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席替えをして、白石の隣になった。顔を合わせば挨拶をするし、友達を交えて世間話をすることもある。
でも、こうしてお隣さんになって、サシでたくさん話す機会が与えられたのは初めてだった。
容姿端麗成績優秀、おまけにあのテニス部の部長。彼は一体どんな人なんだろうか。
これは、彼を自分なりに理解し、あたしが彼と打ち解けるまでのお話。
◎1日目◎
白石はおかしい。前々からおかしいとは思っていたけど、それは「もしかしてこの人ヘン?」くらいの曖昧なもので、けれど今回は、決定的にヘンなのだ。
具体的にどこがヘンかというと
「おはようさん。」
整った顔とモデルのような体型、それを際立たせるためのはずの装いが、
「おはよう。つーか…それなに…??」
「なにて、見ての通り翼やん。」
ヘンなのだ。
一見して普通のうちの制服なんだけど、両手に持っているのはそんなのどこで売っているのだろうかという、わりと大きなロウでできた翼だった。
「で、なんで翼持ってんの?」
「ギリシャの英雄イカロスや。」
目を伏せ、憂いを帯びた表情でそう言ってきたけど、答えになっていない。
これ以上追及するのも面倒なので
「そう、すごいね。」
とだけ返した。すると、わざわざ私の横に立ち
「イカロスはな、太陽に近づこ思て、ロウでできた翼背負って飛ぶねん。」
ロウでできたその翼を広げ始めた。
「せやけど、翼は太陽に溶かされ、イカロスは地上に落ちてまうねん。人間は所詮人間、神様には近付けんいうことや。」
だから、何だと言うのだろうか。イカロスの話をあたしに聞かせてくれたのかなんなのかよく分からないけど、翼が邪魔で、白石の後ろの席の謙也が遠回りして自分の席を目指しているのが見えた。
「へぇー、イカロスドンマイだね。」
さして興味も無いけど、とりあえずイカロスを労うと
「お前何しとんねん!朝から無駄に迂回させよって!めっちゃ邪魔なんやけど!」
ようやく謙也が辿り着いた。その時、助かった、と、心のどこかで安心した自分がいることに気付いた。
これ以上、何をどう返せばいいのか、あたしには分からなかったから。
「おう謙也、おはようさん。」
「はいおはようさん。つーかお前それアレやろ、イカロスやろ。しょーもな!」
朝からすごいなぁ、やっぱ白石に突っ込めるのは謙也だけたわ、なんて思いながら二人を見ていると
「せっかくやし、今日一日持っとったらええやん。ほしたらお前のことイカロスて呼んだるわ。おいイカロスー」
謙也が怒濤の突っ込みを入れ、それに感心していた矢先
「Σあたっ!!」
なんと白石、いやイカロスが、自慢の翼で謙也をどついた。
「なにすんねん!伝説のハジケリストの代わりに突っ込んだったのに!つーかそれ硬!」
「せやな、悪かったわ。でもちゃうねん。」
「なにがちゃうねん。」
「もうええわ。」
そう言うと、何が気に入らなかったのか、白石は翼を謙也にそっと手渡して自分の席に座った。
「なんやねんホンマ。これお前にやるわ。」
「え」
イカロスの翼を渡されたけど、あたしもこんなものもらっても困るので、白石に返そうとした。
けど、両肘をついてそこに顎を乗せ、なんだか物思いに耽ってるようだったので、話し掛けづらかった。
一体彼は何故イカロスで学校に来たのだろう。そして何故こんなに哀愁を漂わせているのだろう。あたしには全く理解できない。
いざ近くにきてみて、白石という人がますます分からず、これから先が不安になった。
◎2日目◎
今日の白石は普通だった。
ただ、
「おはようさん。」
「おはよう。それ、どうしたの?」
「それってどれ?」
「そのマスクみたいなやつ。」
真っ黒い立体マスクを付けていた。白石の顔を見ながら、そのマスクをどこかで見たことあるような、でも思い出せないという気持ちの悪さを感じていた。
ていうかどれ?って、そのマスク以外に疑問に思うところはどこにもないと思うんだけど。
「あぁ、これか。これは竹炭マスクいうて、花粉とかウイルスを99.5パー以上分解してくれる優れもんなんやで。」
「へぇー」
静かに、でも嬉しそうに語る白石。まるでテレビショッピングのように分かりやすい説明だ。そういえば前、健康グッズを集めてるとか集めてないとか、そんな話をしたことがあったっけ。
そしてその竹炭マスクの機能がとても気になるのは確かで、けれどもそのマスクをどこで見たかをまだ思い出せず、あたしは頭を悩ませていた。
「せや、伝説のハジケリストには特別にコレやるわ。」
「何?」
そこで白石が取り出したのは、薄いピンク色のマスクだった。
「今流行のデザインマスクや。機能もバッチリやで。」
「でも、いいの?」
「お近付きの印や。受け取ってくれるか?」
「うん。」
「そらよかったわ。」
にこっと笑う白石を見て、やっぱりこの人基本は良い人なんだって思う。
「俺が付けたるわ。」
「いいよ、自分でできるし。ていうか今しないから。」
「ええから。」
そう言ってマスクを広げ、あたしの顔に近付けてきた。ついでに白石の顔も物凄く近くて、反射的に目を閉じた。
あまりの近さに、緊張というよりも、笑いが先行してしまう。そんなに近付かなくてもいいのにってくらい近くて逆にウケる。
耳に柔らかいゴムが掛けられ、鼻から口元に掛けて温かさを感じ、そこから白石の手が離れると
「目、開けてええで。」
そう言われて目をゆっくりと開けた。
「どや、似合うやろ?」
目の前には鏡があり、そこにはワンポイントのブタの鼻マークが眩しいマスクをした自分がいた。いや、もうマスクというか、これが本来の自分というか、見事にしっくり来てしまっている。
「ホンモンのブタさんみたいでかわええで。」
殴りたい、グーで。さっきまでいいヤツかもなんて思っていた自分がバカだった。そんな時
「おはようさん…って、ブタさんやん。」
謙也が来た。あたしの代わりに白石に突っ込んで欲しいという期待を込めたけど
「あ、伝説のハジケリストか。てっきりホンモンのブタさんかと思ったわ。教室で育てて、最終的に食うか食わんかの討論させられるんちゃうかーってな。」
「朝から失礼だな、殴っていい?」
白石同様に腹の立つ絡みをしてきた。でも、謙也には思いきり言えるから不思議だ。そんなことを考えていた直後
「俺は食うで。性的な意味で。」
「Σ( ̄□ ̄;)!!」
白石の下ネタに更に驚いた。この人も下ネタ言うんだ…
「つーかお前のその黒マスクなんや、幽白の鴉か。」
「そうだ!鴉だ!」
今まで自分が思い出せなかった、見たことのある何か。そう、それは幽遊白書の鴉。戸愚呂チームにいたあの鴉だ。
「あースッキリした。」
「なんやねんいきなり。」
「いや、それがずっと思い出せなくてね。」
「そんなのも思い出せんて、お前も甘いわ。」
「ど忘れしただけだし!」
「はいはい言い訳は結構や。まぁ、上には上がいるっちゅー話や。」
「うぜぇ!じぶんだってこないだローズウィップ思い出せなかったくせに!」
「おい鴉、ブタさんがブーブー鳴いてんで。」
「めっちゃかわいいやん。」
ムッとして白石を見ると、まるで動物を見る時のムツゴロウさんのような目をしていたので、この人は心底バカにしてこのマスクをあたしに与えたわけではないのかもしれないと、そんな気がした。
「でもブタやぞ?普通の女子はそんなんもろたら腹立つで。」
「何でや。」
「何でって、デブー言われてるようなもんやろ。なぁ?」
振られたあたしは、白石に悪気は無いと確信し始めているため、答えに困った。
「そか。そんなつもりやなかったんやけど…ごめんな。」
「あ、気にしないで。謝られると逆にツライ。」
「そや、もう一個あんねん。」
そう言って、もう一つマスクを取り出した。
「これならええやろ。」
これならいいと差し出してきたのは、派手なヒョウ柄のマスクだった。
「はは!お前悪趣味やな!そんなんあゆがしててもおかしいで!」
「あゆて。今はくーちゃんやろ。」
「俺にもマスクくれよ。あ、その鴉のはいらんで?」
「お前にはやらん。」
「何でや!」
「自分の胸に手ぇ当ててよう考えてみ。」
そんな二人のやり取りを聞きながら、最初にもらったこのブタマスクの方が、全然いい。そう思っていた。
この二つのマスクに関して、突っ込みたいことが多すぎる。けれど謙也と違ってあたしには何となくそれができないでいた。
本当に白石は趣味が悪いのだろうか、もしこれが本当に白石の趣味だったら何も言えない。あたしにはまだ、そこの見分けがつかない。白石の冗談と本気の境目は分かりづらい。
白石に近付いたと思ったら、また更に謎を深めてしまったような、そんな気がした。
◎3日目◎
今日は謙也が先に来ていて、何故か私の席の横に立っていた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「ていうか、何それ?どういうつもり?」
丁寧な標準語に、安っぽいテロテロのスーツみたいなのを羽織り、蝶ネクタイみたいなのがついた胸元に片手(バスの運転手がつけてるような白い手袋をつけている)を当て、お辞儀しだした。
「今日は天気がよろしいようで。陽も出てポカポカしてはりますわ。まるでお嬢様の頭のように。」
「余計なお世話だし。分かった、執事でしょ。」
「正解でございます。」
口の端を少し上げて気持ち悪く笑ってみせる謙也。笑いが取りたいのか怖がらせたいのか、最早意味不明だ。
「キモい!」
「キモいとはなんや!今流行の執事やで!女子の憧れやん。あ、お前女子やなかったな。すまんすまん。」
「マジぶっ飛ばす!つーか謙也が執事とか嫌だし。」
「何でや!」
「全てにおいて急がされそう。」
「そうや、スピードスターは甘ないで!着替えもメシも40秒で支度せな!」
「ドーラかよ(笑)」
そんなこんなで謙也の執事ごっこはすぐに崩れ、朝っぱらから笑わされていると
「おはようございます。」
白石がやって来た。だが、
「ちょ、おま、何カブっとんねん!」
「あなたこそ私の真似をしないで頂けますか?」
謙也と同じく、ヘンな蝶ネクタイにテロンテロンのスーツ、そして白い手袋を付け、胸元に手を当てて挨拶をしてきた。
「どうせお前も小春かユウジに借りたんやろ?ここまでがっつりカブるとはな。」
「何のことでしょう?あ…もしよろしければ、いい病院を紹介しますが?」
「頭の検査しろってか?つーかもうええわ、もうこれ以上やってもお前がイタイだけやぞ。」
謙也に言われた白石は、ふぅとため息をついて自分の席に鞄を置いた。
「なんかすごいね。二人とも別に打ち合わせとかしてないんでしょ?」
「してるわけないやん。コンビやあらへんし。なぁ?」
「せやで?どっちかっちゅーと、謙也も俺もツッコミやしな。」
「で、なんで今日は執事にしようと思ったわけ?」
すると謙也が、
「せやから水嶋ヒロやー言うてるやろ。」
と言って、またお辞儀をしてきたので
「お前が水嶋ヒロになれると思うなよ。」
静かに言ってやった。すると白石が
「はは、キビシイな。でも、水嶋ヒロより俺のが男前やろ?」
なんて言ってきたが、そう言われればそんな気もするし、何しろ女子の間で白石は高嶺の花的な存在(何故かみんな遠くから見てカッコイイと言うだけ、まぁ中には告る子もいるらしいけど)であるので、シャレになってない気がする。
返答に困っているあたしを見かねたのか
「アホか。お前が水嶋ヒロより男前やったら、俺なんかどないすんねん。もう普通に道歩かれへんやろ。」
「ブサイク過ぎてか?」
「ブサイク過ぎて犯罪や、むしろブサイク通り越して猥褻物やで。そら道歩いとったら捕まってまうわなぁっていい加減にせぇよ!」
「謙也ええで、今日のお前は最高や。」
謙也のノリツッコミが冴えている中、白石はそれを受け流す。あたしはというと、よく笑わずにいられるなぁと感心するばかりだ。
「なんやねんまた。」
せや、と言って、謙也はあたしの方を向くと
「水嶋ヒロにはさすがに敵わんけど、テニスしてる時の俺らはなにげにイケとんねんで?白石なんかは部長やし、こんなでも部活ん時はみんなのことまとめとんねん。」
「へぇー」
「暇やったら見にきたらええやん。な?」
「せやな。けど、どうせなら試合見てほしいな。」
「あぁ、それがええやん。部活よか試合のが見てておもろいやろ。」
「エクスタシーな試合、見せたるで。」
え?
「ごめん、今なんて言った?」
ものすごくヘンな単語を聞いた気がするけど…
「エクスタシーな試合、見せたるで。」
エクスタシーって何。ていうかこの人たちテニス部だよね?テニスの試合でそんないやらしいことするのかしら。某中学卓球部のように、ハミチンサーブとかするのかしら。
そんなことをグルグル考えていると、あたしの肩に謙也が手を置き
「そこはあんま気にせんといて。」
そう言った。
テニスをしている白石を見れば、彼がどんな人なのか分かるのかもしれない。けれど、知るのが恐い気もする。
二人のエセ執事に囲まれながら、白石に対する興味が少し大きくなったのを感じた。
◎4日目◎
「おはよう。」
教室に入り自分の席に行くと、辞書を持った謙也と会った。ちなみに白石はまだ来ていない。
「おはようさん。」
「なんで辞書持ってんの?」
「今日一時間目国語やし。辞書忘れてもうたから、千歳に借りてきた。」
「あ!!」
「なんや、どないしてん。お前も辞書忘れたんか?」
「教科書忘れた…」
辞書はロッカーに入れてあるからいいとして、宿題のために持ち帰った教科書、それを忘れてしまったことに気付いた。
「借りに行かなきゃ。」
コートも脱がないまま、慌てて教室を出ようとすると
「ちょい待ち。」
謙也にそれを阻まれた。
「なに?」
「白石に見せてもろたらええやん。」
「え、いいよ、悪いし。」
「なに遠慮しとんねん。」
「だって迷惑じゃん。謙也ならまだしも。」
そんなあたしの言葉に、謙也はしばらく腕を組んで何か考えていた。
そして
「お前…白石苦手やろ?」
いきなり核心をつかれ、心臓がドキリと音をたてた。
「なんで?」
「いやな、席替えした時から思っててん。誰かおったら普通に話しとるけど、白石とサシでってなるとかたくなっとるし。まぁよくよく考えたら、みんなで話してる時もあんまし絡んどらんわな。」
そこから、名探偵謙也の推理が始まった。
「ほんで俺には手厳しいツッコミ遠慮せんと入れて来よんのに、白石のボケには対応できとらん。お前ともあろう奴がや。」
「なにそれどういう意味?」
「誉めとんねん。で、本来のお前なら笑てるところも笑てへん。せやからお前が白石を苦手にしとるんちゃうかな、と思ってんけど。」
「苦手っていうか…」
前々から自分の中で、なんとなく感じてきた違和感を、あたしは謙也に話すことにした。
「どこまでが本気でどこまでが冗談か分からないし、それに対してどう突っ込んでいいのか分からない。まだそこまで仲良くないし。」
「なるほどな、絡みづらいっちゅー話やな。」
その時、あたしの中でカチリと何かがはまった。
「そう!絡みづらい!それだ!」
今まで感じていた違和感の正体、それは仲が良いとか悪いとか、それ以前のものだった。そう、白石は絡みづらいんだ。
「まぁ確かに、あいつの狙ったボケほど対応に困るもんはないな。あいつは天然でやらかす時こそ真価を発揮するタイプやのに、本人気づいてへんからタチ悪いねん。」
「白石って天然なの?」
「せやで。周りが濃いから普段はツッコミ寄りになりがちやけど、ちょいちょい天然発揮すんねん。」
「じゃあ初日のイカロスは?あれも天然?」
「あれはどう考えても狙ってたやろ。その結果見事スベってたな。慣れんことするからや。」
謙也の話を聞けば聞くほど、初日からの白石の行動が分からなくなってきた。
それに、白石が天然ということについても想像ができない。
そんなあたしの心中を察したのか、謙也がため息をついて
「これ、言うていいか分からんのやけど…」
ためらいながら、でも何かを吹っ切ったように
「今回の場合は言うた方がええと思うから、言うわ。」
少し小さな声で話し始めた。
「白石な、お前と仲良くなりたいんやて。」
「えっ、そうなの?」
「せやから初日からあんな真似してきたんやで?お前にツッコミ入れて欲しかったんやと。」
「それにしたって、最初から大胆過ぎるでしょ。」
「そこが天然なんやて。変なトコ不器用やねん。ほんで、そん時は白石がどういうつもりであんなことしたんか分からんくて、俺が突っ込んでもーたやろ?」
「うん。」
「あの後何で機嫌悪なったのか聞いたら、俺がお前より先に突っ込んだからやったっちゅー話や。」
「でも謙也がいなかったら、あたしではとても突っ込めないよ。」
次々と分かる真相に、白石に申し訳ないことをしたという反省の心と、仲良くなりたくて頑張っていたという事実に対する喜びが、心の奥からむくむくしてきた。
「せやろ?せやから俺が助けてやったのにあいつホンマ。」
「で、マスクは?」
「おお、あれな。あいつも色々考えたみたいで、変なギャグかますより、プレゼントあげた方がええと思ったらしいわ。」
「あのセンスは?」
「ブタは本気でかわええと思っとったみたいやねんけど、ヒョウ柄はジョークやろ。」
「そうなの?でも白石の趣味なんてあたし知らないし、突っ込みづらくない?」
「分かるわ。ボケやと思って突っ込んだら傷付けてもうた、とか嫌やしな。けどな、白石の場合例え本気でも突っ込んだったらええねん。」
「傷付いたらかわいそうじゃん。」
「あんま誉めたくないけど、あいつはんなこと気にするような小さい器やないから大丈夫や。俺かてお前に失礼なこと散々言われとるけど、むしろ楽しい雰囲気やろ?」
「まぁそれは、謙也とはサシでもいっぱい話してるからじゃない?お互いをよく知ってるわけだし。」
「まぁな。せやけど、お前が本気で人が嫌がるようなことを言わんから、俺かて笑いにできるわけや。」
謙也のその言葉に、なんだかくすぐったくなった。まさかそんなことを思っててくれたなんて。
「大丈夫、白石に対しても同じようにできるて。それともなんや、実は苦手どころか嫌いか?」
「嫌いじゃないよ!むしろ興味津々!」
「意気揚々やな。そらよかったわ。」
「じゃあちょっと勇気凛々で白石に絡んでみようかな。」
「よし、その意気や。元気ハツラツでゲットしてこい。」
「分かった。オレはあいつと旅に出る!」
「もうええわ。」
そんなやり取りをし、心がふっと軽くなったところで、あたしは疑問に思っていたことを謙也に聞いてみた。
「ところで、なんでそんなに親身になってくれてんの?」
そしたら
「俺とお前と白石で色々話せたら絶対楽しいやん。」
普通にそう返されて、友達っていいなって、この瞬間心底感じた。
あたしも、そうだねって言おうとしたら
「お、来たで。今日のお前のミッションは、教科書を見せてもらうことや。」
謙也と話す前まで迷っていたのが嘘のように
「はい、博士!」
あたしは元気良くそう答えていた。
「いつまでポケモン引っ張んねん。まぁ検討を祈るわ。」
こうしてあたしは、守りから攻めに転じることになった。自ら積極的に白石に絡むべく、白石が席につくのを待っていた。
今日の白石は、見る限り普通の格好で、普通に歩いて来ている。
と思ったら
「いつでも~さがしているよ~どっかにき~み~の姿を」
歌っていた。
「ゴミ箱の上、ゴミ箱の中、こんなとこにいるはずもないのに~」
「ゴミ箱しか探してねぇじゃん。」
思わずそう突っ込んでしまうと、白石は満足そうに微笑み、
「おはようさん。」
と言って席に着いた。あたしも白石におはようと言ってから謙也と目を合わせ、軽く頷き合って小さく深呼吸をした。
そして
「ねぇ白石、悪いんだけど今日国語の教科書見せてくれない?」
本日のミッションに取りかかった。仲良くなりたいと言ってくれた白石に、あたしからも歩み寄る最初の一歩を踏み出した。
「別にええで。忘れてもうたん?」
「うん。」
「ほな机くっつけんとな。」
快く承諾してくれたので、ホームルームが終わった後、お互い机を寄せた。
いつもよりもぐんと近い距離に白石がいて、少し緊張する。
「お腹の音鳴ったらごめん。」
「俺も鳴るねん。せやから合奏したるわ。」
「やな合奏なんだけど。」
「そうか?むしろ演奏終了後はクラスメイト全員スタンディングオベーションや。」
「じゃああたしも心込めるわ。」
「頼むで?」
謙也と話す時みたく、自然に心から言葉を出せてきている。これならもう大丈夫かもしれないなんて思っていると、先生が来て授業が始まった。
指名された生徒が、前回の続きから教科書を読んでいく。それを目で追って内容を理解しなきゃいけないんだけど、あたしは妙にそわそわしてしまって、内容が頭に入ってこない。
そんな中、白石は落ち着いた様子でページをめくった時だった。
「Σ( ̄△ ̄;)!!」
なんと、挿絵の少年達全員に、ポニーテールが付け足されていた。髪の毛の部分はボールペンで、しかもわざわざご丁寧にリボンも赤いボールペンで描かれている。
教科書の落書きは自分もするけど、何故全員ポニーテールなのだろうか。
チラッと白石を見ると、小声で
「ちゃうねん。」
と言ってきた。
「なにが??」
「や、ホンマにちゃうねん。」
だからなにが違うというのか。問い詰めたい衝動に駆られるも、今は授業中であり、机をくっつけてる状況でただでさえ先生からして目立っているので自重した。
それでも好奇心を抑えきれず、今開いているページを押さえながら、他のページも見てみた。
「…っ!(笑)」
なんと、他のページの挿絵全て、老若男女、人間動物問わず全てにポニーテールが施されていた。
シュール過ぎる。
思い切り笑いたいけど、それはできない。あたしはただただ俯いて、迫り来る爆笑地獄に耐えていた。
授業が終わって、先生が教室を出た後。
「笑いすぎや。」
机を元に戻しながら、あたしはやっと声を出して笑っていた。
「だってありえない!全部ポニーテール!」
「ええやん、ポニーテール。男のロマンの一つやで?」
「でもなんで全部??」
「一人三つ編みもおんねん。」
そう言って、最初の方のページを開いて見せてきた。そこには確かに一人三つ編みをした(ていうか描かれた)中年男性の写真があって
「なんでその人だけ?(笑)」
「分からん。その時そういう気分やったんちゃう?」
この教科書が、今日のために仕組まれたものとは思えない。笑いを取ろうと思って描いたワケじゃなく、ただ暇だったからなんだろう。
横で真面目に授業を受けてると思いきや、真面目にこんなものを描いていたなんて。
「楽しそうやん。俺も混ぜてくれ。」
謙也が身を乗り出してきたので、白石の教科書の落書きを見せた。
「なんやコレ!お前の落書き、暗いんか明るいんか分からんわ。一見しておもろいけど、見方によっちゃあ恐ろしいわな。」
「ポニーテール好きすぎてこうなっちゃったみたいよ。」
「はぁ~、見境無いなぁ。」
「いや、ちゃうねん。ホンマ暇やってん。」
「暇やから言うてもなぁ。」
「けどこれ捨てないで取っておいた方がいいよ!宝だよ宝!」
「せやな。これぞ予言の書や。」
謙也と色々突っ込んでいると
「謙也の自作ねりけしも取っといたらええやん。」
白石が反撃に入ったので、今度はそっちに便乗することにした。
「え、あんたそんなことしてんの?」
「せやで。謙也の机の隅っこに穴開いとるやろ?あそこに消しゴムのカスとのり詰め込んで、ぎゅうぎゅう押して練っとんねん。」
「小学生の頃はよく男子がやってるの見かけたけど…」
「かわいいやっちゃな。」
白石と二人で謙也を温かい目で見つめると
「なんやその目は!しとらんわアホ!んなこと言うたらお前かて消しゴムに好きなアイドルの名前書いてるやろ!あれこそ恥ずかしいわ!」
こんどはあたしに矛先が向いてしまった。
「なんでまたそんな?」
「消しゴムに好きな人の名前書いて、使いきったら両想いになれるんやと。せやけど相手アイドルやで?ホンマさみしい奴やわ。」
「乙女やなぁ……ちょっとかわいそうやけど。」
「うるさいうるさい!」
この後もしばらく二人にいじられて、こいつらうぜーって思ったけど、久しぶりに腹の底から楽しんだ気がした。
白石が天然だということもなんとなく分かったし、それに加えて少し不思議というか電波というか、そんなところもあるってことが分かった。
これからもまだまだ対応に困ることはあると思うけど、白石との距離はだいぶ縮まったと思う。
そう感じてるのはあたしだけじゃないといいなって思いながら、笑顔を交わしたのだった。
◎5日目◎
昨日の謙也の助けもあって、白石との距離が近付き、ただのクラスメイトから仲の良い友達になりつつあることを実感していたあたしは、学校に行く足取りも軽かった。
白石も、もう頑張って慣れないボケをしなくても大丈夫と感じたのか、今朝は普通だった。
今日は一時間目に体育の授業があるから、雑談する余裕が無かったっていうのもあるけれど。
着替えを終えてグラウンドに出ると、係の子がだるそうにハンドボールをカゴに用意したり、ラインを引いたりしていた。
他は座り込んでしゃべったり、ボールで遊んだりしていて、あたしも誰かとおしゃべりでもしようと足を進めると、肩をツンツンとつつかれた。
振り返るとそこには白石がいて、ジャージのお腹部分が不自然に膨らんでいた。
「ちょお相談あるんやけど。」
どうせ「妊娠してもうてん」とかベタなこと言うんだろうなと思ったので
「産めばいいと思う。」
先手を打つと
「ちゃうねん、俺やなくて謙也のことやねん。」
憂いを帯びた瞳に、少し困ったような声で言われたので、真剣な話をしたいんだと分かった。
なんだか申し訳なくなり、
「どうしたの?」
あたしも声のトーンを落とした。
「実はな…」
白石が目を伏せて語り始めようとしたその時。
「なんやお前ら、こんなとこにおったんか。」
ジャージの胸部分をパンパンにさせた謙也が、その胸を押さえながら走り寄ってきた。
「ほれ見てみい!うらやましいやろ!」
そう言って嬉しそうに胸部を自慢してきたが、ハンドボールが狭いジャージに収まりきるのは難しく、左が少々下にずれている。
「なんなら触ってもええで!」
誰かこのバカを止めて下さい。
そう思って白石を見ると
「謙也、でかければええっちゅーもんやないで?」
そう言いつつも両手で触っていた。白石に触られている謙也はというと
「まぁ実際こんなんおったら胸部だけに恐怖やろな。」
「つまんねぇよ!何上手いこと言った、みたいなオーラ出してんの?!残念ながら上手くねぇよ!」
サムい発言をしてきたので、つい全力で突っ込んでしまった。
「なんや、俺の爆乳に嫉妬か?」
「大丈夫や、ここまではさすがに無理やけど、俺が近付けさしたる。任せとき!」
「白石の手は魔法の手やで。包帯取ったら力解放されるねん。ちゅーかお前腹どないしてん。何ヶ月や。」
「8ヶ月や。もうボコボコ動くで。」
そして腹をボコボコ動かして見せた。
「おう、そういやお前も腹どないしてん。もうすぐ産まれそうやん。」
今度はあたしの腹を見てきた。しかしあたしはジャージにボールを入れていない。
「貴様らさっきから好き勝手いいやがって…SATSUGAIするぞ!」
「お、クラウザーさんや!」
「クラウザーさんが地獄から来よったで!」
そして謙也の自慢のバストと白石の8ヶ月目の腹を、手をグーにして上から叩き落としてやった。
すると謙也が
「俺のバストが!」
胸から落ちて転がっていくボールを追い掛けて行った。
「謙也!俺のも頼むわ!」
「なんでや!自分でやれ!」
「スピードスターが拾った方が早いやろ!」
「よっしゃ!任せとき!」
謙也を乗せて球を拾わせる白石を見て、さすがあのテニス部の部長をやっているだけはあると思った。
「で、相談てなんだったの?」
「や、もうええねん。」
「なにそれ、超気になる。」
「その調子でもっと俺のこと気にしてくれてええで。」
「意味分かんない。」
しかめっ面するあたしの頭に、白石がポンと手を乗せてから
「そろそろ整列や。」
グラウンドの中央へ歩いて行った。
その時あたしの胸が、きゅんと音を立てた気がして
今まで白石に対して思うようにいかなかったのは
白石の反応を気にしすぎていたのは
白石を知りたいと、興味を持ったのは
あたしが白石を、意識していたからで
でもそれがどういうものか、分かってなかった。
「謙也ごめん。」
「いきなりなんや気持ち悪い。」
この瞬間から、それは決定的なものになった。
目指す場所が、仲の良い友達から違う場所へ
「とにかくごめん!」
「意味わからん。」
となりの席の白石を、あたしは好きになってしまったから。
終わり
【後書き】
ほら微妙。
ちなみに白石の相談とは、謙也が胸にボールを入れてるところを見ていたので、「謙也が女になってもうてん。好きになってもうたらどないしよ。」みたいなことを言おうとしていたのでした。
が、謙也が早いタイミングで来てしまったので言えず。
ですが、彼女の気を引けたということで、とっさに機転を利かせたのでした。
白石蔵ノ介、お前は一体どんな男なんだ…
やっぱりダブルスのテニ様やるしかないかな。
最後まで微妙でしたが、お付き合い頂きましてありがとうございました。
2009/03/13.15.17.19.21.23の日記より