白い世界で、君と
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“~なのに”
という言葉は、この人には通用しないみたいだ。
「ねぇ、こんな寒いのにどこに行くの?」
「寒いからこそっしょ!」
「雪だっていっぱい積もってるのに…」
「いっぱい積もってるからこそなんだって!」
こんな調子で、さっきから“~なのに”という言葉が、“~だからこそ”に変えられてしまう。
人や車が通って、雪が薄くなっている道をジローに引っ張られて歩く。
いつもはゆっくり歩くのに、今日はどんどん前に進んでいく。
昨日から雪が降り始め、今朝起きたら辺り一面真っ白だった。
そんな時
「遊び行こう!」
元気な声のジローから電話があった。
ちょうど部活もないし、あたしは結局ジローに甘いから。
だから今、こうして手を強く握って歩いている。
「ねぇ、どこ行くの?」
「学校!」
「え?!今日休みだよ?!」
「休みだからこそ、じゃん☆」
ジローが何を考えているのか、何がしたいのか分からない。
けど、
こんなに楽しそうにされたら、止められないじゃない。
途中、マンホールのところで滑りそうになったけど、ジローが支えてくれたから助かった。
「危ね~。大丈夫?」
「うん、ありがとう。ところで、何でそんなに急いでるの?」
「早くしないとなくなってっかもしんねーじゃん!」
何か忘れ物でもしたのかな?そう思っていると、角を曲がり、校門に差し掛かった。
「よーし!行くぞ!」
「え?ちょっ…」
更に早歩きになり、校門を抜けた。
校舎内に入るエントランスを無視し、どこか別の場所に向かおうとしている。
「どこ行くの?今日は職員玄関も閉まってるよ?」
ジローはパッとふり返り、
「テニスコート☆」
最高の笑顔でそう答えた。
「うわぁ……」
テニスコート一面に、真っ白い絨毯が敷かれているようだった。
足跡一つ無い、真っ白な世界。
「マジすっげ~!!俺いっちばーん♪」
「あー!あたしも!」
コートの入り口の鍵を開け、一目散に走り出す。
雪に足を取られながら、どんどん奥へと進んで行く。
「ねぇ、何でジローがコートの鍵持ってるの?」
「昨日跡部に借りた!」
「ふーん…」
あの人も結局、ジローには甘いと思う。
「なぁなぁ、何笑ってんの??」
「…別に!さて、雪だるまでも作ろうかな。」
「あ、そうだ!素手じゃ手ぇ痛くなっちゃうから、これ付けて!」
そう言って、ジャンパーのポケットから軍手を出した。
ジャンパーに付いてる大きめのポケット、内側に付いてるポケット、ジーンズのポケットから、軍手が合わせて8枚も出てきた。
「二枚重ねにするといいよ!」
あたしの手を取ると、丁寧にかぶせた。
ジローは意外と手先が器用で、優しい触れ方をする。
と言っても、手だけで触れることなんてあんまりなくて、全身でくっついてくるから。
だから今、少しドキドキした。
「ありがとう。」
「へへっ、どういたしまして!」
それから、ジローとあたし、それぞれ別の方向を向いて雪と遊び始めた。
小さく丸めた雪玉に、徐々に雪を重ねていく。
雪玉が適度に大きくなったところで、下に置いて転がして…
『ドンッ』
「えっ?!」
背中に何かが当たった。
コートがあるから、感触は鈍いけど、確かに何かが当たった。
「当たりぃ♪」
満面の笑顔のジローの手には、小さな雪玉。
あれがあたしの背中に当たったんだと、すぐに理解した。
「…やったなー!」
「へへー☆」
雪だるまの元である、持っていた雪玉をジロー目がけて投げたけど、すんなり避けられてしまった。
「俺は絶対当たんねーよー!」
「~っ!絶対当てる!」
宣言通り、なかなか雪玉に当たってくれないジロー。余裕すぎて、避けながらあたしに近づけるくらい。
「えい!」
「わっ…」
抱え込まれ、雪の上に倒されてしまった。
「参った?!」
「参ってない!」
あたしもわりと負けず嫌いだから、空いてる手で雪を拾って、ジローの顔にぶつけた。
「冷てー☆」
嬉しそうな顔。
あたしたちの雪遊びは、日が沈むまで続いた。
「服びしょびしょだね、風邪ひいちゃう。」
コートの鍵と一緒に付いてた部室の鍵。それを開けたいんだけど、手がかじかんでスムーズに行かない。
「早く早くー!」
「分かってるって…はい、開いた。」
二人一緒に急いで中に入り、あたしはすぐにエアコンを入れた。
自分のコートを脱ぎ、ハンガーに掛ける。ジローのコートも預かろうと思って、ふり返ると
「ちょっと!何やってんの?!」
「何って、服乾かしてんの。」
そこには裸で服を並べるジローの姿。確かに濡れた服を着たままだと、体温が奪われて風邪を引いてしまう。
けど、
「そのままでいないでよ!」
「別にいいじゃん。二人だけだC~。伝説のハジケリストも早く脱ぎなよー、風邪引いちゃうよ?」
ジローとはもう、何度も肌を合わせている。でも、こんなに明るいところで見る勇気は、あたしにはない。
「分かったから、とにかく何かで…あ、毛布!」
なるべくジローを見ないように、素早くソファに移動した。
「ほら、これにくるまってて!」
だいぶ前に、お昼寝用に用意してもらった毛布。それをジローに投げつけ、あたしは自分の膝掛けを持ってトレーニングマシンのある部屋へと逃げた。
やっぱり服は乾かさなければいけない。下着になってしまうけど、膝掛けにくるまれば問題ない。
ジローも、毛布を渡せばすぐに寝に入るだろう。
そう思って、ここは寒いし、濡れた服を乾かそうと、あたしもソファのある部屋へ戻った。
のに、
「お茶入れといたよ!」
ジローは普通に起きていて
テーブルには、ティーカップが二つ。湯気が小さく揺れていた。
服を干しながら、うちの部室の快適さを改めて実感した。あとはお風呂さえあれば、ここで生活できるんじゃないかってくらい。
「ねぇねぇ、早くおいでよー。そんなとこにいたら寒いっしょ?」
「あ、うん。」
膝掛けは思ったよりも小さくて、上半身を隠せば足が出てしまう。足を隠そうとすれば、もちろん肩と腕が出てしまう。
どちらかを出さねばならないのなら、足がいい。座ってしまえば見えないのだから。
そう思って、急いでジローの横に座り込んだ。
「エアコンあんまし効かないねー。」
「いつもは人が多いから、あったかく感じるんだね。」
「でも毛布があるからあったけーや。」
「それ、かなりいい毛布みたいだよ。」
そんな話をしながら、ジローが煎れてくれた紅茶を飲む。普通のパックのものだけど、冷えた体にゆっくり流れ込み、温かさを感じるには充分だった。
少しほっとして、ティーカップを置いた時、今度は体の外側があったかくなった。
「一緒に使おう。」
毛布を半分、あたしの肩に掛けてくれた。
さっきよりも、ぐっと距離が近くなる。
毛布というより、触れるジローの肌があったかくて
心地良い。
「今日いっぱい遊んだね。」
「俺一回も当たんなかったC~☆」
「悔しいなー。あたしばっか当たってさ。」
毛布の中で、体をあたしに向けたジローの手が、もぞもぞ動く。
その手は、あたしの頬を優しく包む。
「ごめんごめん、痛かった?」
その手は、とても温かい。
「ううん、冷たかったけど、大丈夫。」
そっか、と言って、にこっと笑う。
この表情が、あたしの心を溶かすんだ。
「あー…、……ごめん。」
「だから、大丈夫だって。」
「そうじゃなくて…その…」
視線を泳がせ、歯切れの悪いジロー。
なにがごめんなのか、ジローを見ながら考えてみたけど、
「俺、やっぱり我慢できない!」
「え、ちょっ、ジロー?!」
抱えられるようにして、体をソファに倒された。あたしの体を覆うのは、毛布じゃなくなって
ごめんの意味が、ようやく分かった。
「伝説のハジケリストあったけー…」
「ジローだってあったかいよ。」
「なぁ、ここじゃやだ?」
嫌だと言ったら、本当に止めてくれる。
でも
こういう時のジローは、すごく色っぽい。それに、あたしもそういう気分になってしまったから、
「ううん。やじゃないよ。でもその前に…」
明かりを消して。
ゆっくりと体温を分け合う。
優しく、強く、柔らかく。
ふと、肩越しに窓を見ると、また雪が降り始めていた。
「ジロー…」
「ん…?」
「明日も…、雪、積もりそうだよ…」
「マジ…?」
「うん…」
今ならあたしもこう言ってしまいそう。
“外が雪だからこそ”
真っ白な世界の中心で、たった二人きり。
積もった雪が溶けるほど、
甘く
愛して
終わり