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雨に降られて

ユキが熱を出した。予報外れの雨に降られて、練習中に倒れた。元々風邪を引いていたそうで、説教も兼ねて見舞いに行くことにした。保険医の先生は安静にしてればすぐ治ると言っていたけれど、やはり心配で。
大事な幼馴染でありチームメイトの見舞いに行くのに理由なんていらないよな、と自嘲気味に一人ごちた。

寮の自動販売機でスポーツドリンクを買い、部室に置きっ放しだったユキのエナメルバックを担いで。

ユキの部屋の前で、軽く一呼吸置いてから、ノックを二つ。

「ユキ、入るよ。」

返事が無い。ドアには鍵がかかっていなかった。ボクが来ることを見越して、開けておいたのだろうか?


中の様子を窺ってみる。簡易式ベッドに、こんもりと膨らんだ布団がある。
普段ならば1枚の備え付けの掛け布団が、5枚にも増えていた。中には備品ではないファンシーな柄の毛布が数枚。音符柄、星型、ネコの足跡がプリントされたものまであった。

こんな可愛らしい「お見舞い」をするのは長身の彼しかいないだろう。

(そうか、ボクの前にもう来てたんだな・・・)

よく見れば、ベッド横にはすでにスポーツドリンクが2本と、菓子類もお供えでもするように置かれている。


黒田雪成という男はいわゆる「クラスの人気者」だ。口は少し悪いが(あの先輩の影響を受けて更にそれが増したと思う)、面倒見がよく成績もそこそこ優秀、性格はキツめだがそれは彼の真っ直ぐな気性故であり、スポーツ万能。いつも彼の周りには人がいる。

そんな彼が熱を出し倒れたという話が広まったのか、部員だけではなく彼の友人達も見舞いに来てくれたのだろう。


ふと、自分の手にあるペットボトルを見つめた。

「もう2本もあるし、いらないよね、コレは・・・」

ちょっと出遅れたな、と何故か胸の奥が燻るような、変な気持ちになった。

自分は主将としての仕事があったのだ。あの後カントクの車にユキとバイクを乗せて部室へ戻り、他の部員に室内での練習メニューを指示し、ユキの分も軽く車体のメンテナンスを済ませ、部活が終わった後は部誌を付け、部室の点検、戸締りを終えた後にやっと寮へ戻りシャワーを浴びて、今に至る。

しょうがないことなのに。

ユキにはボク以外にも友達が沢山いて、好かれていて、それは喜ぶべき事であるはずなのに。


(他の人に「取られた」なんて思うのは、まるで子供みたいじゃないか、ボクは---)


一番にユキの見舞いに行くのはボクであるはず、なんていう甘ったれた、純粋で仄暗い、独占欲を孕んだ感情の正体が掴めずに、拳をぎゅっと握り締める。



ユキのバックを静かに勉強机の上に置く。
ユニフォームは洗濯して部室に干しておいたから、明日の朝伝えておこう。今日はもうこのままぐっすり寝かせておかなければ・・・。

起こさないように、足音を立てないようにして苦しそうな寝息を立てるユキに近づく。

見舞いに来たからには、顔くらい見て帰ろう、そう思っての行動だったが、うっかり床に置いてあったスナック菓子の袋を踏んでしまった。

「!!」

想像していたよりも大きめな音がして、身体が強張った。
布団がもぞもぞと動き出した。ああ、やってしまった。諦めと緊張からの開放とで溜め息をひとつ。
起こしてしまったのはしょうがない、完全に毛布に包まったユキにそっと声をかける。


「・・・ユキ、大丈夫?」

ぴくり、と布団が反応する。なんだか可愛いな、と思ってしまった。動物みたいだ。

「・・・あぁ、とーいちろうか。」

くぐもった声が聞こえるが、ユキは顔を見せようとしない。
そういえば、差し入れであろうスポーツドリンクのペットボトルの封は2本とも開けられていない。
まさか、水分も採らずに毛布を5枚掛けしているのか?

この幼馴染は自分の事に関してはずさんなところがある。


「ユキ、ちょっと!」

一気に布団を捲った。何の抵抗も無いのが逆に不安を煽る。

「ん、あちー・・・かった・・・・」

むわっと熱気がこちらまで漂ってくるかと思った。
冷えピタを額に貼り、Tシャツと短パン姿のユキは虚ろな目をしていた。
汗がひどい。熱は大分高いようだ。

まさか、布団を自分で退け、起き上がり、ペットボトルを取ることさえままならなかったのか。
心の中で葦木場に文句を言った。いくらなんでも5枚掛けはやりすぎだ!きっとユキもいつものようになじることも出来ずに受け入れたのだろう。(葦木場に悪気が無いことは嫌でも解るが・・・)

前髪が汗でぐっしょりだった。冷えピタ越しに手を当ててみると、じっとり生暖かい。・・・というより熱い。これでは意味が無いじゃないか、とボクはもう混乱寸前で。


「と、いちろー・・・ワリ、喉、かわいた・・・」

ガラガラの声でユキがボクの方を見つめて言った。


ボクは、少しだけ躊躇した後、自分が今さっき買ってきたペットボトルを開けた。

「身体起こすよ、」

背中に手を回すと、汗でびちょびちょだったが不快感は一切無かった。
できるだけ優しく、負担にならないようにゆっくりと上体を起こさせる。
そのまま腰に布団で作ったクッションを宛がい、壁に凭れ掛けさせた。

「はい」

「・・・ん、」

ペットボトルを落とさないように、ユキがちゃんと掴むまで待ってから手放した。
おぼつかない手元が危うくてハラハラしたが、無事に口元まで届いた。

ごくっ、ごく、ごきゅ。

喉を鳴らしながら飲む姿を見ると、相当喉が渇いていたようだ。ボクが来なければどうなっていたのか、とふと恐ろしい想像が頭をよぎった。

「っぷふぁ、あー、生き返った・・・」

相変わらず顔は赤く息も荒かったが、布団から開放され喉を潤したことで少し良くなったのか、呂律が回るようになったようだ。


この様子では説教などする気も起きず、ただ介抱しなければという義務感が自分の思考を支配していた。



「全く、ボクが来なかったらどうなってたか!」


何故かその声色がほんのりと明るいそれであることに、熱に浮かされている友人は気付くことは無かった。
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