4周年企画
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全国大会出場が決まり、跡部からそのオーダーをメンバーに伝えるよう言われていた。もちろんミーティングの時に跡部から発表されるんだけど、今回は前もって、本人達には伝えておこう、ということだった。
跡部の意図はよく分からないけど、試合をイメージするのは早い方がいいからではないかと、あたしは考えている。
今回のオーダーは、シングルス3に忍足、シングルス2に樺地、シングルス1に跡部、ダブルス1に宍戸・長太郎。
メンバーには、午前中の休み時間を使ってそのことを伝え終えている。
残すはダブルス2の、がっくんと日吉のみ。
元々あまり話さない二人なだけに、色々と不安がよぎる。どう考えても気が合いそうにないし、プレイスタイルも二人揃って個性的だ。このダブルスが吉と出るか凶と出るか、期待と不安でいろんな考えが頭をグルグル回る。
けれど、あたしが考えたってどうなるわけでもないので、采配した監督と跡部と、あの二人を信じるしかない。
二人には、お昼を食べたら部室に来るよう、授業中にメールを入れておいた。
がっくんからしか返信は来てなかったけど、きっと日吉も来てくれているだろうと信じて、あたしは部室のドアを開けた。
「昼休みにごめんねーって…何してんの?」
ドアを開けるとそこには、何かを掴むように両腕を振り回すがっくんと、片手でがっくんの頭を押さえ、あくまで冷静にその様子を見ている日吉の姿があった。
「あぁ、伝説のハジケリストさんですか。遅かったですね。」
「ごめん、っていうか、何この状況。」
すると、頭を押さえつけていた日吉の手を振り払い、がっくんが少々興奮した様子で言った。
「こいつがよ!俺のケツ蹴ったんだよ!信じられるか?!先輩のケツ蹴るかよフツー!」
「え、がっくんのケツ蹴ったの?」
「蹴ったと言えば蹴りましたけど、わざとじゃないってさっきから言ってるんですけどね…。」
「どういうこと?」
ため息混じりの日吉に聞くと、
「向日さんが前を歩いていて、急にしゃがみ込んだので、足が当たりました。」
簡潔に分かりやすく答えてくれた。
「当たったんじゃなくて、当てたんだろうが!」
「なんでそう思うの?」
「だってすげぇ勢いで蹴られたんだぜ?」
ここ!と言いながら、尾てい骨ら辺をさするがっくん。どうやらちょうどイイところに入ってしまったらしい。
「まぁまぁ、とりあえず落ち着こうよ。二人とも座って?」
二人をソファに並べて座らせてみたけど、お互い端と端に、それぞれムスッと顔を逸らしてしまっている。
「で、話しって何ですか?」
あからさまに迷惑そうな顔をし、急かす日吉。その気持ちも分かるけど、今この状態で「今日からお二人に、ダブルスを組んでもらいます」なんて言ったらどうなるだろう。
向こうもそうだけど、こちらとしても心の準備が必要だ。特にこの人達の場合、とてもじゃないけど気を使う。
「えーっと…」
なんてことはない、はっきりスパッと言ってしまえばいいんだけど、この妙な空気がとてもじゃないけどそうさせてくれない。
がっくんをチラッと見てみたら、やり場の無いケツの痛みと怒りがおさまりきれていないらしく、小さく貧乏揺すりをしていた。
わーい、めんどくさい!と思い、別の方向に目をやると、ふと冷蔵庫が目に入った。
「そうだ!バナナ!バナナでも食べよっか!」
今朝跡部が持ってきた高級バナナがあったのを思い出し、これで少しでもいいから今の空気を変えられたら、そう思った。
そして、落ち着きを取り戻した時に言えばいい。
「お!あれか!いいじゃん、早く食おうぜ!」
もうすっかりバナナモードに入ったがっくん。さっきまでの膨れっ面はどこへやら、バナナに興味津々だ。
そんながっくんの視線を背に、冷蔵庫を開け、皮の状態を見ただけでも甘いと分かるそのバナナを、房から三本もぎ取った。
房の中の一本に、マジックだろうか、黒い文字で「ジロー」と描かれていたので、それは避けた。
「はい。」
「サンキュー!」
まずがっくんに渡すと、猿の如くバナナの皮を剥き、それさえももどかしい様子で口に入れた。
「…うっめ!なんだコレ!」
それはそうだろう。なんてったって跡部が持ってきたバナナだ。あの跡部が普通のバナナを与えてくる訳がない。あぁ、あたしも早く食べたい、と思いながら
「はい、日吉もどうぞ。」
まだツンツンしている日吉にバナナを差し出した。しかし、
「結構です。」
ツンツンしながら断られた。
「お腹いっぱいなの?」
「俺はバナナを食うためにここに来たわけじゃないんですが。」
あっちゃー、こいつは手強い!どうしたものかとバナナと日吉を交互に見ていたら、
「いいから食っとけって!こんなうまいバナナ滅多に食えねぇぞ?話しなら食いながら聞けんだろーが。」
余程バナナがうまかったのか、上機嫌この上ないといった感じで、がっくんが日吉に言った。そんながっくんの態度に日吉は少し驚いていて
これは後に続かないわけにはいかない。
「はい、皮も剥いちゃったことだし。」
言いながらバナナの皮を剥き、日吉に渡す。すると、
「……分かりました。」
受け取った。いや、これを返すことなど、跡部レベルの貴族にも難しいだろう。
皮を剥いただけで広がる甘い香り、ふっくらとした本体。その存在感と言いオーラといい、素人の目で見てもそんじょそこらのバナナとは格が違うことが分かる。
ゆっくりと、さぐるように一口食べると
「!!」
日吉でさえも目を見開き、バナナに釘付けになったのだ。
「どう?やっぱ違う?」
「食べてみれば分かりますよ。」
じゃあ、ということで、その気品に満ちたソレの皮を、生まれて間もない子どもの服を脱がすかのように、ゆっくりと、やさしく、丁寧に剥がしていく。はやる気持ちを抑え、自分を焦らすようにして。
甘い香りが鼻腔をくすぐり、やがてそれはあたしの口へと…
「う、うまい…!」
噛むほどに芳醇で濃厚、ネバネバすることなど決してなく、適度な歯ごたえがある。
『絶品』
まさにこれのことである。バナナとは、これほどまでに美味なるものだっただろうか。このバナナをもし、バナナ大好物代表であるゴリラが口にしたならば、幸せ過ぎて死んでしまうだろう。よくて失禁だ。
日吉も目を閉じてバナナを味わっており、それを一瞬だけ見てあたしの瞼もオートマティックに降りてきた。
目を閉じることにより、いっそう集中できる。飲み込むのが惜しいくらい舌触りも良く、なんと言ってもこの香り。バナナの身に付いている、普通ならば邪魔なはずの筋さえ美味い。
跡部には、ありがとうじゃまだたりないけど、せめて言わせて幸せですと。
「バナナと言えばよ」
俺様のバナナに酔っていると、がっくんがもぐもぐしながら話し始めた。
「バナナワニ園ってあるだろ?あれって謎じゃねぇ?」
「何が?」
閉じていた目を開けると、もうすでに食べ終わってしまったがっくんが、皮をブラブラさせていた。
「だからよ、バナナワニ園って、バナナとワニの園なのか、バナナワニの園なのか分からなくねぇ?」
「まぁ…」
確かに、バナナワニ園は謎の多いスポットだ。何故ワニに絞ったのかと、数ある植物の中で、なぜバナナのみにスポットを当てたのかが謎である。それにしてもバナナワニって、と突っ込もうとしたら
「バナナワニなんていう生物がいるわけないでしょう。バカですか?」
もぐもぐしながら日吉が毒を吐いた。
「先輩に向かってバカとはなんだバカとは!」
「フン、いちいちムキにならないで下さいよ。自分でバカですって言ってるようなものですよ?」
「んだと?!もう許さねぇ!」
怒りに怒ったがっくんは、持ってたバナナの皮を日吉に投げつけた。が、日吉はそれを難なく叩き返し、
「泣いても知りませんよ?」
バナナを置いて立ち上がった。
「上等だぜ!」
今度こそマジ喧嘩が始まるのか、だとしたらもうダブルスのことが本格的に言いづらくなる。だからと言ってこの喧嘩を止めるには、少々惜しいような気がする。
うまいバナナを食べながらのファイティング観賞、この機を逃したら、もう二度と見られないだろう。
マネージャーとして本当は止めなければいけないんだろうけど、
【ハブ対マングース】
もうこのフレーズが頭に浮かんで消えず、胸の高鳴りを抑えきれない。
よし、見守ろう。
そう決めてから、あたしはまたバナナを一口食べた。それと同時に、熱いバトルの始まりの火ぶたは切って落とされたのだ。
最初に仕掛けたのはがっくんで、日吉の胸ぐらに手を伸ばしたが、日吉はそれを流れるように受け流した。
「フン」
「くっ…」
だが、がっくんは攻撃の手を止めず、日吉の胸ぐらめがけて両手を交互に繰り出した。
「当たりませんよ。」
それをヒョイヒョイ避けていく日吉が、がっくんの手をパシッと受け止めたその時
「もらった!」
がっくんは塞がれた手とは反対の手で日吉の肩を掴み、驚くべきその跳躍力で日吉の頭上を飛び越え背後に着地した。
日吉のバックを取り、屈んだ状態のまま一瞬で体勢を整えると
「くらえ!霊丸!」
霊丸、もといカンチョーの構えを取り、日吉の肛門めがけて、容赦なく発射した。
が、
「!!」
自分の肛門に迫る危機を察知した日吉は、霊丸が放たれたと同時に身を反転させ、サッと間合いを取った。
「思ったよりやりますね。」
「お前もな。」
男の世界、とでも言うのだろうか。まさに今、拳で語っていると、そういうことなのだろう。
喧嘩が始まった原因など、二人にとってはもうとっくにどうでもよくて、お互いにぶつけ合っている視線は熱く、純粋だ。
冷静に考えるとオカシイんだけど、この時あたしは二人の戦いを見て感極まり、思わず立ち上がって拍手をしていた。
あたしのスタンディングオベーションに、二人は構えを解いてこちらを見た。その時の二人の表情は、何事だ、ていうかお前いたんだっけ、みたいな感じだった。
まぁそれはいいとして、うまく言えないけど、この二人ならいいダブルスになる、そう感じた。超攻撃型だが、冷静さも持ち合わせている。
うん、これならいけそう。そう確信し、本題を切り出すことにした。長かった前振りの末、ようやくこの時が来たのだ。
あたしは一呼吸置いて、自分を落ち着かせてから言った。
「あのね、全国大会のオーダーなんだけど」
「この流れから随分唐突だな。」
あぁ、確かにがっくんと日吉は今までバトってたから、何いきなり、だろう。けれどあたしの中では話がつながってるのでヨシ。
「今回、二人には…」
ここまで言いかけて、日吉が「まさか」という顔をした。まぁそのまさかだよね。
「ダブルス組んでもらうから。」
「は?お、おい、ちょっと待てよ。今何つった?」
「だから、がっくんと日吉は今回ダブルス。」
目をこれでもかと見開き、あたしと日吉をゆっくり交互に見ているがっくん。日吉はというと、やはりシングルスで出たかったらしく、固まってしまった。
「侑士は?」
「シングルスだよ。樺地と、跡部も。」
それを聞いて、固まっていた日吉の眉間にしわが刻まれた。そして、ギリッていう音がしそうなほど、拳を握っていた。
「二人とも、思うところは色々あると思うけど…これは跡部と監督で決めた、勝てるオーダーなんだと思う。だから…」
これから先の言葉は、続けない方がいいと思った。今回あたし達が全国に行けることになったいきさつだったり、その上での選手達の心境はなんとなく分かる。
きっと、二人も同じで、頭では分かっていても、心が追いついていないんだろう。
がっくんは忍足とダブルスを、やっぱり全国でも組みたいと思ってて、日吉もシングルスで全国を相手に戦いたかったと思う。
さっきまでとは全く違う重苦しい雰囲気が、沈黙が、部室を覆っていた。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ったが、そこから誰一人と動こうとしない。
長い、長い沈黙。
そのあとに
「面白そうじゃねぇか。」
がっくんが言った。
「俺さ、侑士と組むのが好きだったし、あいつぐらいしか俺と組めるヤツなんていねーと思ってた。でもよ」
そこで一呼吸置いてから続けた。
「シングルスの方が、侑士の実力発揮できるんじゃねぇかなって、ずっと思ってたんだよ。」
迷いの無い目で、あたしを見つめ
「でも俺にはダブルスしかねぇ。俺はダブルス好きだからよ。だから…」
がっくんは日吉と向き合った。きっと、あたしを見つめたように、真っ直ぐに日吉を見ているに違いない。
「よろしく頼むぜ?日吉。やるからには勝ってやろうじゃねぇか。」
そんながっくんの想いが通じ、
「あたりまえでしょう?せいぜい足を引っ張らないようお願いしますよ、向日さん。」
日吉もそれに応えた。
「ありがとう、二人とも。」
「伝説のハジケリストさんにお礼を言われる覚えはありませんよ。青学に勝って、もっと強い相手とはシングルスで戦うだけです。それに、今回のダブルスは、俺にとってもいい経験になるでしょうからね。」
いつもの調子で口の端を上げ、不適に笑って見せる日吉。彼にももう、迷いはないみたいだ。
あたしはそんな二人に、マネージャーらしく肩を叩いて「期待してるから!」と言いたくて、近寄ろうと歩みを進めた。
そう遠くない距離。
「二人とも、期待してるか」
言いながら近寄っていたら、何かにつまずいた。いや、滑った。
二人の肩に伸ばし掛けていた手は、ほんのわずか及ばずに胸ぐらへ。
前にツルッと滑った勢いで、体勢を崩し
『ビリッ!』
ワイシャツのボタンが数個、弾け飛んだ。
二人がいなかったらあたしはきっと、顔面から地面に倒れ、前歯が全て無くなっていた。それくらいの勢いだった。
「ご、ごめん」
顔を上げると、何が起きたのか分からないといった、そんな顔をしている新生ダブルス。
「あのよ」
あくまで冷静に、がっくんは言葉を紡ぎ始めた。あのがっくんを冷静にさせてしまったことに、大変申し訳なく思いながら、続きを待つ。
「…いや、なんでもねぇ。お前が無事ならそれでいい。な?」
振られた日吉も
「そうですね。」
感動をぶちこわした上に、気まで遣わせてほんとごめん、と心の底から思った。
果たしてあたしは何につまずいたのか、足下を見てみると
「つーかがっくんがさっき投げたバナナの皮じゃん!」
「えっ?!」
あたしの罪悪感を返せ、まぁ半分はあたしが悪いけど、もう半分はこいつらが悪いではないか。
バナナの皮を投げたがっくんに、それを叩き落とした日吉。
「えっ?!じゃねぇし!つーか何人を労った感じ出してんの?!つーか何ここは俺達が大人になって…みたいな雰囲気出してんの?!」
「何怒ってんだよ!お前こそ下見て歩けよな!人のワイシャツこんなにしやがって!変態かお前は!」
「実際にバナナの皮で滑る人、初めて見ましたよ。間抜けというか何というか…」
「何なのお前ら!超むかつく!」
しかし、二人をあられもない姿にしてしまったのは、このあたし。さすがにそれは悪いと思ってる。
「あーあ、どうすんだよコレ。」
「二人とも脱いで。」
「「は…?」」
襲われる、とでも言いたげに、目を丸くしやがって
「ボタン縫うから脱げっつってんの!」
「結構です。自分でできますから。」
「つーかお前ボタン縫えんのかよ。不器用じゃん。」
「なんだと!」
むかついたのでがっくんのワイシャツをひん剥いた。
「お前何すんだよ!日吉助けろ!」
それを見た日吉は、助けるどころか危険を回避するようにあたしから距離を取った。
がっくんのワイシャツを回収し、日吉に詰め寄る。
「ほら、あんたも脱がされたいの?」
困った顔して真剣に後ずさる日吉を見て、なんだかこう、一種の興奮を覚えてきた。新境地の扉を今正に開かんとしている。
「覚悟!」
間合いを詰めようと駆け寄るも、さすが日吉、回避が早い。これは捕まえるの難しそうだ、さてどうしようと考えていると
「なっ…!!」
上半身裸、おっぱい丸出しのがっくんが、這うようにして日吉の足を掴んだ。
「お前も道連れだ!」
「ナイスがっくん、それでは…」
足を押さえられた日吉には動く術がなく、いくらあたしでも女だから乱暴できないということで、日吉のワイシャツもひんむくことができた。
「さ、二人ともそこに座って待っててね。」
なんだか精神的にショックを受けてしまったようで、がっくんはソファの上に体育座りをし、ただでさえコンパクトなのに更にまとまってしまっている。日吉は正座して両拳を膝に押し付け俯いてしまっている。
自分でやっておいてアレだけど、なんか不憫に思えてきたので
「内緒でもう一本ずつあげる。」
冷蔵庫からバナナを二本出して、二人の前に差し出すと
「バナナはもういいです。」
「俺も…」
そう言って、何故かまたメンチを切り合ったので
「下も脱がされたいの?」
そう言うと、二人ともおとなしくなった。
「お前こええよ。色んな意味で。」
「同感ですよ。」
最初は不安だったこの組み合わせ。けど、今回こうして前もって二人を呼び出して良かったと思う。
なんだかんだで、気が合いそうじゃない。
跡部がどうしてあたしにこの役を任せたのか、少し分かった気がするし、それが嬉しかった。
「二人とも、これから頑張ろうね!打倒青学!」
「当たり前だ。つーか早くしろよ。さみーんだけど。」
糸がぐちゃぐちゃに絡まってきたけど、まぁいいか。
もう一度がっくんと日吉の顔を見て、それから気持ちを込めてボタンを縫っていった。
これからが大変だけど、二人なら大丈夫だよ、頑張ってねって。
そんな想いを込めて。
終わり