軍刀女士の大戦記
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それを見つけたのは偶然だった。
手合わせが終わり汗を拭きながら廊下を歩いていると、ふと、戸の隙間から黒い影が動くのが見えた。最近本丸では猫がよく出入りしているのを見かけるので、もしかしたらこの炊事場でも悪戯しているのかと戸に手をかけた。
厨房に入って数歩、そこに居たのは猫でもなんでもなくこの本丸の刀剣、燭台切光忠殿だった。その彼がこちらに背を向けひとつの膳の前で何かをしている。黒字に金の二本線…。閣下の膳か。盛り付けでもし直しているのかと考え、今日は燭台切殿は違う当番だったはずだと思い出す。ならば一体何をしているのかと手元を覗きこもうとして、ふと、見知ったものが1滴汁物の中に落ちるのが見えた。
「っなに、してるんですか!!」
「っ!!」
一気に間合いを詰めて燭台切殿を引き倒す。いきなりだったためかろくに受け身も取れず棚にぶつかった彼を睨みつけた。
「…いったいなぁ。何するの夕凪くん。」
「それはこちらのセリフです。何をしているのですか。」
床に尻もちをついたまま燭台切殿がいつものように私の名を呼ぶ。しかしその琥珀の瞳はギラギラと鋭く殺気を隠そうともしない。足に力を入れ翻を固めた。練度差もある。油断出来ない。
「何って…、何も?」
「ご自身の血を閣下の椀に入れていましたよね。」
「夕凪くん何を言ってるの。流石に怒るよ。」
「血が固まったままですよ。」
陛下の椀を持ち上げ固まって表面に浮いている血を見せると、燭台切殿の顔から一気に表情が抜け落ちた。
「あーあ。まさか君にバレるとはね、残念だ。」
「残念って…。付喪神の血を審神者とは言え人間に与えることがどれだけ危険かご存知でしょう?こんなことあまりにも惨い。許されません。」
「それで?主くんにでも言うのかな。でも、彼は君の言うことを信じるのかな。僕を疑ってまで。」
その言葉にぐっと奥歯を噛み締める。確かに燭台切殿の言う通り私と彼とでは閣下からの信頼に大きな差がある。私はこの本丸の新参者で、閣下が苦手だと言う女。片や燭台切殿はこの本丸初の太刀。日頃から閣下だけでなく他の刀剣達にも頼りにされている。そんな彼の事を疑う者などこの本丸にいるはずもなく、信じて貰えないのは火を見るより明らかだった。
握った拳に思わず力が入る。何も言い返せない私にふー、っとこれみよがしに息を吐いた燭台切殿は内番服についたホコリを払うようにして立ち上がった。
「ま、分かったら邪魔しないでね。僕も仲間を失いたくはないんだ。」
そう言って背を向け去って行く燭台切殿に、握った拳から血が流れた。知っているのに、気づいているのに。こんなに無力を痛感したのはあの時以来だと、耳の奥で爆発音が木霊した。
開きっぱなしの戸から目を離し閣下の椀を見つめる。この本丸が自分専用の箸を用意する本丸で本当に良かったと思いながら、私は自分の膳に手を伸ばした。
その日の夕餉はいつもと変わらない和気あいあいとしたものだった。閣下が楽しそうに近侍の浦島殿に話しかけるのを微笑ましく思いながら、椀を手に取る。何も知らなければ美味しいだけのそれに、そっと口をつけた。気のせいだと思いたいエグ味を感じながら突き刺さる視線の中でぐっと味噌汁を飲み干した。
◇
あの日から私は隙を見ては閣下の皿と自分の皿を入れ替え続けている。いつも炊事場を見張ることは出来ないし燭台切殿を監視するのは中々厳しい事だったが、それでもやらねばならない。審神者はこの戦争の要なのだ。絶対に守らねばならない。
幸運なことに今日まで閣下の身体には何の異常も見られていない。私も微かに神気が混じったくらいで中毒にはなっていない。燭台切殿の方もあまりに私が邪魔するから暴挙に出るかと危惧していたが、最近では悪態すらなくなった。それが幸か不幸かは分からない。分からないが、私の食事を見つめるあの瞳はー…。
「おい、大丈夫か。」
「っ、あ。」
こちらを振り返る同田貫殿にはっと意識を戻した。いけない、今は畑当番をしていたのだった。
慌てて農具を掴み直し数歩先の同田貫殿の元へと駆け寄る。
「申し訳ありません、ついボーッとしてしまいました。えっと、サツマイモを育てるんでしたか?」
「全く違うしそれはもうあるだろ。…これが終われば少し休憩にすっか。」
「はい。」
呆れさせてしまった。それに申し訳なさを感じつつ、最後の一角を耕し終わった私達は畑から一度出て全体を見渡した。ただの盛り上がった土が列をなし広い土地を埋めている。ここから新しい食料が育つのかと思うと何とも感慨深い。
「何を育てるんでしょう。」
「確か…、芋類じゃなかったか。」
芋類か。いいな。サツマイモなら多少放って置いても育つので、是非サツマイモにして欲しいものだと沈んでいた気分が少し上がった。
その日の夕餉にはサツマイモのきんぴらが出た。長細くカットされたサツマイモとごまの香ばしさが何とも食欲を誘う。数本箸で掬い口に入れた。甘みが口腔内に広がった瞬間、ぶよっとした弾力のあるサツマイモではない何かを噛み締めた。
鼻の奥まで届く鉄の味。生肉だ。
咄嗟に口を手で押え何とか嘔吐くのを耐える。しかし口の中の物を飲み込むこともできず、ぶよぶよとしたそれはサツマイモと混ざり舌の上にいた。
「美味しい?」
突然上から降ってきた声に、はっとして顔を上げる。
食べ終わったであろう空の膳を持ってこちらを見下ろす燭台切殿の顔はいつも通りにこやかだった。
「今日のそれ、自信作なんだ。」
血の気が引いていく。目の前の男はワザと閣下ではなく私の皿に自身の肉を入れたのだ。徐々に青ざめる私に、しかし燭台切殿は嬉しそうに目尻を下げた。
「味わって食べてね。」
◇
このままでは駄目だ。
手入れ部屋の資材の補充に来た私は、薄暗い蔵の中で兎に角どうにかしなければと考える。もう信頼の差などと言っている場合ではない。燭台切殿の血に無意識に慣れていったせいで肉にも気づけなかったのだから、このままでは本当に不味い事になる。
「でも一体誰に…。」
「どうかしたの?」
背後からいきなり聞こえてきた、いるはずのない人物の声に咄嗟に後ろを振り返る。逆光で見えにくいがその姿は確かに燭台切殿だった。
「燭台切殿…。何か御用でしょうか。」
「うん、ちょっとね。」
そう言って1歩ずつ近寄ってくる燭台切光忠に思わず後退した。
最悪だ。出入口である扉に彼がいてはこの蔵には逃げ場がない。唯一の小窓は椅子がなければ到底届かないところにあるし、そこへ行くには彼に背を向けることになる。刀を持っていないのはお互い様だが目的も何も分からない今、彼から目を離すのは恐ろしかった。
じりじりと詰め寄る燭台切殿に緊張が走る。身体が恐怖と焦りで震えるのを何とか抑えるも、しかし直ぐに背中は壁に当たってしまい、彼との差はものの数歩まで縮まってしまった。
「夕凪くん。新しい料理を作ったんだ、味見してくれる?」
その言葉と共に目の前に差し出されたのは、血の滴る琥珀色の目玉。
紛れもない、燭台切殿の目玉が乗った、皿だった。
「大変だったんだよ?わざと負傷して目玉だけ抉るの。眼帯の下はまだ痛いけど、でも君に食べて欲しくて頑張ったんだ。」
「こんな…、度が過ぎます。」
ひりつく喉をこじ開け何とか声を出すも、それはどうしようもなく震えていた。恐ろしくて目の前の皿から目が離せない。怖い。顔を上げるのが、燭台切殿を見るのが怖い。
「過ぎるも何も…、君がこうしたんだよ?」
「…は?」
なんの事だと顔を上げて、後悔した。
眼帯の方から血を流し片目で私を見るその瞳は、蕩けそうなほど恍惚としていた。
「最初は邪魔する君が疎ましかったんだけど、僕の血や肉が入ったものを食べる君がとても美味しそうに食べるから、どんどん抑えが効かなくなったんだ。君の中で僕の一部と君の血肉が交わるのを考えるともう堪らない。もっともっと一緒になりたい!味わいたいんだ!!
……だから、ね?僕の目、食べて。」
こいつは何を言っているんだ。食べるってなんだ。交わるってなんだ。この男は一体誰なんだ。私の知る、燭台切光忠じゃない。こんなの異常だ。おかしい。恐ろしい。目の前のものが恐ろしくて仕方ない。
全身の穴という穴から汗が吹き出し、末端から徐々に熱が引いていく。それでも目だけは得体の知れない目の前の男から逸らせない。
「どうかしてる…。」
「そんなに怯えないで。…あぁでも、君の瞳は飴玉みたいに綺麗だね。……とっても、美味しそうだ。」
ねぇ、食べてもいい?
そう言って私の片目を覆うほど大きく開けられた燭台切光忠の口は、底なしの闇のようだった。
内番(畑)ボイス 開始『サツマイモを育てましょう。』
終了『放って置いても育ちますかね。』
手合わせが終わり汗を拭きながら廊下を歩いていると、ふと、戸の隙間から黒い影が動くのが見えた。最近本丸では猫がよく出入りしているのを見かけるので、もしかしたらこの炊事場でも悪戯しているのかと戸に手をかけた。
厨房に入って数歩、そこに居たのは猫でもなんでもなくこの本丸の刀剣、燭台切光忠殿だった。その彼がこちらに背を向けひとつの膳の前で何かをしている。黒字に金の二本線…。閣下の膳か。盛り付けでもし直しているのかと考え、今日は燭台切殿は違う当番だったはずだと思い出す。ならば一体何をしているのかと手元を覗きこもうとして、ふと、見知ったものが1滴汁物の中に落ちるのが見えた。
「っなに、してるんですか!!」
「っ!!」
一気に間合いを詰めて燭台切殿を引き倒す。いきなりだったためかろくに受け身も取れず棚にぶつかった彼を睨みつけた。
「…いったいなぁ。何するの夕凪くん。」
「それはこちらのセリフです。何をしているのですか。」
床に尻もちをついたまま燭台切殿がいつものように私の名を呼ぶ。しかしその琥珀の瞳はギラギラと鋭く殺気を隠そうともしない。足に力を入れ翻を固めた。練度差もある。油断出来ない。
「何って…、何も?」
「ご自身の血を閣下の椀に入れていましたよね。」
「夕凪くん何を言ってるの。流石に怒るよ。」
「血が固まったままですよ。」
陛下の椀を持ち上げ固まって表面に浮いている血を見せると、燭台切殿の顔から一気に表情が抜け落ちた。
「あーあ。まさか君にバレるとはね、残念だ。」
「残念って…。付喪神の血を審神者とは言え人間に与えることがどれだけ危険かご存知でしょう?こんなことあまりにも惨い。許されません。」
「それで?主くんにでも言うのかな。でも、彼は君の言うことを信じるのかな。僕を疑ってまで。」
その言葉にぐっと奥歯を噛み締める。確かに燭台切殿の言う通り私と彼とでは閣下からの信頼に大きな差がある。私はこの本丸の新参者で、閣下が苦手だと言う女。片や燭台切殿はこの本丸初の太刀。日頃から閣下だけでなく他の刀剣達にも頼りにされている。そんな彼の事を疑う者などこの本丸にいるはずもなく、信じて貰えないのは火を見るより明らかだった。
握った拳に思わず力が入る。何も言い返せない私にふー、っとこれみよがしに息を吐いた燭台切殿は内番服についたホコリを払うようにして立ち上がった。
「ま、分かったら邪魔しないでね。僕も仲間を失いたくはないんだ。」
そう言って背を向け去って行く燭台切殿に、握った拳から血が流れた。知っているのに、気づいているのに。こんなに無力を痛感したのはあの時以来だと、耳の奥で爆発音が木霊した。
開きっぱなしの戸から目を離し閣下の椀を見つめる。この本丸が自分専用の箸を用意する本丸で本当に良かったと思いながら、私は自分の膳に手を伸ばした。
その日の夕餉はいつもと変わらない和気あいあいとしたものだった。閣下が楽しそうに近侍の浦島殿に話しかけるのを微笑ましく思いながら、椀を手に取る。何も知らなければ美味しいだけのそれに、そっと口をつけた。気のせいだと思いたいエグ味を感じながら突き刺さる視線の中でぐっと味噌汁を飲み干した。
◇
あの日から私は隙を見ては閣下の皿と自分の皿を入れ替え続けている。いつも炊事場を見張ることは出来ないし燭台切殿を監視するのは中々厳しい事だったが、それでもやらねばならない。審神者はこの戦争の要なのだ。絶対に守らねばならない。
幸運なことに今日まで閣下の身体には何の異常も見られていない。私も微かに神気が混じったくらいで中毒にはなっていない。燭台切殿の方もあまりに私が邪魔するから暴挙に出るかと危惧していたが、最近では悪態すらなくなった。それが幸か不幸かは分からない。分からないが、私の食事を見つめるあの瞳はー…。
「おい、大丈夫か。」
「っ、あ。」
こちらを振り返る同田貫殿にはっと意識を戻した。いけない、今は畑当番をしていたのだった。
慌てて農具を掴み直し数歩先の同田貫殿の元へと駆け寄る。
「申し訳ありません、ついボーッとしてしまいました。えっと、サツマイモを育てるんでしたか?」
「全く違うしそれはもうあるだろ。…これが終われば少し休憩にすっか。」
「はい。」
呆れさせてしまった。それに申し訳なさを感じつつ、最後の一角を耕し終わった私達は畑から一度出て全体を見渡した。ただの盛り上がった土が列をなし広い土地を埋めている。ここから新しい食料が育つのかと思うと何とも感慨深い。
「何を育てるんでしょう。」
「確か…、芋類じゃなかったか。」
芋類か。いいな。サツマイモなら多少放って置いても育つので、是非サツマイモにして欲しいものだと沈んでいた気分が少し上がった。
その日の夕餉にはサツマイモのきんぴらが出た。長細くカットされたサツマイモとごまの香ばしさが何とも食欲を誘う。数本箸で掬い口に入れた。甘みが口腔内に広がった瞬間、ぶよっとした弾力のあるサツマイモではない何かを噛み締めた。
鼻の奥まで届く鉄の味。生肉だ。
咄嗟に口を手で押え何とか嘔吐くのを耐える。しかし口の中の物を飲み込むこともできず、ぶよぶよとしたそれはサツマイモと混ざり舌の上にいた。
「美味しい?」
突然上から降ってきた声に、はっとして顔を上げる。
食べ終わったであろう空の膳を持ってこちらを見下ろす燭台切殿の顔はいつも通りにこやかだった。
「今日のそれ、自信作なんだ。」
血の気が引いていく。目の前の男はワザと閣下ではなく私の皿に自身の肉を入れたのだ。徐々に青ざめる私に、しかし燭台切殿は嬉しそうに目尻を下げた。
「味わって食べてね。」
◇
このままでは駄目だ。
手入れ部屋の資材の補充に来た私は、薄暗い蔵の中で兎に角どうにかしなければと考える。もう信頼の差などと言っている場合ではない。燭台切殿の血に無意識に慣れていったせいで肉にも気づけなかったのだから、このままでは本当に不味い事になる。
「でも一体誰に…。」
「どうかしたの?」
背後からいきなり聞こえてきた、いるはずのない人物の声に咄嗟に後ろを振り返る。逆光で見えにくいがその姿は確かに燭台切殿だった。
「燭台切殿…。何か御用でしょうか。」
「うん、ちょっとね。」
そう言って1歩ずつ近寄ってくる燭台切光忠に思わず後退した。
最悪だ。出入口である扉に彼がいてはこの蔵には逃げ場がない。唯一の小窓は椅子がなければ到底届かないところにあるし、そこへ行くには彼に背を向けることになる。刀を持っていないのはお互い様だが目的も何も分からない今、彼から目を離すのは恐ろしかった。
じりじりと詰め寄る燭台切殿に緊張が走る。身体が恐怖と焦りで震えるのを何とか抑えるも、しかし直ぐに背中は壁に当たってしまい、彼との差はものの数歩まで縮まってしまった。
「夕凪くん。新しい料理を作ったんだ、味見してくれる?」
その言葉と共に目の前に差し出されたのは、血の滴る琥珀色の目玉。
紛れもない、燭台切殿の目玉が乗った、皿だった。
「大変だったんだよ?わざと負傷して目玉だけ抉るの。眼帯の下はまだ痛いけど、でも君に食べて欲しくて頑張ったんだ。」
「こんな…、度が過ぎます。」
ひりつく喉をこじ開け何とか声を出すも、それはどうしようもなく震えていた。恐ろしくて目の前の皿から目が離せない。怖い。顔を上げるのが、燭台切殿を見るのが怖い。
「過ぎるも何も…、君がこうしたんだよ?」
「…は?」
なんの事だと顔を上げて、後悔した。
眼帯の方から血を流し片目で私を見るその瞳は、蕩けそうなほど恍惚としていた。
「最初は邪魔する君が疎ましかったんだけど、僕の血や肉が入ったものを食べる君がとても美味しそうに食べるから、どんどん抑えが効かなくなったんだ。君の中で僕の一部と君の血肉が交わるのを考えるともう堪らない。もっともっと一緒になりたい!味わいたいんだ!!
……だから、ね?僕の目、食べて。」
こいつは何を言っているんだ。食べるってなんだ。交わるってなんだ。この男は一体誰なんだ。私の知る、燭台切光忠じゃない。こんなの異常だ。おかしい。恐ろしい。目の前のものが恐ろしくて仕方ない。
全身の穴という穴から汗が吹き出し、末端から徐々に熱が引いていく。それでも目だけは得体の知れない目の前の男から逸らせない。
「どうかしてる…。」
「そんなに怯えないで。…あぁでも、君の瞳は飴玉みたいに綺麗だね。……とっても、美味しそうだ。」
ねぇ、食べてもいい?
そう言って私の片目を覆うほど大きく開けられた燭台切光忠の口は、底なしの闇のようだった。
内番(畑)ボイス 開始『サツマイモを育てましょう。』
終了『放って置いても育ちますかね。』
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