君が為
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なんでもできると思った。この方のお側にいれば、私は、黒い夜空さえ白く光る朝へと変えることだってできると、思っていた。私を拾って下さったあの日から、私という人間の全ては、大佐だった。あの方の喜びが、私の喜びであった。
だから、大佐の縁談が決まった時も、婚姻の儀が執り行われたときも私は、私の全てを持って祝福をした。……美しい花嫁であった。名家の長女ということで淑やかで華のある美人だった。芸事も嗜んでおり、大佐の隣に立つに相応しい女人であった。だが私の中には何か形容のできない、したくない感情が渦を巻いていた。それも当時はすぐに酒で洗い流したが………。
家庭を持った後も大佐は変わらなかった。基本的に軍の兵士は兵舎で過ごしていたし、家に帰るのは休日のみ。大佐はお忙しい身でもあられるので、結婚する前とあまり生活に変化は見られなかった。そうした中で私にも安寧が感じられた頃だった。そんなある日だった。大佐の病が、判明したのは。治療には時間と法外なまでの金が必要であるから困難であること。今はまだ大丈夫だが、いずれは軍に居続けるのも難しくなること。その時まで悪いが、職務を遂行するのを手伝ってほしいという旨を伝えられた。私はただ頷くのみで、無力であった。
──なんでもできると、思っていた。だが、実際の私は、あの日と変わらない路地に打ち捨てられた犬である。それからはただ淡々と言われたことをこなす日々だ。大佐のお側を離れるのは心苦しかったが、大佐の愛されたこの軍に癌が巣食うことの方が辛い。いや、内心私は思考を放棄していた。先のことを考えたくはないがために仕事に身を没していた。
「アイヌの金塊は相当な量だと聞いている。あんたのとこの大佐を救うにゃ充分な量だと思うが?」
悪魔は囁く。己が私欲を優先させ、お前自らが癌になるのだと。──だが、そうだった。私は、軍の為と嘯きその実、個人のことしか頭になかったのだ。ならば、左様ならば、その有り体に従えば良いことだ。今も。
(大佐、申し訳ありません。私は初めて貴方の意思に背を向けます。)
私はしっかりと尾形上等兵を見据え、右手を差し出した。
「いいでしょう。貴方と手を組みます。尾形百之助、今から僕と貴方は同盟関係にあります。裏切りは万死に値することをお忘れなきよう。」
「いいだろう。交渉成立だ。よろしく頼むぜ。」
差し出した右手を握り返された。彼の手の平は厚いが、私のそれよりも冷えていた。
「その前に一つ、貴方は何故金塊を?」
私は彼の真意を探るようにして瞳を見つめた。何か少し言いかけた後、この不祥事を金塊ごと本部に提出し手柄を立てるためだと言い放った。本当にそれだけなのだろうか。私には彼の本心は探り切れなかった。まあいい、いずれにせよ、裏切られる兆候があれば斬り捨てるまでのことだ。長距離戦は上等兵の得意とするところだが、近距離は不得手とするところだろう。
私は決意を新たにして、自身の意思で北海道の地を踏み直す。例えこの身が、冷たい雪に覆われ消え去ることになろうと構わない。我が主が為、進む以外の選択肢はとうにない。
だから、大佐の縁談が決まった時も、婚姻の儀が執り行われたときも私は、私の全てを持って祝福をした。……美しい花嫁であった。名家の長女ということで淑やかで華のある美人だった。芸事も嗜んでおり、大佐の隣に立つに相応しい女人であった。だが私の中には何か形容のできない、したくない感情が渦を巻いていた。それも当時はすぐに酒で洗い流したが………。
家庭を持った後も大佐は変わらなかった。基本的に軍の兵士は兵舎で過ごしていたし、家に帰るのは休日のみ。大佐はお忙しい身でもあられるので、結婚する前とあまり生活に変化は見られなかった。そうした中で私にも安寧が感じられた頃だった。そんなある日だった。大佐の病が、判明したのは。治療には時間と法外なまでの金が必要であるから困難であること。今はまだ大丈夫だが、いずれは軍に居続けるのも難しくなること。その時まで悪いが、職務を遂行するのを手伝ってほしいという旨を伝えられた。私はただ頷くのみで、無力であった。
──なんでもできると、思っていた。だが、実際の私は、あの日と変わらない路地に打ち捨てられた犬である。それからはただ淡々と言われたことをこなす日々だ。大佐のお側を離れるのは心苦しかったが、大佐の愛されたこの軍に癌が巣食うことの方が辛い。いや、内心私は思考を放棄していた。先のことを考えたくはないがために仕事に身を没していた。
「アイヌの金塊は相当な量だと聞いている。あんたのとこの大佐を救うにゃ充分な量だと思うが?」
悪魔は囁く。己が私欲を優先させ、お前自らが癌になるのだと。──だが、そうだった。私は、軍の為と嘯きその実、個人のことしか頭になかったのだ。ならば、左様ならば、その有り体に従えば良いことだ。今も。
(大佐、申し訳ありません。私は初めて貴方の意思に背を向けます。)
私はしっかりと尾形上等兵を見据え、右手を差し出した。
「いいでしょう。貴方と手を組みます。尾形百之助、今から僕と貴方は同盟関係にあります。裏切りは万死に値することをお忘れなきよう。」
「いいだろう。交渉成立だ。よろしく頼むぜ。」
差し出した右手を握り返された。彼の手の平は厚いが、私のそれよりも冷えていた。
「その前に一つ、貴方は何故金塊を?」
私は彼の真意を探るようにして瞳を見つめた。何か少し言いかけた後、この不祥事を金塊ごと本部に提出し手柄を立てるためだと言い放った。本当にそれだけなのだろうか。私には彼の本心は探り切れなかった。まあいい、いずれにせよ、裏切られる兆候があれば斬り捨てるまでのことだ。長距離戦は上等兵の得意とするところだが、近距離は不得手とするところだろう。
私は決意を新たにして、自身の意思で北海道の地を踏み直す。例えこの身が、冷たい雪に覆われ消え去ることになろうと構わない。我が主が為、進む以外の選択肢はとうにない。