~ロスト・ユースティティア~
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「やあ、おはよう。この度はご臨終おめでとうございました」
あれ?違う?お喜び申し上げますかな??
目を開けるなり何ともとんちんかんな挨拶(もどき)をいきなりのたまう少年に、いや確かに自分が死んだって事実は合っているのだけれども、おめでとうって何だ!!お喜びでも何でもないわ!!…と思わず叫びたくなった自分は間違ってないと思う。
取り敢えず気を取り直して、気持ちを落ち着かせると辺りを見回す。
先程、目の前の白い髪に銀色の瞳をした白い少年のご臨終との言葉は別に少年の頭がおかしいとか単なる冗談とかなどでは全くなく。
単純に、ああ、自分は死んでしまったんだなぁと特に引っかかる事なく納得する。
道路に飛び出した子どもをかばって、自らも無意識に反対側から飛び込んで、物凄い勢いで突っ込んできたトラックに撥ねられて…痛みよりも強い衝撃が全身に走ったと思った次の瞬間には意識が飛んで、何も覚えていない。
そしてここが見渡す限りに黒く塗り潰され、上下左右も天井も床も空も大地も分からない、闇の中の宙に浮いた様な空間では余りにも現実感に乏しすぎる。
生きていたとしてもどこかの病院で見ている夢とか?とも思ったけれど、夢にしては変なリアリティがある気がする。
……だとすると、考えられるのは、
「…ここってもしかして地獄?」
それにしては昔語りに出てくる三途の川やら鬼やら閻魔様やら全くない所だし…それともやはり昔話は昔話にすぎないって事だろうか?
と言うか自分生前そんなに悪い事してたかなぁ…とかつらつら考えていると少年が面白そうにくすくすと笑う。
「予想通り、君って面白いなぁ。良いね、僕が思った通りだ」
何だか失礼な事を言われている気がするのだが気のせいだろうか…?
思わずむっとしたのに気づいたのか、わざとらしくコホンと咳払いをして見せると少年は改めてこちらに向き直った。
「残念ながら、ここは地獄じゃないよ。君が死んでしまったのは事実だけど…。ここは次元の狭間…いや、世界線の境界と言った方が正しいかも知れないね」
「世界せんのキョウカイ?地獄でもなければ天国ってのでも…」
「ないね。元々天国や地獄って概念は人の子が作り出したものであって、僕らにそれは当てはまらない」
すっぱりと言い切られて思わず口を噤む。
大体、理解が頭に追いつかないのだ。
取り敢えず確かな事は、少年が断言した通り、自分はあの時死んでしまったと言う事…それだけは分かる。
分かるのだが…そもそも死んでしまったのなら、今ここに居る自分と言うのは一体何なのだろうか…?
「今の君の状態は、言うなれば霊体(アストラル・ボディ)…君達が言う所の魂ってやつだよ」
こちらの考えを読んだかの様に少年は告げる。
「順を追って説明すると、君はあの世界で死んだ。けれどそれは予定調和から大きく外れたものだった…つまり、予想外の出来事だったんだよ。まぁ、ごく稀にそう言う事が起きてしまうんだけど…」
予想外って何だ。
じゃあ、あれか?つまり―――
「もしかしてだけど…私があの時飛び出さなくても…」
「もしかしなくてもそうだね。君がかばわなくても、あの子どもは助かるって予定調和では決まっていたんだ」
奇跡的に、掠り傷一つ負うだけで他の誰も怪我する事もなく、無事な筈だった。
そう決まっていたと言うのなら、つまり…つまり…
「私って死に損っ!?」
「そうとも言うかな?」
少年の言葉に頭を抱えてしゃがみ込む。
無性に空を仰ぎたくなったが残念ながら視界の先には闇しかない。
だが、これがショックを受けずして何と言うのか…自分の命を張った行動が、元から全く意味のない事だったなんて。
一気に重い空気を背負った自分に、少年はまあまあと手を振る。
「そう気落ちをしないでよ。君の行動のお陰であの子どもは傷一つなく無事だった。その事をあの子どもの家族は心から君に感謝しているよ」
「…………そう、なんだ」
まだ、多分、小学生にもなっていない様な子だった。
そんな小さな子が、傷一つなく無事で家族の元に帰れたのなら…少しは、自分も報われるのかも知れない。
「それに、本当だったら消滅しかなかったのに僕が拾い上げたから君はここに居るんだよ?その幸運に少しは喜んでも良いんじゃない?」
幸運…なんだろうか?
やはり今の状況がいまいち上手く呑み込めていない為微妙な反応しか出来ない。
「…喜ぶツボがよく分からないんだけど?」
「そう?今の君の状態に成り得る確率を考えれば自然と身に沁みるんじゃない?超偶発的に予定調和から外れて死んでしまう確率が、0.028%。そこから僕が拾い上げれる条件の、僕と近しい霊体である確率は、0.00001%あるか、ないか」
「………取り敢えず、物凄く運が良かった、と」
「そう言う事。さて、ここからが本題…そんな超運の良い君に質問だけど、何か思い出せる事はある?」
「……はい?」
質問の意味がよく分からない。
「何でも良いよ。例えば…自分はどこの出身で、自分の家族は誰それで…何より、自分の名前は何だった、とか―――」
一瞬何言ってんだコイツとか思いかけたものの、その直後、少年の意図は何にせよ自分事実を嫌と言う程思い知らされる。
それは…
「そんな簡単な、こ、と…………あれ?」
おかしい、出て来ない。
自分の出身は…どこで、自分の家族は…何人で、誰だっけ?
そして何より自分の名前が――分からない。
今まで普通にしていたのが嘘みたいだ。
自分に関する何もかもが、抜け落ちているかの様に空白だった。
忘れている…思い出す、思い出せない以前に、まるで初めから何も、ない。
歪な喪失に身震いが止まらない。
自分は、一体、何、者、だ―――?
「え、あ…え…うそ……っ」
「思った通り…予想通り、だね。まぁここに居る以上、そうでないとおかしい訳だけど…」
「ちょ、待って!何で…何が…どうしてっ…」
「ここは先に一応謝っておくよ。ごめんね…僕が選んで、拾い上げた故に、君は今までの君自身を失うう事になったんだ」
未だ震えに止まらない指先を落ち着かせるかの様に少年はそっと握ってくる。
「君は一度死んだ。その消滅しかけた霊体を僕が拾い上げて新たに一から再構成して今ここに居るのが君だよ。新たに生まれ直したと言っても良い…だからこそ、魂の再構築の代償として君は今までの自分を失い、新しい君自身となった…記憶がないのはそのせいだよ」
「そ、んな……な、んで…」
「ごめんね。君には僕の願いを叶えて欲しかったから。その代わり…僕からのささやかな贈り物を編み込ませて貰ってるから。……さぁ、そろそろ時間、かな」
少年がそう一人呟くや否や、猛烈な眠気が急激に襲ってきた。
思考が鈍く、視界がぼやけてくる。
「君は新しく生まれ変わった。これからの君自身、君の手で一からだけど作り上げて行って欲しい。これから始まる君の新しい人生は確かに、君自身のものだから。その先で……僕の願いを叶えて欲しい」
「願い……?」
「そう…僕の使命を、役割を果たす為にはどうしても叶えたい願いがあるんだ…それは…―――」
少年の言葉が、声が徐々に遠くなる。
眠気が酷くて、瞼が頑張っても落ちてくるのを止められない。
待って欲しい…まだ聞きたい事や確かめたい事は山程あるのだ。
使命って、役割って…願いって何?そもそも―――君は、誰?
「大丈夫だよ……君が、君として生きて行けば…必ず、また会える」
その言葉を最後に、耐え切れず重い瞼を閉じる。
それと同時に意識は周囲の闇よりも暗い底へと真っ逆さまに落ちて行った。
「……ここでの事は、次に目が覚めたら…忘れてるだろうけどね」
それでも自分の言った通り、彼女は思う通りに生きてくれるだろう。
そしていつか必ず、その未来、永い時をかけ待ち望んだ願いを必ず叶えてくれるだろう。
「だから…これはもう一つ、僕から君への贈り物」
言って眠りに落ちた彼女の細い首にペンダントをそっとかける。
自らの瞳の色と同じ色をした石が、その胸元で微かな光を宿す。
「その石が…僕の欠片が導いてくれるよ。僕の願いに……僕の片割れの元へ」
そう、そうすれば、己の願いは成就する。
その為に君は生きて行かなければいけない……”こちらの世界”で。
やがて彼女の姿がどこからともなく光の粒子に包まれ始める。
“こちらの世界“に、新たに生まれ出ずる為に。
「さあ――― 往っておいで 」
声とともに、彼女はこの闇だけの空間から自身もろとも光の粒子となって消え失せる。
後には一人、口元に深く笑みを刻んだ少年が静かに佇むだけだった。
***
酷い、嵐の夜だった。
本島から離れた小島であれど、その環境が大きく変わる訳ではない。
故にここまでの嵐がくるのも年に一、二度あれば良いかだが今夜はそれにあたったらしい。
早々に家に引き籠り、遅めの夕食をとった後で本を読んでいた所だった。
何か、音がした気がした。
気のせいかとも思ったが、何故だか無償に気にかかり、外套を羽織ると外へ出る。
「…っ、大丈夫か!?」
音の正体は、すぐに見つけられた。
家から少し離れた軒先に、雨晒しの大地に倒れ伏した何者かが一人。
降りしきる風雨の中、小走りに駆け寄り、ぐったりとした体をそっと助け起こす。
面立ちはまだ大人になり切れていない位の年端の…少女だった。
瞼は閉じられ、意識はない様だが外傷が見られない。
「気を失っている、だけ…か?」
どうしてこんな所に…?
そう怪訝には思うものの、このまま野晒しにしておくままにも行くまい。
小さく嘆息して風雨を遮る様にその体に着ていた外套を覆うと抱き上げ、家へと歩を向ける。
色々思う所はあるが、取り敢えずは落ち着いてからだ。
何を聞こうにも、この当の少女の目が覚めてからでないとどうにもならない。
一応身を隠す身の上の為、起きたら問いただす事はさせて貰うだろうが…。
そんな事を考えていた数時間後、思わぬ少女の状態に別の意味で頭を抱えてしまう事になろうとは
思いもしていなかった。
包まれた外套の下、眠る少女の胸元でその石は微かに光輝いていた。
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