氷帝生活②
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クラスの総合学習で、面倒な課題が出た。その名も
『東京都における諸問題について』
東京都における諸問題よりも、我が部における諸問題の方が深刻な気がしないでもない。が、中々に難しい課題だ。
基本的には個人だが、ペアで調べてもいいということなので、あたしは同じ部であり成績も良い忍足に、一緒にやりませんかと声を掛けた。
「別にええよ…。テーマはどうする…?」
「うーん、どうしようか。」
忍足の前の席の子と代わってもらい、配られた資料に目を通す。
「世界規模の問題なら思いつくんやけど…。」
「何?」
どうせロクでもないことだろうけど、念のために聞いてみた。
「例えば…お前の足がどうやったら細くなるか…とか。」
「余計なお世話だし!Σ(`ロ´;)」
あたしの足は世界規模から見ても太いというのか。まぁ薄々そんな気はしていたが、一個人の足の太さが世界規模の問題になるなんて、そんな世界は破滅した方がいい。
そんなことを思いながら、ボーっと忍足を見ていると、ある考えが浮かんだ。
「ねぇ、ちょっといい事思いついたんだけど。」
「俺のかっこよさにおける罪について…やろ?」
「カラスの被害について、なんてどう?」
自称罪なかっこよさを持つ忍足の、揺れる漆黒の髪の毛を見ていて思いついた。あぁ、何かに似てると思ったらカラスの羽だわ…と。
「それええやん…。ほな、それでいこか…。」
「ちょっとどこ触ってんの!Σ( ̄□ ̄;」
机の下から太いと言われた足を撫でられた。忍足は、それを払うあたしの手と格闘しながらプリントにテーマと名前、調査方法等の必要事項を書いていった。
テーマ:『カラスによる被害について』
メンバー:忍足・伝説のハジケリスト
内容:カラスによる被害を調査し、まとめる
調査方法:被害の様子を写真に撮る、実際に被害にあった人の話を聞く、文献を調べる等
書いてみると立派だが、あたしも忍足も手を抜く気満々だ。とりあえずテニス部の奴らにテキトーに話を聞いて、インターネットでテキトーに調べようという話になった。写真だけは用意しないとマズイので、朝練の前に集合してちょこちょこ撮っていくことにした。
「ほな、明日の朝から撮り初めて、ちゃっちゃと終わらせるで…?」
「了解!」
無事に全てが決まった。何だかとってもスムーズに終わりそうだ。足太いとか言われたけど、忍足に声を掛けて正解だと思った。
-翌朝-
「おはようさん…。」
「おはよう…。」
早朝5時。眠くて目が重い中、学校の近くの商店街のとあるゴミ捨て場前に集合した。当然どの店も閉まっており、人気は無く静かだ。カラスもまだ姿を見せていない。
「デジカメ持ってきた?」
「あぁ…持ってきたで…。」
テニスバッグからデジカメを出すと、あたしに差し出した。
人がいてはカラスが来ない可能性があるので、ゴミ捨て場から少し離れた店と店の間に移動した。ここからなら距離もアングルも充分だ。
「ちょおコンビニ行ってくるから…構えて待っとって…。」
「何しに行くの?」
「朝飯まだやねん…。」
「あ、じゃあついでにあたしのも買ってきて。」
お財布を出して、忍足に五百円玉を渡した。
「何がええの…?」
「なんでもいいや。」
「ほな、お前が好きそうなん適当に買うてくるわ…。」
そう言ってコンビニに向かって行った忍足を見送った後、あたしはデジカメの電源を入れ、いつカラスが来てもいいようにカメラを構えた。
するとすぐに、一羽、また一羽とカラスがゴミ捨て場に近づいて来た。
ゴミ袋に被さっている網の間から、器用にゴミ袋をつつく。しかも狙うは生ゴミばかりだ。
その様子をデジカメでパシャパシャ撮っていたその時、
「おい、お前何してんだよ。」
忍足とは違う声に急に話し掛けられて、体がビクッと跳ね上がった。
「が、がっくん!何でここにいんの?!」
「何でって、お前こそ俺んちのわきで何やってんだよ。」
言われて見てみると、あたしが身を潜めていた隣の店の看板に、『向日電気』と書かれていた。
眠さで意識がはっきりしない中での集合だったので、がっくんの家の近くだってことに気付かなかったのだ。まぁどっかで見たことあるな、とは思っていたけど。
「何って、総合が…」
「分かったぞ!」
言ってる途中でがっくんが声を張った。早朝だというのにこのテンションの高さは何だ。
「俺の隠し撮りして、ファンの子に売るんだろ!」
「違います。売れません。つーか明らかにレンズあっち向いてるでしょうが。」
「売れないかどうかなんて、売ってみなけりゃ分かんねーだろ!クソクソ!俺だって何げにモテんだぞ!」
「なんや…岳人やん…。」
がっくんの主張中、朝食を買いに行っていた忍足が帰ってきた。
「あ、お帰り。」
「なんだよ、侑士もいたのか?」
「総合学習で、カラスの被害についてやっとんねん…。岳人は何してんの…?」
おつりとレシートをあたしに渡し、自分はあんパンを出して食べ始めた。
「俺は起きて窓の外見たら伝説のハジケリストがいたから降りて来たんだよ。」
「ふーん…あ、これお前の…。」
忍足から袋を受け取り、中を覗くと肉まんとお茶と牛乳が入っていた。
「ありがとう。つーかどっちが牛乳?」
「俺や…。張り込みにはあんパンと牛乳やろ…。」
まぁそれはいいとして、肉まん好きそうと思われてたのが何ともアレだった。いや、肉まんは好きなんだけど。
「もうそろそろ時間だよな。一緒に行こうぜ!」
「それはええけど…奴さん撮れたん…?」
「うん、一応何枚か撮ったから。後で見てみて。」
肉まんを頬張りながら、あんパンをもそもそ食べている忍足にデジカメを渡した。
「じゃあ俺着替えて来るわ。」
「了解…。」
「まだ余裕あるから、ゆっくりでいいよ。」
「おう!」
思ったより早く撮影も終わったが、また違うカラスの様子も撮らなければならない。まぁこの分たとすぐ終わるだろう。
カラスがゴミを漁る様子を忍足と並んで見ながら、朝食を摂りつつがっくんを待った。
朝練も終わり、教室に着くなりあたしは机に伏した。なにせ朝が早く、しかもその後練習だ。忍足も同じ条件、いや、あたし以上に疲れてるはずなのに、そんな素振りは見せない。
それどころか、あたしの席まで来てこう言った。
「なぁ…、残りの画像も今日のうちに撮らへん…?デジカメもあるし…。」
確かに今日は部活もないし、作業は早いほうがいいんだけど…。
「眠いから明日にしない?」
「そんなん言うたら、明日も同じやで…?眠い中の部活のが辛いやん…。今日のうちに済ませといたら、後が楽なんやで…?」
ごもっともなので、あたしは伸びをして了解した。今日で終わらせてしまえば、後は模造紙に書いて発表用の原稿を用意するだけだ。
資料集めをしない事には始まらない。
「どこで撮る?」
「河川敷やな…。」
「河川敷?どんな被害が?」
「人間に対する威嚇、攻撃や…。」
伊達眼鏡をくいっと上げ、さもインテリですと言わんばかりのオーラを出した。
「ちょっと待って。誰がやられんの?」
「河川敷におる人やろ…。」
「うわー…」
「うわー、て何や…。しゃあないやん…。」
もっと違う光景でもいい気がするが、忍足の変なトコ完璧主義な性格がそれを許さないらしい。
忍足がネットで調べたカラスによる被害が、主に
・ゴミの散乱
・糞、鳴き声
・人への威嚇、攻撃
の三つだったので、これらを完璧っぽくテキトーに調べるのが忍足の今回の方針である。
「ほな、放課後デートっちゅー事で…。」
「そうですね。制服デートですね。」
そう言うと、忍足があたしの頭を無意味にポンポンしてきた。反応に困ったので、再び机に突っ伏して目を閉じた。
―放課後―
二人でいるというのに特に誰にも冷やかされないまま、ランニングの時通る河川敷まで歩いた。
「自分よう寝とったなぁ…。ジロー状態やったで…?」
「だって眠かったんだもん。」
その通り、ほとんどの授業で寝たので朝よりだいぶスッキリしていた。逆に忍足は、ここへきてあくびをし出した。
「カラスが現れるまで、また張り込みせなあかんから…買出し行っとく…?」
「そうだね。」
コンビニに寄っておやつを買い、河川敷に降りると見慣れた顔があった。
「宍戸とジローじゃん。」
「珍しい組み合わせやなぁ…。」
宍戸は不審者のようにキョロキョロしており、ジローはバッグを枕にして寝ている。
「おーい!」
「Σうおっ!?」
「何してんの?」
不審者宍戸に声を掛けると、必要以上に驚かれた。手には使い捨てカメラが握られていた。
「幼女でも探しとったん…?」
「Σち、ちげぇよ!総合学習でジローと河でのゴミのポイ捨てについてやってんだよ!お前らこそ何やってんだ?」
「あたし達も総合でカラスの被害についてやってんの。」
「ペアか?」
「うん。宍戸はジローと?」
「あぁ、まぁな。つーか先生に押し付けられた。」
宍戸とジローは隣のクラスだが体育が一緒だ。宍戸の担任が体育の先生だから、きっとこうなったに違いない。
「そっかー。あ、カラス来るの待つついでに何か手伝おうか?」
「いいよ。今日はあんまゴミ落ちてねぇからまた出直すとこだったしな。」
「もう帰るん…?」
「いや、せっかくだから近くのコートで打ってく。」
そう言ってカメラをポケットにしまうと、ジローの方へと歩き出したので、あたし達も流れでついて行った。
「おいジロー、行くぞ。」
「がぁ~…ごぉ~…」
起きる気配無しのジローに、忍足がそっと近寄った。
「何してんの?」
「カラスの被害者になってもらうねん…。」
「はぁ?!」
忍足は袋からプロ野球チップスを一枚出すと、細かく砕いてジローの腹の上に乗せた。
「ちょっと、やめなよ。ジローかわいそうじゃん。」
「はよ終わらせて…俺も打ち行きたいねんもん…。」
「つーかこんなんでカラスが来るとは思えねぇよ。」
手が汚れたからと言って、電源の入ったデジカメをあたしに渡すと、ジローから離れた距離に移動した。
なぜか宍戸も一緒にプロ野球チップスを食べながら、囮(ジロー)の様子を見ていた。
「忍足ってさ、こういうトコは普通の中学生だよね。」
「どういうトコ…?」
「テニスしに行くって聞くと、実は何が何でも行きたがるトコ。」
デジカメ越しに、腹にポテチを乗せて気持ち良さそうに眠るジローを見ながら言った。
「普段そんな素振りは見せないけどさ、あんたもやっぱり立派なテニス部だよね。」
「俺の事よう見てんねんな…。ひょっとして…俺に惚れてんの…?」
「ハイハイ。宍戸、お茶取って。」
宍戸からお茶を受け取り、キャップを開けて一口飲んだ。
すると、ジローに変化が。
「あれ、ハトじゃねぇか?」
「あぁ…ハトやんなぁ…。」
なんとカラスではなく、ハトが集まってきてしまった。五羽くらい集まってきて、ジローの腹を突いている。
「ねぇ、助けてあげなくていいの?」
「食い終わったらいなくなるやろ…。」
「本人全く気付いてねぇしな。」
ジローにはかわいそうだが、ちょっと面白い光景だったので、記念に一枚撮った。ハトに群がられるジローはまるでパズーだ。
「お…西武の和田や…。」
「俺もそれ持ってるぜ。」
ラッパもないのにパズー化したジローを他所に、プロ野球チップスに付いているカードを開けだした二人。地味にはしゃぐ二人の方をデジカメごと見た時に、またしてもミラクルが起こった。
「Σうお?!」
「……?!」
あたし達が待ち望んでいたカラスが一羽、忍足の持つプロ野球チップス目掛けて猛攻撃を仕掛けてきた。
宍戸はお得意のテレポートダッシュで逃げ、あたしもすぐさま忍足から離れた。
攻撃を受けている忍足は袋を放すも、後から来た一羽に頭を鷲掴みならぬカラス掴みされている。
「あ!」
ボーっとなんてしてられない。早く打ちに行きたいという忍足の願いを叶えてあげるため、カラスから攻撃を受けて逃げ惑う姿をデジカメに収めた。
「ちょ…マジ痛いねんけど…誰も助けてくれんの…?」
さすがの天才も、カラスの前ではただの人だ。眼鏡もずり落ち、髪の毛も乱れている。
助けたくてもあたしには仕事がある。忍足が体を張ってくれているのに、この努力を水の泡にはできないというものだ。
すると、
「どらぁ!!」
見るに見兼ねた宍戸が、遠くから石を投げた。しかしそれは逆効果だったらしく、カラスの標的は忍足から宍戸へと変わった。
「ちょっ、マジかよ?!」
カラスに追われて最初は逃げていたが、宍戸は決してやられっぱなしではない男。俺が攻めに変えてやるよと言わんばかりに、バッグで攻撃を始めた。
宍戸は置き勉野郎なので、バッグにはラケットと弁当箱しか入っていないため、軽くブンブン振り回せる。
「これでも喰らえ!」
カラスの胴体にバッグが入り、カラスはよろめいて去って行った。
「ふん、俺に挑もうなんざ百年はえぇんだよ!」
得意げに言って、去っていくカラスを見ていた。その時の宍戸は、修羅場をくぐり抜けた戦士のように、実に雄々しい顔をしていた。
忍足の言う通り、やっぱり今日のうちに済ませてよかったと思う。画像ばかりか実際に被害にあった人の話、対処法まで手に入ったのだから。
「撮ってもうたん…?」
「うん、バッチリ!」
「合成…せなあかんなぁ…。」
課題完成までもう一息。こんなに頑張ったんだから、きっと高い評価を貰えるだろう。そんなことを思いながら、忍足の眼鏡を拾って掛けてあげた。
終わり
後書き
[後書き]
いつも私が何かある度に励まして下さるあの人に、僭越ながらお礼として書かせて頂きました。
え、これお礼なの?
みたいな内容になってしまいまして申し訳ございません!しかしめちゃめちゃ心込めました!警察に通報されそうな勢いで込めました!
氷帝ギャグで、できれば忍足を出して欲しいと言われ、忍足を全面的に出してきたこの素直さ。(気が利かない)
余談ですが、カラスと格闘するシーンは実話です。攻撃を受けている男友達を見て、呼吸困難になるまで爆笑してしまった私こそが襲われるべきだったと今になって思います。
瑞江様、こんなんですみません!書き直し、ウソップノイズ(ガラスを尖ったものでギーギー擦るアレ)お受けします!
ここまで読んで下さった伝説のハジケリスト様、ありがとうございます!カラスには充分お気を付け下さい。