夜…空には満月がぽっかりと浮かんでいる。
肌寒い風が吹く夜道を、一人の少女が歩いていく。
秋が終わり、冬が近付く町の風は冷たい。

少女は赤い毛糸の手袋をはめた手を擦り、ふうと白い息を吐いた。
髪が風に弄ばれて、ふわりと揺れる。

「今日も仕事、上手くいかなかったなぁ…」

深いため息を吐いて、肩を落とす。

やがて、少女はアパートの一室に着き、ドアを開けた。

「ただいま…って言っても、誰もいないんだけどねぇ…」

独り言を呟き、部屋に入る。
そしてベッドに倒れ込むように横たわり、枕元に置いてあった漫画を読み始めた。

漫画のタイトルは、ドラゴンボール。

「いいなぁ、漫画の世界は…楽しそうで…」

すると、テーブルに置いてあったスマホから着信音が鳴った。
少女は憂鬱そうな顔でスマホを取った。

「何…?」

少女が声をかけると、男の声が返ってきた。

「何はないだろ、ワルねこ。久々に彼氏が電話してきたってのに…」
「…忘れたの?私もうあんたとは恋人じゃないって言ったでしょ」
「おいおい…たった一回浮気したくらいで、そんな言い方ないだろ。それにお前最近、俺の相手してくれなかったし…」

その瞬間、少女…ワルねこは声を荒らげた。

「はっ?たった一回?ふざけないでよ!!この甲斐性無し!!働きもしないで、フラフラしてるあんたに、偉そうな事言われる筋合い無いし!!もう電話してこないで!!」

そう言い放つと、ワルねこは通話を切った。
そしてイライラした様子で、ベッドに横になった。

「はぁ…私って男見る目ないなぁ…」

ワルねこは頭をクシャクシャと掻いた。

(ちょっと顔がいいから付き合ったのに、いつまで経っても働かない…無駄遣いはする…おまけに浮気性…最悪な男だったなぁ。あーあ、何でこんな事になったんだろう…)

ワルねこの脳裏に、元カレとの日々が浮かんだ。
それをかき消すように、ワルねこは再び漫画を見た。
そこには、白い姿をしたキャラクターが載っていた。

「…フリーザ様だったら、私を大事にしてくれるかなぁ?」

ぽつり、呟く。

「…なーんてね、二次元だから無理か…」

渇いた笑い声をあげて、ワルねこは目を閉じた。

(せめて、夢の中では素敵な恋をしたいよ…)


彼女は知らなかった。

これが、冒険と恋の始まりだという事を…。