短編
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「**おねえちゃん」
「百之助くん、どうしたの」
「別に……。それよりその顔」
「あっああ、うん……。私、ドジだからまた何かお父さんの気の障ることしちゃったみたい」
「……」
私の腫れた頬を表情を変えずに触るこの子は、一年ほど前村にこの子のお母さんと共に移り住んできた。顔には出さないが心配をしてくれているのが手つきから分かる。私の家はこの子の家とは反対に父しかいない。村の中でも片親の子供は浮いた扱いを受けるので自然と百之助くんと私は仲が良くなった。それまで一人だった私は同じような境遇の子が現れたので人一倍彼を可愛がっていた。私がいくつか年が上だったのも相まってそれは輪をかけた。
「百之助くんのおてて、冷たくって気持ちいいね」
「……」
「あっ、そういえば村の丘近くに野ウサギがいたんだよ!百之助くん一緒に探しにいかない?」
「……」
「そんな、心配しなくても大丈夫だよ……」
彼はずっと黙ったままで目には光がない。
「……もうすぐ冬がくるね……。百之助くんお鍋好きだったよね。百之助くんのお母さん、料理上手だから羨ましいな」
「母さんは、あんこう鍋しか作らない。父親の好きなあんこう鍋しか」
「そっか」
「母さんは父親のことしか考えてない。けど毎日あんこう鍋を作って待ってるけどきたことないんだ。……ねえ**おねえちゃん、愛がないまま生まれた子供は駄目な子なのかな」
空っぽの表情の小さな少年の問いに胸がきゅっと締め付けられる。まるで合わせ鏡のような私たち。二人して欠落しているならば私たちは互いに磁石のように一緒に惹きつけあう仲なのではないか。そして落っことしてしまったナニカを埋められることもなく延々と傷を慰めあう、そんな──
そこまで考えて私はその思考を振り払った。私は目の前の幼く愛しい少年を抱きしめる
「そんなことないよ。私が百之助くんのこといっぱい愛してるもん。村長さんとこの長男坊よりも、山の上の鈴木さんとこの生まれたばっかの赤ちゃんよりも、軍人さんのとこの子供よりも、日本中の誰よりも百之助くんは愛されてるし愛してるよ」
「……」
「……私だけじゃないの。いつか百之助くんはこの村を出てきっと何にも代えがたいようなそんな百之助くんを愛してくれる人と出会うよ。そしてその人と夫婦になってその大好きな人と百之助くんに似た赤ちゃんが生まれるの。その後も百之助くんはずっとずーーっと愛されて幸せに暮らすんだ。私たちの親なんかよりずっと幸せにね」
「そんなの……」
「できるの!そう決まってるの!ね、だいじょうぶ、大丈夫だから」
抱きしめたままゆさゆさと体を揺さぶる。遠くで雉が鳴いたのが聞こえた
「**おねえちゃんは」
「ん?」
「**おねえちゃんは、どうするの」
「私?私は……」
実は私はもう遊郭に売られることが決まっている。早ければ来週私はこの村を離れ遠い地へ行く。今日人買いの男が家に来ていてそこでじっとしていないせいで殴られたのだ。一度そういった場所に女が足を踏み入れてしまえば容易くは戻ってこれないだろうことは子供の私でも分かる。不足している私には充足した未来など訪れることがないのは分かっている。この先この少年の未来をこれ以上見届けることも出来ないのは分かっている。その少年の未来も優しく光輝いているばかりでないのも……全て、分かっていたのだ。この世は、こんなにも非情だ
「私はね、百之助くんが幸せになってくれればいいんだ」
「答えになってないよ。なにするの」
「うーん、何しようかなあ。そうだなあ、まずは百之助くんと野ウサギを獲りに行く!よし!西の森まで競争だ」
「ええ、急だしずるい!待って!家から鉄砲持ってくる!!」
「じゃあ百之助くんのお家まで競争だ!」
ほら早く早くと一回り体の小さい彼を急かす。長い先の見えない未来なんてどうだっていいい。今あるこの今が尊くて愛しい。ああ、だけど神様、どうか愛 しいこの子の道先には温かな未来が待っていますように
「百之助くん、どうしたの」
「別に……。それよりその顔」
「あっああ、うん……。私、ドジだからまた何かお父さんの気の障ることしちゃったみたい」
「……」
私の腫れた頬を表情を変えずに触るこの子は、一年ほど前村にこの子のお母さんと共に移り住んできた。顔には出さないが心配をしてくれているのが手つきから分かる。私の家はこの子の家とは反対に父しかいない。村の中でも片親の子供は浮いた扱いを受けるので自然と百之助くんと私は仲が良くなった。それまで一人だった私は同じような境遇の子が現れたので人一倍彼を可愛がっていた。私がいくつか年が上だったのも相まってそれは輪をかけた。
「百之助くんのおてて、冷たくって気持ちいいね」
「……」
「あっ、そういえば村の丘近くに野ウサギがいたんだよ!百之助くん一緒に探しにいかない?」
「……」
「そんな、心配しなくても大丈夫だよ……」
彼はずっと黙ったままで目には光がない。
「……もうすぐ冬がくるね……。百之助くんお鍋好きだったよね。百之助くんのお母さん、料理上手だから羨ましいな」
「母さんは、あんこう鍋しか作らない。父親の好きなあんこう鍋しか」
「そっか」
「母さんは父親のことしか考えてない。けど毎日あんこう鍋を作って待ってるけどきたことないんだ。……ねえ**おねえちゃん、愛がないまま生まれた子供は駄目な子なのかな」
空っぽの表情の小さな少年の問いに胸がきゅっと締め付けられる。まるで合わせ鏡のような私たち。二人して欠落しているならば私たちは互いに磁石のように一緒に惹きつけあう仲なのではないか。そして落っことしてしまったナニカを埋められることもなく延々と傷を慰めあう、そんな──
そこまで考えて私はその思考を振り払った。私は目の前の幼く愛しい少年を抱きしめる
「そんなことないよ。私が百之助くんのこといっぱい愛してるもん。村長さんとこの長男坊よりも、山の上の鈴木さんとこの生まれたばっかの赤ちゃんよりも、軍人さんのとこの子供よりも、日本中の誰よりも百之助くんは愛されてるし愛してるよ」
「……」
「……私だけじゃないの。いつか百之助くんはこの村を出てきっと何にも代えがたいようなそんな百之助くんを愛してくれる人と出会うよ。そしてその人と夫婦になってその大好きな人と百之助くんに似た赤ちゃんが生まれるの。その後も百之助くんはずっとずーーっと愛されて幸せに暮らすんだ。私たちの親なんかよりずっと幸せにね」
「そんなの……」
「できるの!そう決まってるの!ね、だいじょうぶ、大丈夫だから」
抱きしめたままゆさゆさと体を揺さぶる。遠くで雉が鳴いたのが聞こえた
「**おねえちゃんは」
「ん?」
「**おねえちゃんは、どうするの」
「私?私は……」
実は私はもう遊郭に売られることが決まっている。早ければ来週私はこの村を離れ遠い地へ行く。今日人買いの男が家に来ていてそこでじっとしていないせいで殴られたのだ。一度そういった場所に女が足を踏み入れてしまえば容易くは戻ってこれないだろうことは子供の私でも分かる。不足している私には充足した未来など訪れることがないのは分かっている。この先この少年の未来をこれ以上見届けることも出来ないのは分かっている。その少年の未来も優しく光輝いているばかりでないのも……全て、分かっていたのだ。この世は、こんなにも非情だ
「私はね、百之助くんが幸せになってくれればいいんだ」
「答えになってないよ。なにするの」
「うーん、何しようかなあ。そうだなあ、まずは百之助くんと野ウサギを獲りに行く!よし!西の森まで競争だ」
「ええ、急だしずるい!待って!家から鉄砲持ってくる!!」
「じゃあ百之助くんのお家まで競争だ!」
ほら早く早くと一回り体の小さい彼を急かす。長い先の見えない未来なんてどうだっていいい。今あるこの今が尊くて愛しい。ああ、だけど神様、どうか
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