君が為
name setting
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
気付くとそこは薄暗い馬小屋のようなところだった。来ていた軍服は脱がされていて特に頭の鈍重以外、体に異変はない。拘束は腕と足に縄で施されていて若干の弛緩がある。これであれば縄抜けも出来そうだが……。
飲まされた薬の作用が未だ残っているせいか、思考が上手く働かない。ただ静寂に包まれている。ほのかに潮の香がする。駐屯していた宿からはそう離れてはいないだろう。鶴見中尉が危険因子を遠くに管理するはずもない。外に見張りが一名といったところか、人の気配がする。壁の隙間からオレンジの光が差し込んでいる。夕刻のようだ。一体自分は十何時間、もしくは何日寝ていたのか。一刻も早く今の日付が知りたい。尾形さんは既に合流地点にいるだろうか、合流までの時間は出来得る限り少なくしたかった。
だがその思考も強制終了を余儀なくさせられる。外から鶴見中尉の声が聞こえた。「もう行っていいぞ」、「はっ」との兵との短い掛け合い。鈍く痛む頭の奥で、必死に自身の恐怖を閉じ込めていた。
「いやぁ、お目覚めだね。**くん。どうしたんだ、ずいぶん疲れた顔をしている。丸一日眠っていたというのに」
「このようなことをして、許されると思っているのですか。大日本帝国陸軍第七師団、鶴見中尉殿。国への反逆行為です。すぐにこの縄を解きなさい」
このような立場関係ではあるが、正当性を誇示する。大丈夫だ。この状態で私を殺害してしまえば、すぐに本部、大佐が動いて鶴見中尉の隊は瓦解となる。まず間違いなく鶴見中尉は他軍隊隊員殺しの罪で投獄だ。
「さすがは第一師団の大佐の補佐を務められるだけはある。その孤高とも言える美しい姿勢、嫌いではない」
「解け、と僕は言いました。従いなさい」
弱みなど、決して見せてはならない。少なくともこの男にだけは見せてはならない。
「確かに、今貴殿を殺してニシンの餌にしてしまえば、内地の人間は黙ってはいない。だが、今のお前を不慮の事故で口の利けない人間にするという選択肢もある。息だけでもできていれば、あちらは満足だろう……」
「……、例え上層部の人間が大事にしたくはないと事を済ませても、大佐は事態をそのまま終わらせるようなお方ではない。千の軍勢が貴君の小隊を呑み込むことになる」
静かに言い放つと、鶴見中尉は少し刮目してみせた。そのままゆったりとした足取りでこちらへと近寄ってくる。
「少々驚いた。大佐補佐官殿は第一師団の大佐に愛されておられる自覚が十二分におありなようだ……」
「愛がどうの、ではなく、筋を通すお方です」
そう言った後、しばし膠着状態が続いた。かと思うと私の襟を掴み無理矢理座らせた。
「面白いことおっしゃいますな。実は、**くん、貴方にこの第七師団の補佐官として移籍し、共に働いてほしいのです。いかがか?」
鼻と鼻がつきそうなほどの距離で問いを掛けられる。縛られた縄が軋んだ。
「面白いことをのたまいますね。さっさと縄を解きなさい」
「……。」
「何を言われようが僕が、大佐を裏切ることなど絶対にするわけがない!」
そうだったのだ。私が、大佐を裏切るような行為をするわけがない。私はただ、大佐に生きていてほしい。ただそれだけ、ただそれだけなのだから、私は大佐を裏切ってなどない。
「それほどまでに、固執するのは、好い仲だからか?」
「は、……何を急に頓珍漢なことを」
何を言い出すのか、的外れなことを。大佐がわたしと好い仲だって?ありえない。大佐が、男 の私 を愛することなどありえない。だって、大佐は、大佐には──
「軍の中で、男色の流行りなどがあるのは認知していますが、大佐にはその気など微塵もありません。」
至極冷静に言う。
「大佐は仕事熱心ですし、誠実な方です。なにより、」
「参謀長大佐は二年前に嫁を娶っている」
「……ええ、ご存知なようで」
大佐には美しい、華族の出の奥方がいらっしゃる。お二人が並ばれているとまるで絵画を模したようだ、と師団では評されていた。見合い結婚で家同士が決めたものではあったが、奥方と大佐は互いに良好な関係を築いていた。お二人の祝言を見守る中、私は決めたのだ。かの御仁の笑顔と大佐を守り切って見せる、と。
「だが、当人同士が求めたことではないのだろう。家が決めたことだ。何より、上層のほとんどの人間は外に愛人を作る。それが、貴殿では?」
「だから、何度言えば分かるのですか。大佐は異性愛者だ」
「そうでしょうとも。だから、ね」
言うや否や鶴見中尉は私のズボンへと手を掛け、留めていた金具をそのままに無理矢理引きちぎった。
「何をッ、やめろ!」
着用していた下着はそのままに手だけを中へ這わせる。
「ただの噂が本当だったとは。嬉しい限りだ。ねえ、**くん」
「やめろ!私は男だ!その汚い手を離せぇッ!」
力一杯にあがいてみせた。事もなげに、スッと私から鶴見中尉は離れた。
「まぁ、我が隊の方は女の子でも大歓迎。軍に女とバレて追放されるよりかは、快適だ。検討してね、じゃあ」
それだけ言い捨てるとまた同じようなゆったりとした足取りでその場を後にしていった。私はフーッ、フーッと息を荒げたまま頭に上った血を元に戻すことだけに集中していた。
飲まされた薬の作用が未だ残っているせいか、思考が上手く働かない。ただ静寂に包まれている。ほのかに潮の香がする。駐屯していた宿からはそう離れてはいないだろう。鶴見中尉が危険因子を遠くに管理するはずもない。外に見張りが一名といったところか、人の気配がする。壁の隙間からオレンジの光が差し込んでいる。夕刻のようだ。一体自分は十何時間、もしくは何日寝ていたのか。一刻も早く今の日付が知りたい。尾形さんは既に合流地点にいるだろうか、合流までの時間は出来得る限り少なくしたかった。
だがその思考も強制終了を余儀なくさせられる。外から鶴見中尉の声が聞こえた。「もう行っていいぞ」、「はっ」との兵との短い掛け合い。鈍く痛む頭の奥で、必死に自身の恐怖を閉じ込めていた。
「いやぁ、お目覚めだね。**くん。どうしたんだ、ずいぶん疲れた顔をしている。丸一日眠っていたというのに」
「このようなことをして、許されると思っているのですか。大日本帝国陸軍第七師団、鶴見中尉殿。国への反逆行為です。すぐにこの縄を解きなさい」
このような立場関係ではあるが、正当性を誇示する。大丈夫だ。この状態で私を殺害してしまえば、すぐに本部、大佐が動いて鶴見中尉の隊は瓦解となる。まず間違いなく鶴見中尉は他軍隊隊員殺しの罪で投獄だ。
「さすがは第一師団の大佐の補佐を務められるだけはある。その孤高とも言える美しい姿勢、嫌いではない」
「解け、と僕は言いました。従いなさい」
弱みなど、決して見せてはならない。少なくともこの男にだけは見せてはならない。
「確かに、今貴殿を殺してニシンの餌にしてしまえば、内地の人間は黙ってはいない。だが、今のお前を不慮の事故で口の利けない人間にするという選択肢もある。息だけでもできていれば、あちらは満足だろう……」
「……、例え上層部の人間が大事にしたくはないと事を済ませても、大佐は事態をそのまま終わらせるようなお方ではない。千の軍勢が貴君の小隊を呑み込むことになる」
静かに言い放つと、鶴見中尉は少し刮目してみせた。そのままゆったりとした足取りでこちらへと近寄ってくる。
「少々驚いた。大佐補佐官殿は第一師団の大佐に愛されておられる自覚が十二分におありなようだ……」
「愛がどうの、ではなく、筋を通すお方です」
そう言った後、しばし膠着状態が続いた。かと思うと私の襟を掴み無理矢理座らせた。
「面白いことおっしゃいますな。実は、**くん、貴方にこの第七師団の補佐官として移籍し、共に働いてほしいのです。いかがか?」
鼻と鼻がつきそうなほどの距離で問いを掛けられる。縛られた縄が軋んだ。
「面白いことをのたまいますね。さっさと縄を解きなさい」
「……。」
「何を言われようが僕が、大佐を裏切ることなど絶対にするわけがない!」
そうだったのだ。私が、大佐を裏切るような行為をするわけがない。私はただ、大佐に生きていてほしい。ただそれだけ、ただそれだけなのだから、私は大佐を裏切ってなどない。
「それほどまでに、固執するのは、好い仲だからか?」
「は、……何を急に頓珍漢なことを」
何を言い出すのか、的外れなことを。大佐がわたしと好い仲だって?ありえない。大佐が、
「軍の中で、男色の流行りなどがあるのは認知していますが、大佐にはその気など微塵もありません。」
至極冷静に言う。
「大佐は仕事熱心ですし、誠実な方です。なにより、」
「参謀長大佐は二年前に嫁を娶っている」
「……ええ、ご存知なようで」
大佐には美しい、華族の出の奥方がいらっしゃる。お二人が並ばれているとまるで絵画を模したようだ、と師団では評されていた。見合い結婚で家同士が決めたものではあったが、奥方と大佐は互いに良好な関係を築いていた。お二人の祝言を見守る中、私は決めたのだ。かの御仁の笑顔と大佐を守り切って見せる、と。
「だが、当人同士が求めたことではないのだろう。家が決めたことだ。何より、上層のほとんどの人間は外に愛人を作る。それが、貴殿では?」
「だから、何度言えば分かるのですか。大佐は異性愛者だ」
「そうでしょうとも。だから、ね」
言うや否や鶴見中尉は私のズボンへと手を掛け、留めていた金具をそのままに無理矢理引きちぎった。
「何をッ、やめろ!」
着用していた下着はそのままに手だけを中へ這わせる。
「ただの噂が本当だったとは。嬉しい限りだ。ねえ、**くん」
「やめろ!私は男だ!その汚い手を離せぇッ!」
力一杯にあがいてみせた。事もなげに、スッと私から鶴見中尉は離れた。
「まぁ、我が隊の方は女の子でも大歓迎。軍に女とバレて追放されるよりかは、快適だ。検討してね、じゃあ」
それだけ言い捨てるとまた同じようなゆったりとした足取りでその場を後にしていった。私はフーッ、フーッと息を荒げたまま頭に上った血を元に戻すことだけに集中していた。