白い世界で、君と
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
真冬の帰り道。空気はひどく冷たく、空はグレーでどんよりしている。
まるで、今のあたしの心みたい。
「やっぱりあたしはあの先生の教え方、分かりにくいと思うんだけど。手塚はどう思う?」
「あぁ、そうだな。」
「え、手塚も分かりにくいと思うの?」
「ん?何がだ。」
こんな調子で、さっきからあたしの話を聞いているふり。
「今日、寒いね。」
「そうだな。」
「今夏だもんね。」
「あぁ。」
「……。」
いつもはあたしの話を、どんなに下らないことでも一言一句漏らさず聞いてくれるのに。
「手塚。」
「……。」
「手塚ってば!」
「…すまない、どうかしたのか。」
今日は何か、別のことを考えているみたい。
「…なんでもない。」
「そうか。」
どうかしてるのは、手塚の方。
手塚はいつも、あたしの話を黙って聞いてくれる。
どんなに些細な話も、くだらない話も、「そうか」って言って聞いてくれる。質問したら、ちゃんと答えてくれる。
今日は、何かおかしい。
「手塚。」
「なんだ。」
「何かあったの?」
手塚の変化が分かるまでに、ずいぶん時間が掛かった。今でも少し分からない時があるくらい、手塚は顔や態度には滅多に出さない。
弱音なんて絶対吐かないで、いつも自分一人で戦ってるから。
そんな手塚に対して、あたしの前でくらいは甘えて欲しいと、そう思うけど。
それでは、本当の意味で手塚を支えていることにはならない気がする。
手塚の気持ちを汲んで、読んであげなきゃいけないんだって
分かってる。
けど、あたしはそこまで大人になれないから、不安になる。
肘を怪我したことも、あたしには言わなかった。
肩の療養で九州に行くことだって、あたしにはギリギリまで教えてくれなかった。
大石がうっかりあたしに言わなかったら、いつまで黙ってたつもりだったのか。
今だってそう。
「別にどうもしない」と言ったけど、手塚はあたしに何かを隠してる。
また、一人で何かを抱え込もうとしているのかな。
手塚にとって、あたしって何なんだろう。
そんな考えが膨らんで、
そのうちに、あたしの足は止まってしまった。
それでも、手塚は気付かずに先へ歩いていく。
今のあたしたちの心みたい。
3メートルくらい離れたところで、やっと気付いて振り返った。
「伝説のハジケリスト。」
「来ないで。」
歩み寄ってくる手塚に対し、自然とそう、口にしてしまった。
本当は、来て欲しいのに。
「具合でも悪いのか?」
「悪いのは手塚でしょ?」
一度出してしまったら、あとはもう、どんどん溢れてしまうだけで。
「いつだって、何を考えてるのか教えてくれないし、」
止めることはできない。
「大事なことも言ってくれない。」
白い息が、大きくなる。
「今日だって、様子が変だから気になって…でもやっぱり何も言ってくれない。」
寒さで鼻が、ツンとする。
「あたしバカだから、言ってくれなきゃ分からないよ…。」
視界が滲んで、息が詰まる。
「伝説のハジケリスト…。」
本当は、こんな風に言いたかったんじゃない。
手塚の前ではいつだって笑っていたい。
そう思うのに。
手塚がつらい時、ただそばに寄り添ってあげるだけでいい。
分かってるんだけど
苦しい。
「俺はまた、お前に心配を掛けてしまっていたようだな。」
手塚は、目を伏せながらそう言った。
あたしは下を見てるから分からないけど、きっと悲しい顔をしていると思う。
そんな顔、させたくないのに。
「お前にはいつも笑っていて欲しい。だが、上手くいかないものだな。」
目の前に、手塚の靴。
まだ顔を見上げることはできなくて、手塚のコートのボタンを見つめる。
すると、
「先日、初めてアクセサリーショップというものに入った。一人で恥ずかしかったんだが、伝説のハジケリストに似合うと思って。」
鞄から、縦に長い、綺麗なラッピングが施された箱を出し、あたしに差し出した。
「これをいつ、どうやって渡そうか考えていたんだ。」
喉が熱くなった。
「すまない。逆に不安にさせてしまったようだな。」
溢れそうな何かを抑えながら、
「ううん、あたしこそごめん。ありがとう…開けてもいい?」
「あぁ。」
包装を丁寧に剥がし、箱をゆっくりと開ける。
するとそこには、細めのチェーンの、ゴールドのネックレス。手に取ると、小さめの四つ葉のクローバーが、キラキラと揺れている。
「伝説のハジケリストは俺のことをよく理解してくれている。だが、いつも我慢しているだろう。」
視界がぼやけて
頬が冷たい。
「我慢する必要はない。」
「でも…!」
やっと見上げた手塚は、とっても優しい顔をしていて
「もっと歩み寄りたいと思うのは、俺の我が儘だ。それに応えてくれないか。」
手塚が、こんなに話すのなんて滅多になくて
本当の気持ちを、手塚の考えてることを知れて
嬉しくて
「手塚の我が儘なら、何でもきいちゃうよ。」
自然と笑顔が溢れてきた。
それと同時に。
「手塚…」
ゆっくり、優しく
「今日は寒いな。」
抱きしめられた。
「それ、さっきも話した。」
包み込まれて、護られてるような
「そうか。」
そんな感覚。
あたしも手塚の背中に手を回そうとしたら、もらったネックレスがあって。
「ねぇ手塚。ネックレス付けてくれる?」
「分かった。」
向き合ったまま、あたしの首に腕を回す。
身長差があるから、少しやりにくそう。
「できたぞ。」
「ありがとう。」
「…よく似合っている。」
今度こそ、あたしが。
手塚の背中に思い切り腕を回し
「大好き。」
小さい声で呟いた。
恥ずかしくなって、手塚の胸に顔を埋めると
「伝説のハジケリスト。」
「何?」
「雪だ。」
見上げると、手塚の肩に、一つ、また一つ落ちてきた。
「本当だ。うわー、すごいね。」
「どうりで寒いと思った。」
今年の初雪は、手塚の肩越しに
今年の初雪は、手塚と一緒に
今年の初雪は、手塚からのプレゼントと
今年の初雪は、手塚と距離をぐっと縮めて
来年の初雪も……
終わり