お題DE夢小説
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
この時期の雨は、じとっとしていて不快指数が高い。蒸し暑いしベタベタするしで、密室にだけは入りたくない。
のに、
「む、また同じ問題を間違えているではないか。人の説明を聞いていなかったのか?」
「聞いてたけど…。」
「聞いていたなら間違えるはずなかろう。しゃきっとせんか。」
「だってー。」
「だってではない。もう一度やり直せ。」
テスト前だからといって、真田の特別レッスンを受けるハメになってしまったのだ。前回が赤点だったということもあって、部室にこもってみっちりやられている。
「ねぇ、暑くない?」
「確かに蒸すな。」
「でしょ?だからもう今日はやめよう!」
「それとこれとは話は別だ。心頭滅却すれば火もまた涼し。」
「涼しいわけないじゃん。バカ。」
「バカとは何だ。話しとらんで問題に集中しろ。」
集中しようにも、こうも暑くてはだれてしまう。その上大が付くほど苦手で嫌いな数学を目の前にし、窓ガラスを叩き割りたい衝動に駆られる。
「ねぇ、帽子にキノコとかカビとか生えないの?」
「生えるわけなかろう。」
「えー!うそ!生えてそうなのに。」
「失礼な奴だな。ちゃんと清潔にしている。」
「ふーん。」
「いいから問題を解かんか。」
火もまた涼しとか言っていたけど、暑いのは真田も同じらしく、真田らしい地味な色のオッサンハンカチで汗を拭っていた。
教えてくれとたのんだわけじゃないけど、こうして勉強を根気強く教えてくれているのだ。空回ることは多いけど、真田はこう見えて結構イイヤツだ。
でもそんなことはこの際関係ない。
とにかく暑い。
「もうダメ…降参。」
「まだ三問しか解いてないぞ。」
「真田にとっての三問とあたしにとっての三問は違うんですー。」
「分からない問題は聞けと言ってるだろう。」
前だったらこの時点で怒り、説教を始めただろう。でも、蓮二に言われて改めたらしい。だから真田に勉強を教わること自体は、前ほど嫌ではなくなった。
「分からないとこ聞いたとしても、今日はもう無理。暑くてこんなんじゃ集中できないもん。」
「では図書館へ行くか?」
「やだ。」
真田の眉間にしわが寄り、目を閉じて小さくため息をついた。
「真田だって暑いでしょ?」
「俺は暑くない。」
鼻の頭に汗かいてるよと言ってやろうかと思ったけど、暑さでだれきっていてそんな気にはなれなかった。
「分かった、じゃあこうしよう。」
「なんだ。」
「家に帰って、電話で教えて。あたしがかけるから。」
そうすれば、クーラーの効いた涼しい部屋で快適な勉強ができる。あたしって何て頭がいいんでしょう。
「それでは電話代がかかるだろう。それに、実際にお前が問題を解いていく過程を見ていなければ、どこでどう間違ったかが分からんではないか。」
「じゃあ家来る?」
「なっ…!」
目を見開き、とても驚いている様子だ。何なんだ一体。暑いからやめてくれ。
「それが一番じゃん。家庭教師しに来てよ。」
「何を言っている!嫁入り前の娘が男を部屋に上げるなど、お前の両親が許すわけなかろう!」
「はぁ~?じゃあ真田の家は?」
「俺の部屋だと?!」
部屋なんて一言も言ってないのに、勝手にヒートアップされても困る。ホント暑いからやめて欲しい。
「ちょっと落ち着いてよ。暑い。で、真田の家ダメなの?」
「す、すまない。駄目ということもないが、嫁入り前の娘が男の部屋に入るべきではないと。」
「もう、そんなの別にいいじゃん。考えすぎだって。あたしんちでいいから行こうよ。」
「それはならん!」
気遣いが空回ってる真田にうんざりしつつ、筆箱をしまおうとするとまた真田が叫び出した。
蒸し暑さと勉強のストレスも後押しし、あたしもついに真田に対してイライラがピークになった。
「あーもう!なんでよ?!あたしだったら気にしないからいいってば!」
「お前が気にせんでも、俺が気にする!」
「え…?」
真田はハンカチで汗を拭うと、咳払いを一つして言った。
「気になっている異性の部屋に上がるには、心の準備がいるだろう。その逆もだ。」
告白とも取れるその言葉に、あたしは何て答えたらいいか分からない。
今まで真田をそういうふうに考えたことなかったし、まさか真田がそうだったなんてこれっぽっちも思わなかった。
蒸し暑い部室内に気まずい空気がいっぱいになったところで、真田が口を開いた。
「混乱させてしまってすまない。だが、これが俺の正直な気持ちだ。」
「うん…。」
「今日はもう帰ってもいい。明日からは蓮二に教わってくれ。」
そう言って立ち上がる真田を、今度はあたしが呼び止めた。
「あ、あの…」
止めたはいいけど、言葉が見つからない。でも、あんな表情されたら、止めずにはいられなかった。
言葉を無理矢理に探してでも、今のあたしの気持ちを正直にぶつけなければならない。
「真田の家行きたい!」
「……また人の話を聞いてなかったのか?」
「そうじゃなくて」
暑さで思考が上手く働かない中、思った言葉が自然に出て行く。
「あたしはまだ、真田のことそういう“好き”じゃないけど、これから分からないから。」
真田を好きになる要素はたくさんあって、それに気付いてなかったのかもしれないと、単純なあたしは告白されてからそう思う。
「だから、もっと一緒にいたい。これがあたしの今の正直な気持ち…。」
言っていて恥ずかしくなって、真田から視線をそらした。
「伝説のハジケリスト、お前の気持ちは良く分かった。だが、まだ部屋には入れられん。」
「どうして?」
「どうしてもだ。」
「絶対に?」
「絶対に。」
なんだかあたしがフラれたみたいな感じになっている。なんでこいつは部屋に関してこんなに頑ななんだ。
「分かったよ。じゃ、帰ろう。」
真田ともう少し一緒にいたかったのは確かだけど、死ぬほど真田の家に行きたいかと聞かれればそうでもないのでここは引くことにした。
荷物を持って部室を出ると、雨のせいか中よりも涼しかった。ビニール傘のスイッチに手を掛けると、真田が大きく咳払いをした。
「両手が塞がると不便だろう。だから、その…」
「入れてくれるの?」
「あ、あぁ。」
皇帝と呼ばれる男が、相合い傘一つでこんなにうろたえるなんて。ショボさも全国レベルだ。
けど、なんか嬉しい。
傘の下で手が触れるたびに様子がおかしくなりながらも、あたしが濡れないようにと傘を寄せるもんだから、真田の肩とテニスバッグが濡れている。
それを見ながら、あたしも真田を本格的に好きになっちゃうにはそう時間が掛からないかもしれないと、そう思った。
そんな雨の日。
終わり