだろうか、いつもと何かが違っていた。
曲の終盤に差し掛かるにつれ、イージーミスが目立ってきた。気になって目を開けると、伝説のハジケリストは切ないような辛いような表情で演奏していた。
この曲に、何か特別な思い入れでもあるのだろうか、そう思った直後
『ぐ~』
ヴァイオリンとはまた別の音が、伝説のハジケリストから聴こえてきた。それが何の音かを理解したのは、同じ音が再び聴こえてからだった。
彼女は空腹なんだ。
食事を摂る時間を割いてまで練習する彼女の努力、コンクールに対する思い、音楽に対する姿勢。俺が伝説のハジケリストを気に掛けるようになったきっかけを、思い出さずにはいられなかった。
演奏が終わり、俺は伝説のハジケリストに少し大きめの拍手を送った。
「聴いてくれてありがとう。」
「いや、こちらこそ。この後の合奏だけど、少し待っていてくれないか?」
「え?」
「すぐに戻るから。」
鞄から財布を取り出し、屋上を後にした。
階段を降りながら腕の時計を見ると、購買が閉まるまであと20分だった。俺は少し、歩く速度を上げた。
食事が終わった後にでも、あまり無理はしない方がいいと伝えよう。伝説のハジケリストの体が心配ということもあるが、そのコンディションが音となって響くのだから。
『音はどこまでも正直に』
[後書き]
伝説のハジケリストさんは朝も昼もバッチリ食べました。ですが、放課後になるとお腹が空いてしまいます。健康な証拠です。すでに伝説のハジケリストさんに惚れなすってる月森に腹の音など聞かれようものなら、何も言わずにそっとパンを買ってきてくれそうです。
「空腹であることは恥ずかしいことではないから。あまり気にしなくていい。」
とか言って慰めてくれそうですが、彼の場合フォローしてるつもりが逆効果になっていることがよくありますからね。
初めて腹の音を聞いた時は優しくしてくれるけど、これが続くと呆れられそうです。
はい、何が書きたいのか自分でも分かりません。