奔星ノ在リ処
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高速鉄道を使いフィレンツェへと降り立った昴はアルノ川近くのホテルで夜を明かし、次の日に馴染みの薬局へ香水を買いに行った。しかし運悪くお目当ての品は欠品で、昴は落胆した様子で日傘を差す。
違う匂いを探そうか。でもあれが私に似合うのに…。
時々声をかけてくる人達を避けつつジェラートを買い頬張る。レモンの味が爽やかな気分を誘い昴は寄せていた眉を元に戻した。そして日傘を少し前に傾けると勢いよく走り出す。
「あっ!」
驚いた男の声が背後で聞こえたが、気にせず昴はワンピースの裾を翻す。建物の隙間を縫い、細い道を魚のように進む。鮮やかな空も花の匂いも置き去りにして辿り着いた修道院で昴は服を整え直す。尾行の気配はなし。上手く撒けたようだ。
修道院横の細道はそこそこ長い緩い坂になっており、先は開けた丘になっていた。難なく登り終えた昴は日傘を閉じると立てられた柵に手をかける。
ここは昴が見つけたお気に入りの場所だった。人が少ないにも関わらず、この場所から見下ろせるフィレンツェの街並みはどこまでも雄大で美しい。
イタリアに来たら必ず来るここは昴の秘密で、誰にも教えたくない宝物だった。
「ボンジョルノ。」
目を閉じながら柔らかな風を感じていると、ふと背後から声がかけられた。気配もなく突然のことに昴は目を瞬かせ、少々驚きながら後ろを振り返った。
そこに居たのは昴とさほど歳の変わらなさそうな少年で、藍色の髪に赤と青のオッドアイが特徴的な美しい顔立ちをしていた。そんなどこか浮世離れした少年は人好きのする笑顔を浮かべ昴を見ている。
「ごきげんよう。貴方も観光かしら。」
「そのつもりでしたが、貴女を見つけたらどうでもよくなってしまいました。」
白シャツとスラックスのシンプルな格好だが、ここの住人ではないだろう。その予想は正しく昴の言葉を肯定し、尚且つ軽口を言う少年にくるりと身体を向けた。
少年はやはり微笑んでいる。赤い右目を陽炎のように揺らしながら、昴を見定めている。
家狙いか。瞬時に相手の目的を悟った昴は柵に置いた手の位置を少し変え、いつでも飛び降りられるよう重心を後ろに下げた。
「この後予定はありますか?よければ僕と一緒に食事でもどうでしょう。」
「生憎お腹も予定もいっぱいの。」
「クフフ、それは残念。」
変わった笑い方だ。口元に手を当て肩を揺らす少年を見て昴は内心ため息をつく。武器は持ってないようだが…。面倒ねぇ。仕方ない、飛び降りるか。そう考えた瞬間、少年が一気に手を伸ばしてきた。蜃気楼のように揺れる景色に、素早く日傘を相手の喉元に突き出す。中途半端に止まった指先が靡いた昴の髪を掠った。
「許可してないわ。」
「失礼。花びらが着いていたもので…。」
刹那の緊迫感に昴の瞳孔が狭まる。両手をあげた少年にしかし傘は下げないでいると、ガヤガヤと団体の賑やかな声が聞こた。他の観光客が来たらしい。
「残念、タイムオーバーのようだ。…またお会いしましょう。」
「待ても出来ない男はごめんよ。」
傘を下げた昴に、また独特な笑い声を上げ少年は霧のように消えた。
◇
カツカツと小気味良い音を鳴らしながら街中を歩く昴は、くるくると不機嫌そうに傘を回す。それをカフェテリアから見ていたディーノは苦笑した。
「ご機嫌斜めか?ガッティーナ。」
「あら、お元気そうね木馬君。それではごきげんよう。」
「待て待て待て。」
一度立ち止まるも直ぐに歩いて行こうとする昴を慌てて引き止め、向かいの椅子に座らせる。ディーノが店員に注文をするとそれで、と昴は興味なさげにテーブルに頬杖をついた。
「ご用は何?私が恋しくなった?」
「夜しか眠れないくらいにはな。ほら、これ。」
テーブルに置かれたのは可愛らしくラッピングをされたピンクと白の花束と、見知った薬局の紙袋だった。
「約束したデイジーだ。」
「花以外もあるようだけど。」
「食事代が多かったぜ。」
旅費の分だ、と言おうとして昴は辞めた。あまり断り過ぎるのも無粋か。今回は有難く奢って貰おうとお礼を言いつつプレゼントを受け取る。きゃっと黄色い悲鳴が上がり、2人のやり取りに少し周りが沸き立つ気配がした。煩わしい。昴が立ち上がろとした時、タイミング悪く注文品が届いてしまった。
「ツナのファミリーになったんだってな。」
仕方なくカプチーノに口をつけていると、ワイングラスを置いたディーノが口を開く。
「どう言うつもりだ?」
ピリッと空気が張り詰めた。
声が低くなったディーノに昴の瞳がゆっくりと狭まる。
ディーノが今回昴の同行を許可したのはその真意を探るためだった。別に昴自身に何か問題があるという訳ではない。昴の家が問題なのだ。
恒印と手を組めば莫大な利益をボンゴレにもたらすだろう。ただそれは諸刃の剣でもある。強い力はより強い力を喰らい尽くし、内から腐敗していく。ディーノは同盟ファミリーとして、綱吉の兄貴分としても見極めねばならなかった。
そんなディーノを前に昴はゆっくりと瞬きをする。長いまつ毛が陶器のような肌に影を落とすのが見えた。
「心配ご無用よ。私がただ個人的に沢田君と仲良くしたいだけ。」
「それを信じろと?」
ピン、と糸を張ったような緊張感が辺りを支配する。お互いの動きを具に観察する中、キラキラと、眩い光がディーノの瞳と絡み合う。初めて2人の視線が重なった瞬間だった。
「…何を勘違いしているのか知らないけれど、私は面白いことが好きなだけよ。その為なら何だってするし、邪魔する者には容赦しない。それが例え、…血の繋がった家族であっても。」
そう言ってうっそりと微笑む昴はまるで耽美な絵画のようだった。周りの人々が熱を持ったため息を着く。ディーノも何も知らなければ思わず感嘆の声をもらしただろう。しかし真正面にいるからこそ、その瞳の奥を垣間見たディーノはぐっと息を飲み込んだ。
「…お姫様を満足させるのは骨が折れそうだ。」
「可愛い私のためよ。さぞ気分が良いでしょうね。」
子供の無邪気さは時として何よりも残酷な刃となる。どうか少女の欲求が最悪な形で牙を向くことがないようにと、優雅に歩き去る背中を見ながらディーノはこめかみを押さえるしかなかった。
違う匂いを探そうか。でもあれが私に似合うのに…。
時々声をかけてくる人達を避けつつジェラートを買い頬張る。レモンの味が爽やかな気分を誘い昴は寄せていた眉を元に戻した。そして日傘を少し前に傾けると勢いよく走り出す。
「あっ!」
驚いた男の声が背後で聞こえたが、気にせず昴はワンピースの裾を翻す。建物の隙間を縫い、細い道を魚のように進む。鮮やかな空も花の匂いも置き去りにして辿り着いた修道院で昴は服を整え直す。尾行の気配はなし。上手く撒けたようだ。
修道院横の細道はそこそこ長い緩い坂になっており、先は開けた丘になっていた。難なく登り終えた昴は日傘を閉じると立てられた柵に手をかける。
ここは昴が見つけたお気に入りの場所だった。人が少ないにも関わらず、この場所から見下ろせるフィレンツェの街並みはどこまでも雄大で美しい。
イタリアに来たら必ず来るここは昴の秘密で、誰にも教えたくない宝物だった。
「ボンジョルノ。」
目を閉じながら柔らかな風を感じていると、ふと背後から声がかけられた。気配もなく突然のことに昴は目を瞬かせ、少々驚きながら後ろを振り返った。
そこに居たのは昴とさほど歳の変わらなさそうな少年で、藍色の髪に赤と青のオッドアイが特徴的な美しい顔立ちをしていた。そんなどこか浮世離れした少年は人好きのする笑顔を浮かべ昴を見ている。
「ごきげんよう。貴方も観光かしら。」
「そのつもりでしたが、貴女を見つけたらどうでもよくなってしまいました。」
白シャツとスラックスのシンプルな格好だが、ここの住人ではないだろう。その予想は正しく昴の言葉を肯定し、尚且つ軽口を言う少年にくるりと身体を向けた。
少年はやはり微笑んでいる。赤い右目を陽炎のように揺らしながら、昴を見定めている。
家狙いか。瞬時に相手の目的を悟った昴は柵に置いた手の位置を少し変え、いつでも飛び降りられるよう重心を後ろに下げた。
「この後予定はありますか?よければ僕と一緒に食事でもどうでしょう。」
「生憎お腹も予定もいっぱいの。」
「クフフ、それは残念。」
変わった笑い方だ。口元に手を当て肩を揺らす少年を見て昴は内心ため息をつく。武器は持ってないようだが…。面倒ねぇ。仕方ない、飛び降りるか。そう考えた瞬間、少年が一気に手を伸ばしてきた。蜃気楼のように揺れる景色に、素早く日傘を相手の喉元に突き出す。中途半端に止まった指先が靡いた昴の髪を掠った。
「許可してないわ。」
「失礼。花びらが着いていたもので…。」
刹那の緊迫感に昴の瞳孔が狭まる。両手をあげた少年にしかし傘は下げないでいると、ガヤガヤと団体の賑やかな声が聞こた。他の観光客が来たらしい。
「残念、タイムオーバーのようだ。…またお会いしましょう。」
「待ても出来ない男はごめんよ。」
傘を下げた昴に、また独特な笑い声を上げ少年は霧のように消えた。
◇
カツカツと小気味良い音を鳴らしながら街中を歩く昴は、くるくると不機嫌そうに傘を回す。それをカフェテリアから見ていたディーノは苦笑した。
「ご機嫌斜めか?ガッティーナ。」
「あら、お元気そうね木馬君。それではごきげんよう。」
「待て待て待て。」
一度立ち止まるも直ぐに歩いて行こうとする昴を慌てて引き止め、向かいの椅子に座らせる。ディーノが店員に注文をするとそれで、と昴は興味なさげにテーブルに頬杖をついた。
「ご用は何?私が恋しくなった?」
「夜しか眠れないくらいにはな。ほら、これ。」
テーブルに置かれたのは可愛らしくラッピングをされたピンクと白の花束と、見知った薬局の紙袋だった。
「約束したデイジーだ。」
「花以外もあるようだけど。」
「食事代が多かったぜ。」
旅費の分だ、と言おうとして昴は辞めた。あまり断り過ぎるのも無粋か。今回は有難く奢って貰おうとお礼を言いつつプレゼントを受け取る。きゃっと黄色い悲鳴が上がり、2人のやり取りに少し周りが沸き立つ気配がした。煩わしい。昴が立ち上がろとした時、タイミング悪く注文品が届いてしまった。
「ツナのファミリーになったんだってな。」
仕方なくカプチーノに口をつけていると、ワイングラスを置いたディーノが口を開く。
「どう言うつもりだ?」
ピリッと空気が張り詰めた。
声が低くなったディーノに昴の瞳がゆっくりと狭まる。
ディーノが今回昴の同行を許可したのはその真意を探るためだった。別に昴自身に何か問題があるという訳ではない。昴の家が問題なのだ。
恒印と手を組めば莫大な利益をボンゴレにもたらすだろう。ただそれは諸刃の剣でもある。強い力はより強い力を喰らい尽くし、内から腐敗していく。ディーノは同盟ファミリーとして、綱吉の兄貴分としても見極めねばならなかった。
そんなディーノを前に昴はゆっくりと瞬きをする。長いまつ毛が陶器のような肌に影を落とすのが見えた。
「心配ご無用よ。私がただ個人的に沢田君と仲良くしたいだけ。」
「それを信じろと?」
ピン、と糸を張ったような緊張感が辺りを支配する。お互いの動きを具に観察する中、キラキラと、眩い光がディーノの瞳と絡み合う。初めて2人の視線が重なった瞬間だった。
「…何を勘違いしているのか知らないけれど、私は面白いことが好きなだけよ。その為なら何だってするし、邪魔する者には容赦しない。それが例え、…血の繋がった家族であっても。」
そう言ってうっそりと微笑む昴はまるで耽美な絵画のようだった。周りの人々が熱を持ったため息を着く。ディーノも何も知らなければ思わず感嘆の声をもらしただろう。しかし真正面にいるからこそ、その瞳の奥を垣間見たディーノはぐっと息を飲み込んだ。
「…お姫様を満足させるのは骨が折れそうだ。」
「可愛い私のためよ。さぞ気分が良いでしょうね。」
子供の無邪気さは時として何よりも残酷な刃となる。どうか少女の欲求が最悪な形で牙を向くことがないようにと、優雅に歩き去る背中を見ながらディーノはこめかみを押さえるしかなかった。
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