氷帝生活②
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部活終了後の部室にて、着替えも終わり、部誌もそこそこ書き終えたあたしは、友だちから借りたポップコーンのカタログを取り出した。
なぜポップコーンにカタログ?というと、大阪発の通販で買えるポップコーンで、その種類は32種類にも及び、定番の味から変わり種まで様々な味が選べる。
眺めているだけでも楽しいけど、やっぱり実際に食べてみたい。一つあたりの値段が約3百円から5百円、2千円以下だと送料が五5円掛かる。だが、2千円以上で3百円、4千円以上で無料になるというシステムだ。
色んな種類を少しずつ食べたいのが乙女心というもの。これを貸してくれた友だちと、できるだけメンバーを集めてこのポップコーンを取り寄せたいね、と話していた。
「ねぇ忍足。」
「ん…?」
「これ知ってる?」
大阪発、ということで、カタログを忍足に広げて見せた。もしかしたら食べたことがあるかもしれないし、だとしたらどんな味か参考にしたかった。
「あぁ…ポップコーンパパやろ…?姉貴がよう買ってたで…」
「ホントに?!忍足は食べたの?」
「だいぶ昔やったけど…カレー味なら…」
「美味しかった?」
「そんなに味も濃くないし…まぁ…美味かったで…?」
食べたことがある人の話を聞くと、食べたいという気持ちはどんどん膨らんでくる。せっかくだから、部内のみんなにも声を掛けてみようと思ったら
「へぇ、俺にも見せろよ!」
着替え終わったがっくんと、
「すげぇな、これ全部ポップコーンかよ。」
意外にも宍戸が食い付いてきて、後ろからカタログを覗き込んできた。
「そうなの、いっぱい種類があって迷っちゃうでしょ?」
「このキャラメルナッツってやつ、美味そうじゃん。」
がっくんが指さしたのは、人気№1のキャラメルナッツ。キャラメルポップコーンと、大きなナッツがぎっしり袋に入っている。
「これヤバイでしょ。でもでも、その横のうめかつおも美味しそうじゃない?人気№2だし。けどミルキーメープルも気になるよね!」
「甘いポップコーンなんて邪道だろ。この中だったら塩バターだな。」
冒険心のない保守的な宍戸は、珍しい味には興味が無いようだ。ザ・定番野郎。そんな定番野郎に
「宍戸さん、お話中すみません。」
着替えも終わり、テニスバッグを持った長太郎が、遠慮がちに言った。
「俺今日ピアノなんで、お先に失礼しますね。」
「おう、気を付けて帰れよ。」
「先輩方も、お先に失礼します。」
いつもの如く上品な挨拶の長太郎を、お疲れーと言って送り出した後
「何見てんのー?俺も混ぜてよー」
ジローが現れた。いつの間に部室にいたのか、いや、もしかしたら最初からいたのかもしれない。とにかく神出鬼没であり、
「つーかお前いつからいたんだよ。」
同じ部内なのに、がっくんがそう言ってしまうのも分かる。
「最初からいたC~。あ、ポップコーンじゃん!うまそー!」
「でしょ?ジローはどれがいい?」
「う~ん…キャラメルもいけど、このハラペーニョってヤツも気になる!何ハラペーニョって!」
テンションの上がり出したジローに対し、やれやれといった感じの宍戸が
「唐辛子みたいなもんだろ。」
「じゃあさ、ナチョは?」
「それも同じようなもんだな。」
若干得意げに言った。
「なんだよ芥川、お前そんなことも知らねーのか?ポップコーンみたいな頭してるくせによ。」
「ひでぇなー。向日は知ってたの?」
「常識。」
そんな二人に、素直に「すげー」と言えるジローが一番すごいと思っていると、
「お先に失礼します。」
日吉がいつものように淡々と挨拶をしたので、あたしは「お疲れー」と言って送り出した。
「あ、若!」
不意に引き留めた宍戸に、日吉が淡々と振り向き
「明日返す。」
「別にいつでもいいですよ。」
淡々と帰って行った。
この二人の間で、一体何が貸し借りされていたのだろうか。そんなことを考えながらも、再びカタログに目を戻した。
「でもホント、これだけ種類があると困っちゃうよね。一度に全部は頼めないし。」
「じゃあ消去法で決めようぜ!」
実際に注文するかどうか決まっていないというのに、やたらノリノリながっくん。しかし、その気持ちは大いに分かる。
「なぁなぁ、しょう油バターって、コンビニで売ってるマイクポップコーンと同じ味だろ?」
「あれうまいよな。けど、そーするとしょう油バターはいつでも食えるから消去だな。」
がっくんがしょう油バターを消去したその後
「おい、この“セサミ”ってなんだ?」
宍戸が指を指したのは、香ばしいごまとハチミツ味と書かれた、ハニーセサミのポップコーンだった。
すると、帰り際の跡部が
「バーカ、セサミはごまだろうが。おいお前ら、あんまり遅くまで残ってんじゃねぇぞ?」
そう言って、あたしに部室の鍵を渡して樺地と共に帰って行った。そう言えば今日、用事があるから早く帰るって言ってたっけ。
跡部が出て行くのを見届けていると、
「セサミってごまなのか?」
宍戸があたしに聞いてきた。
「え、そうだけど。」
「じゃあよ、“ごま通り”ってことか?」
「…もしかして、セサミストリートの話?」
どうやらセサミがごまだということを、今初めて知ったらしい。
「なんだよ宍戸、お前セサミ知らなかったのかよ!」
「はぁ?お前は知ってたのかよ。」
「常識。」
またしても得意げながっくん。それにしても彼の中で「常識」と返すのが流行っているのだろうか、少々うざい。
「おいジロー、お前は知らなかっただろ?」
「えー、知ってたよー?」
「マジかよ!なんでお前が知ってんだよ!どこで覚えた!」
「どこでって言われてもな~。よく、ヘソのセサミ、って言うっしょ?」
「言わんやろ…。お先。」
帰りがてらに忍足が突っ込むと
「あ、ちょっと待てよ侑士!」
がっくんは慌てて鞄を持った。
「おい伝説のハジケリスト、明日もそれ持って来いよ!じゃーな!」
そして忍足と帰って行った。
「つーかよ、お前ぜってー知らなかっただろ?」
「知ってたよ。」
「伝説のハジケリストは女子だし、岳人は英語得意だから知ってて納得だ。けどお前は…」
解せねぇ、と言いたげに、ジローを見つめて首を傾げる宍戸。ていうか、知ってて納得の基準がちょっとずれてる気がしないでもない。
「ディズニーシーに、セサミのチュロスあるじゃん。オレあれ好きなんだよね~。」
「うん、美味しいよね。なんだっけ、ハニーセサミツイストだっけ?」
「なんだ?そのなんとかセサミツイストって。」
なんでハニーだけ聞き取れなかったのだろうか。それとも言うにが恥ずかしかったのだろうか。
「揚げパンみたいなやつに、ごまかかってんの。」
「うまいのか?」
「うまいよ。」
「…よし、ディズニーシー行くぞ。」
宍戸から、まさかそんな言葉が出ると思わなかった。
「誰が?」
「俺とお前とジロー。」
「え!何そのメンツ!」
ジローがセサミを知っていて、宍戸は知らなかったという事実が余程悔しかったのか、それともただ単に宍戸の思いつきなのか、謎だ。
「いいね!オレ行く!伝説のハジケリストも行くっしょ?」
「まぁ、いいけど…」
「でも遊園地で三人ってのは半端か。」
「じゃあさ!跡部誘ってあげよーよ!」
「いや、あいつはめんどくせぇ。」
「じゃあ誰誘うの?」
暫く考えた後、
「若。」
「なんで?!」
種類は違えど、日吉もめんどくさい部類に入るし、それ以前に絶対来ない気がする。
「あいつもセサミ知らないだろうからな。」
「誘う条件そこなの?!」
「オレは日吉でもいいけど、あいつ来るかなー?」
「ディスニーシーにまつわる都市伝説みたいなもんで釣れば来るだろ。」
「そうまでして…」
ディズニーシーとかランドとか、どちらかといえば苦手なタイプなはずの宍戸が、そこまで意地になるなんて。一番めんどくせぇのは、実は宍戸なんじゃないかと思う。
「よし、そうと決まれば俺達も帰ろうぜ。若には俺から言っておく。」
「オッケー☆」
本当に行くのか定かではないが、まさかこんな展開になるなんて。
結局、ポップコーン購入者を一人も集めることができず、妙な予定を作り、その日は三人で仲良く帰ることになった。
最初はポップコーンの話をしてたのに、何でこんなことになってしまったのか。燃えている宍戸の横顔を見ながら、会話の流れとは何とも不思議であると感じた。
終わり
【後書き】
セサミがごまであるということを知ったのは、つい最近です。それを書きたかったよ、ってだけの話です。
では誰で書こうか、セサミを知らなそうなテニ様は誰か…それを考えるに当たり、真っ先に思い付いたのが宍戸さんでした。
そして、お前もぜってー知らなかっただろ、というヤツ(ジロー)が知っていると悔しがる姿が目に浮かび、ついつい書いてしまった。
宍戸さん、急に思い付きで何か言い出して周りを巻き込む要素がありそうです。変なことに全力投球、妙なことに前向き。氷帝テニス部内でそれを発揮できる機会は少ないのですが、(メンツがメンツなだけに)少人数、それも頭が自分と同レベルかそれ以下と認識している人たちといる時にそれは発揮されるのです。
ここまでお付き合い頂いてありがとうございました。