奔星ノ在リ処
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平和な日々が続いていた並盛で不穏な気配が流れ始めていた。
数日前から綱吉の通う並盛中学校の風紀委員が何者かに襲われ歯を抜かれると言う事件が多発していた。時間も場所もバラバラで、連日並盛病院に運ばれていくその姿に綱吉の気分も暗くなっていく。何か、何か大きな事が起きている気がしてならない。騒めく心中にどうしようもない焦りを感じていた時、偶々校門で会った雲雀から了平が重症を負ったと聞き、綱吉はリボーンと共に急いで病院へと向かったのだった。
襲った相手をボクシング部に誘おうとする了平に思ったより元気そうだと胸を撫で下ろした綱吉は、そこで雲雀が動いたことを知る。これで一安心だ…。安堵から同級生と笑い合う綱吉はしかし、ふと脳裏に流星が過ぎった。
「…昴さん、大丈夫だよね…?」
ぽそりと誰にともなく呟いた言葉は騒がしい病院内に溶けて消える。けれど足元に立つリボーンにはしっかりと聞こえていたらしく、読めないコーヒー豆のような瞳が綱吉を見上げた。
「気になるなら行くか?」
「行くって…どこに?」
首を傾げた綱吉にニヤリ、とリボーンの口角が上がる。
「昴の所にだぞ。」
◇
白媛女学院 。
確かな出自から選ばれた6歳~18歳までの少女のみが通うことが許されたここは、十数年を厳格かつ揺るぎない品格の中で過ごし無垢で美しい白百合のような子供を育てることをモットーとしている。教員も学校に関わる関係者も殆どが女性で構成されており塵一つ少女達には着くことは叶わない。
しかしそんな中にも例外はあり、美術を担当する教員のみ今は男性教員となっていた。
シャ、シャ、と鉛筆がキャンバスの上を走る。休むことなく手を動かす昴は迷いなく濃淡を乗せ作品に命を吹き込み続ける。
創立記念日の今日、この学校には生徒は殆どいない。そのため学校内は静寂に包まれており、別館にあるこの美術室では鉛筆画滑る音だけが響いていた。
「順調かい?」
突如聞こえてきたのは若く穏やかな男の声。数ヶ月前にこの学校に就任した美術の教師の声だった。
「ごきげんよう。」
「ごきげんよう…って、やっぱりこの挨拶は慣れないな。」
自分の言い方がおかしかったのか、少し笑いながら教師は肩を揺らす。それに特に反応を示すことのない昴に教師はやれやれとため息を吐いて、佇んでいた入口から室内へと入った。
昴の近くまで来ると教師はキャンバスに目線を向けた。黒と白のみで描かれているのは無数の目と翼を持つ天使の姿。グロテスクなのに神秘的にも見えるその絵に人知れず感嘆の息を漏らした。
「ご用件は何かしら。」
「おいおい…。生徒の様子を見に来ただけだ。そんな言い方しないでくれよ。」
「面倒な探り合いはごめんよ。それとも警備員を呼ぶ?」
まるで物分りの悪い子供を相手にするような声音で昴は言う。しかし相変わらず手は止まらずキャンバスの天使はどんどん生々しい雰囲気を帯びていく。
全くどこでバレたのか…。中々この女も侮れないな、と教師、もとい教師のマネをしていた『誰か』は内心眉を上げた。
「クフフ…。何故分かったのですか?僕が教師ではないと。」
特徴的な笑い声と共に革靴が床と擦れて高い音を出す。『誰か』は勿体ぶるかのようにゆっくりと歩くと教壇へと寄りかかった。先程までと比べ物にならない程重く張り詰めた空気に、やっと昴は手を止め目線を上げた。煌めく星空と交差した相手の目は、いつの日かに見た赤と藍のオッドアイになっていた。
「その男は私に近寄れないわ。」
「成程。リサーチ不足でしたか。」
「それで?未だに待ても出来ない貴方は何をしに来たのから。」
温度の籠らない投げかけに『誰か』は笑みを深くしていった。
「北大路昴、共に世界を手に入れませんか?」
キラキラと、星屑の舞う瞳が『誰か』を射抜く。
「勿論、タダでとは言いません。協力してくれれば…、そうですね。貴女の兄を消してあげましょう。」
目障りなんでしょう?
狂気の滲む六の文字が細まる。嗤う顔は教師の男のものだが、穏やかな声音の裏に見え隠れする威圧感は見知らぬものだ。
昴はじ、と『誰か』を見つめる。しかしふと、その瞳が逸らされた。長いまつ毛が影を落とした瞳は輝きを失い、思った以上に暗い色をしていた。
「新作のリップが出たの。淡い色味で艶のある粘膜カラー。」
突如始まった要領を得ない話に『誰か』は首を傾げる。
「パッケージはシンプルだけど、きっと私に良く似合う。」
話している商品を思い出しているのだろうか。昴の目線が少し宙を舞う。
「だから、しない。」
そう言って昴は軽やかに立ち上がると手際よく荷物を片付け始める。カチャカチャとペンを仕舞う姿を見つめていた『誰か』は、やれやれと肩を竦めるともう一度昴を見つめた。
「僕の名前は六道骸。いずれこの世を統べる男だ。」
「そう。なら統べた後にでも会いましょう。」
ごきげんよう、と去って行く昴を見送った『誰か』ー…骸は、その背に妖しく嗤いかけながら残されたキャンバスを引き裂いたのだった。
◇
校舎を背にカツカツと石畳の道を歩く昴はふと、閉じた門の前に見知った姿を見留た。
「あっ!」
相手もこちらに気づいたのか一言大きな声を上げ、その大きな瞳を見開いた。
「あら、ごきげんよう。」
「チャオっす。」
「こ、こんにちは。」
リボーンを肩に乗せた綱吉は詰まりながらも何とか挨拶を返した。並盛町の隣、黒曜とは反対の山奥に昴の通う学校はあった。まるで世間から隔離するかのように木々の茂る中にポツンと建つ校舎は、バスでは来れずリボーンに叱咤されながら綱吉は歩いて来たのだった。
「それで?2人はお散歩かしら、こんな山奥まで。」
軽やかな足取りで門まで来た昴に綱吉はあれ、と内心首を傾げる。先程まで感じていた違和感が薄まっていた。
「早くしろダメツナ。」
「分かってるよ!…昴さん!何か、ありませんでしたか?」
「何かって?」
「えっと、あの、危険なこととと言うか…。誰かに襲われそうになったとか…。」
「身の程知らずなら年中沸いてるわ。」
事も無げに言う昴にそうじゃなくて、と口篭った綱吉。上手い言葉が見つからない。先程までの違和感をどう言葉にしようか考えていると、昴は両目を緩く歪め綱吉を見下ろした。
「特に何もないわ。ただ、つまらない事があっただけ。」
そう言って浅く微笑んだ昴に、綱吉はただただ言葉を紡げず眉を寄せるだけだった。
数日前から綱吉の通う並盛中学校の風紀委員が何者かに襲われ歯を抜かれると言う事件が多発していた。時間も場所もバラバラで、連日並盛病院に運ばれていくその姿に綱吉の気分も暗くなっていく。何か、何か大きな事が起きている気がしてならない。騒めく心中にどうしようもない焦りを感じていた時、偶々校門で会った雲雀から了平が重症を負ったと聞き、綱吉はリボーンと共に急いで病院へと向かったのだった。
襲った相手をボクシング部に誘おうとする了平に思ったより元気そうだと胸を撫で下ろした綱吉は、そこで雲雀が動いたことを知る。これで一安心だ…。安堵から同級生と笑い合う綱吉はしかし、ふと脳裏に流星が過ぎった。
「…昴さん、大丈夫だよね…?」
ぽそりと誰にともなく呟いた言葉は騒がしい病院内に溶けて消える。けれど足元に立つリボーンにはしっかりと聞こえていたらしく、読めないコーヒー豆のような瞳が綱吉を見上げた。
「気になるなら行くか?」
「行くって…どこに?」
首を傾げた綱吉にニヤリ、とリボーンの口角が上がる。
「昴の所にだぞ。」
◇
確かな出自から選ばれた6歳~18歳までの少女のみが通うことが許されたここは、十数年を厳格かつ揺るぎない品格の中で過ごし無垢で美しい白百合のような子供を育てることをモットーとしている。教員も学校に関わる関係者も殆どが女性で構成されており塵一つ少女達には着くことは叶わない。
しかしそんな中にも例外はあり、美術を担当する教員のみ今は男性教員となっていた。
シャ、シャ、と鉛筆がキャンバスの上を走る。休むことなく手を動かす昴は迷いなく濃淡を乗せ作品に命を吹き込み続ける。
創立記念日の今日、この学校には生徒は殆どいない。そのため学校内は静寂に包まれており、別館にあるこの美術室では鉛筆画滑る音だけが響いていた。
「順調かい?」
突如聞こえてきたのは若く穏やかな男の声。数ヶ月前にこの学校に就任した美術の教師の声だった。
「ごきげんよう。」
「ごきげんよう…って、やっぱりこの挨拶は慣れないな。」
自分の言い方がおかしかったのか、少し笑いながら教師は肩を揺らす。それに特に反応を示すことのない昴に教師はやれやれとため息を吐いて、佇んでいた入口から室内へと入った。
昴の近くまで来ると教師はキャンバスに目線を向けた。黒と白のみで描かれているのは無数の目と翼を持つ天使の姿。グロテスクなのに神秘的にも見えるその絵に人知れず感嘆の息を漏らした。
「ご用件は何かしら。」
「おいおい…。生徒の様子を見に来ただけだ。そんな言い方しないでくれよ。」
「面倒な探り合いはごめんよ。それとも警備員を呼ぶ?」
まるで物分りの悪い子供を相手にするような声音で昴は言う。しかし相変わらず手は止まらずキャンバスの天使はどんどん生々しい雰囲気を帯びていく。
全くどこでバレたのか…。中々この女も侮れないな、と教師、もとい教師のマネをしていた『誰か』は内心眉を上げた。
「クフフ…。何故分かったのですか?僕が教師ではないと。」
特徴的な笑い声と共に革靴が床と擦れて高い音を出す。『誰か』は勿体ぶるかのようにゆっくりと歩くと教壇へと寄りかかった。先程までと比べ物にならない程重く張り詰めた空気に、やっと昴は手を止め目線を上げた。煌めく星空と交差した相手の目は、いつの日かに見た赤と藍のオッドアイになっていた。
「その男は私に近寄れないわ。」
「成程。リサーチ不足でしたか。」
「それで?未だに待ても出来ない貴方は何をしに来たのから。」
温度の籠らない投げかけに『誰か』は笑みを深くしていった。
「北大路昴、共に世界を手に入れませんか?」
キラキラと、星屑の舞う瞳が『誰か』を射抜く。
「勿論、タダでとは言いません。協力してくれれば…、そうですね。貴女の兄を消してあげましょう。」
目障りなんでしょう?
狂気の滲む六の文字が細まる。嗤う顔は教師の男のものだが、穏やかな声音の裏に見え隠れする威圧感は見知らぬものだ。
昴はじ、と『誰か』を見つめる。しかしふと、その瞳が逸らされた。長いまつ毛が影を落とした瞳は輝きを失い、思った以上に暗い色をしていた。
「新作のリップが出たの。淡い色味で艶のある粘膜カラー。」
突如始まった要領を得ない話に『誰か』は首を傾げる。
「パッケージはシンプルだけど、きっと私に良く似合う。」
話している商品を思い出しているのだろうか。昴の目線が少し宙を舞う。
「だから、しない。」
そう言って昴は軽やかに立ち上がると手際よく荷物を片付け始める。カチャカチャとペンを仕舞う姿を見つめていた『誰か』は、やれやれと肩を竦めるともう一度昴を見つめた。
「僕の名前は六道骸。いずれこの世を統べる男だ。」
「そう。なら統べた後にでも会いましょう。」
ごきげんよう、と去って行く昴を見送った『誰か』ー…骸は、その背に妖しく嗤いかけながら残されたキャンバスを引き裂いたのだった。
◇
校舎を背にカツカツと石畳の道を歩く昴はふと、閉じた門の前に見知った姿を見留た。
「あっ!」
相手もこちらに気づいたのか一言大きな声を上げ、その大きな瞳を見開いた。
「あら、ごきげんよう。」
「チャオっす。」
「こ、こんにちは。」
リボーンを肩に乗せた綱吉は詰まりながらも何とか挨拶を返した。並盛町の隣、黒曜とは反対の山奥に昴の通う学校はあった。まるで世間から隔離するかのように木々の茂る中にポツンと建つ校舎は、バスでは来れずリボーンに叱咤されながら綱吉は歩いて来たのだった。
「それで?2人はお散歩かしら、こんな山奥まで。」
軽やかな足取りで門まで来た昴に綱吉はあれ、と内心首を傾げる。先程まで感じていた違和感が薄まっていた。
「早くしろダメツナ。」
「分かってるよ!…昴さん!何か、ありませんでしたか?」
「何かって?」
「えっと、あの、危険なこととと言うか…。誰かに襲われそうになったとか…。」
「身の程知らずなら年中沸いてるわ。」
事も無げに言う昴にそうじゃなくて、と口篭った綱吉。上手い言葉が見つからない。先程までの違和感をどう言葉にしようか考えていると、昴は両目を緩く歪め綱吉を見下ろした。
「特に何もないわ。ただ、つまらない事があっただけ。」
そう言って浅く微笑んだ昴に、綱吉はただただ言葉を紡げず眉を寄せるだけだった。
