工藤さん家の娘さんは目が見えない。
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朝から何となく不運だった。
朝起きてベッドから降りる際いつの間にか落ちていた小物を踏んだり、料理中包丁で指を切ったり、躓いて楽しみにしていたジュースを服に零したり…。兎に角朝から何故かついてない。
まぁそんな日もあるかと思って気分転換に外に出たものの、車を避けるために端に寄ったら前までは無かった側溝に白杖を取られそのまま転倒。どうにか掌が擦れる程度に怪我は治まったも、白杖は真っ二つに折れてしまっていた。
「嘘でしょ…。」
呆然としながら呟く。こう言う日に限って連絡が取れる物は全て置いてきてしまっている。しかもムクを連れてない今、白杖がないと私は帰るどころか立つこともできない。それにここは信号もなくひたすら直進の道だ。スピードを出してくる車が大半なので、ここで座り込んでいるのはいよいよまずい。
「誰かが止まってくれるのを待つしかないよね…。」
ボソリと零した言葉は、あまりにも絶望的だった。
どれくらい経っただろうか。
歩行者は通らず車は猛スピードで通り過ぎていく。誰も私に構う人はいなかった。スマホを忘れた自分が悪いのは百も承知だが朝からの不運でとっくに心は折れている。
ずっとこのままなのだろうか…。
雪は溶けたとは言えまだまだ気温は低い。アスファルトの冷たさにズズっと鼻を啜っていると、ふとエンジンが止まる音がした。続けて金属の軽い音、靴の踵の音がする。
「大丈夫か。」
女の人の声だった。
やっと誰かが来てくれたことに安堵し涙が出そうになった。それをグッと堪え、支えて立たせてくれる彼女に自身の状況を説明する。
「すみません…。実は白杖が折れてしまって…。」
「それは災難だったな…。怪我は?」
「怪我はありません。…あの、もし大丈夫なら何か連絡出来るものを貸して頂けませんか?今スマホ持ってなくて、迎えを頼みたいんです。」
「それは構わないが…、良ければ私が送ろうか。」
「え、」
彼女の提案に言葉が詰まる。願ってもない話だが、送ると言うのは家を知られると言うこと。悪い感じのしない人なのは何となく分かるが、それでも警戒してしまう。
「家を知られると不味いのか?」
「え?!あ、…すみません。失礼ですよね。」
しまった。どう断ろうか悩んでいるのが露骨に出ていたのだろう。申し訳なさを感じながら頭を下げると彼女はいいや、と言葉を続けた。
「警戒心があるのはいい事だ。ただ安心して欲しい、私は警察だ。悪さはしないさ。」
証拠だと言って手渡されたのはパスケースのような2つ折りのもの。それを左手に持ち右の指に神経を集中させながら注意深く触る。革の質感、プラスチックの指触り、エンブレムの上下の刻印。
間違いない。本物だ。
「警察の方だったんですね。」
「今日は非番だが、これで安心してくれたか?」
「はい!すみません疑ってしまって。なら、お言葉に甘えさせていただきます。」
「勿論。バイクだが大丈夫か?」
その言葉に軽く頷く。自分一人では乗れないので彼女の支えでバイクへと跨らせてもらった。バイクに乗るのは久しぶりだ。少し緊張する。
「ヘルメットを着けるから頭を下げてくれ。」
「はい。あの、あと折れた白杖も持っていきたくて…。乗せられますか?」
「問題ない。ちょっと待っててくれ。」
自分の物なのに何から何まで申し訳ない。謝罪と感謝を述べると、その人は気にするなと爽やかに言ってくれた。かっこいい…。再度ありがとうございます、と伝え前に跨った彼女の腰に手を回した。
「ありがとうございました。」
程なくして私は無事家に着くことが出来た。安全運転を心掛けてくれていたのだろう、道中は激しい揺れもなく穏やかな運転だった。しかも今どこを通ったとか逐一教えてくれて…。疑ったのが本当に申し訳ないくらいに親切だった。
そのお礼のためバイクを降り彼女がいるであろう方向に頭を下げると、彼女は気にするなと笑ってくれた。
「当然のことをしたまでだ。それに、恩返しでもあるからな。」
「恩返し?」
何だろうか。警察の方だし、もしかしたら父か新ちゃんの知り合いだったのかな?でもそれなら最初から言ってくれるだろうし…。やはり思い当たる節がなく首を傾げる私にふっ、と笑い声が聞こえた。
「まぁ兎に角これで私の仕事は終わりだ。今度からちゃんと連絡出来るものは持って置くんだぞ。」
「はい…。本当にありがとうございました。」
「あぁ。」
車体の軋む音がする。もう行くのだろう。
名残惜しいが仕方ない。最後にもう一度言葉を交わし、彼女は去って行った。
軽快なバイクのエンジン音が小さく薄れていく中、朝からの不運はあの、風を味方につけた女神のように走る彼女に会うためのものだったのではないかと、少し思った。
朝起きてベッドから降りる際いつの間にか落ちていた小物を踏んだり、料理中包丁で指を切ったり、躓いて楽しみにしていたジュースを服に零したり…。兎に角朝から何故かついてない。
まぁそんな日もあるかと思って気分転換に外に出たものの、車を避けるために端に寄ったら前までは無かった側溝に白杖を取られそのまま転倒。どうにか掌が擦れる程度に怪我は治まったも、白杖は真っ二つに折れてしまっていた。
「嘘でしょ…。」
呆然としながら呟く。こう言う日に限って連絡が取れる物は全て置いてきてしまっている。しかもムクを連れてない今、白杖がないと私は帰るどころか立つこともできない。それにここは信号もなくひたすら直進の道だ。スピードを出してくる車が大半なので、ここで座り込んでいるのはいよいよまずい。
「誰かが止まってくれるのを待つしかないよね…。」
ボソリと零した言葉は、あまりにも絶望的だった。
どれくらい経っただろうか。
歩行者は通らず車は猛スピードで通り過ぎていく。誰も私に構う人はいなかった。スマホを忘れた自分が悪いのは百も承知だが朝からの不運でとっくに心は折れている。
ずっとこのままなのだろうか…。
雪は溶けたとは言えまだまだ気温は低い。アスファルトの冷たさにズズっと鼻を啜っていると、ふとエンジンが止まる音がした。続けて金属の軽い音、靴の踵の音がする。
「大丈夫か。」
女の人の声だった。
やっと誰かが来てくれたことに安堵し涙が出そうになった。それをグッと堪え、支えて立たせてくれる彼女に自身の状況を説明する。
「すみません…。実は白杖が折れてしまって…。」
「それは災難だったな…。怪我は?」
「怪我はありません。…あの、もし大丈夫なら何か連絡出来るものを貸して頂けませんか?今スマホ持ってなくて、迎えを頼みたいんです。」
「それは構わないが…、良ければ私が送ろうか。」
「え、」
彼女の提案に言葉が詰まる。願ってもない話だが、送ると言うのは家を知られると言うこと。悪い感じのしない人なのは何となく分かるが、それでも警戒してしまう。
「家を知られると不味いのか?」
「え?!あ、…すみません。失礼ですよね。」
しまった。どう断ろうか悩んでいるのが露骨に出ていたのだろう。申し訳なさを感じながら頭を下げると彼女はいいや、と言葉を続けた。
「警戒心があるのはいい事だ。ただ安心して欲しい、私は警察だ。悪さはしないさ。」
証拠だと言って手渡されたのはパスケースのような2つ折りのもの。それを左手に持ち右の指に神経を集中させながら注意深く触る。革の質感、プラスチックの指触り、エンブレムの上下の刻印。
間違いない。本物だ。
「警察の方だったんですね。」
「今日は非番だが、これで安心してくれたか?」
「はい!すみません疑ってしまって。なら、お言葉に甘えさせていただきます。」
「勿論。バイクだが大丈夫か?」
その言葉に軽く頷く。自分一人では乗れないので彼女の支えでバイクへと跨らせてもらった。バイクに乗るのは久しぶりだ。少し緊張する。
「ヘルメットを着けるから頭を下げてくれ。」
「はい。あの、あと折れた白杖も持っていきたくて…。乗せられますか?」
「問題ない。ちょっと待っててくれ。」
自分の物なのに何から何まで申し訳ない。謝罪と感謝を述べると、その人は気にするなと爽やかに言ってくれた。かっこいい…。再度ありがとうございます、と伝え前に跨った彼女の腰に手を回した。
「ありがとうございました。」
程なくして私は無事家に着くことが出来た。安全運転を心掛けてくれていたのだろう、道中は激しい揺れもなく穏やかな運転だった。しかも今どこを通ったとか逐一教えてくれて…。疑ったのが本当に申し訳ないくらいに親切だった。
そのお礼のためバイクを降り彼女がいるであろう方向に頭を下げると、彼女は気にするなと笑ってくれた。
「当然のことをしたまでだ。それに、恩返しでもあるからな。」
「恩返し?」
何だろうか。警察の方だし、もしかしたら父か新ちゃんの知り合いだったのかな?でもそれなら最初から言ってくれるだろうし…。やはり思い当たる節がなく首を傾げる私にふっ、と笑い声が聞こえた。
「まぁ兎に角これで私の仕事は終わりだ。今度からちゃんと連絡出来るものは持って置くんだぞ。」
「はい…。本当にありがとうございました。」
「あぁ。」
車体の軋む音がする。もう行くのだろう。
名残惜しいが仕方ない。最後にもう一度言葉を交わし、彼女は去って行った。
軽快なバイクのエンジン音が小さく薄れていく中、朝からの不運はあの、風を味方につけた女神のように走る彼女に会うためのものだったのではないかと、少し思った。