氷帝生活
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前に話題だったものが、一部の間でまたブームが再発するのはよくあることで、今回はガッシュというマンガがそれに当てはまる。
元々がっくんが持っていて、マンガが好きなジローと宍戸とあたしで回し読みが始まった。
そこで今回、その中に跡部も加わっている。ジローが熱烈に薦めてて、部活の後「キヨマロがお前にちょっと似てんだって!今すぐここで読んでよ!」とか言い出して、仕方なく読んだら感銘を受けたらしい。
『マンガもバカにできねぇな』
フッと笑って1巻を閉じた姿はとても印象深かった。
ただ、ジローが言った清麿と跡部が似ているというのは、友達云々の話なのだろうか。そしてガッシュを読んでから、いっそうジローに甘くなった気がするのはあたしだけ?
まぁとにかく、今こうして練習の合間にドリンクを配っている時も、がっくんや宍戸がドリンクを取りに来がてら
「伝説のハジケリストお前どこまで読んだ?」
「ビクトリームが出てきたとこ。」
「宍戸は?」
「俺は伝説のハジケリストの後だから、今日同じとこに追いつく。」
こんなふうに、ガッシュの話題で持ちきりだった。
「つーかよ、前に芥川が跡部と清麿が似てるっつってただろ?」
「あぁ、そういやんなこと言ってたな。」
「俺的に、フォルゴレのが似てると思うんだけど。」
がっくんが半笑いで言うと、宍戸も
「分かる気するぜ。あいつの理性が無くなったらあんな感じだよな。」
クツクツ笑いながら言った。なんてことを言うんだと思いつつ、
「二人ともヒドイでしょ。」
あたしも笑ってしまった。
「誰がフォルゴレだ。アーン?」
驚いて後ろを振り返ると、腕を組んで仁王立ちした無敵のフォルゴレ…じゃなくて、跡部が立っていた。
「うわっ、出た!」
「フォルゴレだ!」
「ちょっと、二人とも失礼だよー」
「そうやって笑ってるお前が一番失礼だけどな。」
言いたい放題言って、それでも遠慮がちに笑っていると、いや、遠慮がちだったのが良くなかったのかもしれない。いっそ爆笑してればよかったのかもしれない。
「おいジロー!」
跡部がジローを呼ぶと、
「どしたー?」
珍しく起きて練習に参加していたジローがやってきた。
「あ、ドリンク配ってんじゃん!オレにもちょーだい!」
「はい、どうぞ。」
「サンキュー!」
すると、ドリンクを飲むジローに、跡部が何やら耳打ちした。
何を話しているのか気になってると、急に跡部がいってよしのポーズを宍戸とがっくんに向け
「ザケル」
と言った。その瞬間、なんとジローが、二人めがけてブーッとドリンクを吹いた。
「Σおわっ!」
「きたねぇ!!」
ジローのザケルが飛沫となって、宍戸とがっくんのユニフォームを少し濡らした。
「へへっ☆命中~!」
「ジロー、よくやった。」
「つーかあたしの腕にもちょっと掛かったんだけど!」
「アーン?お前がそんなとこでボサッと突っ立てるのがわりぃんだろ?」
カチーン!こいつ超むかつく!と、あたしより先に思った被害者二人がいて、一歩前に出た。
「やりやがったな!おい向日!」
「おう!」
なんだかすごく息ピッタリだけど、果たしてどっちが何の魔物の子をやるのかしらと思っていると
「ギガノゾニス!」
「テオザケル!」
見事にバラバラだが、どうやら二人とも本の持ち主をやりたいという気持ちは一緒らしい。
「おい!どう考えてもお前が魔物だろうが!」
「はぁ?ふざけんなよな!お前の方が魔物だろ!帽子被ってるしよ!」
「帽子カンケーねぇだろ!つーかお前なんつった?」
「テオザケルだよ!」
「知らねぇよ!誰の技だ!」
「え、お前知らねぇの?!ゼオンだよゼオン!」
「知らねぇっつってんだろうが!まだそこまでいってねぇんだよ!」
ゼオンだったら、がっくんの方が合ってるんじゃない?髪型的に。って言いたいけど、ヒートアップする二人の間には、あたしの入る隙など微塵もない。
「つーか宍戸、お前は何て言ったんだ?」
「ギガノソニスだよ。」
「何だよそれ。誰の技?」
「誰ってお前バリーだろうが!まさか忘れたんじゃねぇだろうな?」
「バリー…?」
「ヒゲのオヤジがパートナーで、すげぇ強いけど戦う目的みてぇなモンがなくて…先が曲がった角みてぇなのが二本生えてるヤツだよ!」
宍戸の説明は下手だけど、あたしは分かった。なるほど宍戸が好きそうな魔物だ。
がっくんはまだ思い出せないらしく、「え~?」とか言ってる。宍戸がお前マジで1巻から読み直せよ、なんて言ってると
「お前ら、コンビネーションがなっちゃいねぇな。」
「オレと跡部完璧だC~」
「クソクソ!お前らは打ち合わせしてたじゃねぇか!」
「おい向日、耳貸せ。」
跡部とジローに背を向け、何やらごにょごにょ話し始めた。その時あたしには、
「え?俺が?けどあいつらと被るじゃん。」
「お前の身長が丁度いいんだよ。そして本物はこっちだっつーことを教えてやろうぜ。」
と言ったのが聞こえた。
跡部は余裕、といった感じで腕を組んで待ち構えており、ジローは腹を掻きつつ、宍戸とがっくんを見つめながらドリンクをコクコクと飲んでいた。
ていうか、何やってるんだろう。
そんなことを思いつつ、あたしも二人の様子を見ていると
「ザケル!」
突如として宍戸が振り返り、いってよしのポーズ、そしてがっくんが口からドリンクを、跡部とジローめがけてブーッと吹いた。狙ったのは跡部の顔面らしく、がっくんのザケルは気持ち上向きに噴射された。
が、
「つめて!」
「フン、甘いんだよ!」
余波がジローにかかりつつも、跡部は華麗に避けた。避けたんだけど。
「あ…」
全然気付かなかったけど、跡部のすぐ後ろにいたらしい、榊監督に命中していた。
跡部に用があって、後ろから歩いてきた。そして話し掛けようとした瞬間、こんなことになってしまったのだろう。
監督の顔には、ザケルという名のドリンクが滴っている。
ジロー以外の全員が、顔面蒼白になっていた。
「ははは!カントクもろにかかてんの!おもしれ~!」
こともあろうか監督を指さして、腹を抱えて爆笑するジロー。
「バカ!笑ってんじゃねぇ!監督、失礼しました。これは俺の責任です。」
ジローの頭をひっぱたいた上で無理矢理頭を押さえつけ、ジローと一緒に頭を下げる跡部。
宍戸もがっくんも、やべぇ、という顔で監督の前に並んだ。もちろん、ドリンクを配ってて、しかも止めないで見てたあたしにも責任があると思うので、持っていたタオルを監督に渡してから一緒に並んだ。
「監督、すみませんでした!」
「すみませんでした!」
宍戸もがっくんも謝って頭を下げ、監督の言葉を待った。
「お前達、何をしていた。」
「はい。口論になった宍戸と向日の頭を冷まそうと思い、ジローに水を掛けさせました。」
まぁ、間違ってるけど嘘ではないよね、って思ってると
「ひゃっく!」
誰かがしゃっくりした。
「それで?」
「はい。そこで和解することができ、ドリンクを飲みながら会話をしていたのですが、その会話の内容がユーモラスであったため、我慢できずに吹いてしまった、というのが事実です。」
「ぅひぃっく!」
ちょっと!!!
シリアスかつ緊迫した雰囲気の中、響き渡るマヌケな声。お願いだからやめて、笑っちゃう。誰だよこんな時に、と思って、顔を少しだけ横に向けて発信源を探した。
「俺がいながら、部活中に私語を許してしまったこと、反省しております。」
「ひぃっく!」
ジローだった。共に並んで頭を下げている宍戸は拳を固く握りしめ、この絶対に笑ってはいけない地獄に耐えていた。がっくんも、肩を震わせ必死に耐えている。
「この無礼に対する罰を受ける所存です。」
「っひゃん!」
駄目だ、あたしには耐えられない。でも跡部が必死に謝ってくれてるのに、笑うなんて絶対できない。耐えろ、耐えろ耐えろあたし!
そう思えば思うほどおかしくて、下を向いて体を震わせてしまう。
「っひょん!」
喉の奥で必死に笑いを堪えていると、あたしの体がよほど震えていたのか、隣にいるがっくんが、肘で強めにあたしを突いた。
けれど、こういうのは感染していくもので
「監督、何か罰を。」
「ひゅっ!」
(お前マジでヤメロ!俺まで笑う!)
(だって!)
声が出せたら、がっくんとあたしはそう言ってるところだろう。宍戸も頭を下げつつ、ちょっと斜め下を向いて震えていた。
もうこれが充分な罰だと思う。
そんな思いが通じたのか、
「罰を与えるつもりはない。」
監督の言葉に驚き、顔を上げようとしたけど、
「ひぃっ!」
無理だった。
「跡部に免じて今回は許そう。楽しいことは良いことだが、ケジメはつけるように。跡部」
「ひゃうっ!」
返事しちゃった!もう今にも吹き出してしまいそうな自分を、必死に押し殺す。お願いジロー、後少しだからおとなしくしてて!
「はい。」
「次の練習試合の件で話がある。練習が終わり次第私の所へ来なさい。以上、行ってヨシ!」
あぁ、今ザケルのポーズしてるんだなって思うと、さっきのことを思い出してもっと笑いが込み上げてくる。でもあとひと息、頑張らなきゃって思って
「ありがとうございました!」
「っひゅんっ!」
全員一瞬顔を上げ、深々とお辞儀をした。
監督がコートからいなくなった後、解き放たれた笑いが、もう止めどなく溢れ出していた。
「お前ら、笑い事じゃねぇんだよ。」
怒る跡部に
「すまねぇな、跡部。助かった。」
涙を浮かべてお礼を言う宍戸。
「けどよ、あれはねぇって。」
「確かにあれは卑怯だよね。」
「ホントだよ!俺あとちょっとでヤバかったし。おい芥川!お前のこと言ってんだよ!」
「わりーわりー!けどしょうがねぇっしょ!出ちゃうもんは出ちゃうんだし。」
わりーとか言う割に、悪びれた様子もなく無邪気に笑うジロー。
「ったく。もうこんなマネすんじゃねぇそ。」
「つーか先にやったの跡部じゃねぇ?」
「岳人、何か言ったか?」
「…言ってません。」
今回のことは本当に反省するべきことだし、みんな一応懲りたようだった。そして部活中のザケルは禁止ということで、みんなは練習を再開した。
あたしは、また一つ下らない思い出をコートに刻んでしまったと反省しながら、ジローとがっくんのザケルを雑巾で拭いたのだった。
終わり
【後書き】
ガッシュを知らない人が読んだら、分けワカメ意味ピーマンですね。
ジローに清麿に似てると言われ、「ジローのヤツ、俺をこんな風に見てやがったのか」と嬉しくなり、ジローに対して更に愛情深くなります。そんでジローがガッシュに見えてくればいい。
跡部は何だかんだで結局巻き込まれているタイプだといいなーなんて思います。中でもジローには振り回されっぱなし。ですが、跡部と損得勘定無しで付き合ってくれる彼等ですので、跡部もジローや宍戸、がっくんを含め、部員をどんな些細なことからも全力で守ろうとするわけですね。
良きライバルであり良き友達。ドライな氷帝もいいですが、私は仲良しな氷帝が好きです。
ここまでお付き合い頂いてありがとうございました。