君が為
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あの騒動の一件後、特にこれといった変化はない。二階堂洋平の遺体は速やかに埋葬された。比翼の鳥であった二階堂浩平は、あれから酷く変わってしまったようだ。葬儀中もその後の通夜も押し黙ったままで、軽く話をすると杉元佐一に対しての強い恨みが見て取れた。
二階堂洋平の通夜から数日たった夜だった。二階堂洋平が亡くなった後、私は何かとふさぎ込んでいた二階堂浩平を気にかけていた。負い目からではない。そうすることが任務遂行の助けになるかもしれない、とそう踏んだからだ。杉元佐一が二階堂兄弟のどちらかを手にかけることは自明だった。分かっていて、見逃した。いや、むしろその結末を迎えることを私は先導した。罪悪感なぞ、私が感じていいものではない。
(すべてを捨て、軍に、大佐に忠誠を誓ったというのに……)
今夜は二階堂浩平に呼びつけられていた。人気 のない物置小屋だ。人に聞かれたくない話か、もしくは可能性は低いが私が関与していることに気が付いたか。後者であれば、彼を殺めることも頭に入れておかねば。そっと懐の短刀に手を忍ばせる。いつもより早く打つ胸を無視し、指定された部屋のドアノブに手をかけ、開けた。
「**さん、時間通りですね。お疲れ様です。」
「浩平くん、お疲れ様。このような夜にいかがされました?」
私はドアの前から動かず、後ろ手に鍵を閉めつつ訊いた。すると途端に彼の顔に影が落ちる。元々痩せてはいたが、更に痩せたようだ。こけた頬が、骸骨を思わせる。
「俺、俺は、寝ても覚めても洋平を殺した杉元佐一の、あのクソ野郎の顔が忘れられないんです。」
私の方を見ることなく、月明かりに照らされた彼は続ける。
「杉元佐一は帝国陸軍の第一師団にいたって聞きました。**さんなら、あいつの何か……、弱点とか知ってるかなって。」
口を歪ませ、虚空を見つめながら言う。この様子だと私が彼の逃走に加担したとは気づいていないようだ。私は彼に近づき、肩に手を掛けた。
「……申し訳ないのですが、僕も不死身のすぎも杉元のことは伝聞でしか聞いたことがないのです。僕が隊に所属したころには彼はとっくのとうに除隊になっていましたから……。」
「なんでもいいんです!何か、聞かせてください!」
「ですが……」
二階堂浩平は私に縋りつくようにして、両の手で私の肩を掴む。とても取り乱しているようだ。元々感情の発露が多いとは思っていたが、二人きりで呼び出され杉本佐一の話を聞かれるとは。この信頼関係は無碍にしてはならないな。
私はそっと二階堂浩平の背に手をやり、母親がなだめるかのように撫でた。
「浩平くん。気持ちはわかりますが、自分をあまり責めないでくださいね。あの男は、一般兵が例え五人いたとしても敵わないと言われていました。もし、あの時捕えらえているのが杉元佐一だと知っていたら、僕も……。」
「**さんこそ、自分を責めることないですよ!俺があの時、付いていればこんなことには……っ。」
涙を流して、声を押し殺しながら倒れこんだ彼の背をさする。そうして二階堂浩平は私の膝に頭を乗せ、泣いていたかと思うと唐突に抱きしめられ、胸に顔をうずめた。さらしを巻き、男性ホルモンを投与しているお陰でそういった心配はないが、まるで大きな子供のようだと不謹慎ながら思った。
彼の背をさすり、なだめていたら、また急に両手を掴まれ引き込まれた。錯乱状態の彼に一方的な噛みつかれるような口づけをされる。この対応は想定外であった。男所帯の軍隊では男色はままあることだが、この地域には娼館がある。滅多にそういった目線を向けられることはないと思っていたのだが、認識を改めておこう。そのまま始まりからずっと彼の行為を甘んじて受け止めていた為、二階堂浩平はそれを合意と取り隊服に手をかける。私はすかさず、だがやんわりとした手つきでそれを制す。
「**さんっ」
言葉を発しようとした口に指を当て、制する。
「お可哀想に。ご兄弟が亡くなられて心細いのですね。ですが、血迷ってはなりません。こういったことは後に残ります。……それに、誰か来るようです。」
足音が近づいてきて、ドアをドンドンとノックされた。
「誰かいるのか。」
この声は月島さん。助け船がきた。返事をする。
「はい。二階堂浩平、****がいます。」
素早く二階堂浩平の拘束から逃れ、ドアの鍵を開けた。ドアを開ければそこには声の主、月島軍曹が立っていた。ありがたい。この人はどこまでもタイミングが良い。
「何かあったか。二階堂。」
「彼の状態が良くないのは軍曹もご存知だと思います。ですので落ち着ける場所で話を聞いていたら、少々混乱してしまったようで。もう今夜は部屋で休ませた方が良さそうです。」
ふむ、と月島さんは呟いたあと二階堂浩平を見やる。
「辛いのは分かるが、いつまでも悲しんでいるのは二階堂洋平の為にはならん。お前がすべきことは杉元佐一の捕縛だ。分かったら部屋へ戻れ。」
「……失礼します。」
自身もお辞儀をして、二階堂と共に部屋を出ようとした。が、月島さんに引き留められた。私の腕を掴み、下を俯いている。
「いかがされましたか、月島軍曹。」
「……。」
俯いた顔の角度は変わらず、目線だけをこちらへやった月島さんは言った。
「二階堂が、何か無礼なことはしませんでしたか。」
ああ、この人は一部始終を聞いていたのか。それに気づけなかった自分に対して瞬時に怒りが沸いた。だが、それは今は治め、月島さんに笑顔で返す。
「無礼など何も、やっと第七師団の皆さんに頼っていただけてるようで僕は嬉しいです。月島さんも何かお困りごとがありましたら、ご相談に上がります。今日もありがとうございました。僕も休ませていただきますね。おやすみなさい。」
「…………おやすみなさい。」
何か言いたげだったが、それも振り切り足早に自室へ向かう。だが、一体何時からだ?何時から聞かれていた?最近、たるみきっている。もしこれが二階堂暗殺であったなら、私の命はない。くだらぬ干渉に浸っていたから尾行にも気づけなかったのだ。だが、今回は助かった。結果的に良かっただけかもしれないが、今後尾行を付けたまま行動したほうが良い時もあるだろう。
自室に戻り今度こそ誰の監視もないと確認した後、男性ホルモンを注入しつつ、置いてあった手鏡に映る自分を睨みつけていた。
二階堂洋平の通夜から数日たった夜だった。二階堂洋平が亡くなった後、私は何かとふさぎ込んでいた二階堂浩平を気にかけていた。負い目からではない。そうすることが任務遂行の助けになるかもしれない、とそう踏んだからだ。杉元佐一が二階堂兄弟のどちらかを手にかけることは自明だった。分かっていて、見逃した。いや、むしろその結末を迎えることを私は先導した。罪悪感なぞ、私が感じていいものではない。
(すべてを捨て、軍に、大佐に忠誠を誓ったというのに……)
今夜は二階堂浩平に呼びつけられていた。
「**さん、時間通りですね。お疲れ様です。」
「浩平くん、お疲れ様。このような夜にいかがされました?」
私はドアの前から動かず、後ろ手に鍵を閉めつつ訊いた。すると途端に彼の顔に影が落ちる。元々痩せてはいたが、更に痩せたようだ。こけた頬が、骸骨を思わせる。
「俺、俺は、寝ても覚めても洋平を殺した杉元佐一の、あのクソ野郎の顔が忘れられないんです。」
私の方を見ることなく、月明かりに照らされた彼は続ける。
「杉元佐一は帝国陸軍の第一師団にいたって聞きました。**さんなら、あいつの何か……、弱点とか知ってるかなって。」
口を歪ませ、虚空を見つめながら言う。この様子だと私が彼の逃走に加担したとは気づいていないようだ。私は彼に近づき、肩に手を掛けた。
「……申し訳ないのですが、僕も不死身のすぎも杉元のことは伝聞でしか聞いたことがないのです。僕が隊に所属したころには彼はとっくのとうに除隊になっていましたから……。」
「なんでもいいんです!何か、聞かせてください!」
「ですが……」
二階堂浩平は私に縋りつくようにして、両の手で私の肩を掴む。とても取り乱しているようだ。元々感情の発露が多いとは思っていたが、二人きりで呼び出され杉本佐一の話を聞かれるとは。この信頼関係は無碍にしてはならないな。
私はそっと二階堂浩平の背に手をやり、母親がなだめるかのように撫でた。
「浩平くん。気持ちはわかりますが、自分をあまり責めないでくださいね。あの男は、一般兵が例え五人いたとしても敵わないと言われていました。もし、あの時捕えらえているのが杉元佐一だと知っていたら、僕も……。」
「**さんこそ、自分を責めることないですよ!俺があの時、付いていればこんなことには……っ。」
涙を流して、声を押し殺しながら倒れこんだ彼の背をさする。そうして二階堂浩平は私の膝に頭を乗せ、泣いていたかと思うと唐突に抱きしめられ、胸に顔をうずめた。さらしを巻き、男性ホルモンを投与しているお陰でそういった心配はないが、まるで大きな子供のようだと不謹慎ながら思った。
彼の背をさすり、なだめていたら、また急に両手を掴まれ引き込まれた。錯乱状態の彼に一方的な噛みつかれるような口づけをされる。この対応は想定外であった。男所帯の軍隊では男色はままあることだが、この地域には娼館がある。滅多にそういった目線を向けられることはないと思っていたのだが、認識を改めておこう。そのまま始まりからずっと彼の行為を甘んじて受け止めていた為、二階堂浩平はそれを合意と取り隊服に手をかける。私はすかさず、だがやんわりとした手つきでそれを制す。
「**さんっ」
言葉を発しようとした口に指を当て、制する。
「お可哀想に。ご兄弟が亡くなられて心細いのですね。ですが、血迷ってはなりません。こういったことは後に残ります。……それに、誰か来るようです。」
足音が近づいてきて、ドアをドンドンとノックされた。
「誰かいるのか。」
この声は月島さん。助け船がきた。返事をする。
「はい。二階堂浩平、****がいます。」
素早く二階堂浩平の拘束から逃れ、ドアの鍵を開けた。ドアを開ければそこには声の主、月島軍曹が立っていた。ありがたい。この人はどこまでもタイミングが良い。
「何かあったか。二階堂。」
「彼の状態が良くないのは軍曹もご存知だと思います。ですので落ち着ける場所で話を聞いていたら、少々混乱してしまったようで。もう今夜は部屋で休ませた方が良さそうです。」
ふむ、と月島さんは呟いたあと二階堂浩平を見やる。
「辛いのは分かるが、いつまでも悲しんでいるのは二階堂洋平の為にはならん。お前がすべきことは杉元佐一の捕縛だ。分かったら部屋へ戻れ。」
「……失礼します。」
自身もお辞儀をして、二階堂と共に部屋を出ようとした。が、月島さんに引き留められた。私の腕を掴み、下を俯いている。
「いかがされましたか、月島軍曹。」
「……。」
俯いた顔の角度は変わらず、目線だけをこちらへやった月島さんは言った。
「二階堂が、何か無礼なことはしませんでしたか。」
ああ、この人は一部始終を聞いていたのか。それに気づけなかった自分に対して瞬時に怒りが沸いた。だが、それは今は治め、月島さんに笑顔で返す。
「無礼など何も、やっと第七師団の皆さんに頼っていただけてるようで僕は嬉しいです。月島さんも何かお困りごとがありましたら、ご相談に上がります。今日もありがとうございました。僕も休ませていただきますね。おやすみなさい。」
「…………おやすみなさい。」
何か言いたげだったが、それも振り切り足早に自室へ向かう。だが、一体何時からだ?何時から聞かれていた?最近、たるみきっている。もしこれが二階堂暗殺であったなら、私の命はない。くだらぬ干渉に浸っていたから尾行にも気づけなかったのだ。だが、今回は助かった。結果的に良かっただけかもしれないが、今後尾行を付けたまま行動したほうが良い時もあるだろう。
自室に戻り今度こそ誰の監視もないと確認した後、男性ホルモンを注入しつつ、置いてあった手鏡に映る自分を睨みつけていた。