~深遠のラピスラズリ~
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0:プロローグ
「…………うおっ!?もうこんな時間!!?」
完全に寝坊したっ!!
…昨日も夜遅くまでスマホでゲームしてたからなあ…。
最近やり始めたファンタジーRPGは、アプリだと言うのにストーリー性や魅力的なキャラややり込み要素が半端なく多いとあって、学生の頃から根っからのゲーマーだった私はすぐにドハマりした。
お陰様でここ数日、寝る間も惜しんでプレイしている為か、かなり進めた気がする、うん。
とは言え、社会人にもなってゲームで寝坊で会社に遅刻とは笑えない。
慌てて身支度を整え、朝食も殆ど取らずにカバンを引っ掴むと自宅を出る。
眠気でまだ頭がぼーっとするがシャキっとしなければ。
…ああ、でも確か今日新しいイベントが始まってガチャも新キャラ、新武器が出るんだっけ…?
昼休憩にもログインしないとなあ…。
そんな事を考えつつ会社に急ぐ。
いつもと変わらぬ通勤中。
変わらぬ景色、変わらぬ日常。
ずっと続くのだと信じて疑わなかった現実はその数秒後に激しいブレーキ音と共に暗転した。
そして、次に目を覚ました時…まさかのあり得なさすぎる現実に夢だと叫びたかった。
ーーーそれも今は、最早遠い昔………
*
「…リュカさん、大丈夫ですか?」
心配そうにこちらを伺う声にふと意識を戻す。
目線を上げれば声と同じく心配そうに首を傾ける水色の長い髪と瞳の少女。
この儚げな少女があの星晶獣の力を感知し、対話する事が出来ると知った時にはびっくりしたっけ…。
「ーーいいえ、何でもないですよルリア」
大丈夫です、と小さく笑んで見せると今度はルリアの横からひょっこりと覗き込まれる。
「本当ですか?少し顔色が悪い様な…。やっぱりリュカさん、忙しかったんじゃないですか?」
それを無理にお願いしたから…と見るからにどよんとした空気を纏って落ち込む茶髪の少年にルリアもハッとするとご、ごめんなさいっ!と勢い良く頭を下げる。
「あー、いや、だからそんなに気にしないで?私も良い息抜きなんですから」
そう言えば、素直にほっとした表情を浮かべる。
この少年…グランはこう見えて個性豊かな団員達を纏め上げる騎空団の団長を勤めており、そしてここは騎空挺グランサイファーの談話室の一角。
ーーそう、私は今プレイしていたアプリゲーム、グランブルーファンタジーの世界に生きている。
フィードラッヘ王国の、一侍女として…。
とは言え。
目が覚めたらフィードラッヘの侍女でした!と言う訳でもなく…ここまで来るには色々とあったのだ。
そう…色々と。
まあその話はまたの機会にするとして。
「久しぶりに会えたんだから、私も嬉しいですし。呼んでくれたお陰で小一時間だけでも休みを頂けたので万々歳ですよ」
初めて会った時、グラン君達には騎空団として共に行かないかと誘われたのだが自分の立ち位置的に無理だった為お断りした。
それは我が国の白竜騎士団団長と副団長らも同じで。
だが互いに心を許した仲間である事には変わりはない。
もしグラン君達に何かあった時には可能な限りの助力を惜しまない。
そしてそれは逆もまた然りだ。
だからだろうか?
グラン君達は折を見てはグランサイファーをフェードラッヘに寄せ、自分達に会いに来てくれる。
そんな"仲間"と言う繋がりがどことなく面映ゆくもあり、嬉しかった。
そして今日もそうやってわざわざ会いに来てくれたのだ。
小一時間執務を抜け出したってバチは当たるまい…小一時間じゃあ短すぎる位だと言うのが本音だが。
それでもこの限られた時間を楽しまないのは損でしかない。
「そうそう、最近フェードラッヘの城下町で美味しいって評判のお菓子を買ってきたのよ。折角だし、遅めのティータイムと行きましょうか?」
私がお茶を淹れるわね、と立ち上がるとルリアが嬉しそうに手を叩く。
「うわあ~私リュカさんの淹れるお茶大好きです!」
「じゃあ何か手伝える事があれば――」
同じ様に立ち上がるグラン君に、そうねだったら…と簡単な事を頼みつつ、談話室に備え付けられているカウンターに向かう。
楽しそうなルリアやグラン君と一緒にお菓子を皿に盛り付け、紅茶を淹れ、小さなティーパーティーと洒落込んだ。
「そう言えば…リュカさんはどうやってランスロットと知り合ったんですか?」
近況を話す合間に、ふと浮かんだらしい素朴な疑問を唐突思わず飲みかけの紅茶を吹き出しそうになった…のを何とかこらえて大きく咽込む。
「な、何で?」
「いや何でって言うか…リュカさんとランスロット…お仕事的に接点ありそうでない様な…でもかなり仲良いですよね?普通に何でかなあーと…」
「確かに…何だか凄く気になります!」
キラキラと目を輝かせて身を乗り出してくるルリアに逆に若干身を引きつつ、何となく私は苦笑いを浮かべる。
「あー、いやあ…何かかなり期待してる所悪いけど、そんな大した事はないよ?」
「それは聞いてみないとわからないですよ!」
一体どこにそんなスイッチがあったと言うのか…。
しかし純粋な好奇心からかワクワクとした二人の視線に知れず諦めの溜息を吐いた。
こうなったら幾らかわそうとしても逃げられないのは目に見えている。
それ以上に私はこの少年少女に滅法弱い事を自覚しているから手に負えない。
やれやれと先ほどとは違う意味での息を吐いて、うーんと軽く首を捻る。
「そうねぇ…どこから話したものか…。因みに私、元々フェードラッヘの出身じゃないのよ」
「ええっ!?そうなんですか!?」
見えない…とか呟いてるグラン君に頷きつつ。
うん、見えないよねー。自分でも今のあの場所にここまで馴染むとは初めは思っていなかったんだ。
それこそ今では考えられないけど…。
実は別の国から訳あってフェードラッヘに流れて来て…そこで初めてこの世界がグランブルーファンタジーの世界だったのだと知ったのだ。
それこそ流れて来た当初の出来事が、自分が前世でプレイする筈だった新イベのあらすじとの酷似、そしてグラン君達と出会った事で一致って…
私がこちらに来てからざっと20年は過ぎて発覚した事実…と言うか、よく覚えてたな私…。
「じゃあ何でフェードラッヘに??」
「ちょっと事情があって旅をしてて…その途中に立ち寄っただけだったんだけどね…。それで、ちょうどその時に―――」
バタンッ!!
言いかけて突然大きな音を立てて開かれた談話室の扉に驚き口を噤む。
「ら、ランスロットさん…?」
当の扉を開いた張本人は、我が国が誇る白竜騎士団の若き騎士団長殿で。
何事かと振り返った形の私と目が合うと、ランスロットはそれはにっこりとした笑みを浮かべた。
…………あれ?…何か、怒ってる……?
これも付き合いの長さが成す技だろうか?
笑ってるのに背負うオーラが冷え込んでる気がするのは何でだろう…?
無意識に後ずさり風な私に構わず、つかつかと近寄ると腕をがしりと掴まれる。
「探したよ、リュカ。フォルクス殿下が緊急の件で呼んでる」
「え…?」
それは無視出来ない案件だ。
フォルクス殿下は私の上司だ。
その呼び出しとあってはすぐ様向かわなければならない、が……あれ?
それこそ私は小一時間位前に殿下に直接休みを貰う旨を許可頂いたんだけど…。
緊急って事はそれから何か起こったんだろうか…?
思わず難しい顔で考え込む私をよそに、ランスロットは笑顔のままにグラン君達に告げる。
「と、言う訳だからすまない団長。リュカは連れて帰るよ」
「え?あ、うん…」
「リュカさん!また来て下さいねー!!」
呆然と頷くグラン君とルリアの声を背に、ランスロットに半ば引き摺られる様に私はそのままグランサイファーを後にした。
「ちょ、ちょっと待って下さい、騎士団長殿っ…」
引っ張られた状態のまま城下町をずんずんと進んで行くランスロットにどこか違和感を感じた私は声を上げた。
初めは理由は分からないが怒っている為かとも思ったが、ここに来るまで黙りこくったままと言うのも彼の普段を知る身としては何とも微妙な感じだ。
しかし聞こえてなかったのか(この近距離でそんな筈はないのだが)ランスロットは黙ったまま、ただ足を進める。
……何となく、予想出来る点がないことはない。
ちらっと周囲を見渡せば案の定、こちらに向けられる羨望やら憧れやら好奇の入り混じった視線を多数感じる。
それにはあと深く溜息を吐きながらリュカはもう一度口を開く。
「だから…聞いていらっしゃるのですか?”団長”」
やはり、無言。
だが一瞬ピクリと反応した肩と、足は止めぬまま腕を掴む手にぎゅっと力がこもり自分の予想が大体当たりだと確信する。
やれやれと再度深い溜息を一つ、丁度次の建物の角を曲がった所で改めて目の前の青年の背に告げた。
「――ちょっと待ってって言ってるでしょ、ランスロット」
言うなり足を止めたかと思うとゆっくりとこちらへと振り返る。
「やっと名前で呼んでくれたな、リュカ…」
どこか嬉しげに微笑うランスロットにビンゴと内心呟く。
その頭に犬耳が付いて同じ様に嬉しそうにひょこひょこと揺れている様にも見えるが敢えて気にしないでおく。
どこぞの誰かに駄犬と呼ばれる程わんこ属性を持つ白竜騎士団副団長程ではないが、ランスロットにも立派にわんこ属性が備わってると思う…犬種は違うけど。
と、まぁ話が脱線したが、先のランスロットの言葉に思わず米神を押さえる。
「あのねぇ…一応自分の立場ってのも考えなさいよ。こんな街中で呼べる訳ないでしょ」
それこそどんな噂話を立てられるか分かったものでもない。
そしてそれは互いの立場的に足元を掬われる事にもなりかねないのだ。
別にランスロットとの関係はやましいものでも何でもない。
王宮内でも知ってる者は知ってるし、知らない者は知らない。
だからと言って知らない者にまでわざわざ教えるつもり等毛頭ない。
故に、知らない者達は好奇を持って色々と想像する。
想像するのは勝手だ。
好きにさせとけば良い…だがそこに敢えてネタになる様な事を与える必要はない。
だからリュカもこの裏通りに入ってから彼の名を口にしたのだ。
フェードラッヘの白竜騎士団団長と、第一王位継承者の筆頭侍女…その立場は軽い物じゃない。
だと言うのに―――
「立場って言っても...ここは王宮内でもないし...大体、俺と君との関係は別に誰に咎められるものじゃないだろう?」
やっぱり全然分かってない。
「それはそうなんだけど...一応街中は視線がーー」
「え?リュカって体面気にする性格だった?」
「いやそれはないけど」
「じゃあ、何も問題ないな」
いや、だからさぁ..................うん。
何だか言っても無駄な気がしてきた。
「それに...折角報告書が上がって来たから持っていったのに何故かいないし...他の使用人に聞いたら団長達の所にわざわざ休みを取って会いに行ったって言うし」
「報告書の事はごめん、ありがとう。団長達の事は急に連絡があって...休み時間がとれたのが今日しかなかったから...」
「だったら俺にも知らせてくれたら良かったのに」
俺もリュカと一緒に出掛けたかった.........って、もしもし?
一応、貴方も騎士団長だってこと、忘れてません?
だから当然今日だってその職務に追われて多忙をきわめる立場であるのはしかるべきで...。
だが、そんな考えもどことなくしょぼんとしたランスロットの姿に霧散する。
ーーまあ、良いか。
忙しいからこそ、そう言った時間は大切にするべきなのだ。
それを無下にすれば見えるものも見えなくなる。
分かっていた筈なのに...自分の方こそこの所の忙しさにかまけ過ぎてたのかも知れない。
ランスロットはきっとそれに気づかせようとして.........じゃないかも知れないけど。
小さく溜め息を吐いて、苦笑する。
それも...まあ、今は良いか。
「...ありがとう、ランスロット」
呟く様に言えば、等の本人は不思議そうに首を傾げた。
「...?何が...??」
「いや?何でもないよ。あ、それはそうと、フォルクス殿下が呼んでるって言ってたけど...」
「ああ、城を出る前に丁度お会いして...もしリュカの所に行くのなら戻ったあとで良いから頼みたいことがあると伝えて欲しいと仰られていた」
「...戻った後?急ぎじゃなくて?」
「ああ......あっ!」
あっ、って何ですか。
そんなしまったって顔するって事はグランサイファーでの言葉は嘘だったと白状している様なもの。
彼自体、嘘を吐く事など滅多にないだけにどうしてそんなすぐバレる様な事を言ったのか…じっとそのアイスブルーの瞳を見つめるとランスロットは参ったとばかりに苦笑した。
「さっきも言っただろう?一緒に行きたかったと…。折角の自由な時間なら少しでも共に過ごしたかったんだ…」
少しばかり項垂れた感じの彼の言葉に一瞬きょとんとする。
そして数秒後に思わず小さく噴き出した。
「ぷっ…あはは」
「~~っっ、笑わなくても良いだろう!?」
いやいや、確かに笑う所ではないかもしれない…が。
普段職務と忠義に邁進し、真面目で実直で知られるあの白竜騎士団団長殿のこんな子どもみたいな嘘の理由と拗ねた姿に普段からのギャップを感じて笑いをこらえざるを得ない。
実の所…何だか可愛いとか感じてしまったのだがこれを言ってしまうと余計に拗ねる事間違いないだろうから言わないでおく。
ただ、その小さな嘘の理由は微笑ましくもあり、そしてリュカにとっては内心嬉しい言葉でもあった。
笑いを収めると居心地の悪そうにそっぽを向いていたランスロットに手を伸べる。
「……?リュカ…?」
「そうだね。折角の休み時間なんだし……お茶でもご一緒に如何?」
殿下に頂いた休み時間が終わるまでにはまだ少々間がある。
折角遠回しながらもランスロットが誘ってくれたのだ…それに応えない理由もリュカにはない。
グラン達には悪い事をしたが…次の機会にちゃんと埋め合わせをしようと決めつつ。
リュカの言葉に逆にぽかんとした顔をしたランスロットだったが、次の瞬間には嬉しそうに伸ばした手を握り返した。
「ああ、喜んで。……リュカが淹れてくれるのか?」
「ご所望なら幾らでも?でも私なんかが淹れたもので良いの?」
どうせ街中に降りているのなら喫茶店にでも入ると言う案もあると思ったのだが、ランスロットは緩く頭を振る。
「リュカが淹れるお茶が良いんだ」
「……そう?なら行きましょうか」
笑んで言われた言葉にきっと深い意味はない。
それでも思わず嬉しさが募り、照れ恥ずかしさを隠す様にさり気なく視線を外す。
「ああ、行こうか…一緒に」
そんなリュカの心中を知ってか知らずか、ランスロットは微笑を深くすると握った手を離すまいとするかの様に力を込めて、王城へと戻る道を歩き出した。
共に歩きながら、ふと見上げた空はどこまでも広く、晴れ渡っていた。