立海生活
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同じクラスの幸村精市は、容姿端麗成績優秀スポーツ万能、おまけに性格も良い。
そんな人を好きにならないわけもなく、日に日にその想いは大きく膨らんでいくばかりだった。
話せば話すほど不思議な人で、その独特の世界観はきっと誰も踏み込めないだろう。
あれはテスト前、あたしがテストなんてなくなればいいのにとぼやいた時、彼は言った。
「ふふ。でも、生きてる限り毎日がテストみたいなものだよ。」
深い。深すぎる。
あたしはどちらかといえば奥手だし、自分から告白するなど考えられないタイプだ。
しかし、そんな深い発言をしまくり顔も美しく、思ったより男らしいところがある彼への想いが破裂寸前になり、
「す、好き…です。」
言ってしまったのだ。よりによって、お昼に配られる牛乳の業者さんの前で。
運良く幸村と牛乳当番、つまり牛乳を教室に運んで配るという共同作業をする機会があった。
その際、3ケースある牛乳のうちの1ケースの中の一つをあたしに渡し、3ケースを軽々と持ったのだ。
それだけでも胸きゅんだというのに
「その牛乳は俺のだから、大事に運んでくれ。」
何を言っているのだろうか。
幸村が選んだ牛乳は他の牛乳となんら変わらない牛乳である。強いて違いを挙げれば、パックの柄がパンダということくらいだ。そしてあたしの手で運ぶことによって、教室に着くまでに確実に温くなるだろう。
あまりに謎すぎて、ついにあたしの幸村への想いのメーターが振り切れてしまい、思いがけず言ってしまったのだ。
冷静に考えてみれば、あたしも意味不明だ。業者さんも、おっと!と言わんばかりにあからさまに不自然に目をそらした。まさかこのタイミングで、こっちは気まずいったらない。まぁ、誰よりも気まずいのは業者さんだろうけど。
当の幸村は器がでかいのかなんなのか、そんなのはお構いなしに
「どれくらい?」
好きの程度を聞いてきた。
いつもと変わらない穏やかな表情で、山ほどの牛乳を抱えている。そんな姿にすら見惚れてしまっているもんだから、
「やっ、山ほど!」
気持ちの程を表すにはあまりに惜しい返事を、あまりに必死だったため、わりと声を張って言ってしまった。
それでも幸村はにこやかに言った。
「うん、俺も好きだよ。」
鼻血が出るかと思った。
いや、多分出てた。
だって幸村が、あたしに極上の笑顔と牛乳をもう一つくれたから。
晴れて想いが通じてから、何度か二人で遊びに行った。俗に言うデートだ。
幸村はあのテニス部の部長であり、とても忙しい身だというのに、時間を作ってあたしにかまってくれる。
一見弱々しい感じだが、デート中は疲れなど微塵も感じさせないで、本当に楽しそうに過ごす。
だが幸村の持つ独特の感性は、一緒にいればいるほど理解に苦しんだ。
記念すべき初デートは『人体の不思議展』。腸類にやたら詳しくて、30分弱は立ち止まって話していた。そのあと幸村が買ってきてくれた牛乳は、なんだか美味しくありがたく感じた。
セカンドデートは『寄生虫博物館』。2回目にして急激にレベルが高くなった。気持ち悪いね、とか言いながらも、見たこともない顔で微笑んでいた。
寄生虫よりもそれに驚きを隠せなかった帰りに幸村が、落ち着くからと言ってカフェでホットミルクをおごってくれた。残念ながら美味しく飲めなかった。
今日は3回目のデート。今度はどんなグロテスクスポットに連れて行ってくれるのだろうか。
「着いてからのお楽しみ。」
そう言い放たれてから電車に乗り、4つめの駅で降りた。
「お腹空いてるよね、先に何か食べよう。」
そう言って入ったのは大きなデパート。真っ先にエレベーターに乗り、最上階で降りた。
「わぁ…」
目の前に『北海道』の看板、美味しそうなにおい、そして多くの魅力的な売り場が。
物産展というやつだ。
「これだけあると迷うね。」
そう言いつつも幸村は、まるで最初からお目当てがあるかのように足早に歩みを進める。
「あっ」
幸村の後に続いていると、なんとも心惹かれるものが目に入った。
「どうしたの?何か欲しいものでもあった?」
「うん、あれ美味しそう!」
どれ?と言われてあたしが指をさしたのは牛乳プリン。牛乳瓶の中に入ったプリンで、ふわふわとろとろと書かれている。
「…食べたい?」
「うん。」
「じゃあ、ちょっと待ってて。」
そう言うと、牛乳プリンのコーナーへと歩いていった。
あたしに食べたいか聞く前に、ものすごく小さな声で「そうきたか」と言ったのが気になった。
牛乳プリンの他にも色々買い、食料を調達したあたし達は近くの大きな公園に行った。
「あそこに座ろう。」
池の側の、木で作られたテーブルと椅子があり、そこに腰掛けた。天気も良くて、時々吹く風が気持ちいい。
買い物袋を開け、幸村チョイスの海鮮三昧弁当と牛乳を取り出す。
「いただきます。」
どうでもいいけど、幸村とのデートでは必ずと言っていいほど、いや、100%牛乳を飲んでる気がする。あたしはそこまで牛乳が好きってわけじゃないけど、きっとあたし達が付き合うようになったきっかけが牛乳だから、幸村はいつも牛乳を選ぶんだろう。
そう考えると、海鮮三昧弁当とミスマッチにもほどがある牛乳も、やっぱり特別なものだって思えて、美味しく感じる。
「美味しそうに飲むね。」
タイミング良く幸村に言われ、少し咽せた。優しく笑う幸村が陽に照らされ、ドキッとした。
こんなに優しくてかっこいい人と両想いなんて、幸せ以外のなにものでもない。
「伝説のハジケリストは本当に牛乳が好きなんだね。」
「幸村ほどじゃないよ。毎回牛乳飲んでるし、学校でもたまに二つ飲んでるよね。」
「うん、俺は牛乳好きだよ。体に良いし。でも…」
海鮮三昧弁当を置いて
「牛乳を美味しそうに飲む伝説のハジケリストの方が、もっと好きだ。」
“ゾウさんの方がもっと好きです”みたいなニュアンスなのか何なのか、いやしかしものすごく恥ずかしいことを言われた気がする。しかもサラッと言った。これ以上ない甘い目であたしを見てサラッと言った。
付き合い始めてから初めて、こんなに甘いことを言われた。というか、幸村の新しい一面を見た気がする。
それどころか、ときめき過ぎて固まってしまったあたしに
「付いてる。」
と言って手を伸ばし、口の端に付いてた何かを取って食べ始めた。
「あ、ありがとう…」
自分でも顔が、酒でも飲んだかのように赤くなっているのが分かる。もういっそあたしごと食べてくれ、そんな感じで心の中でテンションがブチ上がる寸前だった。
「ねぇ、伝説のハジケリストは俺と牛乳どっちが…いや、なんでもない。」
明らかに『俺と牛乳どっちが好き?』って聞こうとした。そんなの幸村に決まってる。ちょっと寂しそうに笑う幸村を見て、なんだか胸がきゅーっとなった。
「幸村の方が好きだよ?」
それを聞いた幸村の笑顔は、今までで一番甘かった。もうこっちが溶けて無くなってしまいそうになるほど甘かった。そんなもの見てしまったらもうテンション上がり過ぎて、そこの池にダイブして君が好きだと叫びたい。
しかしそんなことをしたら確実に捨てられるので、必死に平静を装う。
嬉しくて、幸せ過ぎて、顔の緩みまではどうにもならなかったけど。
食事を終え、公園内を散歩することにした。幸村の今日の本当の目的は、ここの公園にあるクチナシを見ることらしい。
この公園は大きなお花畑があって、季節によって違う花が咲くそうだ。
しばらく歩くと、真っ白で立派な沢山の花が見えた。
「いい香り!それにすっごく綺麗!」
「喜んでもらえた?」
「うん!」
「よかった。あ、今伝説のハジケリストが触ってるのは一重咲きのクチナシだよ。もうちょっと先に行くと八重咲きがある。」
「へぇ~」
またしても新しい一面を見た気がした。幸村は花が好きなこと、ガーデニングが趣味であること、虫を平気で触れること等。
知れば知るほど、好きになる。
「伝説のハジケリスト。」
呼ばれて振り返ると、そこには真剣な顔の幸村。牛乳といい、クチナシといい、幸村には白が良く似合う。
「なに?」
幸村がどんどん近付いて来て、あっという間に視界からクチナシが消えた。
真っ直ぐな目で見られ、肩には綺麗だけど大きくて骨っぽい手が置かれた。
ファーストキスは、クチナシの花に囲まれてするんだと、ロマンチックでうっとりした。さぁ、目を閉じて答えようと、半分まで閉じた時だった。
「俺は伝説のハジケリストが好きなんだ。俺と、付き合って欲しい。」
あれ?
「最初はただのクラスメイトだと思ってたよ。当番の日に牛乳が好きだって俺に言ったよね?あの時からなんとなく伝説のハジケリストを見るようになった。でも、いつも健康的で、牛乳が好きで美味しそうに飲む子だなってくらいにしか思わなかった。」
あれれ?
「牛乳をあげた時から、伝説のハジケリストは俺を誘ってくれるようになったよね?最初は牛乳くれたからいい人なんだと思われて、心を開いているんだと思った。友達は大事にしたいし、女の子の親しい友達ができて嬉しかった。だから俺は、遊ぶたびに伝説のハジケリストが好きな牛乳をあげたんだ。」
いやいや、ちょっと待ってくれ、そう口に出そうとするも、幸村ワールドはどんどん展開されていく。
「でも一緒に過ごしていくうち、俺はどんどん君に惹かれていった。だからもう、牛乳が無くても俺と一緒にいたいって思ってくれればって…」
と言いつつ今日も牛乳の力借りちゃったんだけどね、はは、と言って幸村が笑った。
さっきまでブチ上がっていたテンションが一気に落ちた。両想いになって付き合っていたと思っていたこの数週間、まさに勘違いだったのだ。あたしの勇気は何だったのか。
幸村と遊べば牛乳が飲めると思ってあたしが幸村を誘っていたのだと、そう思われていたわけだ。
子どもか、あたしは。
「一緒にいるうちに、伝説のハジケリストが俺の彼女だって、何回も錯覚しそうになった。」
そりゃあ錯覚するわ。こっちは彼氏のつもりで接してたんだから。つーかこっちはモノホンの錯覚してたんですけどね。
「それほど、一緒にいて居心地が良いんだ。だから、これからも隣に居て欲しい。…返事は、どうかな。」
どうかなもなにも!かなりショックなのは否めないが、結果オーライみたいな感じにはなっている。
まぁよく考えたら紛らわしい告白だったから、あたしも悪かった。そして何より、幸村の美しい顔を見ていたら、もうどうでもよくなってきた。
「あの…こちらこそよろしくお願いします。」
「じゃあ…」
幸村の目が、大きく開いた。
「うん、あたしも幸村が好き。しかもかなり前からね。」
よかった、とか嬉しい、の代わりに幸村はあたしを抱きしめた。本当ならドキドキして、最高に幸せな瞬間なんだろうけど、あたしはやっぱり複雑だった。いや、幸村が好きなのには変わりないけど。
もうこうなってくると、幸村ワールドが全て正解な気すらしてくる。ちょっと疲れることもあるけど、この人について行けば間違いないとこの状況で思えるあたしはドMなのだろうか。
その後、幸村から聞いたクチナシの花言葉。
『私はあまりにも幸せです』
勘違い期間中のあたしを思うと、かなり笑える花言葉だ。とんだハッピー野郎だ。それがまた何とも言えなかった。
終わり
【後書き】
今までマネージャー設定ばかりだったので、幸村という人間をあまり知らない立場だった場合の話も書いてみました。だからどうってわけでもないのですが。
久々に書きましたが、最低具合がグレードアップしたような気がします。
最後までお付き合い頂いてありがとうございました。