工藤さん家の娘さんは目が見えない。
お好きな名前をどうぞ
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駅の近くということもあり人が往来する外の騒がしさからぽつりと取り残されたかのように、今日もこのクラシカルなカフェは心地よい静寂に包まれていた。
ベルの音が響く店内は香ばしい豆の匂いが漂っている。父の勧めから贔屓にしているこのお店はコーヒーの専門店でありながらもガトーショコラが美味しいことでも有名だ。
「かなえちゃん。」
さぁ歩こうかとムクに指示するよりはやく軽やかな足音と共に私の名が呼ばれた。その優しい声に待たせていた申し訳なさとそれを超える会えたことへの嬉しさで頬が落ちていく。
「お兄さん!」
「久しぶり、ここまで大丈夫だった?転んだりしてないか?」
「もう心配し過ぎですよ。声さえ聞こえればお席にだって行けました。」
少しむくれた私にあの日助けてくれたお兄さんこと緑川唯さんは軽く笑いをこぼした後、すぐにいつもの席へと案内してくれる。ムクがいるので今日はないが、白杖のみの時は手を引いてくれたり腕を貸してくれたりとお兄さんの気遣いは本当に有難い。いや手を差し伸べてくれる人は他にもいるがお兄さんのはなんというか、こう痒いところに手が届くというか、とても適切な手助けなのだ。交流を重ねてお兄さんが頭のいい人だということは理解したが、それでもこんなに的確な人は日頃から慣れてなければ出来ない。それくらい細やかで有難い気遣いなのだ。
職業なのだろうか、それとも人助けに慣れているのだろうか。未だに私はお兄さんの名前と年齢くらいしか知らないが、それでも深く詮索しようとは思わず、今日も奇妙なお茶会を楽しもうと鼻腔を擽る火薬の臭いを知らん顔した。
「それじゃあ今はお父さんの本の翻訳をしてるんだ。」
「はい、まだまだ手探り状態ですけど暗闇は慣れているので結構楽しいです。」
「笑っていいのか困る冗談はよせよ。」
コーヒーがまだ飲めない私はカフェオレとガトーショコラを、お兄さんは無難なアメリカンを。
対面に座りころころ変わる話題に花を咲かせた私達の下でムクがふわっと声を出す。持ってきたおやつを食べ終えて眠たいのだろう。マスターのご好意で置かせてもらった水皿から音は聞こえなくなっていた。
「なら小説家は諦めるのか?」
「うーん、趣味で書いてはいますけど父のようにはとてもとても…。遺伝とか関係ないですね、私のは在り来りですし。」
「そんなことないと思うけどなぁ。あ、なんならお父さんに添削してもらったら。」
「そんな恥ずかしいことできませんよ!」
この人はなんて事を軽く言ってのけるのだろう。父の小説は難しいし理解できない所もあるがとても面白い。世界的ヒットを飛ばす理由もよくわかる。そんな偉大な父に素人のものを見せるのは恐れ多すぎる。それに、父に読んでもらいたいという人はいっぱいいるのだからいくら娘とはいえそれは卑怯だ。
あわあわと慌てる私に溢れるぞと余裕そうに言うお兄さんにほんの少しムッとする。
「ならお兄さんが添削してくださいよ。」
「俺?俺かぁ。俺はなぁ。」
「ミステリはお嫌いですか?安心してください。私のはそっち方面じゃないです。素人の趣味だけど、ね、良いでしょ?家族にだと恥ずかしいんです。」
「うーん、まぁそのうちな。」
その言葉に、まただと違和感を覚える。
未来の話を意図して避けているのは今日会ってから何度目だろうか。
カタリとカップの置かれる音が響く。
何時もなら気にならないそれがイヤに耳に残り何となく嫌な予感がした。
結局一抹の不安を残したまま窓の外は日を傾けていく。
今日はもうお開きにしようと言うお兄さんがいつの間にか会計を済ませており、申し訳なく思うもお金は受け取ってくれないと何度も実践済みなので感謝を述べた。
お店を出、送ってくれるというお兄さんと帰路を歩く。普段より歩くスピードを遅くした私をどう思っているのだろうか、いっそ気味悪いほどいつも通りのお兄さんからは分からない。
「後は真っ直ぐ進むだけだな…。よし、ならここまでだ。」
「ありがとうございました。今度は何処にしましょうか。」
「あぁ。……いや、次はないんだ。」
遠くに行くんだ。だから今日で会うのは最後にしよう。
夕日の柔らかさと同じように穏やかな声だった。
弟や父のように頭が良いわけでも母やクリスさんのように勘が鋭いわけでもないが、何となくこんな今日が来ることは予感していた。でももっと後だと思っていた。まだまだ先の未来だと思っていた。
「……それは火薬…いや、硝煙の臭いを纏っているのと関係ありますか。」
「なんの事かな?」
「鼻と、耳は、自信があるので。」
「確かに俺を見つけたくらいだしな。」
ははっ聞こえた声は酷く乾いており私の掠れた声とよく似たものを感じ、全く知らないものだと直感した。寂しいのと怖いのと、それ以外にもいっぱい何かが詰まった大人の人の声音。何かを守ろうとしている、いっぱい考えている人の声音だ。
何か、とか、それ以外、とか抽象的過ぎる自分の考えに内心苦笑する。私は本当にお兄さんのことを何も知らないんだなぁ。
「…顔も、まだ見れてないのに。」
「そうだなぁ…。」
完全に失明している私の目にはお兄さんの表情は映らない。でも、あぁ、お兄さんが困ってる。きっと泣いて原因を聞いたら、うんと優しい声で慰めて当たり障りのない理由を言ってくれたんだろう。それをお兄さんも望んでいたはず。でも、お兄さんも私と同じで何も知らないんだなぁ。
「…もう会えないならそれも仕方ないと思います。お兄さんは歳上だしどんなのかは知らないけど仕事してるし。でも、でも、出来たらまた、お茶したいです。今度はお兄さんのお勧めのお店で。」
お兄さんが何故諦めたような、過去を懐かしむような言い方をしていたのかは分からない。だから私は未来のいつかの日まで待っていようと思った。いつか、本当のことを少しでも教えてくれる日まで。私のガッツは家族1なのだ。
泣くのもを堪えながら何とか笑顔を作った私にさよならも言わずにお兄さんは行ってしまった。
ムクの鳴き声が消えるより早く煙臭さは夕日に溶けていった。
スコッチは独り廃墟と化したビルの屋上でもう会うことは叶わない友人達を思う。その中に1人、少女の影がチラついて眉を下げた。
本当はあんなに関わるつもりはなかったんだ。でもあの娘、いつも危なっかしくてほっとけなかった。
だから遠くに行くなんて嘘をついてなるべく傷つけないようにしたのに、あの娘はツレなかった。それどころか暗に待っているなんて言って。
そしたら、ほら、魔が差して。あの娘の言うことを否定しなかった。酷なことをしてしまった。もう会えないのに夢を見せている。
せめて希望は捨てさせなければと幼馴染みにメールを打とうとして、ふと指を止めた。
「ハァイ。」
「…ベルモット。貴女から俺に会いに来るとは珍しい。」
「貴方に用があってわざわざ来てあげたのよ、スコッチ。いえ、裏切り者の公安警察・諸伏景光と呼ぶべきかしら。」
あぁもう本名まで。
時間がないことが直接脳を揺らす。
せめてスマホは壊さなければとどうにか目の前にいる魔女を出し抜く方法に思考を巡らせた。
「俺を殺すのか。」
体術なら分がある。いや、でも本当にここにはベルモット1人か?もしスナイパーが潜んでいたら勝ち目はない。やはりどうにか情報を死守することに全てを使おうと、ベルモットが隠し持っているであろう銃の在処に予想をつける。
が、しかし、
ベルモットは魔性のオーラをそのままにルージュを引いた唇をニヒルに歪めた。
「そうね、ボスからの指示はそうよ。でも、こんなのはどう?貴方を助けてあげましょうか。」
「…何が目的だ。」
警戒が跳ね上がる。
悠長なことはしていられない。一刻も早く隙を作らなければと焦る俺に対しベルモットは次第に目を鋭くし笑みを消した。
「目的?そんなの知る必要はないわ。それに勘違いしないで、貴方の為じゃない。」
さぁどうするのかと言わんばかりに差し出すベルモットの手を凝視する。綺麗な手だ。血が通ってなさそうなほど白く、多くの血を浴びた、あの娘とは違う汚れた手。
組織の、しかも幹部を信用してもいいのか。しかし、この状況では…。
冷や汗が伝う額をそのままに俺は自分の手をー。
ベルの音が響く店内は香ばしい豆の匂いが漂っている。父の勧めから贔屓にしているこのお店はコーヒーの専門店でありながらもガトーショコラが美味しいことでも有名だ。
「かなえちゃん。」
さぁ歩こうかとムクに指示するよりはやく軽やかな足音と共に私の名が呼ばれた。その優しい声に待たせていた申し訳なさとそれを超える会えたことへの嬉しさで頬が落ちていく。
「お兄さん!」
「久しぶり、ここまで大丈夫だった?転んだりしてないか?」
「もう心配し過ぎですよ。声さえ聞こえればお席にだって行けました。」
少しむくれた私にあの日助けてくれたお兄さんこと緑川唯さんは軽く笑いをこぼした後、すぐにいつもの席へと案内してくれる。ムクがいるので今日はないが、白杖のみの時は手を引いてくれたり腕を貸してくれたりとお兄さんの気遣いは本当に有難い。いや手を差し伸べてくれる人は他にもいるがお兄さんのはなんというか、こう痒いところに手が届くというか、とても適切な手助けなのだ。交流を重ねてお兄さんが頭のいい人だということは理解したが、それでもこんなに的確な人は日頃から慣れてなければ出来ない。それくらい細やかで有難い気遣いなのだ。
職業なのだろうか、それとも人助けに慣れているのだろうか。未だに私はお兄さんの名前と年齢くらいしか知らないが、それでも深く詮索しようとは思わず、今日も奇妙なお茶会を楽しもうと鼻腔を擽る火薬の臭いを知らん顔した。
「それじゃあ今はお父さんの本の翻訳をしてるんだ。」
「はい、まだまだ手探り状態ですけど暗闇は慣れているので結構楽しいです。」
「笑っていいのか困る冗談はよせよ。」
コーヒーがまだ飲めない私はカフェオレとガトーショコラを、お兄さんは無難なアメリカンを。
対面に座りころころ変わる話題に花を咲かせた私達の下でムクがふわっと声を出す。持ってきたおやつを食べ終えて眠たいのだろう。マスターのご好意で置かせてもらった水皿から音は聞こえなくなっていた。
「なら小説家は諦めるのか?」
「うーん、趣味で書いてはいますけど父のようにはとてもとても…。遺伝とか関係ないですね、私のは在り来りですし。」
「そんなことないと思うけどなぁ。あ、なんならお父さんに添削してもらったら。」
「そんな恥ずかしいことできませんよ!」
この人はなんて事を軽く言ってのけるのだろう。父の小説は難しいし理解できない所もあるがとても面白い。世界的ヒットを飛ばす理由もよくわかる。そんな偉大な父に素人のものを見せるのは恐れ多すぎる。それに、父に読んでもらいたいという人はいっぱいいるのだからいくら娘とはいえそれは卑怯だ。
あわあわと慌てる私に溢れるぞと余裕そうに言うお兄さんにほんの少しムッとする。
「ならお兄さんが添削してくださいよ。」
「俺?俺かぁ。俺はなぁ。」
「ミステリはお嫌いですか?安心してください。私のはそっち方面じゃないです。素人の趣味だけど、ね、良いでしょ?家族にだと恥ずかしいんです。」
「うーん、まぁそのうちな。」
その言葉に、まただと違和感を覚える。
未来の話を意図して避けているのは今日会ってから何度目だろうか。
カタリとカップの置かれる音が響く。
何時もなら気にならないそれがイヤに耳に残り何となく嫌な予感がした。
結局一抹の不安を残したまま窓の外は日を傾けていく。
今日はもうお開きにしようと言うお兄さんがいつの間にか会計を済ませており、申し訳なく思うもお金は受け取ってくれないと何度も実践済みなので感謝を述べた。
お店を出、送ってくれるというお兄さんと帰路を歩く。普段より歩くスピードを遅くした私をどう思っているのだろうか、いっそ気味悪いほどいつも通りのお兄さんからは分からない。
「後は真っ直ぐ進むだけだな…。よし、ならここまでだ。」
「ありがとうございました。今度は何処にしましょうか。」
「あぁ。……いや、次はないんだ。」
遠くに行くんだ。だから今日で会うのは最後にしよう。
夕日の柔らかさと同じように穏やかな声だった。
弟や父のように頭が良いわけでも母やクリスさんのように勘が鋭いわけでもないが、何となくこんな今日が来ることは予感していた。でももっと後だと思っていた。まだまだ先の未来だと思っていた。
「……それは火薬…いや、硝煙の臭いを纏っているのと関係ありますか。」
「なんの事かな?」
「鼻と、耳は、自信があるので。」
「確かに俺を見つけたくらいだしな。」
ははっ聞こえた声は酷く乾いており私の掠れた声とよく似たものを感じ、全く知らないものだと直感した。寂しいのと怖いのと、それ以外にもいっぱい何かが詰まった大人の人の声音。何かを守ろうとしている、いっぱい考えている人の声音だ。
何か、とか、それ以外、とか抽象的過ぎる自分の考えに内心苦笑する。私は本当にお兄さんのことを何も知らないんだなぁ。
「…顔も、まだ見れてないのに。」
「そうだなぁ…。」
完全に失明している私の目にはお兄さんの表情は映らない。でも、あぁ、お兄さんが困ってる。きっと泣いて原因を聞いたら、うんと優しい声で慰めて当たり障りのない理由を言ってくれたんだろう。それをお兄さんも望んでいたはず。でも、お兄さんも私と同じで何も知らないんだなぁ。
「…もう会えないならそれも仕方ないと思います。お兄さんは歳上だしどんなのかは知らないけど仕事してるし。でも、でも、出来たらまた、お茶したいです。今度はお兄さんのお勧めのお店で。」
お兄さんが何故諦めたような、過去を懐かしむような言い方をしていたのかは分からない。だから私は未来のいつかの日まで待っていようと思った。いつか、本当のことを少しでも教えてくれる日まで。私のガッツは家族1なのだ。
泣くのもを堪えながら何とか笑顔を作った私にさよならも言わずにお兄さんは行ってしまった。
ムクの鳴き声が消えるより早く煙臭さは夕日に溶けていった。
スコッチは独り廃墟と化したビルの屋上でもう会うことは叶わない友人達を思う。その中に1人、少女の影がチラついて眉を下げた。
本当はあんなに関わるつもりはなかったんだ。でもあの娘、いつも危なっかしくてほっとけなかった。
だから遠くに行くなんて嘘をついてなるべく傷つけないようにしたのに、あの娘はツレなかった。それどころか暗に待っているなんて言って。
そしたら、ほら、魔が差して。あの娘の言うことを否定しなかった。酷なことをしてしまった。もう会えないのに夢を見せている。
せめて希望は捨てさせなければと幼馴染みにメールを打とうとして、ふと指を止めた。
「ハァイ。」
「…ベルモット。貴女から俺に会いに来るとは珍しい。」
「貴方に用があってわざわざ来てあげたのよ、スコッチ。いえ、裏切り者の公安警察・諸伏景光と呼ぶべきかしら。」
あぁもう本名まで。
時間がないことが直接脳を揺らす。
せめてスマホは壊さなければとどうにか目の前にいる魔女を出し抜く方法に思考を巡らせた。
「俺を殺すのか。」
体術なら分がある。いや、でも本当にここにはベルモット1人か?もしスナイパーが潜んでいたら勝ち目はない。やはりどうにか情報を死守することに全てを使おうと、ベルモットが隠し持っているであろう銃の在処に予想をつける。
が、しかし、
ベルモットは魔性のオーラをそのままにルージュを引いた唇をニヒルに歪めた。
「そうね、ボスからの指示はそうよ。でも、こんなのはどう?貴方を助けてあげましょうか。」
「…何が目的だ。」
警戒が跳ね上がる。
悠長なことはしていられない。一刻も早く隙を作らなければと焦る俺に対しベルモットは次第に目を鋭くし笑みを消した。
「目的?そんなの知る必要はないわ。それに勘違いしないで、貴方の為じゃない。」
さぁどうするのかと言わんばかりに差し出すベルモットの手を凝視する。綺麗な手だ。血が通ってなさそうなほど白く、多くの血を浴びた、あの娘とは違う汚れた手。
組織の、しかも幹部を信用してもいいのか。しかし、この状況では…。
冷や汗が伝う額をそのままに俺は自分の手をー。