立海生活その②
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「伝説のハジケリストさん、寒くないですか?」
「うん、大丈夫。」
あたしは今、比呂士君と一緒に高台にある公園に来ている。時刻は夜の8時。大きな坂道を上がったところにあるこの公園は、昼間以外あまり人が来ない。照明も普通の公園より少ないからだろうか。
ベンチに座り、コンビニで買った飲み物を開けた。
今夜ここに来ようと言い出したのは比呂士君だった。学校で用意された笹に二人で短冊を吊していると、
「願い事が叶うよう、実際に星を見に行ってみませんか?」
というお誘いを頂いた。七夕の夜に二人で星に願うなんて、ロマンチックで比呂士君らしいと思った。
「ねぇ、長袖なんて着て暑くないの?」
比呂士君の今日の服装は、長袖のシャツに長いズボンで清潔感のある感じになっている。イトーヨーカドー等のファッション広告の紳士服モデルがそのまま出てきたかのようだ。
「少し暑いですが、蚊に刺されてしまいますから。」
「なるほど…あたしも長袖で来ればよかったな。」
「あぁ、ご安心下さい。きっと伝説のハジケリストさんは半袖を着用して来ると思いましたので、虫除けスプレーとキンカンを持って参りました。」
ほら、と言ってバッグから出して見せた。そして虫除けスプレーを、顔以外で服で隠れていない部分に吹き掛けてくれた。お礼を言うと、「これくらい当然ですから。」と眼鏡を直しながら言った。
比呂士君は怒ったり照れたり困ったりすると、眼鏡を直すクセがある。今のは声からして照れたんだって分かる。
「ここへ来て正解ですね。星がよく見える。」
カバンにスプレーをしまった後、比呂士君は夜空を見上げた。
あたしも一緒に見上げる。夜空をじっくり見ることなんてあんまりなかったけど、なかなか良い。時間の流れがゆっくりに感じる。
「どれが何座だかって分かる?」
「詳しいことは分かりませんが、織り姫さんと彦星さんを見つけるくらいならできます。」
「じゅうぶんスゴイよ。織り姫さんと彦星さんはどこ?」
「夏の大三角形を見つけることが出来れば、すぐに分かりますよ。」
「夏の大三角形ってどれ?」
「夏の大三角形は…あぁ、あれです。」
分かりやすいように、近付いてあたしの目線で指をさして教えてくれた。横顔が触れるか触れないかの距離にあり、体が固まった。
「あの大きな星があるでしょう?一等星というのですが、あの星の近くにもう二つ一等星があるのが分かりますか?」
「えっと…あ、もしかしてあれとあれ?」
「そうです。見つけるのが早いですね。」
そう言って比呂士君があたしの顔を見て微笑んだ時、風が吹いていい匂いがした。お風呂に入ったのだろうか、シャンプーのいい匂い。それに混じって虫除けスプレーの匂いもしたけど。
「おや、どうかしましたか?」
「比呂士君いい匂いするなーと思って。」
「……伝説のハジケリストさんの方が良い香りです。」
また眼鏡を直した。あたしも眼鏡をしていたら、きっと一緒に直していただろう。
比呂士君は軽く咳払いをしてから、星座の説明を再開した。
「夏の大三角形は、こと座のベガ星、わし座のアルタイル星、はくちょう座のデネブ星の3つの星を線で繋いでできているんですよ。そのうちの…」
「ちょっと待った、今デブって言った?」
「いえ。デブではなく、デネブです。」
「そう、ごめん。続けて。」
デブなんて名前の星座があったら、きっと自分が死んだらその星になるだろうと思い、なんとしても見つけ出したいと思ったのに。
紛らわしいったらない。
「では続けさせて頂きます。夏の大三角形を作り出している星のうちの一つが織り姫さんです。こう三角形があるでしょう」
比呂士君の指が、夜空に三角形を描いた。
「この角にある星がこと座のベガ星、つまり織り姫さんなのです。」
とても分かりやすく教えてくれたので、すぐに分かった。テニスしてるときもかっこいいけど、こういうときの比呂士君にあたしは惚れた。
「あ!見つけた!ねぇねぇ、彦星は?」
「彦星さんは、こちらの角のこの星です。」
「えーっと…あ、あれ?」
「そうです。」
「ちょっと遠いねー。」
「そうですね。」
比呂士君が描いた三角形の、一番遠い点と点が織り姫と彦星だった。ぶっちゃけ他人の恋愛など興味は無かったけど、比呂士君と静かな場所に二人きりで星を見ているという状況が、あたしを少しセンチにさせた。
「そして、あの角にあるはくちょう座のデネブの上を天の川が流れているのですが…さすがにそこまでは見えませんね。」
「デブしか見えないもんね。」
「伝説のハジケリストさん、デネブです。デブではありません。」
一年に一度しか許されない逢瀬。デブの川を越え、今頃二人でラブラブしているの違いない。自分達のことでイッパイイッパイだろうというのに、他人の願いを叶えてやるだなんて、なんて立派な人達なんだ。だからこそ星になったのか。織り姫と彦星に思いを馳せていると、
「どうかしましたか?」
比呂士君があたしの顔を覗き込んだ。
「ううん、何でもない。」
「では、願い事をしましょうか。」
「うん!」
そして二人は、両手を合わせて夜空の星に、それぞれの願い事を心の中で唱えた。
「伝説のハジケリストさんは何をお願いしたんですか?差し支えなければ教えて下さい。」
比呂士君に送ってもらっている帰り道。手を繋いでゆっくり歩いた。
「比呂士君が教えてくれたら教えてあげる。」
「私は学校の短冊に書いた願い事と同じですよ。」
「何て書いたの?」
「ご覧にならなかったのですか?」
「うん。見ちゃ悪いかなと思って。」
そう言うと、比呂士君は困ったような微妙な顔をした。
「では明日見て下さい。」
「いいの?」
「えぇ。伝説のハジケリストさんも短冊と同じですか?」
「うん。見た?」
「いえ、勝手に見たら失礼かと思いまして。」
二人で同時に吹き出した。同じ事を考えていたんだと思うとおかしくて、付き合ってるのに小さな節度を持ってるお互いがおかしくて。
「じゃあ明日見て下さい。」
「はい、楽しみにしています。」
明日学校に行ったらすぐに見に行こう。
二人で願った願い事が叶いますように…
『愛しい彼女といつまでも一緒にいられますように 柳生比呂士』
『あと5キロやせますように☆ 伝説のハジケリスト』
終わり
[後書き]
男より女の方が現実的だったりしますよね。アデュ!